119話 いざゼハートへ
翌日早朝――
山脈を越えた先にある国、ゼハート王国へと向かうため、舞夜一行とジュリウス皇子一行は都市の北門前へと集まっていた。
そして皆が門をくぐり、出発しようとしたその矢先だった――
「ふはははは! その旅立ち、少し待ってもらおうか!」
――そんな声が響き渡った。
嫌な予感がして、恐る恐る声のした方へと振り返る舞夜。そこにいたのは……。
「サクラさん!」
アリーシャが嬉しそうな声を上げる。そうサクラだ。この都市の騎士団、七番隊の女騎士隊長である。
「すまない、アリーシャ。有給を取るのに少し手間取ってな。だが安心しろ、無事に一緒に行けるようになったからな。団長を脅し……ではなく、説得することに成功した」
「ふふっ……よかったです♪」
楽しげに会話を交わすサクラとアリーシャ。それを見て、舞夜は「ああ、そういうことか……」と、げんなりした表情をする。
恐らく昨日の段階で、アリーシャはサクラにゼハート行きを伝えていたのだろう。理由は言わずもがな、舞夜のハーレム要員を増やすために違いない。
大きな戦いがあれば、仲間との間に絆が生まれる。以前、迷宮で魔王マモンと戦った後は、色々とやることが多すぎて、舞夜とサクラは絆を深める機会を逃していた。
今回、一緒に旅をすることで、その機会を設けてしまおうというのがアリーシャの魂胆であろう。彼女のハーレム計画はとどまることを知らない。
サクラの方も、どうやら前回と同じように団長を脅して有給をもぎ取ってきたようだ。恐らく、また有給くれなきゃ騎士団やめるぞ……とでも言ったのであろう。
「……舞夜ちゃん、この旅で今度こそ私に振り向かせてみせるからな」
「……っ!?」
以前のように、無理やり公然の場で襲いかかってくる……と思いきや、サクラは頬を染めながら、しかし真剣な表情で舞夜に向かって言葉を紡いだ。
予想外の行動、そして彼女の真っ直ぐな瞳と言葉に、舞夜は思わず息を漏らす。そして、結局どう返していいかわからず、無言を貫くことしかできなかった。
「アリーシャお姉さまの作戦、うまくいきそうですの!」
「……ん。ご主人様、顔を赤くして動揺している」
「ご主人様は前からサクラさんのことは気になっていたみたいですし、真面目な態度でああいうこと言われるのに弱いですからね〜」
少し離れたところで、シエラにリリア、それとアリーシャがそんなやり取りを交わす。
どうやらサクラが舞夜に対するアプローチの仕方を変えたのは、アリーシャのアドバイスによるものだったようだ。
効果はてきめんだ。舞夜はどうしていいかわからず、わずかに頬を染めながら視線を彷徨わせている。
そんな舞夜の様子を見て、凛が「あわわわわっ、また先を越されちゃう……!」と焦った様子を見せ、レオナも「う〜ん、舞夜ちゃんを好きになる子が増えるのはいいことだけど、私ももっと頑張らないと……」などと呟いている。
とここで――
「まぁ俺としては、サクラ隊長がついてきてくれるのは、単純に戦力としてありがたい。ところで……舞夜、お前が言っていた移動手段とはどういうものなんだ?」
――ジュリウス皇子が、舞夜にとって気まずい空間に助け舟を出すとともに、質問を投げかける。
舞夜は(助かった!)とばかりに、ジュリウスの方へ向き質問に応える。まぁ、応えると言ってもやることは一つだけなのだが……。
「《黒次元ノ黒匣》――」
と、静かに呟く舞夜。すると彼の前に黒い霧が立ち込め……霧が晴れると、そこに巨大なシルエットが現れた。
「舞夜! な、何だこれは……!?」
「金属製の箱……か?」
ジュリウスが目を見開き驚いた声を上げ、サクラは呆然と目の前に現れたものの感想を口にする。
そんな二人に対し、勇大と凛が……。
「まさか、〝キャンピングカー〟……なのか? それにしちゃデカすぎるけど……」
「呆れた……バイクだけじゃなくて、こんなものもあるなんて、これも舞くんの魔法なの?」
……と、前者は目の前に現れたモノを信じられないといった様子で見上げ、後者は文字通り呆れ顔で舞夜に質問を投げかける。
舞夜は二人の質問に笑顔で頷くことで肯定してみせる。
そう……舞夜が《黒次元ノ黒匣》の中から取り出したのは超大型のキャンピングカーだったのだ。
サイズは地球に存在する最大級のモノの二倍はあるだろうか。もちろん、コレも孤島でアンデッドたちと開発したモノだが……ヒュドラと同じく、アンデッドたちの存在を隠すため、魔法で作り出したことにしておくのだった。
「何だ、キャンピングカーとは……?」
「ジュリウス、中で寝泊まりできる馬を必要としない馬車だと思ってください」
「舞夜……お前まためちゃくちゃなことを……」
「まぁ、中に入ればわかりますから」
ジュリウスを連れ、キャンピングカーのドアを開く舞夜。その中の光景を目の当たりにして、ジュリウス皇子が「な……!?」と声を漏らす。
当然だ。そこには広々としたリビングのような空間が広がっていたのだから……。それだけではない。このキャンピングカーは二階建てだ。
上に行けば寝台が用意されており、他にも空調、トイレなど生活に必要なモノが完備されている。
「はわ〜、これじゃあ地球のキャンピングカーも顔負けだよ〜」
「す、すごいわ、舞夜ちゃん……!」
後から入ってきた桃花やレオナを始め、皆口々に内装を見て驚きの声を漏らす。
「みんな、とりあえず座ってください。出発しましょう」
舞夜が運転席に移動しつつ、皆に指示を出す。ジュリウスたちに、アリーシャたちエルフ嫁や地球出身の勇者四人が座席の座り方や、シートベルトの着用方法を説明したところで、車は動き出すのだった。




