41話 先代勇者
「ふふッ、ふははッ、ふはッはッはッはッ——! 息子よ、このお好み焼きという物は実に美味いな! パパ、びっくりしちゃったぞ!?」
侯爵家、中庭——。
舞夜に向かって、侯爵が口の周りをソースだらけにしながら、高笑いをする。
よっぽど気にいったようだ。
世話をしようとするメイドを無視して、自分で切り分けていく。
「……次は豚玉」
「シエラはお兄様に、豚呼ばわりで蔑んで欲しいですの!」
次の分のを用意するリリアの発した、豚という言葉にシエラが速攻で反応している。
もう手遅れの様だ。
おまけに、とうとうシエラまで、舞夜が侯爵家の婿養子になることを前提にし、彼のことを“お兄さま”などと呼び出してしまう。
「ご主人様、お口のまわりが汚れています。ふきふきしましょうね?」
そう言って、舞夜の世話を焼き、甘やかすアリーシャ。
その様子を見て「あらあら、舞夜さんは甘えんぼさんなのね〜」と侯爵の妻、コーネリアが微笑み、セドリックが「しょうがないなあ、弟くんは〜」と相槌をうつ。
どうやら彼の中でも、舞夜が自分の弟になることは決定事項のようだ。
迷宮の大攻略を終えてしばらく——。
舞夜たちは、ずっと侯爵家で過ごしていた。
本当は自分たちの家で、ゆっくり過ごしたかった彼らだが、そうはいかなくなってしまったのだ。
理由は、貴族や商人が連日、彼らの家を訪ねて来て、その頻度が生活に支障をきたすレベルに達してしまったからである。
原因は、舞夜が領爵に叙勲されたのと、トロールジェネラルを単独で討伐し、この都市初の白金等級になる間近だと、噂が流れたせいだ。
ある者は、優秀な魔法使いである舞夜の血を取り込もうと縁談。
また、ある者は、投資の相談。
他にも、パーティに入れて欲しいという冒険者に、使用人にしてくれと言ってくる者や、舞夜をヒーロー視し、握手して欲しいとねだる近所の子どもまで千客万来だ。
困り果てていたところに、侯爵がしばらくこの屋敷で生活するといいと提案したのだ。
さすがに侯爵家にホイホイとやって来れる輩はいない。
舞夜たちは大助かりだった。
あとは落ち着いたころを見計らって、相応しい家や使用人を探せばいいと、侯爵からは言われている。
正直、舞夜としては、そんな大それた生活を送るつもりはなく、アリーシャたちとひっそり暮らし、彼女たちのために金を稼げればそれでいいのだが……。
ともあれ、どうするかは、ひとまず落ち着いてからだ。
「お食事中のところ、失礼します。舞夜様にお客様がお見えになりました」
「うへぇ……」
安全と思っていた公爵家にも、とうとうそんな輩が現れてしまったのだろうか。
メイドの言葉に舞夜は、げんなりといった様子だ。
——いっそのこと、本気で他の都市へ移住も考えようかな……。
そんなことを考えつつ、応接間に案内されるのだった。
◆
「久しぶりね、舞夜ちゃん……」
応接間に待っていたのはアーナルドだった。
心なしか元気がない……というより、どこか虚ろな様子がする。
具合でも悪いのだろうか。
そしてその隣の席にもう1人……
「僕は“帝国勇者団”の1人、“コン”といいます」
もう1人は、紫の髪を持つ青年だった。
髪色のせいか、どことなく不気味な印象を受けるが、顔には人懐っこい笑顔を浮かべている。
ちなみに、帝国勇者団とは、帝国の勇者・ジュリウス皇子の率いる、魔王討伐を目標に掲げた有志の集まり、つまり勇者パーティのことである。
コンは、その帝国勇者団の魔法使いで“賢者”と呼ばれていると、自己紹介をする。
「ご丁寧にありがとうございます。そんな立場の方が、ぼくなんかに、どのような用が……?」
