47話 怪獣娘
『やっと……やっと現れたか。我がイトシキモノ……十六夜舞夜よ……』
舞夜へと話しかける化石。
その声は途切れ途切れで、苦しげな印象を受ける。
「しゃべ……れるのか? いや、それより今ぼくの名前を……」
化石が言葉を発したことも驚きだが、確かに目の前の化石は舞夜の名を口にした。
舞夜は恐怖を感じるよりも、そのことに疑問を抱く。
「ああ……舞夜。我は、お前のことをよく知っている。……いや、正しくは知っていたか? すまんが記憶のほとんどが欠けているようだ。悠久の時を超え、やっと出逢えのだ。当然だろう」
「やっと出逢えたって……」
化石の親しげな口調。
まるで過去に舞夜と会ったことがあるかのようだ。
だが、もちろん舞夜はこんな巨大生物の亡骸に覚えはない。
いったい、どういうことだろうか。
『すまん。そろそろ我も限界が近い。意識が消えん内に、《黒ノ魔弾》でも《黒ノ魔槍》でもいい。我に放ってくれんか? 闇魔法燃料の……チャージを……』
——ッ!? こいつぼくの魔法のことまで……ッ?
「……《黒ノ魔弾》!!」
困惑する舞夜だったが、魔弾を放った。
そうしなければ、目の前の存在は消えてしまう。
そして根拠はないが、舞夜にとっても、化石は大事な存在……そんな風に心のどこかで感じたのだ。
『おお……っ、満ちていく……。我の中に、お前の暖かな闇の光が満ちてゆくぞ! これで勝てる!』
何に勝つんだ。というツッコミはおいておくとして。
目の前の化石に明らかな変化が起きた。
闇魔法が放つ漆黒の光が、その巨体を包み込み、眩いほどに輝きだしたのだ。
そして光が収まると——
『ふむ、動ける肉体……久しぶりの感覚だ。礼を言うぞ、舞夜よ』
化石だったものは、その姿を変えた。
骨格を肉と頑丈そうな蒼黒色の分厚い肌が覆い、顔は鋭く精悍。
その姿はまさしく大怪獣だった。
「まさか、闇魔力でこんなことになるなんて……。お前は何者なんだ?」
『む? そうか、次に会うときは我に関する記憶がないのだったか。よかろう、我が名は“インペリアル”! 趣味はお前と戯れること! 特技は文明破壊! 必殺技は《アトミック・ブレス》!! 魔王の2、3人くらい、あっという間に消し去ってくれようぞ!』
「待て待て待て! そうじゃなくて!」
自己紹介はしてほしいがそうじゃない。
舞夜が教えて欲しいのは、なぜぼくのことを知っているのか、なぜぼくを待っていたというのか、そしてこの島のことについてとか、そういった内容だ。
なのに、文明破壊や《アトミック・ブレス》なんて、危険な単語まで口にする始末。
舞夜は「撃つなよ? 絶対に撃つなよ!?」と念を押す。
『そう言われてもな、先ほども言ったとおり、長き眠りのせいで、記憶がほとんどないのだ。まぁ、覚えている限りのことを話すとしよう……』
そう言って、大怪獣……インペリアルは記憶にある限りのことを語り始めた。
ひとつ、インペリアルにとって、舞夜は大切な存在である。
それこそ、自分の生きる理由が舞夜の為だけと思えるほどだという。
ひとつ、インペリアルはこの孤島を守っていた。
守っていたのは、この島そのものと、島にある複数の鉱石。
そして、この島はインペリアルがいることで、上空から、それも限られた人間でないと見つけることも、入ることも出来なくする結界が発生している。
分かったのはこれだけだ。
舞夜がそもそもの目的を聞いても、それもまた記憶の欠損が激しく答えられないと言われてしまう。
だが、守護していたという鉱石の在りかだけは覚えているというので、案内してもらうことにするのだった。
『と、その前に、もう1発、我にぶち込んでくれ。その方が移動しやすいのだ』
「……」
言い方がイヤなのと、何故という疑問が生じたが、ツッコム気力もない舞夜は、黙って闇魔法を発動した。
『おお……! これはまた漲る! よし、変ッ身……ッ!!』
カッ——!!
