12話 ブチ切れエルフ
「なぁに、これ……」
「ゴブリンの死体です」
「見りゃ分かるよん。ほんと、舞夜ちゃんの魔法はとんでもないわね……」
ギルドのカウンター。
積み上がったゴブリンの死体の山を目の前に、アーナルドと舞夜がそんな会話を交わす。
「査定にはちょっと時間がかかるから、時間を潰しててちょうだいな」
「わかりました」
舞夜はアリーシャと話し合い、ギルドの酒場で時間を潰す事にした。
今は日暮れ前、つまりおやつどき。
ゴブリンの他に、盗賊団リーサルバイト討伐の報酬も出るので、軽くつまみながら一杯やるつもりなのだ。
◆
「ご主人様、あ〜ん」
そして出来上がる甘ったるい空間。
昨日の一件でアリーシャは完全に目覚めてしまった様だ。
今もテーブル席だというのに、わざと舞夜の隣に座り、その豊満な果実をむにゅむにゅと押しつけながら彼の口に食べ物を運び、甘やかす。
運ばれる料理の名は“ホバール海老”のグリル。
舞夜が魚介好きというのもあり、頼んでみたところ、子どもの腕くらいの大きさの半身が運ばれてきた。
ロブスターの様な見た目だが、焼いてあるのに殻の色は青。
それにいたるところが鋭く、エッジの効いたフォルムをしている。
味は舞夜が今まで食べてきた海老の中で最高のものだった。
しっかりとした歯ごたえに、塩を振っただけなのに独特の甘みがある。
それだけでも美味いのだが、添えてあるバターソースやレモンをかけるとまた別な味わい方が出来る。
これをエールで流し込めば……いうことはなしだ。
「ぼくばっかじゃなくて、アーシャも食べよう? ほら、あーん」
「ひゃうっ? ご、ご主人様から、あ〜んなんて……まずいです。濡れてきました」
——とんでもねぇ痴女エルフだな……。
まさか、口にものを運ばれただけで劣情を催すとは思いもよらない。
だが、事実だ。
その証拠に目の奥にはピンクのハート……。
舞夜はこの状態を“エロフモード”と呼ぶ事にした。
このまま、いちゃいちゃとを過ごしたい2人だが、どうやらそうはいかない様だ——。
「おいガキぃ、いい女連れてるなぁ? ちょっと俺らに貸してくれよ」
「ひひひひっ」
男2人が絡んでくる。
1人の名は“ハリー”背は低いが筋肉ダルマといった様相。
もう1人は“マーブ“高身長で痩せこけた男。
素行が悪いと、ギルドでは有名な2人組冒険者だ。
先ほどから、この2人は舞夜たちのやり取りを、面白くないといった感じで見ていた。
アリーシャは絶世の美少女エルフ、妬まれるのは仕方なしといったところだ。
「ご主人様どうしましょう。この方たち気持ち悪いです……」
「ブフォっ!!」
——感想そっちなんだ!?
と、舞夜は思わずエールを吹き出してしまう。
「てめぇ何笑ってやがる!!」
「やっちまおうぜ、ハリー!」
笑われ怒るハリーとマーブ。
ハリーが舞夜の胸ぐらを掴み、吊るし上げる。
その拍子にせっかくの料理が、ガチャン! とテーブルから落ちてしまった。
だが、そんな様子も周りは笑って見ているだけ。
冒険者にとって、荒事は日常茶飯事だからだ。
——仕方ない。ここは謝って穏便に……。
「あがぁぁぁあ!?」
舞夜が決めたところでハリーが絶叫を上げる。
アリーシャがハリーの腕をひねり上げたのだ。
その拍子に舞夜は拘束から脱する。
どうやら、アリーシャは《剣聖ノ加護》を発動させている様だ。
掴まれたハリーの腕がミシミシと音を上げる。
「汚い手でご主人様に触れたな? その上ご主人様のお食事までダメにして……殺すぞ?」
アリーシャがドスのきいた声で、ハリーを睨み上げる。
そしてその言葉は本気なのだろう。
その眼差しはゴブリンを殺す時と同じものに……、空いている方の手は腰の剣へと伸びかけている。
——まずい!
舞夜は行動に出る。
「アーシャ! 大丈夫だから!!」
「ひゃああんっ!? ご主人様ぁ、後ろから抱きしめるなんて……ひぅ!? 耳らめぇぇぇぇ〜!!」
後ろから飛びつき、抱擁。
そして今朝知ったアリーシャの弱点、エルフ耳をさわさわprpr。
アリーシャは腰砕けになる。
「んっんっ……」と言いながら、ビクンビクン!
