116話 永遠の血
『本題というと……〝アレ〟のことですな? 王よ』
「ああ、その通りだ。ジャック……みんな少し離れていてね」
ジャックの言葉に頷きながら、舞夜は収納魔法《黒次元ノ黒匣》を発動する。
辺りが漆黒の霧で満たされると、アリーシャたちは霧の中で何かが蠢く気配を感じ取る。
そして霧が晴れると――
『こうして外でお会いするのはお久しぶりです、王ヨ……!』
辺りは無数のアンデッドで埋め尽くされていた。
そしてそのどれもがその場で跪き、舞夜を見上げている。
その戦闘で、真紅のドレスを身に纏った美しきヴァンパイア――元不死者の王、ユリスが潤んだ瞳で舞夜を見つめる。
『む……コヤツが愚かにも舞夜に挑んだ不死者の王とやらか?』
『ふむ、確かに凄まじい魔力は感じますが……ハッキリ言って〝雑魚〟ですな』
『なっ……!? ワタクシが雑魚ですっテ……!?』
ユリスを見て、インペリアルとジャックが会話を交わす。
それを聞いたユリスが心外といった様子で声を荒げる。
舞夜に敗北したとはいえ、自分は元不死者の王……。
七大魔王にも匹敵する圧倒的強者だ。
それが上級アンデッドごときに雑魚呼ばわりされるなど――到底許されるものではない。
彼女の配下であったアンデッドたちも、怒りを露わにしている。
「ユリス、それに他のアンデッドたちも落ち着け」
『ハッ――、王の前で取り乱しました、申し訳ありませン……!』
舞夜に言われ、ユリスが即座に謝罪を口にして深く頭を下げる。
後ろにいる他のアンデッドたちも同様だ。
よく見れば、皆僅かに震えている。
当然だ。僅かにだが、舞夜の言葉に怒気が含まれていたからだ。
理由は荒ぶるアンデッドたちを見て、レオナが恐怖心を見せたためだ。
自分の大切な母親を怖がらせた……。
舞夜が怒りを感じるのには十分な理由だった。
「まぁ……実際、この島に住むスケルトンが十体集まれば、ユリスは敵わないと思うけどね」
『な……!? 王までそんなことヲ!?』
「ああ、どうしても納得いかないなら、今度模擬戦でもしてみるといいよ」
『どうやら、本気でそのようなことを言っているようですわネ……』
舞夜の言葉で、彼がふざけていないことをユリスは察する。
そして慄く、まさか彼だけでなく、この孤島にいるアンデッドまでもが自分を超える戦力を有しているということに……。
「それよりも、さっそくだけど……ユリス、ぼくに血を与えてくれ」
『もちろんですワ、王ヨ……あぁ、ワタクシの血が王の中ニ……』
舞夜に請われて、ユリスがうっとりした表情で言葉を漏らす。
そう、今日の舞夜の目的は新しく配下に加わったユリスたちを孤島の皆に紹介すること。
そして、ユリスの血――永遠ノ血を飲み、永遠の命を手に入れることだったのだ。
「ご主人様が本当に永遠の命を……」
「……私たちとの未来のために――」
「シエラ、涙が出てきてしまいましたの……っ」
ユリスと言葉を交わす舞夜を見て、アリーシャたちエルフ嫁三人が涙をこぼす。
永遠の命――それを手に入れてしまえば永遠と引き換えに様々な苦悩が舞夜を襲うだろう。
だが、それを受け入れた上で、彼はエルフという長寿の種族である自分たちとの未来のために……――
そう思うと自然と涙が溢れてしまうのだ。
『王よ、この日のために聖杯を用意させていただきましたぞ!』
「これは……ずいぶんと派手なグラスだな……」
ジャックが差し出してきたグラスを見て、舞夜は苦笑する。
どこまでも透き通るクリスタルのようなグラスに、島で採れたと見られる宝石の数々がこれでもかと装飾されているのだ。
だが、嫌味な感じはしない。誰が見ても素直に美しいと感じることができる……そんな逸品に仕上がっている。
いつの間にか、この孤島のアンデッドたちはデザインセンスまで学んでいたらしい。
苦笑はしているが、温かみのある笑みを舞夜が浮かべたのを見て、アンデッドたちは大喜びだ。
「それじゃあ、このグラスの中に血を入れてくれ、ユリス」
『畏まりました、王ヨ……』
グラスを差し出されるとユリスは自分の手首をその上に翳し、反対の手の爪で切り傷を作る。
「…………っ」
流れ出るユリスの血を見て、息を漏らす舞夜。
見た目はただの血と変わらないのだが、そこから迸る霊気のようなものが凄まじいのだ。
まるで血液そのものが魔力を帯びているかのような……そんな風に感じる。
『さぁ、王ヨ……。ワタクシの血を飲み永遠の命ヲ……』
恍惚とした表情で言うユリス。
自分が王と崇める少年が、自分の血によって永遠の命を手にすることに堪らなく興奮しているようだ。
(ふむ、どうやらあの血に毒は含まれていないようだな)
少し離れたところで、インペリアルが心の中で呟く。
どうやら鑑定能力のようなものまで持っているようだ。
皆が見ている中、舞夜が聖杯に口を付け……静かに永遠の血を飲み込んでいく――




