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第48話 眠さと闘いました

「ユキちゃん、もう大丈夫にゃの?」

「昨日ゆっくり休んだからな。もう大丈夫だよ」

 多々良が心配そうな顔でこっちを見る。

「無理しにゃいでね?学校休んだっていいんだよ?」

「大丈夫だって。心配してくれてありがとうな」

 休んだっていいとは言えど、もう学校は目の前だ。

「よう佐倉、風邪は大丈夫なのか?」

 後ろから声をかけられる。

「おはよう佐々木。昨日めっちゃ寝たからもう大丈夫だ」

「そうか、それならいいけどよ。無理はすんなよ?」

「ありがとな」

 多々良も佐々木も優しいじゃねえか。

 お涙頂戴ってか。

 そんなわけないか。

 教室に入ると、倉持と姫川が近づいてきた。

「おはよう佐倉。もう風邪は大丈夫にゃのか?」

「おはよう、身体は大丈夫?」

「俺めっちゃ心配されてんじゃん」

「佐倉が体調を崩すにゃんて珍しいからにゃ」

「そうか?俺割と体調崩すよ?」

 多分身体が強いなんてことはないと思う。

「熱はないみたい」

 姫川が昨日と同じように額を当ててくる。

 だがここは教室の中だ。

「離れて」

「うん」

「き、綺月、周りが見てるよ」

「別に、気にしない」

 そういって教室から出ていく姫川。

「絶対気にしてるよ……」

 多々良が半目で姫川を見送る。

 にしても、まさか1日休んだだけでこんなに心配されるとは思わなかった。

「なあ倉持、今日の放課後倉持の家に行ってもいいか?」

「勉強するにゃらいいぞ」

「ま、まあ一応教えてもらおうと思ってな」

「勉強しにゃいにゃら追い出すからにゃ」

「分かってるっつの」

「佐倉たちはどうする?」

「俺は……まだ病み上がりだからうつしたらいけないし今日はやめておくよ。明日とかどうだ?」

「明日はバイトにゃんだ。明後日にゃらいいぞ」

「分かった」

「じゃあたたらは今日行くー!」

 多々良が手を上げる。

 自分から行こうとするとは珍しい。

「帰りはどうする?」

「佐々木っちが送ってくれるにゃら行けるよ!」

「多々良の家は俺の反対方向だろ……まあどうせ家に帰って勉強しようとは思わないしいいけどな」

「ありがとう!」

 じゃあ今日は帰ったら1人で勉強か。

 また体調を崩してもいけないし、今日はちょっとにしておこう。

「今日倉持の家で勉強するんだ?じゃあ俺も行こうかなー」

 秋川が話に入ってくる。

「分かった」

「じゃあ佐々木、倉持、秋川。多々良を任せるよ」

「おう」

「男3人に女の子を任せちゃってもいいの~?」

 秋川が茶化してくる。

「佐々木と秋川と倉持だから任せてるんだよ」

「ふ~ん」

 秋川がニヤニヤしている。

 さすがにこいつらが多々良に手を出すってことはないだろ……。

 ……ないよな?

「秋川がバカなこと言ってるが、俺らはそんなことするつもりはねーよ」

 佐々木が秋川の頭をはたく。

「冗談だよ冗談~」

「お前は態度が軽いから若干疑われやすいんだよ。気を付けやがれ」

「はいはい」

 秋川がふらふらと席に戻る。

「俺らが多々良に何かするってのはあり得ないからな?安心してくれていいからな?」

「わ、分かってるって。ありがとな」

「おう」

 倉持は多々良のことが好きだろうからどうか分からないけど。

「おはようございますー。あら、佐倉くんもう大丈夫なんですかー?」

「おかげさまで元気です」

「それはよかったですー」

 昨日は結構きつかったけど、今日はもう平気だ。

「最近毎日のように言っていますが、そろそろテストですねー。進路などにも響くので、皆さんがんばってくださいねー」 

 さらっと響くとか言うんだよなあこの人。

「安心してくださいねー。今回の私のテストは、普段授業をちゃんと聞いているのなら結構簡単になってますー」

 聞いてないなら難しいんでしょ?

