57話 魔王の側近
「これは……」
「すごいプレッシャーね……」
29層目——。
その入り口の前で、勇大と凛が思わず声を漏らす。
たしかに、入り口からはとてつもない重圧感を感じる。
「全員覚悟しろ。魔王……もしくはそれに近しい者がこの先にいる。魔王は復活したてで、弱体化しているが気を抜くんじゃないぞ!」
今までにない真剣な表情でジュリウス皇子が一喝する。
ある者は唾を飲み。
ある者は鳥肌の立った肌をさする。
「この、まとわりつくような雰囲気。前にどこかで……」
「……アリーシャねえさまも?」
口に手を当て呟くアリーシャに、リリアが反応を示す。
「アーシャ、リリア、どういうこと? 前にって……」
「ご主人様、実は……いえ、これは違いますね。恐らく、わたしとリリアの勘違いです」
「……ん。アイツは、ここまでのプレッシャーは持ってなかった」
入り口からのプレッシャーに、2人は何者かの存在を思い出したようだが、それもハズレのようだ。
舞夜たちは踏み込む。
強敵が待ち受けるその先へ——。
◆
29層目の風景は、今までのものと変わっていた。
広さは見渡せるくらいのものに。
岩肌だらけだった風景は、緑がかった半透明のクリスタルのようなものが生え乱れ、幻想的へなものと……。
そして——
『おやおや、お客様でございますね。その忌々しい光の波動……勇者様とお見受けします』
階層の中央に立つ者が、慇懃な仕草でジュリウス皇子に口を開く。
女だ。
赤みがかった肌に執事服の様なものを身に纏い、腰には剣帯。
左右に2つ、計4つの剣が装備されている。
髪は緑の長髪、そして毒々しいまでの赤紫色の瞳。
その瞳の間には、切り傷の様な一筋の線が……。
「魔族か……。まぁいい。七大魔王が1人、“強欲のマモン”はこの先だな?」
ジュリウス皇子が背にしたグレートソードを抜きつつ、目の前の女……魔王に束ねられし人類の敵、魔族へと問いかける。
『ええ、もちろんです。勇者様。今も復活したての御身体を癒すため、静かに眠られております。……なので誰1人と、通すわけにはいきま——ぐぅッ!?』
通すわけにはいかない。
魔族が女が言う途中、その言葉は遮られた。
「ご主人様! 先にお行きください!!」
突如飛び出したアリーシャの攻撃によって——。
「何をやってるんだアリーシャ!?」
アリーシャの突然の行動に、大声を出す舞夜。
その間もアリーシャは刀を振る手を休めず、魔族の女を追い詰めていく。
「魔王を倒すなら、弱体化している今しかありません! ……それに、わたしには、この魔族と因縁があります!」
「……私も。それにお前もでしょう? 魔族“レヴィ”……!」
攻撃を続けつつ口から紡がれた、“因縁”という言葉。
それにリリアも同調すると、魔族の女を睨みつけ、その名を呼ぶ。
『くくくッ……。ああ、そうですとも! アリーシャ! それに妹のリリア! 3年前、お前たちと、その師匠……先代勇者・アカツキに敗れて負ったこの額の傷の恨み! 忘れてないとも!!』
「黙りなさい! わたしたちのお父さまを殺しておいて……!」
「……仇を討つ。今日、ここで……!」
——なッ!?
