1話 エルフは最高だぜ!
「あはははぁ! 痛いぃ? 痛いよねぇ〜? でも大丈夫よぉ。お姉さんがこれから、気持ちよぉ〜くしてあ・げ・る・か・ら」
純白の修道服の様なものに身を包んだ女が、舞夜に跨り喋りかける。
対する舞夜は、虚ろげな目をして何も喋らない。
否、喋れないでいた。
よく見れば、舞夜は体のいたるところから出血している。
そして、女の片手には拳銃が……。
なぜ、舞夜は狂った様な笑みを浮かべる、この女に殺されかけているのか。
それは、彼が“魔法使い”だからだ。
舞夜の一族、十六夜家は、古くから続く魔法使いの家系だ。
対し、女は武装宗教組織“聖協会”の一員。
聖教会は魔法使いと同じく、古来から存在する魔法を良しとしない殺人者集団だ。
そして今日。
十六夜家は聖教会による襲撃を受け、敗北した。
「ふふふふ……僕ったら本当に可愛い顔してるわぁ。お姉さんねぇ、かわいい男の子の死体にイタズラするのが、だぁぁぁい好きなのぉぉぉぉぉ!!」
女が興奮した声を上げる。
頬を紅潮させ、瞳孔が開いているのを見るに本気の言葉の様だ。
——ああ、最悪だ。ロクな人生送ってこなかったってのに死んだ後すら、こんなヤツに……でも、これで終わるならそれでもいいか。
舞夜は諦めた様に心で呟く。
実際、彼の人生は惨めなものだった。
家にいれば、両親から魔法教育と言う名の虐待にさらされていた。
その内容は凄惨。
教えた魔法をうまく行使出来なければ、鞭で打つ。
酷い時は回復魔法の練習の為に、目玉を潰されるというものまであった。
学校へ行っても友達はいない。
魔法使いは秘匿された存在。
自分が魔法使いであるという秘密を抱えた舞夜にとって、心から友達と呼べる存在はできなかったのだ。
無論、彼女もいない。
それどころか、少女の様な容姿のせいで女子からはそれをからかわれ、イジメを受けていた。
蘇る嫌な思い出。
そしてついに、女に体を貪られる不快な感触の中、舞夜の命の灯火は消え去った。
はずだった——。
◆
「なに、これ……」
意識が闇に飲まれた直後。
舞夜の意識は覚醒した。
同時に、目の前に広がる光景を見て愕然とする。
辺りは死体が散乱し、血の海と化していた。
剣が突き刺さったもの、焼け死んだ様なもの、猛獣か何かの歯型がついたものまで様々だ。
これでは、まるで……
「地獄、なのか?」
凄惨たる光景に思わずそう漏らすが、そうでは無さそうだと、すぐに思い至る。
死体の周りには、民家の様な建物が、いくつも建っていたからだ。
だが、そのどれもが木造の簡単な造りで、古い安アパートの方がマシという有様だ。
他にも、地面は土。
車どころか、電柱すら見当たらない。
まるで、文明に取り残された、外国の村の様な印象を受ける。
——とにかく、まずは生きてる人を探さないと……
情報を得るため歩き出す舞夜。
「声……?」
歩くこと少し、人の声が聞こえてくる。
目の前には、ひと際大きな家。
どうやら、声はその向こう側からする様だ。
本当なら、駆けて行き一刻も早く接触を図りたいところだが、そうはいかない。
なにせ死体が転がっていたのだから。
声の主は、その犯人かもしれない。
舞夜は家の影に隠れ、慎重にその向こうを覗き見る。
すると——
「お願いです! 金と食料は差し出しますから、どうか村人は見逃して下さい……っ!」
「わははははあっ! アホか、何でそんな事しなくちゃならない? 金と食料は貰う、女は俺らで楽しんだあと売っぱらって、男は皆殺しだァ!」
「お頭ぁ、殺すんだったらなるべく、キレイに殺して下さいよ? いくら、おいらが死◯好きだからって、さっきの男達みたいにズタボロじゃ使えませんぜ」
「うるせぇな。だったらお目当の野郎は、てめぇで殺れよ!」
怯える人々。
それを守るかの様に、前に出て懇願する老人。
そして、その周りを取り囲む、剣や槍で武装した数人の男達の姿……なんともベタな略奪現場が目に飛び込んで来た。
これを見て、舞夜は……
——ここにも死◯好きの変態がいやがった! しかもホモとか天敵過ぎるんだけど!?
