107話 目覚め
「ここは……」
呼びかける声で、舞夜は目を開く。
見渡しても闇がどこまでも広がり、自分がどこにいるのかも見当がつかない。
『アァ……我が愛しき王ヨ、やっと再開することが出来マシタワ!』
すると突然、舞夜の目の前に彼女は現れた。
猛禽類を思わせる金の瞳。
綺麗に結い上げられた深紅の髪。
男なら誰もが見惚れてしまうような魅惑の身体を、髪色と同じく深紅のドレスで包んだ鮮血色の麗人――
「お前は……不死者の王……ッ」
そう、闇の中現れたのは先の大戦で舞夜に敗北を喫した、不死者の王・ユリスであった。
大敵の出現――
ここしばらく。
アリーシャたちとの営みを除けば、まるで幼な子のような生活を送り、気が緩みきっていた舞夜の体に、久方ぶりの緊張が走る。
『その呼び名は、およしクダサイ。不死者の王の座は妾に勝利した貴方様のものデス。新たな王ヨ……』
ユリスはそう言って、膝を立てて跪く。
形だけではない。
ユリスの雰囲気からは、確かな恭順の意志が伝わってくる。
「か、顔を上げてくれ。とりあえず、どうしてお前が……ぼくの《黒次元ノ黒匣》の中で眠っているはずだろう? それにここは……?」
『ここは王の夢の中デスワ。そして、妾は、貴方様の闇の波動で眠る内に、魔力の絆を作り上げ、こうして夢の中にお邪魔させて頂いたのデス』
――なるほど。ジャックたちの念話と同じような仕組みか。
ユリスの言葉に、しばらくは休暇と伝え、孤島で休ませているジャックたちを思いだす。
『闇の波動――《黒次元ノ黒匣》……と、言いましたか? その中で眠りにつくことしばらく、妾や配下たちの生者への憎しみが消え去りマシタ。王が今は休養中なのは分かっておりマス。ですが、それに伴い、どうしてもお願いがしたいことがあるのデス……』
跪いたまま、神妙な様子で見上げてくるユリス。
そのお願いがとやらの内容に、なんとなく想像がついてしまったことで、舞夜は内心「うげっ」とゲンナリする。
ユリスの願いとは――
『妾を……いえ、妾と配下たちを貴方様の配下に加えて欲しいのデスワ!』
つまり、そういうわけである。
彼女がそう言いだすことは、以前のジャックたちの件で、ある程度予測がついていた。
だからこそ(アリーシャたちによる幼児退行調教で忘れさせられていたというのもあるが)、《黒次元ノ黒匣》に閉じ込めたままにし、面倒ごとから目を背けていたのだ。
だがしかし。
不死者の王である自分とその配下に、単騎で勝利し。
その上、生者への憎しみから解き放ってくれた舞夜に仕えたい――その思いが抑えきれず、ユリスは自ら行動に移したのだ。
「そのことなんだけど……ぼくは配下を持つ気はないし、もっと言えば不死者の王を名乗ったことも不可抗力なんだ。だから、お前が不死者の王の座から降りる必要もない。これまで通りで――」
『そうはいきマセンワ!!』
舞夜の言葉をユリスが遮る。
何故か頬はピンクに染まり、金の瞳は心なしか潤んで見える。
そして、こう続ける。
『不死者の王に勝利した者は、その王位を継承する……。これは世界の法則によって決められてイマスワ。もし、仮にそれを貴方様が破っても、妾の配下たちは敗北した妾を王とは認めないデショウ。そうなれば、統率者を失った彼らは、やがて生者への憎しみが戻り、世界中に災厄を――』
「わかった! もう、ぼくが王様でいいから!!」
ジャックたちの時と同じように、舞夜は警告という名の脅しに屈するのだった。
まぁ、今回の場合は前回と違い、不死者の王を名乗ることによって敵が出来るわけではないので、良しとしていいだろう。
『ところで王ヨ、貴方様に尋ねたいことと、伝えたいことがあるのデスが……』
ユリスが問いかける。
その表情は先ほどまでとは違い、真剣そのものだ。
一体なんだろうと、舞夜は先を促す。
『王は、アンデッドではありませんワヨネ?』
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
『つまり、その命は妾たちと比べ、短く儚きもの……。そうなると、妾たちは永くお仕えすることができません』
「それは……仕方ないだろう。寿命ばかりはどうにもならないからな」
ユリスの言葉。
それを聞き、舞夜の表情が翳りを見せる。
その理由はアリーシャたちだ。
彼女たちはエルフ族。
その寿命は人間の数十倍。
人間の自分は彼女たちからすれば、あっという間の速さで寿命を迎えてしまう……その事実を思い出し、胸を痛めたことは数えきれないほどだ。
だからこそ。
これまで死ぬ物狂いで強敵に挑み、自分が死んだ後もアリーシャたちが不自由しないように舞夜は財を築いてきたのだ。
『もし――王の寿命を永遠のものにできる……妾がそう言ったら、貴方様はどうなさいマスカ?』
「は?」
舞夜が間抜けな声を上げる。
自分の命を永遠に――
それはアリーシャたちと添い遂げる上で、舞夜が一番に欲するものだ。
――まさか、あるのか? そんな方法が……。
不敵に笑いながら問いかけるユリス。
蠱惑的なその表情に、舞夜は魅入られる。
『妾はヴァンパイアの中でも、古代の血と呼ばれる最高位のアンデッド……。この体に流れる血の名は“永遠の血”――。人間が飲めば……寿命という概念は無くなります』
「……ッ!!」
目を見開く舞夜。
つまり、ユリスの血を飲めば、自分はアリーシャたちと永遠を――
『フフフ、答えは決まりのようデスワネ』
舞夜の様子を見て、ユリスが満足げに微笑む。
自分の血が王の役に立つ。
そして、それにより永遠に仕えることができる。
その事実に歓喜しているのだ。
『それともうひとつ。お伝えすることが……これも、王のためになると思いマスワ』
「ま、まだあるのか……?」
永遠の命を手にすることができる――
それだけでも十分だというのに、ユリスはさらなる恩恵を与えようとしている。
さすがの舞夜も狼狽えずにはいられないというものだ。
『その前に、王は大事なことを忘れておいでではありませんコト?』
「大事な、こと?」
『ええ。ここしばらく、勝手ではありますが王の深層心理を覗かせて頂きましたが、貴方様には大きな成し遂げなくてはならなかったことがあるはずデスワ』
「成し遂げなくてはならなかったこと……そうだ――!」
ユリスの言葉で、舞夜は思いだす。
ここしばらくで、アリーシャたちによる愛の檻の中にいて忘れていた大事なこと……自分の障害になるかもしれない、残りの魔王の討伐という目標を――。
『思い出したようデスワネ。そこで、妾から提案がありますノ……』
ユリスは語り始める。
舞夜の新たな戦いの日々の始まりとなる、その最初の言葉を――




