43話 紅き瞳の目覚め
幾重にもぶつかり合う双刀。
剣撃と剣撃が織り成す剣戟。
一度の交差で、五連撃、六連撃は当たり前。
方や、《剣聖ノ加護》を纏い、美しく舞うアリーシャ。
方や、先代勇者としての圧倒的な経験と技量。
そして、彼女の師として絶対の実力を持つアカツキ。
互いに使うのは、月天輝夜流双刀術。
熾烈なぶつかり合いは必至だった。
「そこじゃ!」
「ぐッ!?」
撃ち合いの中。
アカツキが姿を消す。
かと思えば、次の瞬間、アリーシャの背後に現れ袈裟斬りを繰り出す。
アリーシャは間一髪で、背にまわした脇差しでそれを捌く。
「……咬みつけ《キマイラ》!!」
『グルァッ!!』
次なる攻撃を許さまいと、リリアが《キマイラ》をさし向ける。
「くっ、獣風情が……!」
《キマイラ》の尻尾の毒牙を見て、攻撃の手を止め、アカツキが距離を取る。
——ご主人様とお師匠さまを戦わせるわけにはいきません。
仕切り直しとばかりに双刀を構えなおす、アカツキを睨み、アリーシャが内心呟く。
理由は2つ。
1つは、アカツキの持つ片方の刀が、妖刀“闇時雨”であるから。
その能力は、舞夜が目の当たりにしたとおり、魔力攻撃の無効化。
その刀身に触れた魔法は、魔力構築を崩され、吸収されてしまうのだ。
もう1つは、今アリーシャがギリギリで対処した不可視の踏み込み、“瞬歩”。
月天輝夜流の奥義であり、アリーシャが唯一会得していない技だ。
《剣聖ノ加護》を全力で発揮して尚、エルフの感で受け止めるしかなく、リリアのサポートも合わせて、なんとか対応しているのが現状だ。
遠距離特化の舞夜にとって、最悪の相手。
何があっても行かせてはならない。
「いきます!」
「……んっ! 全力全開ッ!!」
アリーシャが飛び出し、リリアも《召聖ノ加護》で四肢を輝かせる。
◆
「《七星ノ闇魔剣》!!」
「くひゃひゃひゃっ! 無駄無駄ぁ! 《プリズム・フィールド》! 《フレイム・ランス》!!」
舞夜の魔剣に対し、コンは光の壁で対応。
同時に、シエラに向けて炎槍を放つ。
魔法無効化の固有スキルに加え、舞夜の《黒ノ魔槍》に匹敵するほどの上級スキルを同時発動。
つまりコンは、以前、舞夜が耳にした“二重詠唱スキル”を持っているということだ。
さすが、賢者と呼ばれるだけのことはある。
「させるかッ!」
シエラの前に舞夜が駆け出す。
そのまま、タワーシールドで《フレイム・ランス》を防御。
「今ですの!」
その影から、シエラが矢を放つ。
「だから無駄なんだよぉ!《フレイム・ピラー》ァァァッ!!」
コンの前に炎の柱が昇り立つ。
高速で放たれたシエラの矢も、巨大な炎の前では焼き尽くされるのみ。
「くひゃひゃひゃっ! 今度は2発だ!!」
再び放たれる《フレイム・ランス》。
シエラの援護もあり、なんとか対応する舞夜だが、状況は悪い。
長時間に渡る戦闘で、シエラの矢の本数も残り僅か。
舞夜の魔力も底が見えてきた。
ポーションで回復しようにも、敵はその暇を与えない。
だというのに、コンの魔力が衰えた様子はない。
次々と魔法を繰り出してくる。
「どうした、アリーシャよ! 動きが鈍くなっているぞ!!」
「くっ……! 黙りなさい!!」
