100話 決着
――何故だ!? どういうことだ!!??
突如、姿を消した敵。
かと思えば自分の懐に飛び込まれ、その細腕からは想像もつかない豪腕で腹部を貫かれた。
想定外の出来事で、レイヴィアタンは混乱に陥る。
「まだ終わりじゃないぞ!」
轟ッッ!!
甲冑の背中部分から炎が飛び出す。
とんでもないスピードで上昇する舞夜。
そのまま右脚を振りかぶり――
ドスッッ!!
と、レイヴィアタンの下顎に蹴りを見舞う。
『アギャァァァァァァァッッッッ!?』
轟く咆哮。
舞夜の蹴りが勢のあまり、レイヴィアタンの下顎を口の中まで貫通したのだ。
まだ続く。
その隙に、今度はレイヴィアタンの後方に回り込む。
そのまま尻尾の先端を掴むと――
「そぉぉぉぉぉぉい!!」
一気に持ち上げ、背負い投げ。
とんでもない衝突音を響かせ、地面に叩きつけてみせる。
『ひぃぃぃぃぃ!? レイヴィアタン様ぁぁぁぁ……!!』
『一体なんなんだ、あのガキは!?』
真の姿を解放したレイヴィアタン。
にも関わらず、それを物理攻撃でねじ伏せる魔法使い――
あまりの光景に、魔族どもが恐怖で震え上がる。
甲冑へと変形したナインヘッズ。
防具としても機能するが、その本当の運用目的は、華奢な舞夜の近接戦闘能力を向上させる為の、“パワードスーツ”だ。
装甲にチャージした魔力のアシストを得て、パワーを増強。
さらに、背部や肘、足裏などに設置された噴射口から魔力を噴射。
ドラゴンも顔負けの拳や蹴りを放つことができるのだ。
『ぐぅぅぅッッッ……! 調子に乗るな、《ポイズン・ブレス》!!』
さすが魔王。
あれ程の強撃を連続で受けながらも、戦意を失ってはいないようだ。
地面に叩きつけられながらも、猛毒の息吹を放つ。
「《黒キ祓ウ者》!!」
対し、舞夜は《ポイズン・ブレス》を真っ向から受け止めた。
そして、マモン戦でも使った絶対防御の反射魔法を体の向きを変えながら発動する。
『ひぎゃぁぁぁぁぁ!!??』
『体が! 体が溶けていく……!!』
魔族どもが悲鳴を上げる。
舞夜が体の角度を変えた事で、反射したブレスが襲いかかったのだ。
立ち上る瘴気によって、敵の数が見る見るうちに減っていく。
隙を突き、魔族どもがレオナを再び人質にする為に動こうとしていることに、舞夜は気づいていた。なので、そんな気を起こさせないために牽制の意味を込めて、《ポイズン・ブレス》をお見舞いしたのだ。
『く……ッ、これでは……』
ここにきて尚、反射能力という隠し玉を持っていた事実に、レイヴィアタンが憎々しげに声を漏らす。
「終わりだ」
舞夜が加速する。
魔力噴出全開でレイヴィアタンの頭部目掛け飛んでいく。
『させるかァァァァッッ!!』
対し、レイヴィアタンがまたもや《ポイズンブレス》を発射する。
しかし、その形は球状。
そして連続発射だ。
《黒キ祓ウ者》で対応出来ないように、連続攻撃で……と考えたのだろう。
――いい判断だ。
フルヘルムの下、舞夜が笑う。
「でも惜しかったな」
そう呟くと同時。
パワードスーツ形態だったナインヘッズが、パーンッ!! とパージした。
そのまま舞夜の周囲を高速機動。
《ポイズン・ブレス》を全て防ぐと、そのまま離散する。
瘴気対策の為だ。
ズドンッッ!!!!
