10話 暴走エルフ
——死にたい……。
朝起きて、アリーシャの胸に抱かれている事に気づくと、真っ先にそんな言葉が舞夜の頭に浮かぶ。
無理もない。
自分がいなければ、まともに生きていく事もできないような、奴隷の少女……それも寝ているところに、あんな事をしているのを見られた挙句、トラウマのせいで、赤ん坊みたいな体たらく。
その上、アリーシャからすれば、鞭で叩かれるだの、目を潰されるなどと、わけのわからない事まで口走ってしまった。
完全にドン引きされている。
そして、嫌われるだろう。
舞夜はそう思ったのだが……
「おはようございます。ご主人様っ」
舞夜が起きるとアリーシャは優しく笑いかけた。
気まずくて、もごもごと挨拶を返すと、ゆっくりゆっくりと頭を撫で上げる。
——はずかしい……。
だが、振り払いたくない。
アリーシャの胸に顔を埋め、彼女の甘くて安心する匂いを嗅いでいると、そのままでいたくなってしまうのだった。
「ねぇ、アリーシャさんはどうして、こんなに優しくしてくれるの?」
「そうですね……。言うのは簡単なのですが、ご主人様に納得していただけるか、不安なのですよね……」
気になっていた事を聞くと、アリーシャはそう答えた。
そしてそれは当たりだ。
恐らく、舞夜はどんなに優しい言葉をかけられても、信用しないだろう。
それだけの虐待を彼は受けてきたのだから……。
「そうですっ! ご主人様、わたしに魔法で命じて下さいっ」
「いや、それは昨日断って——」
「そうではないのです。考えてみれば昨日のは極論過ぎました。なので今回は、わたしの本心を言うように命じて下さい。その言葉なら信用していただけますよね?」
名案だった。
それであれば、舞夜も信用できよう。
——でも、それで本心からの罵倒や「嫌い」なんて言葉を浴びせられたら……。いや、ぼくの為にここまで言ってくれているんだ。信じてみよう。
仮に嫌われたとしても、彼女の為に生きていくと決めたのだから。
と、舞夜は意を決する。
「じゃあ、アリーシャさん、『ぼくの質問に答えて下さい』」
「はい、ご主人様」
舞夜が命令と意識して言葉を口にすると、アリーシャの首輪と彼の手の紋章が輝きだす。
これで隷属魔法が効力を発揮した。
「どうして、ぼくに優しくしてくれるの?」
「ご主人様を愛しているからです」
「ひょっ!? あ、え、えっと……どうして?」
「まずは優しさです。わたしや村の人を損得なしに助けて下さいました。それどころか、奴隷のわたしを受け入れて……。それに強い上に、愛らしいそのお姿……貪りたくてたまりません!」
次々に想いを口にするアリーシャに舞夜は面を食らう。
まさか本気で好かれているとは思ってなかったのだから当然だ。
しかも、女みたいだと馬鹿にされ、コンプレックスだった容姿が彼女のどストライクだったのも予想外だったのだから尚のこと。
「もう一度言います。ご主人様、わたしはあなたのことをお慕いしています」
「あ……ぼくも好き……」
思わず舞夜もそう返してしまう。
するとアリーシャが……
「ふっ、ふぅ、ふぅぅ——っ! ではいいですよね!? もうご主人様と一緒になっても、いいということですよね!? あぁ……わたしはご主人様と初めてを……!」
——うわぁぁぁ!? 発情してるぅぅぅぅ!?
アリーシャの顔は一気に紅潮。
見開かれた瞳の奥には、発情の証、ピンクのハートが浮かんでいる。
「あ、アリーシャさん落ち着いて! 今はぼくに助けられたからそう思ってるだけで、そのうち気が変わるかもしれません。それにぼくヘタレだし、豆腐メンタルだから、引きこもって迷惑かけるかも……!」
このままでは喰われる!!
そうなっては、一大事だ。
舞夜は引き止めの為にあらゆる言葉を口にするのだが……
「わたしの愛は永遠です! ヘタレだっていいじゃないですか。引きこもりが甘えなら、甘えればいいじゃないですか! 大丈夫です。わたしが養ってあげますから! ではイキます!!」
「ちょっ——んむぅ〜〜!?」
アリーシャは止まらなかった。
目にも止まらぬ速さでマウントすると腕を押さえつけ、舞夜の唇を奪いとってしまった。
舌を無理やりねじ込み、グチュグチュと音を響かせる。
愛らしい少年をむさぼり喰らう年上美少女。
地球であれば、間違いなく犯罪であろう。
だが舞夜は……
——ああ、もういいや……。
ここまできたらどうにでもなぁれ。
アリーシャの全てを受け入れる事にするのだった。
◆
「はぁい、ご主人様、あ〜んです」
「あ、あーん……」
「しっかりモグモグして下さいね? ふふっ、いい子いい子です」
「イヤ何やってんの、お前ら!?」
宿酒場の食堂。
幼子に接する様なアリーシャに、恥ずかしそうにしながらも、それに従ってしまう舞夜。
その姿を見て、宿屋の店主が思わずツッコミを入れる。
時刻は昼。
あのあと結局、舞夜もノッてしまい、アリーシャを気絶させてしまった。
目覚めを待っていたら、こんな時間というわけだ。
「ご主人様ったら、ララマドールみたいな顔して、あっちはトロール並みなんですもの……、ビックリしちゃいました。おまけにあんなに激しく……」
シーツを見て、アリーシャは先ほどまでの猛獣の様な舞夜の姿を思い出したらしい。
地球における、「顔はチワワみたいなのにピ――は凶暴」みたいな感想を漏らし、顔をポっと赤く染める。
「あ……、“アーシャ”。そろそろ出かけよう?」
「そうですね。ご主人様」
ブランチを食べ終え、舞夜の提案にアリーシャが頷く。
このアーシャという呼び名だが、昨夜、舞夜が混乱に陥った時、彼女の事をそう呼んだのが、アリーシャの萌えポイントにどハマりしてしまい、今後もそう呼ぶ様におねだりしたのだ。
少々恥ずかしく感じる舞夜だが、そう呼んでやる度に幸せそうな顔を浮かべるので、今後もそう呼ぶ事に決めたのだ。
命を救われたアリーシャ。
そして、彼女に心を救われた舞夜。
主人と奴隷は手を握りあい、ギルドへと向かう。
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