26話 晩餐会
「おお、舞夜よ! アリーシャとリリアもよく来てくれたな!」
「「「いらっしゃいませ、お客様!!」」」
夕刻。
迎えの馬車に揺られ、舞夜たちは侯爵家の屋敷へとやって来た。
到着するやいなや、自ら庭門に出てきた侯爵とその後ろに並び立つメイドたちに迎えられる。
本物のメイドの登場に男なら心踊るところではあるが、ひと月ものあいだ舞夜はメイド姿の絶世の美少女エルフ、アリーシャに毎日奉仕を受けていたうえ、その妹のリリアとの経験を得ている。
ゆえに彼がときめくことはなかった。
だが……
「舞夜さま! よく、おいでくださいましたの……!」
今回の食事会の発端。
舞夜が命を救ったハーフエルフの少女、シエラが駆け寄ってくる。
「シエラ様、お招きいただき——おっと!?」
挨拶を返そうとする舞夜に、シエラは駆け寄った勢いそのまま、彼に抱きついてしまう。
——や、やっぱ可愛いな、この子……。
密着し、見上げてくるシエラに舞夜は改めて彼女の愛らしさを認識する。
小さな顔にくりくりとしたエメラルドグリーンの瞳。
ピンクブロンドのゆるふわツインテール。
その横からぴょこんと覗くハーフエルフの特徴である少しだけ長い耳。
そのうえ、今日は、先日出会ったときに着していた冒険者の衣装ではなく、髪と同じ色の淡いピンクのドレスを身にまとっている。
肩や背中が大きく露出するタイプで舞夜の目を釘付けにする。
だが彼の意識を奪うのは肩や背中だけではない。
服越しに伝わってくる、むにゅんっとした胸の感触。
リリア同様に小柄な体に反し、なかなかのものを持っているのだ。
言うならば準巨乳といったところだろうか……。
「シエラ。お客様が困ってらっしゃるわ。お会いできて嬉しいのはわかるけれど少し落ち着きなさい?」
シエラの突然の抱擁に混乱し、何もできずに固まってしまった舞夜の耳に、そんな声が聞こえてくる。
「初めまして舞夜さん、それにエルフのお二方。私はゼルマンの妻のひとり、“コーネリア”。よろしくお願いしますわね」
現れたのシエラと同じピンクブロンドの長髪を持った、色気漂うエルフの麗人だった。
侯爵の妻……つまりシエラの母親だ。
「初めまして、冒険者の舞夜です。本日はお世話になります」
こちらも自己紹介と舞夜が口を開く。
それに習い、アリーシャたちも続くのだが……
「ご主人様の奴隷、アリーシャです。趣味はご主人様へのご奉仕——「だまれ駄エルフ」
「……リリア。同じく、ご主人様の奴隷兼、肉べ——「やめろぉぉぉぉ!!」
とんでも自己紹介に絶叫する舞夜。
そのやりとりに侯爵とセドリックはバカ笑い。
シエラは刺激が強すぎて顔を真っ赤に。
コーネリアは「あらあら元気なのね」と小さく笑う。
おまけにその周囲のメイドたちが黄色い声で盛り上がる。
——は、恥ずかしくて死にたい……。
羞恥のあまり、舞夜は頭を抑えうずくまってしまうのだった。
◆
「“領爵”ですか?」
「うむ。貴殿は侯爵家の娘を救ったのだ。それにトロールが野放しになっていれば、その被害は計り知れん。貴殿の功績を讃えるのにはぴったりであろう」
食事会が始まり少したった頃。
舞夜は、侯爵から今回の功績を讃え、領爵という地位に叙勲したいと話しを受けていた。
領爵というのは、1代かぎりの名誉爵位のことだ。
大きな功績を残した者に対し、その土地の領主が独断で叙勲することができる。
舞夜はすでに金等級の冒険者であり、その扱いは男爵と同じ。
領爵も地位的なものはあまり変わらないのだが、領爵になった場合、その領地の税収の一部を受けとることができる。
それに伴い何か貴族の役割を果たさなくてはならないのかと思えば、それはない。
舞夜は叙勲された証として侯爵家の家紋と宝石をあしらった短剣と、今後役に立つだろうと魔法秘薬、ハイポーションを6本渡される。
——これ、なにか絶対に裏があるよね……。
あまりに大盤振る舞いな待遇に、舞夜はそう思わずにはいられない。
「ところで舞夜さま、お話がありますの」
とそこへ、彼の隣の席に陣取ったシエラが声をかけてくる。
「なんでしょうシエラ様」
「もうっ、呼び捨てにしてくださいですの。今のうちに慣れてほしいですの……」
「え!?」
——なに!? 慣れるってなにに!?
