50話 ぺたんこ娘の悲劇
「その前に、ひとつよろしいでしょうか——?」
そう言って一歩前へ出るアリーシャ。
「「おおぅ……ひっ!?」」
歩いたはずみでメロンもはずみ、勇大と剛也が感嘆のため息を漏らすが、直後に青筋を立てたアリーシャのゴミを見るかのような視線に晒され、すくみあがる。
それを面白がり、《キマイラ》が再び威嚇を始める。
「なんだ。舞夜の奴隷、アリーシャ?」
「ふふっ……」
ジュリウス皇子に返されると、アリーシャが上機嫌に小さく笑う。
舞夜は「イケメンに相手をされて嬉しいのかな?」などと少々の嫉妬心を抱くのだが……。
「アリーシャお姉さま、ごきげんの様子ですの。これは……」
「……“ご主人様の”って言われて舞い上がってる」
シエラとリリアがその事に思い当たる。
アリーシャにとって自分が舞夜の奴隷と呼ばれることは歓喜に値するのだ。
「いいえ、殿下。わたしが用があるのは、そこのくz——こほん。凛と桃花という2人です」
「ちょっと待って!? 今このエルフさん!」
「はわ〜! クズって! クズって言おうとしたよね!?」
クズと呼ばれそうになった。
しかも奴隷という立場のアリーシャに……。
その事実に凛と桃花が騒ぎだす。
それを見て舞夜は「ああ、そういうことか……」と納得するのだった。
もちろん理由は——
「黙りなさいゴミどもが! 故郷でご主人様を虐めておいて、よくものうのうと頼みごとなんてできますね!?」
と、いうわけだ。
今のアリーシャにとって魔王など、どうでもいいのだ。
舞夜が凛と桃花にいじめられていた——。
その事実だけが、頭を支配している。
これは相当にまずい。
怒りのあまり、肩で息をし、顔は鬼の形相。
おまけに腰の刀はもう数センチほど刃が見えてしまっている。
完全に抜刀体勢だ。
さらに言えば、普段アリーシャは他人を呼び捨てにしない。
いかに冷静さを欠いているのかが分かる。
「ちょっと、ちょっと待ってよ! このエルフさんヤバイって!! それにいじめってどういうこと舞くん!?」
「はわ!? そうだよ! 私たち、そんなひどいことしてないよ!」
「「「は……?」」」
いじめをしていない。
凛と桃花が放った否定の言葉に、舞夜たちが間の抜けた声をあげる。
——こいつら、なにを言って……。
舞夜がそう思った時。
「「あの〜……」」
勇大と剛也が、恐る恐るといった感じで挙手。
発言していいか? と目で訴える。
「……許可する」
恐怖の根源、リリアが尊大な態度で言うのだった。
「えっと……。そのいじめの話なんだが、何かの間違えだと思うんだ……」
「ああ! 凛と桃花は、小さい頃から優しいし、休みの日はボランティアにも参加してるくらいだ。信じられないぜ……」
2人の言葉に、彼女たちは奉仕活動なんてしていたのかと、舞夜は意外そうな顔をする。
だが、2人は騙されている。
きっと猫をかぶっていたに違いない。
舞夜はそれを証明するため、屈辱的ではあるが、自分の受けてきたいじめの内容を暴露する。
「ぼくが、いじめを受けていたのは間違いない。休み時間には、ぼくの顔を女みたいとバカにして体を小突いてきたし、壁に追い詰めてガン飛ばされることもあった。挙句に東堂さんの硬い胸で体当たりまで……! どう考えてもいじめだよ!」
「「「……」」」
舞夜の暴露発言が終わった瞬間。
皆は黙りこんでしまった。
アリーシャに至っては「あちゃ〜」みたいな表情を浮かべ、顔に手を当てている。
その様子に舞夜は、いかに自分の境遇が救い難いものだったのか、納得してもらえたとのだと確信し、満足げに頷くのだが……
「な、によ……なによ……。なによそれぇぇぇぇぇぇぇ〜〜ッ!!」
「うわっ!?」
凛の突然の叫び。
舞夜は思わず声をあげる。
そして、「みんなの前で化けの皮を剥がされたから、キレたのか?」と身構える。
「舞くん……凛ちゃんは、凛ちゃんはね……!」
「待って桃花! 私が言うから!」
何かを色々抑えた様子で言ってくる桃花を凛が制す。
そして彼女の口から紡がれたのは……。
「あのね、舞くん……あれはいじめなんかじゃないの! あれは……アピールだったの。私が舞くんを……その、好きっていう……」
「…………は?」
凛による突然の告白。
舞夜は「こいつなに言ってんだ?」と冷たい目を向ける。
そして——
「アピールって、あの“胸骨アタック”が?」
「いやぁぁぁぁ! それ以上言わないでぇぇぇぇぇぇ!!」
ぺたん娘の凛に、トドメを刺すのだった。
「嘘だろ、おい……」
その様子に、ジュリウス皇子が戦慄の眼差しを舞夜に向ける。
「さすが、ご主人様です……!」
「……人にできない勘違いを、平然とやってのける」
「そこにシビれますの! 憧れますの!」
皇子の横で、これまた戦慄の声をあげるアリーシャ、リリア、シエラ。