 当たり前か。


「おお、ちゃんと佐々木が授業を聞いている」

「まあ、倉持との約束だもんな」

「佐々木も割と義理堅いよな」

「俺を誰だと思ってやがる」

 眠そうではあるけれども。

 まあでも、確かに佐々木は約束を守る男だ。

 倉持も秋川も約束は守る男だけど、秋川はまあ……態度で軽く見られがちだけど。

「ノートは取ってるか?」

「内容なんて分からねえけどな。あとで倉持に教えてもらうんだよ」

「倉持が佐々木の字を読めるかが問題だな」

「うるせーやい」

 佐々木と多々良はあまり字がきれいじゃないからね、仕方ないね。

 倉持は字もきれい。

 頭もよくて字もきれいとか最強か?

 まあいいや、俺もノート取ろう。


「いやあ、あの光景が毎日続けばいいんだけどにゃ」

「毎日なんて続けられねえよ」

「まあ、とりあえずは今回のテストが終わるまでだな」

「スポーツ推薦で入ると大変だぞ?」

「何がだよ」

「もし怪我とかでスポーツができにゃくにゃったら勉強にもついていけにゃくにゃってそのまま退学コースだ」

 スポーツ推薦怖くね?

 そんなことあるんだ?

「ま、まあ俺は身体強いし大丈夫だ!」

「それにゃらいいけどにゃ」

 いまからこいつが心配になってきたんだが。

「まあ、俺も佐々木なら大丈夫だと思うけどね~」

 秋川が佐々木をフォローする。

 まあ俺なら佐々木も大丈夫かとは思うけど……。

「佐々木っち、もしかしたら勉強しておいた方がいいかもね?」

「ぜってー身体壊さねーようにトレーニングしてやるわ」

 

「あれ、佐々木は?」

「外走ってるよ」

「何してんだ!?」

 みんなで昼飯を食べる予定だったが、佐々木だけいなかった。

 よく見ると、校庭を走っている。

「サッカー部全員巻き込んでるんじゃないのあれ」

「マネージャーもいるねー」

「こんにゃ寒いのによく外で走ろうとか思うにゃ……」

 それぞれ反応は様々だ。

「テスト期間で部活がないからみんな動きたいんじゃね?」

「にゃるほどにゃ」

「たたらは外出たくにゃいにゃ~」

「俺もやだねー」

 どうやら俺以外の3人は外に出ることに否定的なようだ。

 まあ秋川に関しては長時間外にいると命に関わるしな……。

「そういえばこの前テレビでさー、冬の北海道でトラックをヒッチハイクして函館から稚内まで行けるかっていう内容の番組やってたんだけどさ」

「なにその過酷な旅」

 冬の北海道でヒッチハイクって捕まらなかったら凍死するのでは……。

「それでさー、留萌(るもい)っていう地方の天気がやばかったんだよねー!」

 やばかったのか。

「どうやばかったの~?」

 あ、そう、それを説明してほしかったんですよ。

「俺の背丈よりも雪が積もっててさー!何より、吹雪がひどすぎてホワイトアウト?っていうのになってたんだよー!」

「ホワイトアウトか……それは恐ろしい(はにゃし)だにゃ」

「しかも気温が-14℃!俺なら死んじゃうね!」

 秋川なら死んじゃうな。

「北海道には変温動物系の亜人ってほとんどいないんだってさ!」

 いないだろうな。

 冬が寒すぎて大変なことになるからな。

「ちなみに、ニシンがおいしいらしいよ」

「「ニシン!!」」

 多々良と倉持が反応した。

「ニシンか……悪くにゃいにゃ!」

「いいねいいね!おいしいよね!食べたいねえ!」

 テンションが上がっていく多々良と倉持。

「秋川の話聞いてたか?-14℃だぞ?」

「わかんにゃいよ?そこまでして行く意味があるくらいおいしいかも!」

「多々良吹雪の中外出れんの?」

「吹雪かぁ……」

 俺は正直出れる気がしない。

 そもそも埼玉の気温で慣れちゃってるしね?

 北海道って本州とは違う気候の地なのでは……?