轟く打撃音。
そこにはレイヴィアタンの脳天に、踵落としを叩き込む舞夜の姿が――
そして、その脚部には漆黒の装甲が確認出来る。
そう、この一撃の為に、脚部の装甲だけはパージしなかったのだ。
今の強撃で、とうとうレイヴィアタンが、ドゴォォォォォン……!! という音とともに、地に崩れ落ちた。
すると、姿がどんどん小さくなり、元の蛇人間形態へと戻っていく。
『ぐぅ、まだだ……! 貴様だけは必ず殺して見せる!!!!』
土煙の中、レイヴィアタンが呪詛を漏らす。
手にした《蛇王剣》を杖代わりに、足をガクガクさせながら立ち上がってくる。
「お前は……何故そこまでぼくを……!?」
勝ち目はない。
だというのに、立ち向かってくるレイヴィアタンに舞夜は問う。
『貴様が、あの娘を……我が愛しのベルゼビュートを籠絡したからだ!!』
「な……ッ!?」
射殺さんばかりに舞夜を睨みつけ、叫ぶレイヴィアタン。
驚愕もあるが、その叫びからとんでもない憎悪を感じ取り、舞夜は言葉を失う。
レイヴィアタンは続ける。
『私は可憐な少女でありながら、暴虐と破壊の限りを尽くすあの娘の姿に誰よりも惹かれ、愛していた! ……だというのに、初代勇者のように貴様はあの娘を“暴食の呪縛”から解き放ち、私から奪い去ったのだぁぁぁぁぁぁッッ!!!!』
だからこそ貴様を殺す!
そして、愛しの暴食の魔王を取り戻すッッ!!
レイヴィアタンはそう言い放った。
——えぇ……。
ドン引きする舞夜。
要は、目の前の魔王は、暴食の呪いによって自分の意志に反し、殺戮をやめられなくなってしまったベルゼビュートの姿に興奮を覚えていたということだ。
そして、ここで話が繋がった。
ベルゼビュートをどうしても前の状態に戻したいレイヴィアタンは、舞夜の殺害を決意。自分と同じく舞夜を邪魔に思う不死者の王・ユリスと手を組み戦力を増強。そしてカリス王子とも手を組み、更なる戦力増強と人質という名の切り札、レオナを手に入れ、侵攻に及んだ。
大方そんなロジックだろうと……。
「アホらし……」
どいつもこいつも。
自分の好きな女を取られた。
自分の地位を簒奪されそう。
個人的な私怨や理由の為に、命を狙われる。
そんなことが毎回自分の身に降りかかることに、舞夜はウンザリといった様子で溜息を漏らす。
そして——
「付き合ってられるか」
グチャッッ……!!!!
捨てゼリフとともに、ナインヘッズ再装着し高速移動。
トドメとばかりにレイヴィアタンの心臓を手刀で貫いた。
『カハ……ッッ! うぅ……頼む魔法使い。我の、想いを……愛しいあの娘……に……』
それが嫉妬にかられた魔王、レイヴィアタンの最後の言葉だった。
言葉から察するに、ベルゼビュートに愛を告げたことはなかったのであろう。
「残念だが、それはできない」
レイヴィアタンの亡骸に向かい、舞夜は呟く。
それを知れば、心優しきベルゼビュートは自分がいたせいで、帝都……そして、なにより舞夜に危険が及んだと罪の意識に苛まれることになるからだ。
そして決意する。
魔神の思惑や、歪んだ愛のせいで望まぬ人生を歩んできたベルゼビュートを、この先自分が守り抜いてやろうと――
『てッ……撤退だ!!』
レイヴィアタンの敗北を受け、魔族のひとりが逃亡の声を上げる。
一目散に逃げ出す魔族ども。
追撃し、殲滅するべき場面なのだろうが、そうは出来ない。
こちらには、歩くのもおぼつかないレオナがいるのだ。
それに、後ろを見れば都市の方から土煙が上がっているのが確認できる。
ジュリウス皇子を始めとした後発隊が出撃したようだ。
後は、任せてしまって大丈夫だろう。
「まぁ、お前だけは逃さないけどな」
「ひっ……!?」
舞夜に声をかけられて、小さく悲鳴を上げる人物――カリス王子だ。
いつの間にかハイポーションでも飲んでいたのか、腕が再生している。
「生き地獄に晒してやりたいところだが今は時間がない。だから寝てろ」
そう言って、怯えるカリス王子の後頭部に蹴りを見舞う。
気絶したのはもちろん、勢いよく顔から地面に倒れた。
ベチャッ! という音を響かせ沈黙する。
「さぁレオナさん、ぼくの後ろに乗って下さい」
「の、乗るってこれに……?」
ヒュドラを起こしながら言う舞夜。
レオナは初めて見る異様な物体に戸惑った様子を見せる。
舞夜は「馬みたいなものだから安心して下さい」と促し、レオナを乗せると……
ブォォォオオン――ッッ!! とエンジンを鳴らす。
「きゃっ!?」
いきなりあがったエンジン音にビックリしたレオナが、舞夜にギュッと密着し……
むにゅん!!
