20話 ダークエルフ
翌日——。
「どれがいい、アーシャ?」
「ご主人様ぁ、わたしはやっぱりこのままでいいですよぅ……」
舞夜の問いに、珍しくアリーシャが弱気な声を出す。
場所は都市の北側にある“奴隷市場”。
別に新たな奴隷を買いに来たわけでもないし、アリーシャを奴隷から解放する手続きに来たのでもない。そもそも、奴隷から解放しようとしてもアリーシャは全力で拒否するので、それは無理な話だ。
目的はアリーシャの首輪の買い替えだ。
今、彼女がつけているものはかなりの重量がある。
さらに、使い回しされてきたものなのか、表面にはうっすらと錆が見え始めていて、このままつけていれば肌に悪いのは明らかだ。
なので首輪を買い換えてあげようと舞夜は考えたのだ。
だが、アリーシャはそれを固辞しようとする。
理由は目の前のショーケースに並ぶ首輪がどれも高額だからだ。
大切に扱われている奴隷は、宝石などで装飾された首輪を与えられる場合がある。目の前に並ぶのはそういった奴隷用のものだ。
——しかたない。
自分には贅沢だと肩肘を張るアリーシャに、舞夜はある作戦に出る。
「残念だなぁ。これくらいコンパクトでキレイな首輪なら、アーシャの首すじを堪能できるのになぁ」
「——!?」
「今の首輪のままだったら、首にチュウもペロペロもできないなぁ」
「——ッッ!!??」
「そんな錆びた首輪じゃ、首元にスリスリしたりして甘えられな——」
「ご主人様! ほしい! 新しい首輪ほしいです!!」
作戦は成功だ。
そして、どうやら想像してエロフモードに突入したらしい。
瞳孔をピンクのハートにし、腰を左右にフリフリし始めた。
「ほっほ、話はまとまったようですね」
舞夜たちの様子を見て、1人の男が会話を切りだす。
この市場の主人だ。
最初は他の従業員が舞夜たちの対応についたのだが、彼の首に金等級のタグが下がっていると気づくやいなや、この主人が代わり出たのだ。
金等級だから、今後上客になるかもしれないと媚を売ろうという算段だろう。
そして、この男を見て舞夜は、——どこかであったような? と既視感を覚えるのだが、どうにも思い出せずにいた。
それはさておき。
購入品は決まった。
舞夜が選んだのは淡いブルーの宝石がはめ込まれたシャープな首輪だ。
首輪部分も上品なシルバーで装飾品と見分けがつかないくらい洒落たつくりをしている。
値段は金貨30枚。
かなり高めだが、自分のために尽くすと言ってくれるアリーシャの為に、これくらいはしてあげたいと思ったのだ。
「いやいや、本当にお似合いです。それにこれほど美しいエルフをお持ちとは、なんとも羨ましい」
買い物が終わり出口に向かって歩く途中、主人が付き従い、もみ手で2人をヨイショする。
外まで見送るつもりのようだ。
そして、出口までもう少しといったところで、台車に乗った檻が舞夜たちの方へ運ばれてくる。
舞夜はとっさに目を伏せる。
恐らく中身が人間だからだ。
日本人だった舞夜にとって、人間が檻に入れられ、値段がつけられている姿を見るのは酷というものだ。
そして檻が横を通り過ぎようとしたその矢先——
「アリーシャ……アリーシャねえさまなの!?」
檻の中から、そんな声が上がる。
「うそ……? リリア!? どうして……なんでこんなにところにいるの!?」
信じられないといった様子で、アリーシャが檻にしがみついてしまう。
「アーシャ、もしかして知り合いなの?」
「ご、ご主人様……! この子は、リリアはわたしの妹です! あぁ、どうして奴隷なんかに……」
「なんだって!?」
慌てて檻を覗く舞夜。
すると、そこには1人の幼い少女が涙を流し、彼を見あげていた。
長いシルバーブロンドの髪。
艶のある褐色の肌に、アメジストバイオレットの幻想的な瞳。そしてアリーシャと同じく長い耳……ダークエルフの美少女だ。
——アーシャの妹! なんとしても助け出さなくちゃ……!