「でも札幌とかってそこまで寒くないんじゃない?」

「いやあ、もう北海道ってだけで寒いわ」

 ああ、そういえば150年くらい前に北海道で暮らしてたアマテラスに聞いてみようかな。

「でも確か、防寒装備をちゃんとしていれば割と平気って聞いたんだよにゃ」

「どんだけ厚着すればいいのよ」

「たたらが二回りくらい大きくにゃるくらい?」

「着こみすぎじゃね?」

 歩くのが大変そうだ。

 というか多々良の視界だったら転んでもおかしくない。

「まあ僕はいつか行ってみたいと思ってるけどにゃ」

「やっぱり魚か?」

「もちろん!豊富な海産物を楽しみたいからにゃ!」

 それ目的なら別に築地でもいいんじゃなかろうか。

「お昼のお弁当には毎回シーチキンを入れているけど、やっぱり新鮮にゃ海の幸を楽しみたい。花丸(はにゃまる)さんにゃら分かってくれるだろ?」

「分かる分かる!おいしいお(さかにゃ)いっぱい食べたいよね!」

 さすがは猫人同士、魚の話になると盛り上がるなー。

「俺は卵が食べられればいいけどね」

「弁当の中に何個うずらの卵入ってるんだよ」

「最低でも10個は入れるよね」

 入れすぎじゃないか。


「よーし、いい汗かいたぜ」

「めっちゃ汗かいてるじゃん」

「ちゃんと拭かにゃいと風邪引いちゃうよ~?」

 多々良が佐々木にタオルを渡す。

「おう、サンキューな」

「佐々木っち、さすがに汗臭いよ」

「狼だぜ、さすがにそのくらい気付いてるっつーの」

「昼休み終わりまでまだ時間もあるんだ、シャワーでも浴びてくればいいんじゃにゃいか?」

「そうだな・・・」

 佐々木が教室から出ていく。

「僕はああまでして走りたいとは思わにゃいにゃ」

「俺もあんまり思わないなー。でもほら、スポーツマンってやっぱり身体動かさないとなまっちゃうんじゃない?」

 俺もあまり外は走りたくないけど、佐々木はそうしないといけないんだろう。

 本人のスポーツに対する意識の高さもなかなかのものだ。

「たたらたちも走る?」

「え、俺やだ」

「僕もやだにゃ……」

 秋川と倉持が瞬間的に反対する。

「じょーだんだよじょーだん」

 まあ多々良はあんまり走れないしな……。

 ああ、でも同じ場所回るだけなら走れるか。

 見えてるのが片目だけで遠近感覚が弱いから、多々良にとっては走るのも大変なんだよな。

「こんな寒い中走ってたら体温下がって動けなくなっちゃうよ」

「あ、そうだったね。アッキーは命取りだ」

 寒い中毎日登校してきてると思うんだが……歩くと走るのだと違うんだろうか。

 あ、違う、今は厚着してないからか。

「あとさ、多分今から運動したらマルちゃん午後の授業全部寝ちゃうんじゃない?」

「う……」

 多々良が言葉に詰まる。

 まあそういうことだろうな。

「俺も走ったら寝る自信あるわ」

「寝たらこの前の約束通り勉強は教えにゃいからにゃ?」

 それも困るしね。


「やべえ……」

 後ろでうめく声が聞こえる。

 佐々木だ。

 まああれだけ走ったらいくら運動部でもそれなりに疲れるだろう。

 しかも5限は現代文。

 木晴先生の授業だ。

 先生の若干間延びした朗読が俺らの眠気を誘う。

 しかし俺たちは何としても寝れないのだ。

 倉持との約束だからな。

「眠い……」

 右を見ると、秋川も眠そうにしていた。

「にゃっ……」

 ちょっと後ろを見ると、なんということでしょう。

 倉持もちょっと眠そうにしていた。

 お前もそういうところあるのか、倉持よ。

 そして意外なことに、多々良はちゃんと聞いているようだ。

 眠くないんだろうか。

「佐倉くん?きょろきょろしてどうしたんですかー?」

「え、何もないですよ」

「授業に集中してくださいねー」

 あんたの朗読に集中しようもんなら即座に寝る自信あるが。

「はーいみなさん、ここで一度立ちましょう~」

「!?」

 眠そうにしている生徒が全員ビクッとした。

 倉持も。

「5限の現代文はみなさん眠いですからね~、私も眠いですー。なので、みんなで伸びをしますよー」

 それはナイス判断かもしれない。

 ちょうど俺のノートの字が怪しくなってきたからね。

 多分これで授業終了まで持つだろう。

「うぅ……眠い」

 どうやら佐々木には効果がなかったようだ。

「佐倉、目に唐辛子を塗ってくれ」

「一瞬の判断が一生の後悔を生むことになるぞ」

「ギンピ・ギンピって知ってるか?」

「死ぬぞ」

 あとあんまり話してると木晴先生に怒られるぞ。