インペリアルがそう叫ぶと、再び漆黒の輝きがその体を包み込む。
先ほどとは違い、今度はそのシルエットが小さくなっていく。
そして——
『ふぅ、やはりこのサイズだと動きやすくていい』
「あの……どちらさま?」
舞夜の言葉も仕方あるまい。
化石から大怪獣になったインペリアルは、さらにその姿を変え、妖艶な美女になっていたのだから。
漆黒の長髪に青みがかった白の肌。
瞳の色は揺らめく紺碧。
190センチはある長身の際どい部分だけを、蒼黒色の鎧のようなもので覆っている。
さらに臀部の上からは背ビレのついた尻尾が生えていた。
『何を驚いている。我はまだ、あと2回変身を残しておるぞ?』
どこの宇宙の帝王だろうか。
「もう、ついていけな——むぐぅぅぅぅ!?」
『わはははは! やっぱり舞夜の抱き心地は最高だ! このまま抱っこして採掘場まで連れていってやるぞ!!』
舞夜の言葉の途中、インペリアルは彼を抱きしめ、胸で口を塞いでしまう。
とにかく、でかい。
舞夜の頭が挟み込まれてしまっている。
アリーシャクラスの胸の持ち主だ。
舞夜は抵抗するも、インペリアルの力は強く、ビクともしない。
しかたがないので、そのまま目的の場所へと抱っこされたまま連れて行かれるのだった。
◆
『ほれここだ。どうだ壮観だろう』
島の中を北へ移動することしばらく。
舞夜たちは洞窟へとたどり着いた。
移動方法が、逆お姫様抱っこという、屈辱的なものではあったが、歩くたびに顔へ襲い来る、柔らかさという名の幸せな暴力に、舞夜の抗議の声は封殺された。
むしろ、「こういうダイナミック美人もありだな」などと、途中から感じ始めていたりすらしているのだった。
美人で爆乳なのはいいが、その正体は怪獣……怖くないのか? などという声が聞こえてきそうだが、舞夜的には問題ない。
この世界には様々な亜人がいるし、そもそも舞夜の恋人たちは全員エルフ娘。亜人であろうと人外であろうと可愛ければよかろうなのだ。
「これは……すごいな」
インペリアルのすごいモノに埋もれながら、洞窟の中に広がる光景を見て舞夜が思わず、そう漏らす。
洞窟の中には、島の規模からは考えられないほどの広大な空間が広がり、地面、壁、そして天井……いたるところに、白銀に蒼銀、黄金や緋色と色とりどりの鉱石が露出している。
闇の中で無秩序に輝きを放つその様は、まるで宝石の氾濫だ。
『これはオリハルコン、あれがミスリルにヴィブラウム……。その上にあるのが“日緋色金”だ』
「ッ——!?」
指差しながら鉱石の種類を教えるインペリアルに、舞夜が驚きで目を剥く。
無理もない。
ただの綺麗な石の集まりかと思っていたら、武具などに使用される実用性たっぷりの馬鹿みたいに高い鉱石ばかりだったのだから。
おまけに日緋色金なんていう、聞いたこともない鉱石まで出てくる始末だ。
『我が教えられるのはこんなものだ。鉱石が必要になったら、いつでも来るがいい』
そう言って締めくくるインペリアルに舞夜は「おや?」と疑問の顔を浮かべる。
「ずっと、ぼくを待っていたんだろ? 一緒に来ないのか?」
『うむ。そうしたいのは山々だが、我が離れるとこの島の結界は1日で解けてしまう。ここはお前にとっての最終拠点……だったと記憶している。そう簡単に離れるわけにはいかん』
舞夜の質問にそう答えるインペリアル。
だが、案の定詳細については覚えていないようだ。
そんなインペリアルに舞夜、なんだかかわいそうだなと感想を抱く。
『舞夜よ。用がなくても、たまにでいいから遊びに来てくれんか? 我は寂しいのだ……』
そう思っていたところ、インペリアルが言ってくる。
先ほどまでの威風堂々とした態度は急にしおらしいものに。
まるで、か弱い乙女のようだ。
「わかった。今度は美味しいものでも持って遊びにくるよ」
「ッ——! うむ、うむ! 楽しみにしているぞ!!」
理由はわからない。
だが、インペリアルは化石になってしまうほどの長い時間を、舞夜を待って過ごしていた。その事実は本物だ。
ゆえにそう答えたのだ。
その言葉に、正体不明の怪獣娘は、花の咲くような笑顔で喜びの声を上げるのだった。
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