目的を聞かないことには始まらない。
舞夜が用件を尋ねるが、ギルドの受付嬢、それに勇者パーティの一員が揃って現れたということは……。
「……実は、この賢者様が舞夜ちゃんに指名の依頼があるっていうから、お連れしたのよん……」
またもや虚ろな様子で、答えるアーナルド。
その言葉に、やっぱりな、と舞夜は納得する。
それにしても勇者パーティの一員が、依頼するほどのクエスト。
いったい、どのような内容なのだろうか。
「実は、この都市の外れの森で、ある探し物をしようと思っているんですけどね……。その際の護衛を頼みたいのですよ」
「護衛、ですか? 勇者パーティの1人ともあろう方が、ぼくにですか?」
「疑問に思うのも無理はありませんが、これには理由があるんですよ。確かに、自分で言うのもなんですが、僕は結構強いです。ですが今回の探し物はちょっと特殊でして……まぁ、魔王を倒すのに必要な魔道具なんですが……。内密にして下さいね? それで……」
コンが言うには、その魔道具は魔王を倒す為の兵器開発に必要なもので、その在りかが、この都市の近くの森林にあると最近判明したらしい。
しかし、正確な位置は特定できておらず、これから、コンが持つ探査能力のある魔法で割り出すそうだ。
そこで問題になる事が一点。
その魔法を発動している間、彼は他の行動を一切出来ず無防備になってしまうと言う。
「舞夜領爵の実力は噂で聞いてますし、これから探すのは魔王を倒せる程の兵器にもなる道具です。もし良からぬ事を企む者の手に渡れば……」
そういうわけで情報が漏れぬよう、舞夜に依頼したいという事らしい。
魔道具の形状が漏れるのもマズイので、アリーシャ達の同行もなしで、との事だ。
自分の仲間は? と思い、舞夜が聞くが、魔王が率いる魔族たちの相手でそれどころじゃない、と答えが返ってくる。
「事は内密に、しかし急がなければなりません。なので今回、無理を言ってアーナルドさんに同行してもらったのです」
「……そういうことよん。もう報奨金も預かっているし、賢者様が勇者団の一員である事も確認が取れてるわん。安心してちょうだい……」
ちょうど舞夜はヒマをしていたところだ。
聞けばかなりの報酬ももらえるようだし、勇者が魔王に破れてこの都市に……なんてことになれば一大事だ。
ギルドの正式な依頼書もあるし、コンの身元はアーナルド保証している。
舞夜はこの依頼を受けることにした。
そうと決まれば、出発だ。
舞夜は賢者コンとともに、森林へと向かう。
そして、その姿を、なぜか不安そうな表情で、アリーシャとリリアは見つめていた。
◆
「コンさん、いったいどこまで歩くのですか?」
都市外れの森林に到着してからしばらく。
舞夜が少々疲れた様子で、コンへと問いかける。
足の疲れもそうだが、ただ歩き進めるということに気が滅入り始めているのだ。
「あと少しです。舞夜領爵。いや……“十六夜舞夜”と呼んだ方がいいかな? くひひっ」
「ッ——!?」
突如、雰囲気の変わったコン。
そして、この世界に来てから名乗ったことのない、自分のファミリーネームを口にされ、舞夜の表情が驚愕に染まる。
「くひひひっ! どうしてその名を? とでも言いたそうな顔だねぇ? それはねぇ、全部見えてるからだよ。“鑑定魔法スキル”、《ステータス》よって、君の本名、年齢、地球という出身地がねぇ……」
「それに、馬鹿みたいに高い魔力値もな。……その割には体力や筋力が低いようじゃが?」
「なっ!?」
スキルによって、どんどん舞夜の素性を言い当てるコン。
だが、それに驚愕するのもつかの間。
さらに背後から、新たな声が割り込み、舞夜は咄嗟に距離を取る。