舞夜の耳に、挑発するアカツキと、苦しげなアリーシャの声が聞こえてくる。
チラッとその様子を見れば、アリーシャの顔には大粒の汗が浮かび、振るわれる双刀も開戦直後のキレがない。
「はぁっ、はぁっ……《キマイラ》後ろから回りこめ! 《雷蟲》噛みちぎれ!!」
新たな使い魔を召喚し、指示を飛ばすリリア。
だが、彼女もまた息が荒く、四肢の輝きもチカチカと点滅し始めている。
加護を使いすぎて、体力の限界がきているのだ。
——このままじゃ……。
「よそ見してる余裕があるのかなぁ!?」
アリーシャたちを心配する舞夜に向け、コンがまたもや《フレイム・ランス》を発動。
舞夜は咄嗟にタワーシールドを構えるが——
「しまった!」
その直後に舞夜は気づく。
《フレイム・ランス》の軌道が自分に向いていないことに。
コンの狙いは、舞夜のいる斜め後方。
アリーシャだったのだ。
「やらせるか!」
《フレイム・ランス》が自分の横を通過するその一瞬で、舞夜は《黒ノ魔槍》を放ち、相殺する。
「ようやっと隙を見せたのう?」
「なっ——!?」
アリーシャへの直撃を防いだその直後。
アカツキが舞夜の目の前に現れた。
どうやら、瞬歩を使ったらしい。
舞夜は理解する。
絶対に自分が回避できないタイミング。
敵はこの時を待っていたのだと。
「だめぇぇぇ——!!」
「がぁっ!?」
だが、死を覚悟した次の瞬間。
舞夜は突き飛ばされた。
声をあげるシエラによって——。
ザンッ!!
「あっ……」
鋭い斬撃音。
そして弱々しい声。
シエラの腹をアカツキの妖刀が切り払っていた。
「シエラ……シエラぁぁぁぁッ!!」
自分を守るためにシエラが……。
その事実に動揺し、舞夜は杖も盾も投げ出しシエラへと駆け寄る。
「ま、舞夜お兄さま……。これで迷宮で救っていただいた恩は返せましたの……けほっ……!」
「何を……! 何を言ってるんだ!!」
血を吐きながら、小さく笑って言うシエラ。
だが、まだ間に合う。
舞夜は彼女にハイポーションを……そう思った時。
「あ〜あ、何やってるのさ。アカツキさん……。まぁいいや《フレイム・ランス》」
「あがぁぁぁぁぁ!?」
舞夜の背中にコンが魔法を放った。
勢いで舞夜は数メートル先まで飛ばされる。
体を炎に包み込まれ、のたうちまわる。
「くひゃっ。丸焦げで気持ち悪いなぁ、舞夜君。でも安心して良いよ? シエラ様は僕が治してあげるからさぁ。君はそこでもがき苦しみながら、3人が連れて行かれるのを見てると良いよ……くひゃッひゃッひゃッひゃッ!!」
高笑いしながら、シエラにハイポーションをふりかける、コン。
そしてその後ろから、舞夜に駆け寄ろうとするアリーシャとリリア。
なぜは分からないが、焦った顔のアカツキまで一緒だ。
その光景を見て舞夜は……
——ああ、僕のせいだ。
薄れゆく意識の中、後悔する。
自分を守ろうとし、シエラは傷つき。
自分がこの世界にきたばかりに、アリーシャとリリアさえもこんなことに巻き込まれ……。
だが、それと同時。
舞夜の中には後悔の他に、もう1つの感情が芽生えた。
ふざけるな!
このまま、大切な者を奪われてなるものか!!
お前はそれでいいのか!?