勘弁してくれ! と内心叫ぶ。
先ほどまで、聖教会の女にヤラレていた行為を考えれば無理もない。
ともあれ、もっと情報が必要だ。
更に奥に目をやる。
「なんだあれは……」
思わず声が漏れた。
男達の1人、そのすぐ側に、3体の狼の様な生き物がいる。
だが、決して狼などではない。
まず、大きさがありえいのだ。
4足歩行だというのに人間と同じ位置に顔がある。
そして異常なほどに膨れ上がった筋肉が、その存在感を引き立てている。
——化け物……。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
あまりの光景に、一瞬、映画かなにかの撮影か? とも思ったが、それは無さそうだ。
カメラは見当たらないし、何より、ここに来るまでに見た死体が本物だったからだ。
「諦めんだな、村長さんよぉ。そんでもって恨むんなら、こんな上玉連れ回してた、この奴隷商を恨みな!」
死姦ホモ男に、お頭と呼ばれていた男が、叫びながら足元に転がる死体をグリグリと踏みにじる。
更に、手には鎖が握られ、その先には金髪の女の子が繋がれていのが見える。
——ちょっと、ついて行けませんねぇ……。
殺されたかと思ったら知らない所で目覚めて、いきなり死体の山とご対面。
武器を持った男に狼の化け物。
おまけに奴隷という単語。
見なかった事にしたい。
けど後味が……。
舞夜はどうすべきか逡巡する。
そんな時……
パキッ。
乾いた音が響く。
落ちてる枝を踏んでしまったのだ。
「誰だ、そこにいるのは!? いけぇ! “ビッグファング”どもぉッ!!」
無論、バレないはずがない。
男の1人が指示を飛ばすと、ビッグファングというらしい3体のバケモノ狼が、舞夜のいる方へ猛然と駆けて来る。
——こうなれば仕方ない、男達からここの人々を救い出そう。これが略奪行為なのは明らかだ。それに、黙って殺されてやる理由は無い……いや、もう死んでるんだっけ? まぁいいや。
そう決め、舞夜は動き出す。
まずは、奥へ下がり待ち伏せる。
すぐに、ビッグファングが回り込んで来た。
『ガルッッ!!』
ダンッ! と1体が舞夜を噛みちぎろう飛びかかって来る。
とんでもない巨体だというのに、なんという身の軽さ。
だがそれと同時、舞夜も魔法を放った。
ギュン! という風切り音と共に、両者の間に黒い閃光が迸る。
閃光は、ビッグファングの鋭い牙が覗く口へと飛び込むと、そのまま脳天まで刺し貫いた。
何が起きたのか、理解出来なかったのだろう。
絶命し、光の消えた目は大きく見開かれている。
閃光の正体は、歪な形をした“魔槍”。
魔法名、《黒ノ魔槍》
属性は“闇”その特性は“奪う”。
威力による殺傷力とは別に、相手の生命力そのものを奪い取ることができるのだ。
そして後方。
残りの2体も頭上から出現した魔槍に地面ごと穿たれ、亡骸と化している。
巨体に飛びかかられたので、プレッシャーはすごかった。
だが、それだけだ。
聖教会の女に襲われ、銃弾の雨にさらされた舞夜にとって獣3体程度、恐るに足らなかった。
「おい、どうなった? 音が止んだのに、ビッグファングが戻って来ねえぞ!?」
「お前、見て来いよ」
「はぁ!? お、お前が行きゃあいいだろう!」
焦った声が聞こえる。
どうやら、男達が異常に気付いた様だ。
——銃なんかは持っていないみたいだし、こちらから打って出るか。
いつでも魔法を放てるように、魔力を高めながら舞夜は歩を進める。
「ほう? 奴隷と村娘目当てに来てみれば、珍しい……黒髪黒目のガキか……。しかも変態貴族の好きそうな顔してやがる。おい野郎ども! こいつは高く売れる、殺さずに捕えるぞ!!」
姿を現した舞夜を見て、頭目と思しき男が好き勝手に指示を飛ばす。
それに構わず、舞夜は周囲を見渡す。
——なるほど。確かに、みんな明るい髪色をしている。それに顔立ちも日本人じゃないな。
「へへっ、ついてるなこりゃ」
「なんだよ、死姦出来ねぇじゃねぇか」
指示を受け、舌舐めずりする男に、残念そうな死姦マニアのホモ。
これに舞夜は「いい加減、死姦から離れろ!」と、ゲンナリする。
「んで、仲間はどこにいる? ビッグファングを引きつけてんだろう?」
頭目が言う。
どうやら、見た目にも非力な舞夜を見て、そう判断したらしい。
「仲間なんていない。あの3体ならぼくが倒した」
「ぷっ……はは、はははははぁッ!! 聞いたか野郎ども!? この女みたいな顔した、おチビちゃんが1人で、ビッグファングを倒しちまったんだとよ!!」
「あひゃひゃひゃっ! 武器も持ってねえのによくもそんなホラを——あれ?」
舞夜の答えに、大笑いする手下達。
その中の1人、ビッグファングを側に控えさせていた男が、急に不思議そうな顔をして笑いを止めた。
「繋がりが……ビッグファングとの繋がりが切れてる!? “スキル”が発動しねえ!?」
「何!? じゃあ本当にコイツが……やれ、ホモルド!!」
——繋がりに、スキル?