「初めましてじゃな。地球の魔法使い、十六夜舞夜よ」
舞夜の背後に現れたのは、女だった。
漆黒の長髪に瞳。
さらに同じ色の着物を身につけ、胸元や脚を大胆に露出させている。
そして腰にはふた振りの日本刀が……。
「お前たち、何者だ?」
「くひひひっ、言ったじゃないか、僕の名前はコン——」
「そうじゃない!」
分かりきったことを馬鹿にした口調で言うコンに、舞夜が声を荒げる。
「それくらいにしておけ、コンよ。妾たちは、お前と同じ地球人じゃ。そして——」
「君をあの世に導くものさ。くひひっ!」
着物の女とコンが言う。
「なぜ、ぼくの命を狙う?」
まずはそこだ。
舞夜は、命を狙われるようなことなど、身に覚えはない。
勘違いだというのなら、それでいい。
しかし、そうでなければ……。
「くひっ、それはねぇ……、君が他人から女の子を3人も寝取ったからだよぉ。ダメだよ、NTRはぁ」
「寝取っ……!?」
突拍子もない言葉に、驚く舞夜。
だが、同時に安堵する。
舞夜は、そんなことした覚えはないし、断じてそんな属性は持っていないのだから。
その様子を見て、着物の女が口を開く。
「理解してない様じゃな? 貴様の奴隷、アリーシャとリリアは、アルフス王国の王子が婚約を申込んでおる」
「そして、シエラ様は、アウシューラ帝国の第二皇子様が……そういうことさぁ」
——あかん。
一気に青ざめる舞夜。
それを言われれば、覚えがありまくりだったのだ。
だが、彼にも言い分はある。
「ふざけたことを言うな! アリーシャとリリアはともかく、シエラには、まだ手を出していないぞ!」
「キレるとこそこなのじゃ!? っていうか、手を出したのか貴様!?」
「いや、それよりもまだって言ったよ。この子ぉ……くひっ」
着物の女とコンがそんな反応をするが、舞夜の言い分は他にもある。
「そうは言っても、ぼくが手を出したんじゃあない! アリーシャとリリアに関しては無理やり襲って来ただけだし、シエラに関してもこのまま行けば、襲われるのは時間の問題……そう予想しているだけだ」
「「Oh……」」
実は舞夜が手を出したのではなく、奴隷たちが無理やり彼を汚してた。
そして、シエラも同様なことが、時間の問題で起きそう……
そんな予想外の事実に、着物の女とコンが「お気の毒に……」といった様子で声をあげる。
これでお引き取りもらえるだろうか? と舞夜は2人を見つめるのだが——
「まぁ……君の事情は分かるんだけどねぇ、そうもいかないのさ。君を殺せば第二皇子はシエラ様が自分の物になると信じているし、僕もご褒美がもらえるんだ。くひひっ」
「妾もアルフスの王子には恩があってのう。貴様には不憫じゃが、ここで死んでもらおう。……まったく男の嫉妬ほど醜いものはないのう」
「くそっ……」
どうあっても、舞夜を殺すつもりらしい。
ならば、問答無用。
今の舞夜ならば、トロールを超える敵が相手でも、簡単にやられはしない。
目の前の敵を倒す為、舞夜が魔力を高める。
だが——
ドスッ!!!!
そんな音とともに、舞夜の腹部に、鋭い痛みが走る。
目の前には着物の女。
そしてその手には、刀……。
舞夜はその刀に貫かれていたのだ。
「かはっ……」
口から血が漏れる。
舞夜は反応出来なかった。
女との距離は何メートルも離れていたというのに。
「自己紹介が、まだじゃったのう。妾の名は“アカツキ”。先代勇者にして、アリーシャの剣の師じゃ」
そう言って、着物の女……先代勇者・アカツキは、躊躇なく刀をなぎ払った。
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