「はーい、5限の授業はこれで終わりになりますー。みなさん眠かったでしょうし、復習はしっかりしてきましょうねー」

 半数以上の生徒が伸びをする。

 うん、やっぱり5限の現代文は本当に眠いな。

「ふわあああああ……」

 後ろで大きな欠伸をする佐々木。

 もしかして寝てたんじゃねえだろうな。

「ふわあああああ……」

 そして俺にもうつる欠伸。

 もっと眠くなってきたじゃねえか。

「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 そして多々良も大きな欠伸をする。

 俺らが欠伸をしていることには気づいていないようだったが。

「佐々木、船を漕いでいたみたいだにゃ?」

「い、いや、寝てないぞ?ほら、一応ノートも取ってるし、な?」

 そこには子どもの落書き帳のようなよくわからない線が刻まれていた。

「これは……」 

 倉持が審議に入る。

 寝ているか、寝ていないか。

 正直この線が刻まれている時点で俺は寝ていると思う。

「まあ、いいか」

「心が広いな」

「今までの佐々木ならまずノートすら取ろうとしなかったからな」

「それあれじゃん、大罪人が少し良い事したら評価されちゃうタイプのやつじゃん」

 つまりあれか。

 映画版ジャイ○ンみたいな。

「まあ、次はにゃいぞ」

「おう」

 6限は……数学かー。

 これはこれで得意じゃないから眠くなるんだよなー。

 脳が学ぶことを拒否する、的な感じ。

 まあ、頑張って起きてないといけないけど……。


「……はっ」

 やばい。

 なんだ、今俺寝てたのか?

 ここ5分近くの記憶がない。

 俺の知らないうちに時計の針が5分進んでやがる。

 幸い黒板は俺がノートに書いたところまでの続きでとどまっている。

 もしこれ以上先に進んでいたら何が何だか分からなくなるところだった。

 ……視線を感じる。

「……」

 自分の脇の間から後ろの方を見ると、倉持と目が合った。

「……」

 倉持がニコッと笑う。

 ああ、これはバレたな。

 まあ、とりあえずノートは取れるだけ取っておくか。

 秋川も佐々木も多々良もちゃんとやってるなー。

 ああ、よく見たらノートに例の線が引かれてやがる。

 これは消しましょうか。


「やってしまったにゃ、佐倉」

「やっちまった」

「ノートは大丈夫か?」

「まあ、何とか大丈夫」

「そうかそうか、とりあえず頑張れ」

 ……ん?

「え、いいの?」

「にゃにがだ?」

「寝ちゃったけど」

「まあ、すぐに起きたしにゃ。ノート取るのも諦めてにゃかったし、今回は大目に見てやるぞ」

「マジか、倉持優しいじゃん」

「僕はもともと優しいだろう?」

 ……審議しよう。

「やらにゃくてもいいんだが?」

「そういうところじゃないですかね」

「ユキちゃんさっき寝てたでしょ~!」

 おそらくトイレから戻ってきた多々良が俺に突っ込んでくる。

「ちゃんと前向きなさいよ。授業聞きなさい授業」

「寝ちゃった人に言われたくにゃいよねぇ~」

 くっそ、反論できねえ。

「おいおい佐倉、お前さっき寝てたなぁ!?」

「ね、佐倉寝てたよね~」

「なんだよお前ら、ちょっと眠たくなったくらいでいじってきやがって」

 今までは倉持以外全員寝てるとかが当たり前だったのに。

「まったくー、ユキちゃんったら気が抜けてるんじゃにゃーい?」

「退散!!」

「「「「あっ、逃げた!」」」」


「……それで、うちのところまで来たと」

「ああ、ちょっとの間だけでいいんだ」

「そろそろ帰るんだけど」

「まあまあ」

 あまりにもいじられるので姫川のもとまで逃げてきた。

 まあ、隣のクラスだけど。

「あ、佐倉くんだ!どうしたの?」

 俺と姫川のもとへ近づいてくる女子が一人。

 頭の上で大きな耳が揺れている。

 兎人か……。

「確か、修学旅行の時に、姫川と同じ班だった……」

「そう!島名(しまな)って言います!よろしくね!」

「あ、ああ、よろしく……」

「佐倉、いつも通り表情が硬くなってるよ」

「う、うるさい」

 初対面の人は苦手なんだ。

 この人初対面ではないけど。

「わざわざ放課後に綺月(きづき)ちゃんに会いに来るなんて、仲いいねえ」

「え?ま、まあそうだな?」

 付き合いも長いし、放課後に会いに来るくらい別におかしい事でもないだろう。

「もうお付き合いまで行ってるの?」

「えっ!?」

 島名さんの発言に思わず驚く。

 お、おかしいことじゃないよね?