ダークエルフの少女……リリアの存在に舞夜は決心する。
だが、檻につけられた値段を見て絶句する。
トロールの報酬を得た今の舞夜ですら、到底手の出せる額ではなかったのだ。
先ほどまで、もみ手で媚を売っていた主人も事情を理解したのだろう。
舞夜から目をそらし、気まずそうな表情を浮かべている。
——こうなったら大暴れして、連れて行ってしまうか……?
そんな考えが頭をよぎる。
だが、それは論外だ。
2人が逃亡生活を送ることになんかなったら元も子もない。
「うるせぇぞ、奴隷ども! 鞭で叩かれたくなかったら静かにしやがれ!!」
どうすればいいかと舞夜が悩んでいると、そんな声が響いてくる。
どうやら、ここの従業員が奴隷が言い合いでもしていると勘違いしたようだ。
——あれ、この声どこかで聞いたような……。
聞こえて来た声に、舞夜はまたもや既視感を覚える。
とそこで……
「やめんかピーター! お客様の前だぞ!!」
主人が叫ぶ。
「ああっ! 昨日の人でなし野郎!!」
「げぇ! 舞夜!?」
なんと声の主は昨日、舞夜たちと迷宮でクエストを共にし、仲間のシエラを見捨てたチームのリーダー、ピーターだった。
「お前のせいでみんな死にかけたんだぞ! ここで殺してやる!!」
「ひぃぃッ!?」
「待って! お待ちください舞夜様! ピーター、いったいどういうことだ!?」
怒りのあまり、襲いかかろうとする舞夜に、主人が必死に制止を求める。
そして、話し合いが行われ——
「こんのバカたれがぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひぎゃぁぁ!? や、やめてパパ! もう許し——あぎゃあ!?」
怒りで顔を真っ赤に染めた主人が、ピーターの顔面をこれでもかというほど殴りつける。
「久しぶりに帰って来たかと思えば、冒険者の真似事をしておったとは……おまけに仲間を見殺しにしただと!? この恥さらしがァァァァァァ!!!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁッ——!!??」
そして、トドメに筋◯バスターを決めるのだった。
「ふう。当家の息子が、迷惑を掛けまして申し訳ございません。ささっ、舞夜様、遠慮なく制裁を与えてやって下さい!!」
「い、いえ、結構です……」
——これ以上やったら本当に死んじゃうから!
会話を聞けばわかる通り、主人とピーターは親子関係(舞夜の既視感はこれ)だ。
つまりピーターはこの奴隷市場の跡取り。
だというのに、年中ほっつき歩いていて、家の仕事を手伝いもしない、しょうもない人物だったという。
挙句が今回、人を見殺しにして帰って来た事が露見し、父親である主人の堪忍袋の緒が切れたのだ。
「……舞夜様。こちらのダークエルフ、アリーシャさんの妹でしたか……、連れて行って下さい」
「え、いいんですか?」
「はい。その代わりどうか今回のことは内密に……」
奴隷商といえども商売は商売。
信用第一で、商会長の息子が人殺しの様な真似をした事が広がるのは非常にまずい。それも、金等級冒険者の口から広がるとなると被害は甚大だ。
先々の利益を考えれば、口止め料として、リリア1人なら……そう考えての提案だった。
主人は今回のことを口外しない旨を記載した誓約書を準備し、舞夜にサインをさせた。
それが終わると、リリアの所有権の他にいくつかの服とアリーシャと同じく宝石のついた首輪を与え、馬車で舞夜たちを家まで送るのだった。
「リリア、よかった……!」
「アリーシャねえさま……」
馬車に揺られる中、2人の姉妹が喜びの涙を流しながら互いに抱きしめあう。
それを見て舞夜は、——良かった。と小さく微笑むのだった。
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