彼女たちはどこで、そういったネタを仕入れてくるのであろうか。
「はわ〜……。舞くん、ちゃんと説明するから、ちょっといいかな?」
怒っているような、だが、笑いをこらえているような。
そんな表情で桃花が舞夜に説明を始める。
◆
「なん……だと……ッ!?」
「はわ〜……。わかってくれたかな?」
驚愕といった感じの舞夜。
そして説明を終え、疲れた表情の桃花。
彼女から伝えられた、内容は以下のとおりだ。
まず、先ほどもあったように、凛は舞夜が好きだった。
それで彼と仲良くなろうと顔を褒め、さらにボディタッチで気を引こうと努力していた。
だが、すぐに逃げてしまうので、壁まで追い詰め、顔を近づけることでアピール。
それでもダメなので最終手段。
胸を押しつけ、セックスアピール……。
顔をバカにされていたこと。
小突かれたこと。
ガン飛ばし。
そして胸骨アタック。
全てが舞夜の勘違い。
ちなみに、周りの女子もイジメに加わっていたのではなく、必死にアタックする凛をはやし立てていただけ……ということが分かった。
——最悪だ……。
全てが分かった舞夜。
だが、彼を支配したのは喜びではなく怒りだった。
舞夜はアリーシャ逹くらい、グイグイ来てくれないと、想いに気づかない朴念仁だ。
ゆえに……——あんな分かりづらいアピールがあってたまるか! そのせいで、本当に学校に行くの嫌だったんだぞ! となってしまうわけだ。
「なぁ、とりあえず誤解は解けたみたいだし、話を続けてもいいか?」
苦笑いしながら、ジュリウスが尋ねる。
舞夜は脱線したことを詫び、先を促す。
凛はいじけて床にしゃがみ込み、のの字をなぞりだす。
自分の行動が全て勘違いされていた。
おまけに、必死の覚悟で胸を押し付けたいうのに、胸骨アタック呼ばわりされれば当然であろう。
「今回の依頼は、なにもこの都市や国のためになるだけじゃない。舞夜、お前のためにもなるんだ」
「どういうことですか、殿下?」
「俺は弟ヘースリヒを今回の横暴の件で正式に裁くべきだと思っている。だが、ヤツを支持する派閥と揉めていてな。何か1つ、大きな一手が欲しい。そこでだ」
ジュリウス皇子の言葉によれば、ここで舞夜が魔王の討伐に一役買えば、国の英雄となる。
そんな人物に、自分の私利私欲の為だけに、暗殺者を差し向けたとなれば、いかにヘースリヒの派閥につく貴族や皇族がいても、黙らせる事が出来るという事だ。
さらに派閥からの報復の抑止力になるのと、もう1人の共謀者、カリス王子のいるアルフス王国への牽制にもなるという。
「ヘースリヒは、政治も戦うこともできない無能だ。皇帝になったところで、他の皇族や貴族の操り人形になり、いずれこの国をダメにするだろう。俺は勇者なんかやってるから帝位には就かないが、優秀な妹がいる。あいつがいれば……。まったく、ヘースリヒのやつなんで生まれて来たんだろなぁ」
あくまで国にためにヘースリヒを裁きたいと言うジュリウス皇子。
言い方は辛辣だが、まさに皇族の鏡だ。
さて、そこで今回の依頼だが、報酬はもちろん魅力的だ。
それだけあれば、舞夜の目的、アリーシャたちの将来の安泰にまた一歩近づくことができる。
だがそれ以上に、ヘースリヒが裁かれるというのと、今後降りかかる火の粉を払えるというのが大きい。
それに魔王なんていう存在が完全復活すれば、舞夜たち自身はもちろん。
シエラの両親である侯爵やコーネリアまでもが危ない。
そして魔王討伐といっても、舞夜たちはあくまでサポート用員。
これらを踏まえ、舞夜は依頼を受けることにした。
無論、アリーシャたちも賛成だ。
「ねぇ、舞くん……」
「ごめん、話しかけないで」
凛が気まずそうに話しかけるが、舞夜は有無を言わさない。
「なぁ、今日お前んちに泊まっていい? 夜メシ食べ——」
「お断りします」
「……ん。却下」
「ヘースリヒの兄とか虫酸が走りますの」
唐揚げの味が忘れられないジュリウス皇子が、泊まっていきたいとねだるが、アリーシャとリリアに拒絶。シエラにはディスられ、すごすごと帰っていく。
「胸ね、胸なのね……。ぐすっ、あんなに頑張ったのに、いじめと勘違いされて……おまけに胸骨アタックなんて……!」
「はわ!? 大丈夫、大丈夫だよ、凛ちゃん。貧乳はステータス! 希少価値! 需要はどこかにあるから!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん——!!」
いじける凛に桃花が慰めという名の暴言を吐くと、凛は号泣して家から走り去っていく。
それを他のメンバーが追っていき……やっと、舞夜たちの家に平穏が訪れるのであった。
【読者の皆様へ】
下にスクロールすると、作品に評価をつける【☆☆☆☆☆】という項目があります。
お楽しみいただけましたら、どうか応援していただけると嬉しいです!