だが、シエラはお構いなしに続ける。
「実は舞夜さまたちの冒険者活動にシエラを加えてほしいのですの。侯爵家としてお礼はできましたが、シエラ自身はなにもできてませんの。だから……」
自身の力で役に立ちたい——。
シエラのそんな思いに、舞夜はなんていい子なんだろう。と感動を覚える。
「シエラ様、あれはぼくが勝手にやったことです。それにシエラ様には失った腕を治していただいたので、それで十分……」
「そんなことありませんの! シエラは、シエラはぁ……」
そこまで言って、シエラは言葉に詰まってしまう。
その目は潤み、心なしか顔も赤く見える。
「まぁまぁ舞夜くん。それじゃあこういうのはどうだろう? 試しに明日のクエストにシエラも同行させてみるんだ。それで改めてシエラが役に立つか見極めて、今後一緒に活動するか決めるっていうのは」
「……? あの、なぜセドリック様が明日のクエストのことを知っているのですか?」
「どうしてもなにも、ぼくは明日同行する騎士隊の隊員の1人だからね。ちなみに副隊長なんだ。明日はよろしくね?」
——うわぁ……。
騎士ともなれば、貴族出身の者もいるだろう。
そんな予想が現実となり、しかも目の前の人物がそれだったとは……。
舞夜は内心ゲンナリする。
「ご主人様、わたしはシエラちゃんの加入に賛成です。私たちのパーティには遠距離武器の担当がいませんから」
「……ん。アーチャー重要」
どうしたものかと考える舞夜に、アリーシャとリリアが言う。
「ふはははは! よいぞよいぞ!!」
「ふふっ」
「……くすっ」
その様子に侯爵が満足げに笑い、アリーシャとリリアが意味ありげな微笑みを浮かべる。
嫌な予感しかしない舞夜だったが、食事会をすすめるうちに、侯爵やアリーシャたちのゴリ押しによって、シエラの仲間入りは決まってしまった。
「ところで舞夜よ。金等級の冒険者ともなれば世間体は大事だ。どうだろう正式に妻……」
「侯爵様! このお肉すごく美味しいです!!」
妻——。
その不穏な単語が聞こえた瞬間、舞夜は速攻で話題を逸らす。
そして、 なんとなくだが理解する。
自分の扱いがイヤに良かった理由を。
「う、うむ。トロールの霜降り肉だからな。味わい深いであろう? まぁ、貴殿が市場に出回らせたものなのだが……」
——げ!? この肉、ぼくが倒したトロールの肉なのか!? いやそれより……
「侯爵様。だいぶ時間もたちましたし、明日も早いです。ぼくらはそろそろ——」
「何を言う、舞夜よ! まだ始まったばかりではないか!」
「そうですの! シエラは、まだ舞夜さまと、お話しがしたいですの!」
「僕も舞夜くんたちのこと、いろいろ聞きたいな。そうだ! どうせなら泊まっていくといいよ。きっと楽しい夜になるだろう」
「そですわね。それにアリーシャさんとリリアさんは、とても帰れる状態じゃありませんもの」
このままここにいてはまずい——。
そう判断した舞夜の「帰る」のひと言に、侯爵、シエラ、セドリック、そしてコーネリアと、一家総出でそれを阻止しようと声をあげる。
頼みのアリーシャたちも最後のコーネリアの言葉どおり、グデグデに酔っ払ってしまっている。
その証拠に……
「いやーん、ご主人様の魔槍使い〜」
「……このカルーアミルク薄い。やっぱりミルクはご主人様のに限る」
アリーシャはなんともいえぬギリギリな発言を。
リリアのはどう聞いても淫語です。本当にありがとうございました。
——こうなったら!
舞夜は最後の手段にでる。
「うっ……すみません。お気持ちは嬉しいのですが、どうやらぼくも酔いがまわってしまったようで……。みんな一緒に馬車で——」
「ふはははは! おかしなことを言うな舞夜よ! 貴殿の飲み物には一切アルコールを入れるなとメイドたちに言っておるのだ。酔うはずがなかろう?」
——こんちくしょうがッ!!
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