54話 勇者皇子の力の片鱗
翌朝——。
「はわ〜。気持ち悪いよぉ〜」
桃花が地面にうずくまり、呪詛のように言葉を漏らす。
「当たり前よ桃花。昨日止めたのに、あんなに食べるんだから」
そんな桃花の様子を見て、呆れ顔で凛がたしなめる。
桃花は、舞夜の作った◯郎をはじめとするラーメンの数々、そのあまりの完成度の高さに、全種類制覇してしまったのだ。
こうなって当然である。
「まぁ、食べ過ぎても仕方ないかな」
「ああ、なんたって舞夜のラーメンは絶品だったからな」
その横で勇大と剛也は、ラーメンの味を思い出し、うっとりした顔を浮かべている。
「あの味は1度味わったら、やめられん。どうだ舞夜、この依頼が終わったら、帝国勇者団に来ないか? お前の実力は尋問したアカツキから聞いている。歓迎するぞ」
勧誘する後半の理由はともかく。
前半がとんでもないジュリウス皇子。
それに対し舞夜は——
「嬉しいお誘いですが、ぼくはこの都市が好きなので……」
と遠慮の意思を表す。
名誉なことではあるが、今回は、第二皇子の裁き、報復の回避、そしてこの都市に危機が迫っている……など、もろもろの理由で手を貸しただけだ。
そうでなければ、魔王討伐のサポートなんて危険なマネは御免というものだ。
「ふむ、残念だ……」
この世の終わり——。
そんな表情を浮かべるジュリウス皇子。
舞夜は、仕方ない……と、こう提案する。
「言ってもらえれば、ラーメンくらいすぐ作れます。もし今後リューインに来ることがあれば、ぼくたちの家に寄ってください」
「ッ——! 本当か!? よし必ず行くからな!!」
——あ、これガチの反応だ。
爛々と目を輝かせるジュリウス皇子に、舞夜は「週一くらいで来たらどうしよう……」などと後悔するのだった。
◆
「なるほど、これが海底領域か」
16層目を迎え、ジュリウス皇子が小さく漏らす。
海底領域——。
前回の大攻略で、サクラから説明を受けたとおり、そこが見えないほど深い水面が広がっている。
「ジュリウスは水の上級魔法スキルを持っているのですか?」
舞夜が尋ねる。
依頼を受ける際に彼は「海底領域に関しては俺がなんとかする」とジュリウス皇子から説明を受けていた。
そして、海底領域を超えるには水の上級魔法スキルが必要だ。
ゆえに、そう思ったのだが……
「いや、俺は神聖属性以外は使えない」
「……? ではいったいどうやって——」
「まぁ見てろ……おぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッッ——!!」
ズバァァァァァン!!
咆哮と同時に背中のグレートソードを目にも止まらぬ速さで振り抜くジュリウス皇子。
すると轟音とともに、水面が真っ二つに割れたではないか。
その際に行き場を失った水棲の魔物が、露わになった水底に落ち、ビチビチと跳ね回る。
なんという豪腕。
海を剣で叩き割る——これでは神話のモーゼも真っ青だ。
「水面が戻る前に行くぞ!」
呆気にとられる舞夜たちを尻目に、ジュリウス皇子が軽快に駆けていく。
これだけの大技を放ったというのに、その足どりと表情に疲労の色はない。
さすが現役勇者と言ったところだろう。
そして舞夜は、これが本当の格の違いなんだろうな、と実感する。
◆
17層目——。
ガキィンッ!!
棍棒とギガントシールドがぶつかり合い、激しい音が鳴り響く。
「なかなか、重い一撃を放つじゃないか、“オーガ”!!」
『グゥ……! オレノ一撃ヲ防グトハ、ヤリオル!』
オーガ——。
2メートルを超える巨躯と角の生えた頭。
その名のとおり、鬼の姿をした魔物だ。
海底領域を越え、新たに現れたこの魔物は、剛力でありながら人間の言葉を解すほどに知能が高い。それゆえフェイントなどを加えた多彩な攻撃を放ち厄介だ。
トロールのように再生能力は持っていないものの、その戦闘力はその上をいく。
だが、サクラはそれらの攻撃を全てスキル《鉄壁》とギガントシールドを駆使することで、華麗に捌いてみせる。
「はぁぁぁ! 《聖光連斬》!!」
「……《雷蟲》、援護」
「矢を食らうのですの!」
オーガと攻防を交わすサクラの横では、リリアが《召聖ノ加護》で召喚した使い魔、《雷蟲》を。シエラは《弓聖ノ加護》を使い、大弓から矢を放ち、こちらもオーガと対峙する勇大を援護している。
「桃花さん後ろへ! はぁぁぁッ——!!」
「はわわ〜、ありがとうございます。それっ、《ホーリー・プロテクション》!!」
さらに先では、アリーシャと桃花が連携しオーガを圧倒。
《剣聖ノ加護》と月天輝夜流双刀術を駆使する、アリーシャの高速剣技と、桃花の放つ聖なる結界の相性はなかなかのものだ。
そして他の者は待機。
これらの戦い方は全てジュリウス皇子の指示によるものだ。
ここに来て、トロール以上の強敵の出現。
全員がぶっ続けで戦っては体力が持たないと判断してのものだ。
それと理由はもう1つ。
今回のクエストの目的は魔王討伐の他に、勇者見習い4人の特訓を兼ねている。
昨日は、ほとんど見習いたちに攻略を進めさせ、その後に自信を砕くことで、思い上がりを反省させた。
その上で、今日はアリーシャたちのような、今までに組んだことのないメンバーと連携させ、急時の対応力を向上させる。
そういったジュリウス皇子の目論見があるのだ。
それゆえ、舞夜は本気を出すなと言われている。
闇魔法……特に《黒滅閃》などを使えば、ほとんどの場合、それで戦闘が終わってしまうからだ。
圧倒的な攻撃力を持つジュリウス皇子も同様だ。
——それにしても……。
と舞夜は舌を巻く。
強力な魔武器をそれぞれに与えたというのに、アリーシャたちはオーガという強力な敵を前に一度もそれらを使用していない。
自分が夜の見回りで鍛錬を重ねる中、アリーシャたちも独自に特訓しているのを舞夜は知っていたが、ここまでとは思わなかったのだ。
ふた月前に、アカツキたちと対峙した時よりも、明らかに戦い方が洗礼されている。
だが——
「《黒ノ魔槍》!」
「グガァァァ!? オノ……レ……」
舞夜の放った魔槍によって、胸を貫かれたオーガが倒れる。
「……っ! ご主人様は甘い……」
舞夜の援護に、リリアが不満げな言葉を漏らす。
リリアの使い魔がいる位置とは逆の方向から、オーガが迫ってきていたので、舞夜が潰したのだ。
彼女だけでもなんとかなるタイミングではあったが、無理させる必要はない。
特訓が必要なのは勇者見習いたちだけであって、大切なエルフの3人が傷つくことを舞夜は許さないのだ。
「ま、舞夜ちゃん! 私もピンチだぞ!!」
そんな様子を羨ましがったサクラが、自分も相手してほしいと叫ぶ。
オーガ3体をチャージアタックで轢き殺しておいて、どの口が言うのだろうか。
とはいえ、好意を持ってくれている女性の頼みを無視することは出来まい。
舞夜は、やれやれと、魔槍を放ってやるのだった。
【読者の皆様へ】
下にスクロールすると、作品に評価をつける【☆☆☆☆☆】という項目があります。
お楽しみいただけましたら、どうか応援していただけると嬉しいです!