その姿を見て、周りの冒険者たちが前屈みになったり、鼻血を噴き出すといった被害が生まれたものの、殺人沙汰を回避する事に成功する。
「えっと、ハリーさんでしたっけ? 笑った事は謝ります。ですが、そちらも失礼なことを言って手を出してきたんです。おあいこということで、水に流しませんか?」
舞夜は妥当な案を出すのだが……
「ふざけんな! お前がその女を大人しく渡せばそれで済んだんだ! こうなりゃ決闘だ。俺が勝ったら女を貰う。お前が勝ったら俺とマーブのあり金を全部くれてやる!!」
そう言って、ハリーは腰につけた皮袋をテーブルに叩きつけた。
その衝撃で、中から金貨や銀貨が飛び出る。
どうやらなかなかに稼いでいる様だ。
——仕方ない。痛い目を見て貰うか。
「おっと、その前にルールは殴り合い。魔法はなしだ。怖いか? 魔法使いちゃんよぉ」
応じようとする舞夜にハリーがそんな挑発をする。
あまりにも姑息、この様子を見るに初めからここまでの展開を想定に入れ絡んできたのだろう。
だが、舞夜は決闘に応じた。
——やってやるさ、魔法は無しでな。
と、心でつぶやきながら。
「来いよ、一撃目はゆずってやる」
ハリーがニタニタ笑いながらファイティングポーズを取る。
「え? いいんですか?」
「ああ、お前みたいなガキにはこれくらいのハンデ——おぐぅぅぅぅぅぅッ!?」
言う途中、ハリーが苦悶の声を上げる。
そしてその厚い腹には、いつの間にか目の前に現れた、舞夜の小さな拳がめり込んでいた。
あまりのスピード。
そして、予想を超えた展開に仲間のマーブや、見物していた冒険者達も目を見開く。
もちろん舞夜は魔法は使っていない。
使ったのは魔力。
そして、この高速戦闘術のカラクリはこうだ。
まずは足元で魔力を爆発。
その勢いでハリーの懐へ飛び込む。
次に肘から魔力を噴出。
ブースターの要領で加速させた拳を叩き込んだのだ。
「うぐ、ぐ、ぐるじぃぃぃ……!」
鳩尾に入った様でハリーは立てずにいる。
「おい、まだ終わりじゃないからな?」
それを見下ろし、嗜虐的な笑みをる舞夜。
「ゆ、ゆるちて……」
「許してほしい?」
「は、はいぃ……」
「ぼくと彼女に謝る?」
「も、もじろん。な、なんでもしますから……」
ハリーは腹を抑えながら必死に謝る。
それに舞夜は——
「だが、断る!!」
「そ、そんなお金あげますから——「オラァッ!!」
許しを乞う途中で、顎下へアッパーを見舞う。
アギャァァァア!? と叫びながら空中へ打ち上げられるハリー。
そのまま、またもや魔力補助で回し蹴り、壁に叩きつけてやる。
そしてトドメに——
「WRYYYYYYYY!!」
渾身のブーストパンチを——寸止めしてやるのだった。
ハリーは「ママぁぁぁぁぁ!!」などと情けないセリフとともに気絶。
よほどの恐怖だったのか尻元にシミが広がっていく。
——うわ汚い!?
咄嗟に飛び退く舞夜。
アリーシャが快感で漏らしてしまう姿は、あんなに可愛かったのになぁと今朝のことを思い浮かべる。
そのアリーシャはというと、舞夜の活躍を見て「素手でもしゅごいのぉ……」とまたもやビクンビクン。
主人の戦う姿にも興奮できるらしい。
「おい」
「ひっ!?」
残るは1人。
相方のマーブだ。
「お前もやるか?」
「め、滅相もない! あ、これ俺の財布です。じ、じゃあ帰るから!」
そう言って財布を置いて自分だけ逃げて行く。
とそこへ。
「舞夜ちゃんたら、随分派手にやったわねん?」
アーナルドが声をかけてくる。
騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう、その後ろに他の受付嬢達を従えている。
ここまで大立ち回りしてしまったのだ。
お仕置きに何をされるか分かったものではない。
そう思い舞夜は「ひえっ」と悲鳴をあげる。
「まぁいいわん、女の子守ろうとしての事だし、許してあげる。でもあんまりやり過ぎちゃダメよん?」
「いいんですよこんなヤツ」
「そうです。よくやってくれました舞夜さん!」
意外にもにっこり笑って舞夜を許すアーナルド。
だが、その後ろに付いてきた他の受付嬢たちが「女の敵!」「成敗!」などと言い気絶したハリーの股間をガンガン蹴りつけるのだった。
南無——。
◆
数分後。
持ち込んだゴブリンの査定も終わり、舞夜達は報酬の受け取りを始めていた。
「とりあえあず盗賊リーサルバイトの討伐報酬酬ねん。村に半分渡したから金貨10枚よん。それとゴブリンの討伐報酬と素材の買取り、57体分で、金貨5枚と白銀貨9枚ね。しっかり確認してちょうだい。それとも金貨は白金貨に替えようかしらん?」
「……は?」
「いや、マイヤちゃん、自分でやっておいて何惚けてるのよん? 一応内訳を言うと、リーサルバイトは魔法使いに魔物使いのスキル持ちまでいたから1人につき金貨5枚の懸賞金がかけられてたの。それとゴブリンは1体につき、だいたい白銀貨1枚で買い取らせて貰ったわん。2人でこんな量持ち込むなんて前代未聞よ~」
「アーシャ、ぼくの頬をつねってくれ」
「大丈夫です。夢じゃありませんし、プレイでもない限りご主人様のお顔をつねったりなんてしません」
——よし、夢じゃない。
アリーシャの優しいんだか変態的なんだか、よく分からない返答に舞夜は確信する。
それにしても金貨約16枚。
さっきの2人組みから得たのを合わされば20枚を軽く超えていた。
この2日で、1年くらい贅沢して暮らしてもいいほどの額を得た事に、舞夜は目を白黒させる。
「さて、何に使おう……、アーシャ何か欲しいものはある?」
「えっちな衣装と下着が欲しいです。ご主人様はスケスケとヒモヒモ、どちらがお好みですか?」
この日の夜は大いに盛り上がった。
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