118話 来客と出立の時
一ヶ月後――
「やっと見つけたぞ、舞夜!」
侯爵家の庭に、青年の声が響き渡る。
時刻は真昼、舞夜は侯爵やエルフ嫁たちと庭でバーベキューをしていた。
レオナママに肉を口に運ばれ、「あ〜ん」と口を開けたところで、舞夜は声のした方に視線を向ける。
視線の先にはこの国の第一皇子であり勇者であるジュリウス……と、彼の弟子である勇者、勇大に剛也、それに凛と桃花が立っていた。
「こ、これは殿下! 何故ここへ……?」
「リューイン侯爵、もちろん舞夜に用があって来たんだ。……まったく、行方を眩ましたかと思えば、こんなところでバーベキューとはな……んぐっ、美味いな」
舞夜に対し、呆れた表情を向けながら侯爵の質問に答えるジュリウス皇子。その際に肉の刺さった串に手を伸ばし頬張る。食いしん坊キャラは相変わらずのようだ。
「ジュリウス、すみません何も言わずにいなくなってしまい。少しの間冒険者稼業を休んでいました。……ところで、ぼくにどのような用件が?」
「舞夜、まぁ……気持ちはわからんでもない。先の戦いで、お前も疲れていたんだろう。そんなお前に申し訳ないのだが、また力を貸してほしい」
咄嗟に思いついた適当な理由で弁明をする舞夜。それにジュリウスは納得し……表情を真剣なものにする。
「力を貸してほしい……ということは、魔王絡みですか?」
「その通りだ、舞夜。以前より話していた魔王〝ルシフェル〟の件だ」
「山脈を越えた隣国、〝ゼハート〟に復活すると見られている魔王ですね。たしか雪解けまで山脈は越えられないのでは……?」
不思議そうな顔をする舞夜。彼の言ったとおり、隣国ゼハートには山脈を越えなければならない。そして雪解けまではあとひと月ほどかかるはずだった。
「舞夜、それなんだが実は今年は雪解けが早く、もう山脈越えをできそうなんだ。それに、どうやらベルゼビュートの予測では、眠っていた魔王ルシフェルの目覚めも近いそうだ」
「なるほど……では、早急にゼハートに向かわなければなりませんね」
「そういうことだ、舞夜。頼む、力を貸してくれ」
「もちろんです、ジュリウス。早速準備を始めましょう」
「すまない、助かる」
ジュリウス皇子の要請に、舞夜は考える間も無く即答する。魔王を倒す機会が早ければそれに越したことはない。
しかし、舞夜の表情は少し残念そうだ。仕方あるまい、孤島で開発中の兵器はまだ全て完成してはいない。
その上、舞夜は独自に動くつもりでいた。一ヶ月後、山脈の雪解けとともに、孤島のアンデッドたちと魔王ルシフェルを、ジュリウス皇子たち抜きで討伐する予定だったのだ。
その方が、開発した武器や兵器を遠慮なく使えるし、ジュリウス皇子たちが一緒では新たに編成した武装アンデッド部隊を運用するのも難しくなってしまう。
まぁ……こうなってしまえば仕方あるまい。ジュリウス皇子たちが一緒に行動するのであれば、やり方を変えるだけだ。
「ふふっ、それではご主人様、わたしたちも準備をしますね」
「アーシャ……残念だけど、みんなはここで留守番だ。山脈越えは大変だろうし、危険な場所に連れていくわけにはいかないよ」
愛するエルフ嫁たちを戦わせるつもりはない。舞夜はそう言ってアリーシャたちの同行を拒むのだが……。
「ダメですの! お兄さまが行くならシエラたちもついていきますの!」
「……ん。愛するご主人様とはずっと一緒。連れて行ってくれないなら、勝手に後をついていく」
シエラにリリアが、そう言って絶対について行くという強い意志を見せつける。
これには舞夜もお手上げだ。勝手についてこられては、一緒に行動するよりも危険なのだから。
結局、舞夜はアリーシャたち三人と、「もちろんママもついて行くわよ?」と優しく微笑むレオナママを連れて、山脈越えをすることになるのだった。
「またよろしくな、舞夜!」
「修業で俺たちは前より強くなってる、期待しててくれ!」
話が纏まったタイミングで、勇大と剛也がそう言って舞夜に話しかけてくる。二人の言うとおり、本当に修業に励んでいたのだろう。以前より筋肉の量が増え、体も少しばかり大きなっているのがわかる。
「はわ〜、舞くんとまた一緒に戦えるなんて嬉しいな〜」
「そうね、桃花。――舞くん、残りの魔王との戦いが終わったら……」
桃花もほのぼのとした表情で舞夜に近づき、それに同意しながら凛も近づいてくる。
その際に、凛は頬を赤くし、意味深な言葉を漏らしながら舞夜を上目遣いで見つめる。帝都で交わした彼との約束――それを意識してしまっているようだ。
そんな凛の様子を、勇大が複雑そうな表情で見守っている。やはり、まだ彼女のことが気になるようだ。
(これは……魔王を倒した後も大変そうだな……)
心の中で呟く舞夜。
エルフ嫁三人との婚約を済ませた彼だが、まだまだ色恋沙汰に慣れることない舞夜の心労は続きそうだ。




