49話 勇者登場
バタンッ——!!
舞夜は勢いよく玄関のドアを閉め、二階へと駆け上がると、ベッドの中へ飛び込んだ。
——どうして……なんであの2人がここに……!?
そして震え上がる。
自分をいじめていた2人が、この世界に現れた事実に。
「ご主人様! どうされたのですか!?」
舞夜のただならぬ様子に、アリーシャたちが寝室へと駆け込んでくる。
「あ、あ……さっき、ぼくが話してた、女の子たちが玄関に……」
「……!?」
「それは本当ですの!?」
リリアとシエラが驚愕の声を。
舞夜がいじめられていた過去を明かした直後に、その人物たちが……あまりのタイミング、そしてその話が本当であれば地球人が召喚されたことになる。
「安心してください、ご主人様。今から消して来ますから……」
そんな中、アリーシャが底冷えするような声で言う。
主人を脅かす存在は誰であろうと……そのまま静かに刀を腰に下げ、部屋の外へ——。
「待って……待って、アーシャ! それはダメ!」
追い払って欲しいのは山々だが、さすがに殺人はまずい。
舞夜は慌ててそれを制止する。
だが、それと同時に……
——ぼくは、このままじゃダメだ。よし……。
自分のために、そこまでしようとするアリーシャの姿を見て決意する。
トラウマ、そして自身の弱虫な性格。
それを今日こそ克服してみせようと。
それに、この世界に来て、初めて出会った地球での知り合い。
色々な情報を得るいい機会だ。
一息吐くと、舞夜はアリーシャたちを従え、玄関へと向かう。
◆
「ひどいよ、舞くん〜。せっかく久しぶりに会えたのに、いきなりドアを閉めるなんて〜」
「はわわ〜。ほんとだよ」
扉を開けると、やはり舞夜の苦手な2人が立っていた。
「東堂さん、西蓮さん……」
「はわ? おかしいな〜」
「凛。そう呼んでって……いつも言ってたよね?」
「ひっ……」
舞夜は2人にファーストネームで呼ぶように、地球で言われていた。
それを忘れてしまったことを責められ、小さく悲鳴をあげる。
その反応を見て、凛と桃花はクスクスと笑う。
「……どうして2人がこんなところ……いや、この世界にいるんだ?」
怯んではダメだ。
そうすれば、またいじめの口実ができてしまう。
そう思い、舞夜は少し語尾を強く。
そして冷静さを意識して2人に返す。
「はわ? 舞くんの雰囲気が?」
「ね。どうしたんだろ? あぁ、それより質問の答えだけど、説明する前に紹介しなきゃならない人がいるの。……殿下、お願いします」
地球でのおどおどした様子とは違う舞夜に、桃花と凛は少し驚いた表情をする。
そして後ろに向かって誰かを呼ぶ。
現れたのは——
「初めましてだな。金等級冒険者……そしてリューイン領爵、舞夜。俺は“ジュリウス・アウシューラ”。このアウシューラ帝国の第一皇子と勇者をやっている。よろしくな」
そんな言葉とともに、1人の青年が前へ出る。
肩まで伸ばした空色の長髪。
鋭くも知的さを感じさせるグレーの瞳。
道行く女、その誰もが振り返るような美系だ。
身長は180センチ以上あり、白銀の鎧を身にまとっている。
そしてその背には、身の丈以上の巨剣、グレートソード。
——第一皇子!? ということは……ッ!
舞夜に緊張が走る。
第一皇子……つまり、彼に刺客を差し向けた王族の1人、第二皇子・ヘースリヒの兄ということだ。
敵の大元の登場。
咄嗟に玄関に立てかけてあった杖をバッ! と構え、戦闘態勢へと切り替える。
「無礼だぞ貴様!」
「今すぐ武器から手を離しやがれ!!」
舞夜の行動に対し、ジュリウス皇子の後方から、さらに2人の少年が飛び出してくる。
片方はブロードソード。
もう片方はガントレットをはめた拳を構えている。
舞夜には覚えのない顔だが、その容姿を見る限り日本人のようだ。
「させませんッ!!」
「……来い! 《キマイラ》……!!」
「援護しますの!」
こうなっては止まらない。
アリーシャは《剣聖ノ加護》を発動し双刀を構え、リリアは《召聖ノ加護》で使い魔を召喚。シエラも《弓聖ノ加護》の恩恵を受け、身の丈に合わぬ大弓を引き絞る。
知り合いだろうと皇子だろうと関係ない。
自分と、愛する者たちに手を出すというのなら、ここで殺す!