 放課後に友達のクラスに入るのって普通だよね!?

「島名さん、うちらはまだそういうのじゃない」

「そうか~、お似合いだと思うんだけどな~」

 そう言いながら頭を揺らす島名さん。

「島名さん、やっぱりうちらをくっつけたいらしい」

 姫川が小さく耳打ちをしてくる。

 ああそうか、修学旅行の時もそんな感じだったな。

「いや~、佐倉くんイケメンだし、綺月ちゃんもかっこいいし?絶対お似合いだよ~」

「あ、ありがとな」

「お似合い……」

 姫川が何やら考え込む。

「あー!ユキちゃんいたー!」

 その時、多々良が4組の教室に入ってきた。

「多々良、佐倉を探してたの?」

「うん!今日はくらもっちゃんの家で勉強するからユキちゃんとは一緒に帰れにゃいんだけど、ユキちゃん一人でも平気?」

「大丈夫だって。もう元気だよ」

「それにゃらいいんだけど」

 先ほどのいじりなどすっかり忘れているようだった。

「……どなた?」

 多々良を見た島名さんが、思わず首を傾げた。

 ああそうか、ここは本当に初対面か。

「ユキちゃんと綺月の昔にゃじみの、花丸(はにゃまる)多々良だよ!5組!そちらは?」

「私は綺月ちゃんと仲良くさせていただいてる4組の島名といいます。よろしくね!」

「よろしくー!」

 こういう時この多々良の馴染みやすさがうらやましい。

 俺初対面でこんなにしゃべれない。

「綺月ちゃんって佐倉くん以外にも幼なじみがいたんだね」

「もう一人いる。修学旅行で一緒に軍艦島に行った、佐々木」

「ああ!あの狼人の!そうなんだね!」

 ……そう考えると倉持と秋川を含めてよく俺たち全員で同じ高校に来たもんだ。

 多々良が島名さんの特徴的な耳を見つめる。

島名(しまにゃ)さんは兎人さん?」

「そう!ジャンプすると天井に頭ぶつけるの!」

 さすが兎人。

 多々良もかなりのジャンプ力あるけど。

「多々良、倉持の家に行くんじゃないの?」

「ああそうだった!早く行かにゃいと!」

「今日はうちが佐倉を家まで送っていくよ。多々良、それでいい?」

「うん!綺月がいてくれるにゃら安全だね!じゃあユキちゃん、行ってくるね!」

「おう」

 多々良がぴゅーっと教室から出ていく。

「じゃあ、佐倉の家まで送っていく」

「べ、別に大丈夫だぞ?」

「多々良と約束した」

「分かったって」

 こういう時の姫川は頑固だ。

「佐倉くんと花丸さんって仲良いんだね」

 教室の出入り口を見ながら、島名さんが言う。

「まあ、佐倉と多々良は色々あってね」

「へー」

 若干つまらなそうな返答だったが、姫川が島名さんに耳打ちをすると、表情が明るくなった。

「そうだね!そうだよね!いいよ綺月ちゃん!そういうところすごくいいと思う!」

「……そんなんじゃない。私は、私のことしか考えてないだけ」

「人間突き詰めればそんなもんだって!」

 何を話したんだろう?


「佐倉と二人きりで帰れる」

「おう」

「……二人きりは、久しぶりだね」

「そうだな」

 表情は変わらないものの、尾羽がぴょこぴょこ動いている。

 あれかな、犬人が尻尾振ってるのと同じかな?

