第47話 風邪を引きました
「もともと秋川は読解力がある方だ。現国のテストだって問題文を読めばちゃんと解けるだろう?」
「読むのめんどくさいからさ~」
「それじゃあダメにゃんじゃにゃいか?それに、今回は彼女とのデートもかかっているんだろう?」
「か、彼女じゃないって!」
「秋川の苦手にゃところは僕がサポートしてやるから今日は帰ってから秋川のできるところを伸ばしていくといいぞ」
「わ、分かったよ」
秋川と倉持が教科書を広げて話し合っている。
「アッキー、やっぱり大学生のお姉さんとデート行きたいんだね」
「そりゃそうだろ」
「そうだよね。たたらもユキちゃんと出かけたいし」
「そ、そういうことだ」
それにしても現国のテストってどうやって点数を上げるんだろう?
あれってやっぱりテストの問題文を読んだもん勝ちなのか?
「とりあえず、今日はテスト範囲の部分を読み直すのがいいと思うぞ。木晴先生のテストは読解力が求められるし、何よりあの人の補習は長い」
「確かに……」
木晴先生のテストって割と難しい印象だけど、今回はどうだろうか。
先生だってわざわざクリスマスなんかに補習したくないだろうし、簡単になるのかな。
木晴先生に限ってそんなことはないか、手抜かない人だし。
そういえば結婚してるとかの話は聞いたことないけど、あの先生彼氏とかいるんだろうか。
「次は佐々木だにゃ。お前は英語の教科書を読み直すのが先だ」
「俺の雑じゃね?」
「基礎すら危ういんだから仕方にゃいだろう」
「分からないところは電話して聞いてもいいんだよな?」
「今夜はバイトだから、明日以降にしてくれ」
自分の勉強もあるだろうに、電話対応してくれるのか。
やっぱり倉持は優しいなあ。
「数学は今度僕の家で教えてやるから、まずは英語だ」
「倉持、昼休みが終わる前にうちも」
「姫川は……そうだにゃあ」
倉持が若干困ったような顔をする。
姫川ってそんなに点数悪かったっけ。
「赤点なら実力で回避できるよにゃ?」
「まあ、できなくもない」
「赤点回避のためって話してたよな?」
「そうだね」
「僕の役目、無いんじゃにゃいか?」
「……いやほら、寂しいじゃん」
「にゃにがだ!?」
倉持が驚きの声を上げた。
なるほどね?
姫川は仲間はずれが嫌だったのか。
確かに今までの勉強会で姫川が倉持に質問するってそこまでなかったような気がする。
「まあその、やりたいこともあるし、やっぱりちょっと勉強してみようかなって」
「そうか……確か姫川がやりたいことって建築デザイン関係だったにゃ。うーん、じゃあ今夜、ちょっと姫川の好きにゃように勉強してみてほしい。ダメそうだったらまた明日教えてくれにゃいか?」
「……わかった。そうする」
そこで昼休みが終わった。
「佐倉と花丸さんはあとにしよう。放課後でいいか?」
「俺は全然かまわんよ」
「たたらもそれでいいよー」
さて5限の授業は……木晴先生の現国。
昼休み直後の現国は本当に眠気との闘いだ。
ただでさえ眠くなる時間に、木晴先生の間延びした声は非常に厳しい。
抗いがたい睡魔が押し寄せてくるのだ。
「それでは5限の授業を開始しますー。今日は昨日の続きなので、教科書の157ページを開いてくださーい」
教科書を開く……が、開始5分でもうすでに眠い。
それは佐々木も同じようで、すでに目を閉じかけていた。
しかし、今は倉持が目を光らせている。
眠るわけにはいかない。
「は~……」
まずい!ストーブから近いせいもあって秋川がすでに寝そうだ!!