背中越しに、柔らかさという名の暴力が襲いかかる。
――レオナさんはアリーシャのお母さん! レオナさんはリリアのお母さん!!
絶世の美女とはいえ、相手は恋人たちの母親。
意識してしまっては男失格……。
舞夜はそう思い、心の中で自分に言い聞かせる。
「では発進します。しっかり捕まってて下さいね?」
「ふふっ、分かったわ。私の救世主様」
舞夜に言われ、あらためて彼の腰に手を回すレオナ。
その際に彼女の髪がなびき、アリーシャやリリアと似たなんとも言えない甘く、そして安心する匂いが舞夜を包み込む。
――ああ、本当にふたりのお母さんなんだな。
そんな感想を抱きながらヒュドラを発進。
ちなみに、カリス王子は浮遊させたナインヘッズのひとつにロープで括り付け、追随させている。
後発隊が近づいて来る。
「よくやってくれた、舞夜。後は任せてくれ!」
「お願いします。ジュリウス」
通り過ぎざまに、そんなやりとりを交わす。
そして、こっそり《黒次元ノ黒匣》を発動する。
後発隊は残りの魔族を殲滅させる為に、活動を停止したアンデッドたちを後回しにしていった。それらを回収してしまおうというわけだ。
「アンデッドが……消えていく?」
「レオナさん。ぼくの魔法で消しているだけですので、気にしなくて大丈夫ですよ」
「まぁまぁ、舞夜ちゃんは何でも出来ちゃうのね?」
「他の人たちには秘密ですよ? ぼくがやったとバレると少し面倒なので……」
「ふふっ、分かったわ」
何から何まで規格外の少年の言葉に驚きつつも、レオナは何かを察してくれた様だ。
アリーシャによく似た微笑みを浮かべ、そう言ってくれる。
「ご主人様ぁー!!」
声が聞こえる。
城壁の方からだ。
見ればアリーシャにリリア、そしてシエラが血相を変えて駆けて来る。
恐らく、舞夜がひとりで戦っているという情報を得て、飛び出して来たのだろう。
舞夜は優しい手つきでレオナを降ろすと、ヒュドラやナインヘッズを収納。
そして、そのまま――バタン! と倒れてしまう。
連戦に次ぐ連戦。
長時間に渡るナインヘッズの並列操作。
さらに魔導士の全ての力を解放し、最後には得意ではない肉弾戦――体力の限界を迎えて当然である。
倒れた舞夜を見て「あぁ……ッ、ご主人様……!?」と、悲痛な声を上げるアリーシャ。
シエラは「どこかにお怪我を!?」と慌てた様子でハイポーションを取り出す。
それに続こうとしたところで、「……お母さま!?」と、レオナの存在に気づくリリア。
愛しいエルフ娘3人の声の中。
舞夜は安堵し、意識を落とすのだった。