「汗かいてきた」

 そういって、姫川が羽を広げる。

 さすがオオワシ、横に広い。

「冬ですよ?」

「いやほら、制服を着ているとはいえ背中と羽がくっついてるからね。熱がこもる」

「そうなのか」

「あとはまあ……ほら」

「ああ……」

 なんか気まずい。

「佐倉は気にしないで。うちが勝手にこうなってるだけ」

 そうなんだけどな……。

 でもやっぱり告白されてるわけだし、気になっちゃうだろ。

「ちなみに姫川さん?いつもより歩くのが遅くないですか?」

「……鳥人はもともと歩くのに適している足の構造をしていないので」

「へえ?」

「それにほら、寒いし」

「確かに寒いな」

 雪は降っていないけど、風が冷たい。

 こういう時は走って帰るのが一番だ。

 姫川はほぼ走れないけど。

「咳とか平気?」

「ああ、今も出てないだろ?」

「そうだね」

 もう大丈夫なはずだ、多分。

「寒いから羽動かしながら歩いてもいい?」

「いいよ」

 姫川が羽を広げ、バサバサと動かしながら歩く。

 おお、近づけねえ。

「……」

 少し離れた俺の様子を見て、姫川が羽を閉じた。

「どうした?」

「十分あったまった」

「ほんと?」

「大丈夫」

 顔をそらして歩く姫川。

「……まあ、せっかくだからさ」

「何が?」

「二人」

「ああ」

「うう」

 姫川が下を向いた。

「大丈夫か?」

「……ちょっと、気まずい」

 ぼそっと、そんな言葉をつぶやく。

 姫川もどうやら俺と同じ思いだったらしい。

 やっぱりあれから、ちょっと変わってしまったんだろうか。

「佐倉と一緒にいると、何か話さないとってなって、焦る」

「姫川、もともと口数が多い方じゃないもんな」

「そう。だからなんというかその、どうしたらいいか……」

 表情が固い姫川にしては珍しく、困ったような顔をしている。

「実は、俺もさっきからちょっと気まずいなって思ってたんだよ」

「やっぱり?」

「何話せばいいかなって思ってた。俺もちょっとほら、意識はしてるし」

「困らせちゃってるよね」

「まあ、困っていないと言えば嘘になる」

 これは本当のことだ。

 多分、俺だって姫川のことを困らせてしまっていると思う。

 ただ、それを隠すのはよくないと思った。

「佐倉は優しいもん。困ってるのは、うちのことを気にかけてくれてるからだよね」

「優しいのかは分からないけど……」

「本当だったらさ、ふられた時点でもとの関係に戻ることなんてできないよ。でも佐倉は今まで通り接してくれようとしてる。とってもありがたい」

「そう、か?」

「まあ、周りとの関係もあるとは思うんだけどさ」

 周り……確かに、俺ら5人の中で姫川だけが離れてしまったら、それは不自然だ。

「でも正直、こんな風になるんだったら……」

 少し、悲しそうな目をする姫川。

 いつもの鋭い視線が、今は弱弱しく地面に落ちている。

「それは……違うと思う」

「えっ」

 言葉を遮られた姫川が、驚いてこちらを向く。

 今の少し居心地が悪い関係が続くならと、思ってしまうかもしれない。

 でもその考えは、今までの自分を否定してしまうことだ。

 そうなってしまった原因は俺にある。

 でも、今まで通り接しようとして、努力しなかった自分の責任でもある。

「姫川は本当にすごいと思う。自分の気持ちを相手に伝えるのってさ、すげえ大変だし、怖いことだと思うんだ」

「うん?」

「だって俺さ、今まで多々良にはちゃんと言えてないんだぜ?今でも怖いんだよ」

「そう……なんだ」

「ああ。だから姫川は本当にすごいと思うし、今まで通り仲よくしようって考えながら何もしなかった俺が悪い」

「そ、そんな、佐倉は悪くない」

「いやー、自分からふっておいてなにもしないとかダメでしょ。嫌いだからふったわけじゃないんだぜ?むしろ姫川は普通に仲良いし……」

 だから俺が行動を起こさなければいけない。

 姫川ともう一度、今まで通り、幼なじみの友達でいられるように。

「というわけでだ、姫川」

「うん?」

「今からちょっと遊ばないか?」

「え、佐倉、病み上がりでしょ?それにテストも近いし……」

「体調の方は大丈夫だっての!勉強はまあ……最近頑張ってたしテスト直前に倉持の家でやるわけだし、大丈夫だろ」

「そ、そっか……じゃあ、ちょっと買い物に付き合って」

「おう!」


「買い物だよね?」

「うん、買い物」

 姫川と一緒に来たのは、ドラッグストア。

「完全に日常の買い物ですね?」

「買い物って言ったじゃん」

 こういう買い物とは思ってなかったんですよ。

 いや、姫川らしいか?