「秋川くーん?ストーブ消しますかー?」
「えっ、や、勘弁してください」
一気に目が覚めたようだ、よかった。
「花丸さん?」
「にゃっ!?ね、寝てないですよ?」
「そうですか、では授業を続けますねー」
先生の目の前で寝そうになるとか度胸あるな。
「……」
倉持も若干眠そうな顔してるな。
やっぱ5限はつらいよな。
「うーん……」
木晴先生が困ったような顔をする。
辺りを見回すと、突っ伏してしまっている生徒がちらほら。
なるほど。
「時間的な問題もあると思うのですが……先生の授業ってやっぱりつまらないんですかねー」
「「「えっ」」」
起きている生徒が一斉に木晴先生の顔を見る。
「うーん、実は前からちょっと気になっていたんですよねー……」
授業中に授業をほっぽって話をしても大丈夫なんだろうか。
「現国は授業日程を考えてもかなり進んでいるのでちょっとお話をさせていただきますねー」
先生が教壇に肘をついて話し始めた。
「私の授業、5限に限らず寝ている生徒は少なからずいるんです。眠ってしまうということは理由があるんですよね。授業中に生徒を眠らせてしまうというのは、基本的に面白くない授業を展開している先生に問題があるはずです。何が問題なのか、自分でもあまりよくわかっていないところがあるんですよね」
若干深刻そうな顔をする木晴先生。
木晴先生の授業の問題点……。
先生の授業が眠くなってしまうのは確かだ。
授業が静かだからよくないのだろうか?
先生が真面目に授業をするから?
「なんでしょうねえ……面白い先生であれば授業中に雑談をする先生もいると思うんですが、あいにく私には雑談をできるような面白い人生経験もないですし……」
「先生の説明はわかりやすいと思います」
悩みを話す中で、倉持が声を上げた。
確かに、先生の説明はわかりやすい。
授業が終われば質問にも答えてくれるし、それに関してはいいと思う。
やっぱり授業が真面目過ぎるんだろうか。
「ユーモアは必要だと思うんですが残念ながら私は持ち合わせていませんしねー……」
ユーモア……。
やっぱり授業の内容とか、先生たちは悩んでるんだな……。
「私3学期からちょっと変わるように頑張ってみますね」
「木晴先生、結構悩んでたな」
「俺、一気に目が覚めちまったよ」
「たたらもびっくりしちゃったよ」
掃除が終わった後、何やら多々良と佐々木と倉持が話している。
「あれ、秋川は?」
「勉強するって言って姫川と帰った」
「なるほど」
姫川と一緒に勉強するのかな?
「そういえば倉持、バイトとかで忙しいって言ってたけどさ、テスト期間中にバイトがあるのか?」
「ああ、バイトしているぞ」
「テスト期間中だよ?」
「僕はバイトしてても点数取れるからにゃ。あとお金も必要にゃんだ」
「お金かぁ……」
「ねーねーくらもっちゃん、たたらはどこを勉強すればいいのー?」
「あ、ああ、そういう話だったにゃ」
「今日ねー、数学やろうかにゃって考えてたんだよねー」
多々良が数学の教科書を開く。
「数学か……確か花丸さんは数学が苦手だったよにゃ?」
「大の苦手!」
「じゃあ今日は数学はやめておこう。今度みんにゃでやる時に教えるよ」
「分かった!」
「だから今日は、花丸さんのできるところからやっていった方がいいと思う。そこで分からにゃいところがあったら教えてほしい」
「じゃあ今日は英語やるね!」
多々良って英語できるんだっけ。
……まあ、たまにしか一緒に勉強しないから、多々良が得意な科目とかはあんまり分からないんだよな。
赤点にならなければいいからあんまり点数も気にしてなかったし。
「佐倉はまあ大丈夫だろう。佐倉がやりたいように勉強して、分からにゃくにゃったら教えてくれ」
「ああ」
「まあしいて言えば、数学と英語を勉強した方がいいかもしれにゃいにゃ?」
「が、頑張るよ」
「それじゃ、僕はバイトだから。また明日にゃ」
「くらもっちゃんバイト頑張って~」
「また明日な」
倉持が先に帰る。
「佐々木は?まだ部活あんの?」
「さすがにテスト期間はねえよ?」
「じゃあ一緒に帰るー?」
「ありがとな多々良。でも今日は先約がいるんだ」
「彼女だぜ多々良」
「絶対そうだね、佐々木っちやるぅ」
わざと表情をニヤつかせて佐々木の方を見る。
すると、わかりやすく真っ赤になった。
「ち、ちげえから!まだ彼女じゃねえって何回言ったら分かるんだ!」
「それだけデートしてたらもう彼女も同然だよね~」
多々良がニヤニヤしながら佐々木の腹をツンツンする。
「あ、あと佐々木っちそろそろ貸してたアクアリオ返して」
「ああそうだった!明日持っていくわ」
「次はアッキーに貸す予定だからねー」
貸すのはテスト終わってからの方がいいんじゃないか?