アリーシャたちを奪おうとする、コンとアカツキ。
それを指示した黒幕。
そして何より、アリーシャたちを守ることが出来ない、非力な自分に対する怒りが全身を支配した。
焼け爛れた体が、さらに熱くなるような感覚を舞夜は覚える。
まるで、怒りに呼応するかのように、体の奥から沸沸と……
そして——
「シエラから離れろ。クソ野郎……」
「くひッ!? なんで……どうしてお前が立ち上がるんだ! それに傷まで……!? それにその目はなんだぁぁぁぁ!?」
舞夜は立ち上がった。
全身に負ったはずの火傷は消え失せている。
そして、怒りに燃えるその瞳は、真紅に染まっていた。
迷宮で、トロール・ジェネラルの攻撃を回避した時と同じ色に——
「《慟黒剣》……!」
舞夜が呟く。
すると彼の手の中に、一振りの魔剣が現れた。
色は闇色、その刀身を鼓動のように闇紫の波紋が広がっていく。
「……ッ、《プリズム・フィールド》! くひゃひゃひゃッ! どんな手を使って立ち上がったか知らないが、魔法は効かないって言ってるだろ、この馬鹿——」
「死ね」
突如として復活した舞夜。
そしてその瞳の色の変貌に、コンは、ある存在を思い出し、焦る。
だが、すぐに冷静さを取り戻した。
自分には、固有魔法がある。
ゆえに、舞夜がその存在に成りえたとしても自分の敵ではないと判断した。
しかし、それが命取りになる。
ブォン——……!
言葉とともに、舞夜の振るった魔剣がコンの罵倒を遮った。
「え——?」
コンは気づいた。
自分の視界が、下へ、下へと落下していくことに。
だが、そこで意識は途絶えた。
自分が、舞夜に首を斬り飛ばされたと理解する間もなく、そして舞夜が本当にその存在に成り得たのか知ることもなく、死んでいくのだった。
それと同時、舞夜の手にした魔剣が効力を失い、霧散する。
《慟黒剣》——闇魔法、唯一の近接攻撃魔法だ。
その特性は“奪う”。
だが、《慟黒剣》が奪うのは、他の闇魔法のように生命力ではない。
《慟黒剣》が奪うのは、その刀身が触れた“存在”だ。
ゆえに、コンの《プリズム・フィールド》は《慟黒剣》を無効にするどころか、逆に消しとばされたのだ。
魔力を無効化する魔法であっても、存在そのものを消すという事象を操る《慟黒剣》の前には、その効果を成さない。
では、なぜ、そのような魔法を持ちながら今まで舞夜は使わなかったのか。
それは、《慟黒剣》の発動には、厳しい制約があるからだ。
《慟黒剣》は発動の際に、術者の魔力を根こそぎ奪う。
一度発動してしまえばそれまでだ。
仮に発動したとしても、一瞬で効力を失い霧散する。
存在を奪えるほどの強力な魔法、長時間の維持などできるわけがない。
にも関わらず、今回舞夜が《慟黒剣》を発動したわけだが……
舞夜には分かっていたのだ。
コンが、しようとしていたことが——。
そして、自分がこの危機の中で、再び目覚めた力のことが——。
「舞夜お兄さま!」
ハイポーションにより、一命を取り留たシエラが舞夜へと駆け寄ってくる。
「大丈夫かいシエラ?」
「はいですの!」
シエラの様子を見て、舞夜は安堵する。
これで、舞夜の気がかりはなくなった。
「ご、ご主人様……」
「……その瞳の色」
「アリーシャ、リリア、話は後だ。そこで見ていてくれ」
「「はい……ッ!」」
淡々と、しかし、絶対の自信を感じさせる舞夜の言葉に、アリーシャとリリアは頬を染め、従順に返事をするのみだ。
「さあ、来い。アカツキ」
「くくく……。まさか目覚める者がいようとは……。面白くなってきおった! 予定とは、ちと違うが、相手をしてやろう!!」
赤く染まった舞夜の瞳を見て、アカツキは楽しげに叫ぶと、一気に飛び出した。
【読者の皆様へ】
下にスクロールすると、作品に評価をつける【☆☆☆☆☆】という項目があります。
お楽しみいただけましたら、どうか応援していただけると嬉しいです!




