127話 アリア
「ここは……」
空間の歪みから解放されたアリーシャ。
気づけば見知らぬ森の中にいた。
しかし、ただの森でないことは明らかだ。
なぜなら、森は至るとことろで火が上がっており、遠くからは悲鳴や怒号のようなものが聞こえてくるからだ。
「状況を把握するためにも移動しなければなりませんね」
周囲を警戒しながら、移動を開始するアリーシャ。
悲鳴が聞こえるということは、何か良からぬことが起きているはずだが、情報収集をしなければならない。
森の中を歩くこと少し――
『ガハハハハハ! ここまでだ、人間よ!』
――そんな声が聞こえてきた。
静かに、しかし素早く、声のする方へ駆けるアリーシャ。
そして木の陰から様子を伺うと……
(アレは、魔族……っ!)
……そう、そこには下卑た笑みを浮かべる剣を持った魔族がいたのだ。
そして今まさに、その剣が跪くエルフの女性に振り下ろされようとしているではないか。
「させません!」
凄まじい速度で飛び出したアリーシャ。
一度の踏み込みでトップスピードに達し、そのまま魔族の体を横真っ二つに叩き斬る。
声を出すことも許されず、絶命する魔族。
血を払いながら、アリーシャは後ろを振り返り「大丈夫ですか?」と、エルフの女性に問いかける。
「あ、え……あ、ありがとうございます!」
アリーシャの問いかけに、ようやく自分は助かったのだとエルフの女性は理解したようだ。
「ここはどこ……いえ、今この場所はどういった状況になっているのですか?」
自分がいる場所を聞くことから始めようとしたアリーシャだったが、周囲から聞こえてくる悲鳴や怒声に、この場所の置かれた状況を把握することにする。
エルフの女性の話を聞けば、突然魔族の軍勢がこの場所に現れ虐殺や略奪の限りを尽くしているとのことだった。
「そうですか、情報をありがとうございます」
そう言い残すと、アリーシャは駆け出した。
自分の置かれた状況も気になるが、魔族の軍勢の大侵攻と話を聞けば、まずはそれを阻止しなければ……。
そう判断し、悲鳴の聞こえる場所へ行き次々と魔族を斬り倒し、エルフの命を救っていく。
森を抜けると、木造の家々が立ち並ぶ場所へと出た。
周囲を見回せば、至るところで魔族が暴れまわり、エルフが逃げ惑っているではないか。
疾走するアリーシャ。
すれ違い様に魔族たちをバッタバッタと斬り倒す。
唖然とした様子で、アリーシャの活躍を見守るエルフたち。
あらかた魔族を片付けたところで、アリーシャは幼い女の子と思われる小さな悲鳴を聞き取った。
急いで駆けつけるアリーシャ。
すると、そこには何体もの魔族に囲まれるエルフの少女がいた。
「――もう、大丈夫ですからね」
そんな言葉とともに踏み込むアリーシャ。
少女を囲んでいた魔族を超高速の剣技でバラバラに切り刻む。
「怪我はないですか……?」
刀を鞘に納め、優しい微笑みを浮かべてアリーシャは少女に問いかける。
「は、はい……! 大丈夫、です……!」
辿々しいながらも、アリーシャに応える少女。
そんな少女の瞳には、恐怖が混じっているものの、アリーシャに対する尊敬のような色が浮かんでいた。
瞳の色はアリーシャと同じアイスブルー、髪の色もこれまたアリーシャと同じプラチナブロンドであった。
「そう、よかった。お名前は?」
「わ、わたしは〝アリア〟っていいます!」
「アリアちゃんですか、それじゃあ、お姉ちゃんと一緒に安全な場所までいきましょうね」
そう言って、エルフの少女――アリアを抱き、住人の元へと歩いていくアリーシャ。
すると住人の中から、一人の女性が駆けてきた。
「お母さま!」
女性の姿を見て、声を上げるアリア。
どうやら彼女はアリアの母親のようだ。
彼女にアリアを引き渡し、アリーシャは駆ける。
残りの魔族を片付けるために――
◆
数時間後――
「アリーシャ様、本当に助かりました。どうやってお礼をすれば良いやら……」
エルフの里ルミルスの族長が、アリーシャに深々と頭を下げる。
アリーシャの活躍によって、魔族の軍勢は討滅された。
ある程度騒ぎが落ち着いたところで、アリーシャはこの里の族長と話し、ある程度の状況を理解した。
少し考えた後に、アリーシャは族長にこう答える。
「それでしたら、馬を一頭いただくことはできるでしょうか?」
と――。
今頃、主人である舞夜は自分を迎えに来るために動いていてくれているはずだ。
ならば、自分もそれに合わせて移動を開始しようと考えたのだ。
「う、馬を一頭……ですか?」
ポカンとした様子で問いかける族長。
里を救ってもらった報酬として、まさか馬を一頭だけ……などと要求されると思ってなかったのだ。
族長は金銭なども渡そうとしてくるが、アリーシャはそれを固辞した。
早々に支度を済ませ、旅立とうとするアリーシャ。
そんな時、彼女はとある視線に気づく。
「たしか……アリアちゃんでしたっけ?」
熱い視線を注ぐ少女に近づき、問いかけるアリーシャ。
すると少女――アリアは決意した表情でアリーシャにこう告げる。
「アリーシャさま! わたし、冒険者になります! そして〝いつか貴女のような強き正義の味方になってみせます〟!」
と――
そんなアリアの言葉を聞き、そして瞳を見て、アリアは目を見開く。
まさかこのような幼い少女が、ここまで高潔な決意をした瞳をするのか、と驚いたのだ。
「ふふっ……それでは、強くなったアリアちゃんとまた会える日を楽しみしていますね」
アリアの頭を優しく撫でると、アリーシャは旅立つ。
(アリアちゃんか……将来が楽しみな子ですね)
そんなことを思いながら、馬を走らせるアリーシャ。
今回の魔族襲撃の解決、そして魔王ルシフェルの討伐をきっかけに、アリーシャは〝剣聖〟と称えられることとなる。
そしてアリアもまた、将来に大きな活躍をし〝聖刃〟という二つ名を戴くことになるのだが……それはまた別のお話――。




