40話 醜き者たちの狂乱
アウシューラ帝国、首都“クラリアル”、その帝城——。
「くそ! 何度、ぶひっ、読んでも忌々しいッ!!」
豪奢な一室で、一通の手紙を手にした男が憤慨する。
怒りのあまり、見るからに高価な調度品はメチャクチャに壊され、握った掌には自身の爪が食い込み、血が滲んでいる。
帝国第二皇子“ヘースリヒ・アウシューラ”。
それがこの男の正体だ。
顔は醜悪。
さらに体は馬鹿みたいに太り、ブヒブヒと息を荒くする、その姿は、まさに豚のようだ……。
だが、皇族が皆揃って、このような見た目をしているわけではない。
両親である皇帝、妃ともに眉目秀麗、容姿端麗。
兄である第一皇子ジュリウスも、七大魔王の一角を、その手で屠るような凄腕の勇者でありながら、帝都の若い女全てが見惚れてしまうほどの美男子だ。
別にヘースリヒが養子であったり、腹違いの子どもというわけではない。
にも関わらず、醜い顔をしている上に、皇帝のような政の才能もなければ、兄のように武に優れるわけでもない。
その上で、努力をしようとしない、怠け者なのだ。
帝城の使用人にすら、裏でゴミと囁かれる始末。
「くくく……。ずいぶんと荒れておるな、ヘースリヒ?」
静かな声。
怒り心頭のヘースリヒの背後に、1人の男が現れる。
「……!? なんだ、貴様か“カリス”。いつこの国へやって来た?」
男の名は“カリス・アルフス”。
宝石などを散りばめた派手なローブを着した青年だ。
髪は深緑の長髪。
そして、その髪から長くとがった耳がのぞいている。
エルフ……なのだが、それにしては顔が整っていない。
ヘースリヒほどではないが、十分に不細工と分類される容姿。
そして、なによりその表情は傲慢そうだ。
その正体は、エルフの国、アルフス王国の第一王子。
アウシューラ帝国とアルフス王国は交流が盛んで、2人は幼い頃からお忍びで会うことが多いのだ。
「つい先ほどだ。それより、その手紙……リューイン侯爵の娘に関するものだろう?」
「……! そ、それがどうしたというのだ?」
動揺するヘースリヒ。
彼の手にする手紙は、カリスの言ったとおり、リューイン侯爵の娘……つまりシエラに関するものだった。
内容は縁談の破棄の知らせ。
ヘースリヒは、舞夜が侯爵家で話を聞いたとおり、シエラの婚約者だった。
だが、シエラはそれを拒絶した。
手紙は、どうにもならないと判断し、侯爵が数ヶ月前に皇帝に出したものだ。
そして、皇帝はそれを承認。
縁談の話はなくなった。
だが、それに納得できないのが、拒まれた本人ヘースリヒだ。
ヘースリヒは愛らしいシエラに異常なまでの執着心を持っていた。
それは拒絶され、自分の象徴がその際に蹴り潰された後ですら、変わることはなかった。
いや、むしろその痛みを思い出すたびに、さらなる恋心と劣情を抱くほどだった。
「実は……私も婚姻を申し込んだ娘に逃げられたのだ。それも2人にな……情けない話だが」
顔を顰め、話し出すカリス。
無論、これも舞夜が聞いていたとおり、アリーシャとリリアのことだ。
「ぶひっ、それはそれは……。で? まさかとは思うが、慰め合いに来たのではないだろうな?」
「まさか、そんなわけあるまい。少し面白い情報を掴んだのだ。どうやら私の婚約者たちは、1人の少年の奴隷となり、リューイン領で暮らしているらしい。そして、その少年とお前の婚約者だったシエラの縁談を、侯爵が進めようとしていると——」
「ぷぎゃぁぁぁぁっ——!!!! ぶふっぶひ……ぶひ、ふざけるなあぁぁぁぁぁ!? シエラ! シエラは私の物だぁぁっ! そんな事あってたまるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
シエラが自分以外の者の手に——。
そう聞いた瞬間。
ヘースリヒは発狂した。
唾に鼻水。
さらに興奮のあまり、鼻血まで飛び出す。
「落ち着けヘースリヒ。そこで私から提案がある」
「ぶ、ぶひっぃぃ! て、提案!?」
「ああ、1人の少年が、私とお前の愛する者を独占しようとしている。であれば……わかるだろう?」
「ぶひっ……! そいつを亡き者に、というわけか?」
「そのとおりだ。そのために協力しようというわけだ。ちなみに私は“先代”を動かすつもりだ」
「ッ——!? そこまで本気なのか……! ぶひっ、いいだろうであれば私は“賢者”を動かそう!!」
「くくく……決まりだな。見ておれよ……王族の女に手を出そうとする不届き者よ」
皇子と王子。
2人の嫉妬と怒りが国境を越え、重なりあい、リューイン領爵……舞夜へ襲いかかろうとしていた。
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