「それじゃ、俺迎えに行くから」
「おー、彼氏ィ、いいじゃん」
「佐々木っちかっくいー」
「茶化すんじゃねえ!」
「やっぱり佐々木っち面白いね」
「ああ、しばらくは彼女ネタでいじれるな」
このまま付き合ってくれればお祝いもできるな。
「……お」
外を歩いていたところで、上空に見慣れた姿を見つける。
「姫川だ」
「んー……?」
多々良が目を凝らす……が、見えないようだ。
白黒だし、見えづらいよな。
「秋川と勉強してるわけじゃなかったのか」
「あっちは家の方だね」
「さすがというか、飛行スピードが速い速い」
姫川の姿はあっという間に小さくなってしまった。
「あんな上まで飛べるのはすごいよなあ」
「今度連れてってもらおー」
「危なくないか?」
「背中に乗せてもらうしへーきじゃにゃい?」
「じゃあ多々良、やりますよ」
「いーやー!」
机の上にお互いの教科書を広げたにもかかわらず、勉強を拒否する多々良。
キミはここに何をしに来たんだ。
「じ~……」
そしてこのお勉強部屋には監視者が一人。
……いや、人じゃないか。
「多々良ちゃん、頑張ってね?」
「うぅ~……」
ツクヨミさんがさぼらないように目を光らせておりました。
「多々良、英語やるんだろ?」
「や、やるよ」
多々良が仕方なしに勉強を始める。
「ちなみにツクヨミは夜までいるの?」
「今夜は幸くんと多々良ちゃんがお勉強を頑張ってもらうためにアマテラス姉さんが代わってくれるっていう話だから、寝るまでいるよ!」
「にゃ~~~……」
どうやら今夜は勉強漬けらしい。
まあツクヨミは優しいし、休みなしで勉強ってことはないと思うけど。
いざ勉強が始まると、割と多々良は集中している。
普段やらないだけで、やればできる子なんです。
飲み込みもいいしな。
『幸くん??』
「あっはい」
ツクヨミが多々良の集中を切らさないように頭の中に直接話しかけてくる。
『多々良ちゃんのこと見てるけど……何かあった?』
何もないよ、という意味で首を振る。
まあ確かに多々良の方はチラチラ見てしまったけども。
ちなみに今はしっぽが小さく左右に揺れている。
集中している証拠だ。
俺もやるか。
1時間ぐらいたってから、多々良のしっぽが床に伸びていることに気付いた。
「多々良、一回休憩しよう」
「にゃ~、普段やらにゃいからやっぱり疲れるねえ」
「この前地震が来た時も結構勉強したじゃんか」
「うーん、あの時は休校中だったし若干状況が特殊だったというか~……」
まあでも、勉強していると疲れるのは分かる。
「幸くん、多々良ちゃん、お茶だよ!」
ツクヨミがお茶を持ってきてくれる。
「ツクヨミちゃんありがとう!」
多々良の方のお茶は湯気が立っていない。
どうやら多々良の方はぬるく作ってあるようだ。
気遣いがすごい。
「実はこのバッグの中にはおせんべいが入っているのです」
そういって学校用のバッグからせんべいを取り出す多々良。
もしかして学校に持っていっていたんだろうか。
「あ、違うからね?さすがに学校には持っていってにゃいよ?」
「ああ、うん、そうだよね」
「多々良ちゃん、私も食べていいかな?」
「いいよー!」
3人でお茶を飲みながらせんべいを食べる。
……おじいちゃんおばあちゃんか。
「これ食べたら勉強の続きだよ!」
「「……」」
「幸くん!?多々良ちゃん!?」
いったん休んじゃうと……ねえ?
