34話 寄り添う3人
7層目——。
この階層には、安全地帯と呼ばれる、魔物の寄りつかない区画がある。
そこで舞夜たちは、休憩と昼食をとることとなった。
「んほぉぉぉぉ! うめぇな、ハワード!」
「であるな! まさか迷宮の内部で、ここまで美味なるものを食せるとは……。舞夜殿たちに感謝である」
サンドイッチ片手に、ダニーが歓喜の声をあげ、ハワードもその美味しさを噛みしめながら同意する。
安全地帯に入り、騎士たちは、自前の携帯食を食べようとしていたのだが、その携帯食というのが、小麦粉で固めただけでパッサパサの、見るからに不味そうなものだった。
それを見かねた舞夜が、あらかじめ《黒次元ノ黒匣》に収納していた食材と、迷宮で狩った魔物の肉を使ったサンドイッチを、アリーシャとこしらえて、皆に振る舞ったのだ。
「いやあ、本当に美味しいね。このサンドイッチ! でもこのソース……なんの味だろう?」
セドリックもお気に召したようだ。
貴族である彼すらも声をあげて喜ぶほどのサンドイッチ。
レタスにトマト、オニオン。
それと先ほど舞夜が屠った、ミノタウロスの肉をかるく炙ったものが、フランスパンに似た、歯ごたえのあるパンに挟まれている。
味の決め手は、舞夜がアリーシャの策略にハマり、堕落したひと月を過ごす間に暇つぶしで作っていた醤油に、アリーシャが果物の果汁やスパイスを加えて作り上げた特製ソース。
さらにこれまた、アリーシャお手製のマヨネーズソースを組み合わせた、ダブルソースだ。
「……スープも絶品」
「スプーンが止まりませんの!」
リリアとシエラが、小さなほっぺを膨らませて飲んでいるのは、数種類の野菜と、これも舞夜が倒したトロールの肉を入れたコンソメ風のスープだ。
赤身の旨味と脂の甘みが溶け出し、いくらでも飲みたくなる一品に仕上がっている。
トロールの肉は、その見た目に反して非常に美味だ。
侯爵家での食事会で出されていたのも頷ける。
ビキニアーマー2人組み、ケニーとマリエッタもお代わりをするほど、気に入ったようだ。
と、ここで。
サクラがおもむろに口を開く。
「アリーシャ、少し聞いてもいいか?」
「なんでしょう、サクラさん?」
「アリーシャ。君は、何か特殊な剣術を習っていたのではないか?」
「あ、わかりますか?」
「ああ。あの速さ、そして剣舞の様なあの動き……《剣聖ノ加護》で身体能力を上げただけでは不可能だろう。いったい何という剣術か、教えてくれないだろうか?」
「はい、もちろんいいですよ。わたしの剣術……刀術の名は“月天輝夜流双刀術”といいます」
「なに!?」
月天輝夜流——。
その名をアリーシャが口にした瞬間、サクラの顔が驚愕に染まる。
「サクラさんは、アリーシャの剣術を知っているんですか?」
「知っているどころではないぞ、舞夜殿! 月天輝夜流といえば、過去、魔王の1人を封印せしめた“先代勇者”様の使っていた剣術だ。ということは……」
「はい。わたしの師匠は、その先代勇者様ですっ」
「な!?」
先代勇者の弟子。
そんな驚愕の事実にもかかわらず、なんとも気軽に答えるアリーシャに、舞夜も驚きを露わにする。
「そういえば、ご主人様には、まだお話したことありませんでしたね。いい機会ですので、わたしとお師匠さまのことを少しだけ……」
そう言って、アリーシャが先代勇者と、彼女との関係を語り始める。
先代勇者は、地球から召喚された日本人。
アリーシャと先代勇者の出会いは、先代勇者が魔王を封印した後のことだ。
魔王封印の際に、先代勇者は大きく疲弊し、勇者の力……魔王に対抗できる数少ない手段である“神聖属性”の技をほとんど使うことができなくなり、隠居。
そして、その隠居先にえらんだのが、エルフの国、アルフス王国。
つまりアリーシャの故郷だった。
隠居を選んだはずの先代勇者だが、《剣聖ノ加護》を持つアリーシャの存在を見て、剣術魂に火がついた。
彼女を自分の後継者として、鍛え上げるのだった。
「これが、わたしとお師匠様の関係です」
「……そのおかげで、アリーシャねえさまは、国で1番の剣士になった。あのクソ王子に目をつけられなければ、今頃はアルフスの戦士長だったのに……」
アリーシャが締めくくると、リリアが苦い顔で言う。
だが、アリーシャはどこ吹く風だ。
何故なら——
「でも、わたしは王子に感謝してるんですよ? だって、そのおかげでご主人様に出会うことができたんですものっ」
「アーシャ……」
花の咲くような笑顔で言うアリーシャに、舞夜は思わず、ほろっときてしまう。
「……ん。それは私も一緒」
リリアも穏やかな表情を浮かべる。
その頬は僅かに紅潮している。
地球で理不尽な死を迎えた舞夜。
故郷を終われ、奴隷に落ちたアリーシャとリリア。
それぞれの困難。
その中で抱いた恋心。
そして、掴んだ幸せ——。
それを改めて実感し、3人は自然と寄り添うのだった。
「うっ、あれには、ちょっと近づけませんの……」
突如出来上がった、幸せ空間に、舞夜を慕うもう1人の少女、シエラが攻めあぐねる。
それを見て、兄であるセドリックは「頑張るんだよ、シエラ」と小さく呟く。
ケニーとマリエッタは、黄色い声でキャイキャイと盛り上がり、ダニーとハワードは嫉妬のあまり、地面に拳を「クッソ! クッソ!」と叩きつける。
そしてサクラ。
何故か彼女は熱っぽい視線で、アリーシャ、そしてリリアにチヤホヤされる舞夜を見つめていた。
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