「そういえば薬がいくつか切れそうなのを忘れてたんだよね」

「そういえば俺も歯磨き粉がなくなりそうだったな」

「ちょうどよかったね」

 せっかくだし歯ブラシも新しいの買うか。

「なんだっけ……頭痛薬と鼻炎薬、あと目薬だっけ……」

「いろいろ切らしそうだったんだな」

「そう。何が足りないかメモしてくるんだった」

 うーんとうなる姫川。

 普段俺が見ることのない鳥人用の薬コーナーに立つ。

「水薬と錠剤しかないんだな、知らなかった」

「水薬は5歳以下の子ども用。それ以降は全員錠剤」

「そうなんだ?」

「錠剤は一回砂嚢(さのう)で砕ける。カプセル薬は砂嚢でなんとかできない」

「へえ……」

「粉は鳥人の身体には適さない」

 亜人は元になった動物の特徴をいくつか引き継ぐ形で生まれるわけだが、結構忠実にできているんだな。

「人間はなんでも飲めるんだっけ」

「まあ、苦手なものとかはあるだろうけどな」

「あるの?」

「ああ、カプセルはどうも苦手でな」

「そうなんだ」

「ああ、喉に張り付くんだよな」

「へえ」

 しかも飲み込みづらいし。

「まあこんなところに長居しててもアレだし、パパっと買って帰ろうか」

「そうだな」


「一緒に来てくれてありがとう。おかげで買うものも思い出せたし」

「おう、本当にいろいろ切らしそうだったんだな」

 あのあと頭痛薬や目薬以外にもさまざまな医薬品を購入した。

 持って帰れるんだよね?

「一人じゃまた買い物に行かないと行けなくなるところだった」

「普段から使ってる薬があるのか?」

「お母さんは頭痛持ち」

「それならお母さんが買ってこいや」

「まあほら、お母さんは忙しいから仕方ない。うちはお母さんより帰る時間も早いから」

 常備薬は使う人が自分で買うべきという考えはダメだろうか。

 姫川がそれでいいならいいんだけど。

「あと、買い物していくと買った分のお金とおこづかいがもらえる」

「それ目当てか」

「もちろん」

 高校生にとってお金を恵んでくれる人は神さまレベルだもんな。

 実際ツクヨミと出かけた時は神さまが諭吉を恵んでくれたわけだし……。

「お金あげるとか言うおじさんには気をつけろよ」

「大丈夫、お父さんとお母さんとお年玉くれる親戚の人しか信じてない」

 お年玉ね。

 年に一度の嬉しいイベントですね。

 ……空から100万円くらい降ってこないかなー。

「なんか今、佐倉がアホっぽいこと考えてる気がする」

「アホ!?空から100万円くらい、とか考えてただけだぞ!?」

「100万円でいいところが佐倉らしいね」

「なんだとう!」

 もうちょっと欲張るべきだったか?

「ふふふ」

「お、笑った」

「よかった」

 笑ったまま、そんなことを言う姫川。

「よかった?」

「うん、普通に話せてる」

「お、確かにそうだな」

 いつの間にか、先ほどの気まずい雰囲気も全くなくなっていた。

「さっきまでは色々考えすぎてたかもしれない。気負うようなこともないね」

「そうだよな。今まではふつうに話してたわけだしな」

 なにも一度仲が悪くなったとか、そういうわけではない。

 姫川の言う通り、気負う必要はない。

「じゃあ、帰ろう。家まで送っていくから」

「荷物重いだろ。大丈夫だぞ?」

「ううん、今日のうちのミッションはまず買い物よりも佐倉を家に送り届けること」

「ミッションって……」

「だから、佐倉を家に送るまでうちは帰らない」

 こういう時の姫川は頑固だ。

 多分言っても聞かないだろう。

「じゃああれだ、俺の家まではその荷物を持たせてくれ」

「これはうちの荷物……」

「はいうるしゃい。姫川の負担が大きすぎるでしょう。これくらいのことはさせてください」

「むう」

 姫川から荷物とついでにバッグをもらい、家路についた。

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