「ね、姉さんに代わってもらってまで来たんだからね!勉強してもらうよ!?」
「「はーい……」」
そしてまた1時間後。
『幸ー!夕飯できたよー!』
下から母さんの声が聞こえてくる。
「たたらの家もそろそろ夕飯だろうし、いったん帰るね」
「分かった。ツクヨミ、先に行っててくれないか?」
「うん、分かったよ」
外も暗くなってるし、多々良を家まで送っていかなきゃいけない。
「よし、じゃあ多々良行くか」
「うん!」
部屋でエアコンの暖かい風に当たっていた分、外の寒さが身に染みた。
「さっ、さむいねー!」
「まあ、家はすぐ近くだから」
「そうだね!早くおうちに入りたいにゃ!」
……なるほど。
多々良を抱えて家の方まで持っていく。
小さい分、運ぶのが楽だ。
「それじゃあな」
「また後で行くから、その時は呼ぶね!」
「分かった」
「お風呂入ってから呼ぶから!」
「あ、風呂入るんだ?」
「入るよ!!ちゃんと毎日入ってるって前に言ったでしょ!」
「ごめんごめん」
「まったくもう!ちゃ、ちゃんときれいにしてるから!」
「大丈夫、汚いとか思ってないから」
「ふーんだ。……ん、じゃあ後でね」
多々良が家に入るのをちゃんと見てから自分の家に戻る。
「幸くん、みんな待ってるよー」
「ごめんごめん、すぐ行くよ」
多々良が風呂に入るって言ってたし、俺も風呂に入ってしまおう。
まあこの前みたいに寝てしまうこともないだろう。
気張っていこう。
ツクヨミに助けられることになってしまったら恥ずかしいどころの話じゃないからな。
正直ウズメに助けられるよりも恥ずかしい。
「といってもやっぱり勉強はつかれるなあ」
身体を洗い、風呂に浸かる。
さっきまでの疲れがお湯に溶けていくようだ。
というかこんな気の抜けた状況で勉強なんてできるだろうか。
『幸くん、起きてる?』
脱衣所の方からツクヨミの声が聞こえる。
「起きてるよ。どうした?」
『ウズメから幸くんがお風呂で寝ちゃうときがあるから気を付けてって言われたんだ』
「なるほどな。ありがとう、大丈夫だよ」
『うん、寝ないように気を付けてね』
「おう」
風呂から上がった後、ほどなくして多々良から連絡が来た。
「風呂上がりだと寒くない気がするな」
「ユキちゃんお待たせ!行こ!」
家から出てきた多々良を連れて自分の家に入る。
部屋まで行くと、すでにツクヨミが待っていた。
「さて、お勉強も後半戦だよ!頑張ってね!」
「お、おう」
「たたらやユキちゃんよりもツクヨミちゃんの方が張り切ってる気がするよ……?」
さきほど開いたままにしておいた教科書と向き合い、勉強を始める。
「多々良、今9時だから、今日は10時までの勉強ってことにしないか?」
「うん、それでいいと思うよ」
「じゃあ今から1時間、私が責任を持って幸くんと多々良ちゃんを見守ってるよ!」
ツクヨミがグッとこぶしを握る。
やっぱり一番気合入ってますね……。
あと、多々良から若干シャンプーの匂いがする。
……気にしないようにしよう。
あとツクヨミさん、気になるからたまにのぞき込んでくるのやめてください。
そして神さまの力なのか分からないけど背後に瞬間移動するのやめて。
視界の端から消えるのもびっくりするしいきなり背後にいるのもびっくりするんです。
てかそんなことできたんですね?
「多々良、今日でどのくらい進んだ?」
「まず1年の時の教科書読み直して問題解いたよ!」
「あ、去年のやつやってたんだ?」
「いやー、英語って今やってるところだけ分かっても意味にゃいこと多いじゃにゃい?」
「確かに」
今日は歴史をやってたけど、今度多々良に英語を教わるのもいいかもしれない。
「幸くん、多々良ちゃん、お疲れさま!お茶持ってきたよ!」
「ありがと~!」
「おう、ありがとう」
「明日も勉強するの?」
「「……」」
「えっ!?」
「ん……」
頭が痛い。
なんだ、連続で勉強したから風邪でも引いたか。
これが知恵熱というやつか……。