いったい何を言っているんだ? と疑問を抱く舞夜。
だが、考えるヒマは無かった。
なぜなら——
「喰らえ! 《ファイアー・ボール》!!」
言葉と同時、死◯ホモ……ホモルドが目の前の空間から火球を放ったからだ。
見た事のない技だったが、舞夜は火球から魔力を感じ取り、それが魔法だと見当をつける。
《黒の魔槍》——!!
舞夜も魔槍を放ち迎撃する。
バシュウッ! と音を立てると火球を打ち消し——
「がぁぁぁぁッ!? 肩……が……」
魔槍に肩を撃ち抜かれ、ホモルドは最後まで言い終えずに崩れ落ちた。
——とりあえず1人目。一撃で打ち消し、更に殺せたということは、《ファイアーボール》とかいう魔法は、そこまで強力なモノじゃないみたいだな。
「う、嘘だろッ、こんなガキが……《ファイアーボール》を打ち消しただと!?」
「そ、それに、黒い槍の“魔法スキル”なんて聞いた事ないぞ!」
男達は混乱に陥っている。
再び飛び出たスキルという単語は気になるものの、この好機を見逃す手はない。
「汚物は消毒だぁ!」
叫ぶと同時に魔法を発動。
いくつもの球状の魔力の塊が飛び出し。
男たちを滅多撃ちにする。
闇魔法、《黒の魔弾》。
殺傷力は低いが、《黒の魔槍》と同じく、相手の生命力を僅かだが奪い去る。
無力化するだけならこれで十分だ。
「フィニッシュだ!」
トドメの一撃。
《黒の魔弾》をそれぞれの股間へと放つ。
あまりの激痛に「えんっ!」と叫ぶ男たち。
そして、そのまま気絶。
——チン行に及ぼうとした罰だ。
とそこへ。
「あの! 助けて頂き、ありがとうございました……!」
舞夜が気絶した男達を見ていると、鎖で繋がれていた少女が近づいて来る。
その姿を見て舞夜の世界が止まった。
今まで見て来た“可愛い”や“綺麗”など、全て吹き飛んでしまうほどの美少女だったからだ。
恐らく歳は16〜18。
舞夜よりも年上、それに背も上だ。
白磁の肌に、涼しげなアイスブルーの瞳、陽に照らされて輝くプラチナブロンドの長髪、そしてその長髪の横からは、少しとがった長い耳がピクピクと上下していた。
「エルフ……?」
その単語が自然と漏れた。
特徴的な耳に幻想的な容姿、ファンタジーのお約束であり、全健全男子及び紳士の憧れ、あのエルフと完全に一致しているのだ。
「? はい、確かにわたしはエルフですが……」
——マジですか? 本当にあのエルフ様ですか!? 死んでよかった!!
「あの……」
歓喜のあまり錯乱する舞夜に、エルフの少女が訝しげな声をあげる。
「気にしないで下さい。あのままでは、ぼくも危なかったので……成り行きですから」
なにカッコつけてんだ、とか言うのは無しだ。
こんな美少女を前にすれば、どんな男も同じ様な事を口にせざるを得ないだろう。
「そんな事ありません! 見なかった事にして逃げる事も出来たはずなのに……あぁ、なんてお優しいの……」
「え、ちょっ……むぐぅ!?」
エルフの少女は勢いよく、舞夜の言葉を否定したかと思えば、急にうっとりとした表情をして更に彼へと近づき——
むにゅんっ!
そのまま舞夜の頭を抱きしめ、「ちょっと待って」の言葉を、大きな胸で物理的に遮ってしまった。
身長差があるのがいけなかった。
胸のど真ん中に強制ダイブ状態になってしまっている。
——や、柔らかっ。それにこの大きさ、ぼくの頭よりも……まるでメロン……。まったく、エルフは最高だぜ!!
これが舞夜と、エルフの少女……アリーシャの出会いだった。
【読者の皆様へ】
下にスクロールすると、作品に評価をつける【☆☆☆☆☆】という項目があります。
お楽しみいただけましたら、どうか応援していただけると嬉しいです!