レヴィと呼ばれた魔族。
それがアリーシャたちの父親の仇。
いきなり明かされた、そんな事実に舞夜は驚愕する。
そして理解する。
アリーシャたちが入り口で感じた既視感は間違っていなかったのだと。
「聞いたことがあるぞ。3年前、先代勇者・アカツキが魔王を封印したその後、滞在先に選んだアルフス王国を魔王軍の残党が襲ったと……」
「そういうことですか、その時に2人のお父さんが……ッ」
サクラの説明に舞夜は納得を得るとともに、歯ぎしりをする。
あの魔族のせいで、2人の大切な人が……と。
だが、いくら仇討ちとはいえ、アリーシャとリリアの2人に任せるわけにはいかない。
舞夜も戦線に加わろうとするが……
「お兄さま、シエラも残ります。行ってくださいですの!」
「シエラ、お前まで……!?」
「大丈夫ですの! アリーシャお姉さまたちは、お強いですし、お兄さまが与えてくださった新装備も温存してありますの!」
「け、けど……」
「行こう舞夜ちゃん。大丈夫だ。見てみろアリーシャたちは押している」
「そうだ舞夜。それに魔王が完全復活してみろ、それこそ一大事だぞ!」
アリーシャたちが心配で離れたくない舞夜。
その様子を見て、サクラとジュリウス皇子が先へ進むよう説得する。
たしかに、アリーシャの猛攻にレヴィも防戦一方だ。
それにリリアとシエラが加われば……さらに、新装備もある。
これなら問題ないだろう。
「わかりました。……アーシャ、リリア、シエラ! 絶対に死ぬんじゃないぞ!!」
「「「はい(ですの)!!」」」
愛すべき舞夜の言葉。
それに元気よく応えるエルフたち。
その様子に、大丈夫だと確信し、舞夜は勇者たちとともに、魔王の間へと駆けて行く。
◆
——おかしい……。
戦いが始まり数分。
左右の刀を振るいながら、アリーシャは違和感を覚える。
舞夜に与えてもらったオリハルコン合金とヴィブラウム合金で出来た上級装備。それにリリアとシエラによる援護もある。
さらに父を殺された時とは違い、アリーシャは月天輝夜流双刀術、その技術のほとんどを受け継いでおり、冷静な判断もできている。
ゆえに圧倒しているのだが、目の前の魔族、レヴィの顔にはいやらしい笑みが浮かんでいるのだ。
「シッ!!」
言いようのない不安感に、アリーシャは刀を薙いで距離を取る。
『どうしたのでしょう? アリーシャお嬢様〜? くくくく……』
不気味に笑うレヴィ。
アリーシャはさらに問い返す。
「レヴィ、あなた何か隠してますね?」
「んん〜? どうしてそう思うのでしょう?」
「……お前、さっきからのらりくらりと躱すばかりで、攻めてこない」
「そうですの! それに魔王のもとに、勇者が向かったというのに、その余裕な顔……おかしいですの!」
「んふふふふふふッ! やっと気づきましたねぇぇぇぇ——!!!!」
アリーシャたちの指摘に、目を見開き狂ったように大声で笑うレヴィ。
その意図するところとは……
「魔王マモン様はですねぇ、もうとっくに完全なる状態で復活されているのですよ……ッ!!」
「「「ッ——!!」」」
魔王の完全復活——。
アリーシャたちの耳に最悪の言葉が飛び込んできた。
アリーシャたちが舞夜を魔王のもとへ向かわせたのは、魔王が弱体化していると聞いていたからだ。
なのにそれが……そんな状態の魔王の前に、自分たちの愛する者を向かわせてしまった。
あってはならない事態に、アリーシャたちの鼓動が速くなり、武器を持つ手に力がこもる。
「さらに、魔王マモン様は、側近たる私に大いなる力……その一片を分けてくださいました。この力を以ってお前たちへの復讐を果たしましょう。ハァァァァァ——ッ!!」
叫ぶレヴィ。
すると、ボキッゴキッ! という歪な音が体から漏れ出る。
背中から爬虫類のような質感の長く、そして太い腕が4本生え、さらに脚の形状も同じ様なものへと変貌を遂げていく。
「魔王から与えられた力……」
「……そういうことだったの……」
アリーシャとリリアが入り口で感じた雰囲気が、レヴィのものとは違うと判断してしまった理由に気づく。レヴィの存在に魔王の力が混ざり、別の存在へと変化していたことに。
『んふふふふふふ! さぁ、この傷の恨み晴らしてくれましょう!!』
新しく生えた腕で4本の剣を抜きさり、異形となったレヴィが高らかに宣言する。
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