「今日は休もう……」
「にゃーに勝手にゃこと言ってるの起きて!」
顔にしっぽの一撃が飛んでくる。
「うぐぅ……」
「もぐった!?」
ふとんを揺らされてしまう。
もっと寝ていたいのに……。
「ユキちゃんがいにゃいと学校行くの大変にゃんだからー!」
「え~……」
まあ多分そうなんだろうけどもさ。
……そうだな。
「おはよう」
「今にゃんか考えてたよね?」
「まあね」
姫川に頼むのもいいけど、まあ何があるかも分からないし。
姫川も女の子だし。
「うぉう、ユキちゃんいきにゃり脱ぐね……」
「あ、ごめん」
そっちを考えてしまったあまり多々良のことを全く考えてなかった。
いや、多々良のことは考えてたんだけど。
「さ、先に下に行ってるからね」
「おう」
着替えて今日の授業の準備をする。
そういえば昨日は授業の準備をせずに寝たんだな。
いつもやってることはちゃんと続けるようにしないと。
あ、そろそろ髪切ろうかな……。
多々良とデートするし、その前にでも切っておこう。
「おはよう」
「おはよう幸。いっつも多々良ちゃんに起こしてもらうんじゃなくてたまには自分で起きなさいよ」
「眠いのが仕方ない」
「ユキちゃんはたたらが起こすんで大丈夫ー!」
「いつもごめんねえ」
「えへへー」
母さんが多々良の頭を撫でると、キッチンからエプロン姿のウズメが出てきた。
「あら幸さん、おはようございます」
「おう、おはよう」
用意されている朝ご飯を食べる。
「ユキちゃん、ちゃーんといただきますは言わにゃいとダメだよー?」
「あ。そうだ」
「ユキちゃん、まだ寝ぼけてんのー?」
「そうかも……」
「寝ぼけてたりしゃきっと起きたり、変にゃの」
んー、頭が回らん。
「いってきます」
「いってきまーす!」
家を出て、学校へ向かい歩き始める。
「……今日はあったかいな」
「えー?今日寒くにゃい?」
「んー……?」
あれ、暖かい気がするんだけどな。
「……おはよう」
しゅた、と姫川が目の前に着地する。
「おう、姫川おはよう」
「綺月!おはよー!」
「……」
姫川がじっと俺の顔を見つめる。
「どうした?」
「うちからすれば、佐倉がどうしたの?」
「うん?」
「ずいぶん、顔が赤い」
「え?」
顔?
「え、ユキちゃん、ほんとに体調悪かった?」
「いや、ぼーっとするだけなんだけど」
すると、姫川がずいっと近づいてきた。
「な、なんだ?」
「動かないで」
そういうと、姫川は自分のおでこをおれのおでこにぴったりとくっつけた。
「ち、近いぞ」
「……佐倉、熱がある」
何にも気にしていない様子で、姫川がそう告げる。
「マジか」
「……多々良のことは任せて。佐倉は、帰って休んで」
『そうですかー、もうすぐテストですし、早めに体調を治して学校に来てくださいね』
「はい……」
木晴先生に連絡をして、ベッドに入る。
「幸さん、大丈夫ですか?」
寝ようとしたところで、ウズメが部屋に入ってきた。
「寝てればよくなるって」
「そうですか……でもまずは熱を測りましょう」
「ええ、いいよ」
「ダメですよ!はい、これを使ってください!」
ウズメから体温計を手渡される。
……初めて見る、水銀式の。
「使ったことないんだけど」
「ええ!?幸さん体温計使ったことないんですか!?」
「体温計くらい使ったことあるわ!電子式のな!」
「電子式!?そんなものがあるんですか!?」
「時代の齟齬がありますね……」
水銀式ってまだ存在してたんだ……。
「で、使い方が分からないんだけど」
「まずは振ってから使うんですよ」
「こうか?」
「そうじゃないですよ!先端の部分を外側に向けて、左右に振るんです!あれです、遠心力です!」
遠心力……。
「あ、そうですそうです。水銀が先端の部分にたまったら腋に挟んでください」
なるほど。
じゃあここからはいつもの体温計と同じ使い方か。
「どのくらい挟んでればいいんだ?」
「5分から10分ほどですね」
「長いな!?」
早く寝たいんだけど!?