舞夜がそう覚悟し、魔法を放とうとしたその瞬間——
「やめろ、この馬鹿者どもがぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ぐぇぇぇぇえ!?」
「おぐぅぅぅぅッッ!?」
ジュリウス皇子が咆哮し、迫り来る少年2人の後頭部を拳で殴り、地面へと叩きつけた。
かなりの威力があったようだ。
2人とも頭、口そして鼻から血を垂れ流してしまっている。
——あれ? これ死ぬんじゃ……。
「はわわ〜!? 《ヒール》!」
舞夜が思うと同時、桃花が慌てた様子で回復魔法を発動する。
舞夜の見たことのない魔法だ。
キラキラ輝く白い光が2人を包むと、出血が止まっていく。
クラスメイトが魔法を使った。
これに舞夜は驚きはするものの、勇者召喚やスキルなんてものが存在する、この世界に来た時点で、どんな能力が備わってもおかしくないことに思い当たる。
「2人が失礼なことをしてすまなかった。俺の弟のしたことを考えれば、お前たちの反応も無理はない。本来なら書状の1つでも出してから来ればよかったんだが、時間がなくてな……」
ジュリウス皇子が、謝罪を口にする。
そして、戦う意思はないとばかりに、背にしたグレートソードを地面に置く。
どうやら、本当に舞夜たちを襲うのが目的ではないようだ。
それを見て、舞夜たちも早とちりしていたことに気づく。
考えてもみれば、玄関をノックしてからの襲撃なんておかしな話だったのだ。
アカツキたちのこともあり、冷静さを欠いてしまっていたのだろう。
「いえ、こちらこそ失礼な対応をして申し訳ありませんでした。……ところで、どのようなご用件でしょうか?」
少年2人を「グルルッ」と威嚇する《キマイラ》を尻目に、舞夜が尋ねる。
「そうだな……。説明するのにも時間がかかる。中に入ってもいいか?」
「……わかりました」
敵の兄に、嫌いなクラスメイト……。
本当は断りたいところだが、皇族の入室を拒むというのも不敬だ。
舞夜はしぶしぶ、中へと招き入れるのだった。
◆
「なんだこれ……。美味すぎワロタ」
ジュリウス皇子が出しっぱなしだった唐揚げを口にし感想を漏らす。
それに対し舞夜は「なんなんこいつ?」と白い目を向ける。
「すご〜い。唐揚げなんて久しぶりだよ!」
「はわわ〜。もう半年も日本食なんて食べてないもんね〜」
そして、その横でも当たり前のように、凛と桃花が唐揚げにパクつく。
そんなことをすれば——
「……やれ、《キマイラ》」
「ぎゃあああああ!?」
「オレたち何もしてねぇぇぇぇ!!」
そら見たことか。
舞夜のために作った唐揚げに勝手に手を出され、リリアはおかんむり。
大人しくしていた少年2人に、腹いせとばかりに《キマイラ》をけしかける。
アリーシャもさりげなく刀に手を添え、シエラも立てかけた大弓から離れようとしない。警戒を解く気はないようだ。
「殿下、そろそろここへ来た目的を……」
「んぐ……すまない。あまりにうまかったもんでつい……。もう1個だけ食べてもいい?」
舞夜の質問にそう言ってから、再度唐揚げに手を伸ばすジュリウス皇子。
「……殺せ《キマイラ》……!」
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッッ!!??」」
とうとうリリアは殺害を指示する。
「よし、話そう。舞夜、お前に冒険者としての仕事を依頼したい。報酬は白金貨500枚と帝都の屋敷を与える。依頼内容はこいつら“勇者見習い”の護衛と迷宮の攻略だ」
「は……!?」
思わず声をあげる舞夜。
報酬の額もそうだが、凛たちが勇者見習いという事実に度肝を抜かれたのだ。
詳しく内容を聞けばこういうことだった。
ジュリウス皇子率いる帝国勇者団の巫女が、この都市の迷宮の最奥に近々、魔王の1人が復活しようとしていると神託を受けた。
もちろん、すぐに討伐に向かいたいところだが、帝都の方も魔王は討ち取ったものの、魔族の残党の抵抗が激しく戦力を大きく割く事が出来ない。
そこで今回、凛や桃花たち勇者見習いの特訓を兼ねて、復活したてで弱っている魔王を倒してしまおうという事になった。
だが、ジュリウス皇子だけでは、弱っているとはいえ魔王の相手をしながら見習いたちを指導するのは困難、そこで賢者・コン、そして先代勇者・アカツキを圧倒するほどの強者、魔導士に覚醒した舞夜に依頼を……というわけだ。
唐揚げを食べて「ワロタ」とか言いながら、依頼する内容では決してない。
そして、凛たちが勇者見習いなんてやっている理由だが……
「私たち4人は幼馴染でね。いつも一緒に遊んでたんだけど……」
「はわ~。ある日、4人まとめてトラックに轢かれて死んじゃったの。そしたら知らない空間で目が覚めて、少し経つと女神様を名乗る人が現れて……」
凛と桃花が言うには、その女神を名乗る存在が、4人にこの世界を救ったあかつきには、蘇らせて地球への帰還を約束した。
もちろん、日本へ帰りたかった凛たちはそれに同意。
そして同意した次の瞬間には、この世界へ転移を果たしていたそうだ。
ちなみに最初に転移した場所は、この迷宮都市リューインで、当初は生活費を稼ぐために冒険者として活動していたと言う。
そして今となっては、金等級。
舞夜が以前、迷宮の大攻略の依頼を受ける際にアーナルドが言っていた金等級の4人とは凛たちのことだったのだ。
4人がこの世界へとやって来たのは、舞夜が聖教会の女に殺され、失踪扱いになった後らしい……だというのに、彼らが転移したのは半年前と、不思議な時差があるが、その理由は分からなかった。
それと少年2人だが……ブロードソードを使っていたのが“南野勇大”。
ガントレットを使っていたのが“北田剛也”だ。
凛たちとは幼馴染だが、学校は別。
舞夜に見覚えがなかったのはそのためだ。
それにしても依頼……。
報酬はすさまじいが相手は魔王。
正直、舞夜は断りたいと思っている。
だが、皇族からの依頼を簡単に断れるのだろうか。
仮に断れたとしても、この都市に危機が……。
「その前に、1つよろしいでしょうか——?」
葛藤する最中、ここまで黙っていたアリーシャが口を開く。
体はぷるぷると震え、顔には青筋が浮きまくっている。
舞夜に嫌な予感が芽生える。
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