「そのままにしておいてください。脱いだ制服などは私が片付けますから」
「あ……」
着替えてすぐに木晴先生に電話したせいですっかり忘れてた。
「ま、まだか?」
「落ち着きのない子どもではないのですから、大人しくしていてください」
「すっげーバカにされた気分……」
分かったよ、大人しくしてるよ。
「……」
「……」
何もしてないと眠くなってくるな。
まあでも、今日はゆっくり休んで、早く学校に行かないと……。
……。
「……あら?幸さん、寝てしまわれましたか。体温計が折れては危ないですね」
腋から何かを引きぬかれる。
眠気で、もうあまり気にしてはいられなかった。
「おやすみなさい、ゆっくり休んでください」
「う、うぅん……」
どうにも頭がぼーっとする。
もうちょっと寝ていたい気分だが、頭がそれを許してくれない。
「あ、幸くん、起きた?」
左から声がする。
「うん……?」
「大丈夫?」
声の主はツクヨミだった。
まだ午前中なはずだけど……。
「どうしたんだ?」
「幸くんが風邪を引いたってウズメに聞いたから、ちょっと早く起きて来たんだ!」
「大丈夫なのか?」
前に一度早起きをしたツクヨミを見たことがある。
確かあの時は真顔でぼーっとしていたはずだ。
「大丈夫だよ!幸くんの方が心配だからね!」
「申し訳ない」
「いいんだよ!こういうときは謝るんじゃなくて感謝するんだよ!」
「……」
以前、多々良に同じことを言ったことを思い出した。
「ありがとう」
「うん!」
笑顔のツクヨミが、俺の額に手を伸ばす。
「幸くん、結構まだ熱があるみたいだね」
「ああ、寝たいんだけどなんか寝れなくてな」
「そっか、大変そうだね。はい」
額に冷たいものが張り付けられる。
あれか、冷えピタか。
「汗かいてるね。拭いてあげるよ」
「え、い、いいよ」
「いいのいいの!好きでやってることだから!」
……なるほど。
「……ふ、拭くね」
顔を赤くしたツクヨミが、俺の身体を拭いてくれる。
な、なんだか緊張する。
「い、痛くない?」
「全然、むしろ気持ちいい」
「そ、そっか。それならいいんだ」
「どう幸くん、寝れそう?」
「うーん……」
寝たいは寝たいんだけど、頭が痛くて眠れない。
どうしたもんかな。
冷えピタは気持ちいいんだけどな。
「そういえば体温は測った?」
「あー、寝る前に測ったんだけどな。そのまま寝たから覚えてないや」
「そっか、じゃあもう一回測った方がいいよね。はい!」
ツクヨミから体温計を手渡される。
……水銀式の。
「またかー!!」
「なに!?どういうこと!?」
「さっきそれはやったんだよ!電子体温計を使いたい!時代に沿ってくれ!文明の利器を利用しない手はないだろ!?」
「な、なに!?幸くん、どうしちゃったの!?」
「ツクヨミ、下のリビングに電子体温計があるんだ。それを持ってきて欲しい」
「う、うん?わ、分かったよ」
ツクヨミが部屋から出ていく。
まさかツクヨミも時代に逆らっていたとは……。
いや、古い時代から生きてるわけだから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。
「幸くん、これ?」
ツクヨミが持ってきたのは、紛うことなき電子体温計だった。
まさに、俺が求めていたものだった。
「そう!これ!これが使いたかったんだよ!」
「さっき何かあったの……?」
ツクヨミが怪訝そうな顔をする。
「実はな?」
説明している途中に体調が悪かったことを思い出し、横になりながら説明した。
「ウズメね。幸くんのこと面白がってるからね」
「ほんとにあいつは……」
まあこうして電子体温計を使えたわけだしいいんだけど。
「へー、こんなに早く体温が分かるんだね。水銀のとは違うんだね」
「科学の進歩ってすげえんだぜ?」
「そうみたいだね……私幸くんに会うまでは夜以外こっちの世界にはほとんどいなかったから知らなかったよ」
「それなら許す。ウズメとは大違いだ。あいつは分かっててやるからな」
「そうだね、ウズメはそういう子だよ」
ツクヨミと話していてあまり気にしていなかったが、体温は38.6℃。
結構上がってるみたいだ。
「幸くん、無理しないで今日は横になっててよ」
「そうだな……」
久しぶりに風邪を引いたせいかなかなかに辛い。
「これ、置いとくね」
そういってツクヨミが置いてくれたのは、水色のラベルのスポーツドリンク。
これ、他のスポドリほど甘くないから飲みやすいんだよな。
「ありがとう、月子ちゃん」
「帰ろうかな」
「冗談だって」
俺は結構月子って名前好きなんだけどな。
「いやその……生きていくうえで必要な名前だってことは分かるよ?私がツクヨミとしてこの世界にいれるのは、基本的に月読宮にいるときくらいだし」
「なんだそれ」
「ああ、私のことを祀ってくれてる神社だよ。伊勢の方にあるんだ」
「へえ、そうなのか」
「一年に一度、この姿のままで祭事に出るんだ。神職なら私のことをツクヨミって知ってるよ」
「マジか」
「普段は自分が神であることを公表してはいけないんだけどね。そこだけは許されてるんだ」
「なんか、行ってみたい気もするな」
「それはいいけど、一人で行ってきてね」
えっ、一人なの。
ツクヨミが案内してくれるとかそういうのじゃないんだ?
「ほら、私は神さまだから。神職の人たちからしたら、私と男の子が一緒に歩いてたら変に思われちゃうよ」
「……確かに、それもそうか」
いろいろと配慮しなければいけないらしい。
「だから、行くのはいいけど私以外と行ってね」