第40話 謝罪されました
「ほんっとうにすまん!!」
「えっ」
「えっ」
登校した俺たちを待っていたのは、土下座姿の佐々木だった。
「多々良、この前はマジでごめん!許してくれなくてもいいからちゃんと謝りたかった!」
「えっ?別にたたら何もされてにゃいし……佐々木っち?たたら怒ってにゃいよ?」
もう5日も前のことだし多々良は全然気にしていないようだ。
「でもあれは許されないだろ……」
「まあ佐々木っちのこと考えてにゃかったたたらも悪いし……佐々木っちも気にしにゃいでくれると嬉しいんだけどにゃー」
佐々木がこっちをちらっと見てくる。
「まあ、多々良もこう言ってるしいいんじゃないか?次から気を付けてくれよ」
「気をつけろって言われてもこればっかりは……」
発情期だから仕方ないのかなー。
まあでももともと佐々木が連絡してこなかったのが原因だからね。
「あと佐倉も吹っ飛ばしてごめんな?」
「吹っ飛んでねえよ」
振り切られただけだから。
「発情の度合いが強くない奴らがうらやましいぜ……」
「佐々木の発情期は危険、と……」
「次からはちゃんと連絡する。今回は本当にすまなかった」
「ま、今回に関しては多々良の言う通り気にしないで過ごせばいいさ。あと、止めてくれた姫川に感謝しとけよ?じゃなきゃ今頃佐々木は檻の中だぜ」
「ああ、そうだな……」
あの時はものすごいライダーキックを見せてもらった。
あれはなかなか忘れられない光景になりそうだ。
「あ、そうだそうだ!佐々木っちに渡すものがあったの!」
「ん、なんだ?」
「マンガだよ!前に佐々木っちが読んでみようかにゃって言ってたから!」
多々良がバッグから紙袋を出した。
中を見ると、悠久のアクアリオが入っていた。
「この前も佐々木っちに貸そうと思ったんだけど、それどころじゃにゃかったからねー」
「それであの時来てたのか……」
佐々木にアクアリオが入った紙袋を渡す多々良。
ちなみに紙袋の中には1巻から20巻までが入っている。
ちょっと多すぎやしません?
「お、佐々木だ。元気~」
秋川が登校してきた。
「おはよう秋川。この前は吹っ飛ばしてすまんかった」
「吹っ飛んでないよ?次からは気を付けてね~」
「ああ……」
なんで俺らが吹っ飛んだと思ってるんだこいつは。
「佐々木の土下座シーンはうちが激写した」
教室に入ってきた姫川が、ケータイの画面を佐々木に見せつける。
そこには多々良に土下座をしている佐々木が写っていた。
「姫川……この前はありがとう」
「鼻、大丈夫だった?」
「血が出ただけで何ともなかったよ。いい蹴りしてんな」
「鳥人だから」
実際あの蹴りはすごかった……。
屈強な佐々木の身体が吹っ飛んでいったからな。
「ちなみにあれってどのくらいの高さから勢いつけてたの?」
「そうだね……大体500mくらいだと思う」
「なんで佐々木の鼻が折れなかったか不思議なんだが……」
むしろ頭蓋骨が崩壊しないだろうか。
「手加減したから」
「ずいぶんすごい調整ですね……」
「というかそんにゃに高く飛んだりして呼吸は大丈夫にゃの?」
「鳥人はほかの亜人と違って呼吸器がたくさんある。気嚢っていうんだけど……それのおかげで、全然平気」
「そうにゃんだ!」
何だろう、人間と亜人だけじゃなく、亜人同士でも体の構造って全然違うんだな……。
「そういえばヘビって温度を見た目で感じ取れるんだよな?秋川もそういうことできるの?」
「ああ、ピット器官?俺の中のヘビの血ってコーンスネークっていう種類のヘビなんだけど、コーンスネークはピット器官をもってないから俺はそういうのできないよ。ほかのヘビの血が入ってる人ならあるかもしれないけどねー」
なるほど?
「あと俺の場合犬の血も混ざってるからお互いの特徴が邪魔しあってて微妙な感じなんだよね。味覚が薄いって言っても舌はヘビじゃなくて犬の方だから肉の味も分からなくもないし……あと見た目?俺目だけヘビでしょ?」
確かに秋川の目はヘビの特徴が出ている。
具体的に言えば瞳孔が縦に割れている。
うーん亜人って難しいな……。
「うちは目つきが悪いってよく言われる……」
悪いっていうよりは鋭い目をしている。
かっこいいと思う人もいるだろうけど。
「まあそれはいいとして、佐々木。発情期なんだから人がきても安易に外に出ちゃだめだよ」
「ああ、姫川の言う通りだ。次から気を付ける」
「それでは1限が始まるので皆さん準備してくださいねー」
木晴先生がHRを終えて教室から出ていく。
すると、倉持がこちらにやってきた。
「久しぶりに全員がそろったにゃ」
「ああ、確かに」
倉持、多々良、佐々木が立て続けに発情期になったためここしばらくは誰かしらがいないという状況だった。
今日は勢揃いだ。
「俺がそろそろ発情期に入りそうだからしばらくしたら休むけどねー」
倉持がやってきたのを見て、秋川までこっちに来た。
「でも秋川はそんなにだろ」
「まあ佐々木よりは強くないと思うけどねー。外に出て運動してることが多いし」
「持久力がある秋川らしいな」
「おい佐倉、俺だってサッカー部に所属してるんだし持久力ぐらいちょっとはあるぞ?」
持久走大会の様子を見るととてもそうには見えないんですよね……。
「まあでも発情期になったら佐々木は外出れないだろ。相手がいれば発情期でも問題なさそうなんだけどなー」
「いやいや、いくら発情期だからって相手に迷惑はかけられねえよ?俺はなるべく一人でいるぜ?」
「僕も家で大人しくしてるにゃ」
「そんなもんか」
まあ佐々木の場合発情が長い間続くみたいだし……。
「ああそうだ、秋川の発情期が終わったら4人で飯でも食いに行かねえか?」
「4人か?多々良と姫川は?」
「たまには男だけで飯食いに行くのもいいだろ。12月に入ってそろそろ寒くなってきたしラーメンでも食いに行こうぜ」
「賛成ー!」
「僕も問題にゃいぞ」
まあ多々良と姫川なら残されたから一緒に行こうとか言って2人でどこか食べに行くかもしれない。
「んじゃ、俺も参加で」
「よし、じゃあ来週の週末あたりでいいか?」
「了解~」
「あ~、授業ってめんどくさいなー」
「だよなー……」
俺と佐々木が一緒に机に突っ伏す。
「そうは言ってもにゃ、僕たちだって来年は受験だぞ?にゃるべく早めに勉強をしていかにゃいと……」
「俺はスポーツ推薦で大学に行くから勉強する必要ないんだよな~」
佐々木はすげえなあ……スポーツ推薦が来るくらい努力しているってことだし。
「佐々木、次の大会っていつからだ?」
「12月30日からだよ」
「そういえば年末は遊べないんだったな」
「そういうことだ。なんだ、応援に来てくれるのか?」
「勝ち進んでいったら応援に行ってやるよ」
「へえ、そうかそうか。じゃあ頑張ってみるかな。」
秋川と倉持の方を向く。
「どう?秋川も倉持も行く?」
「俺はいいけど……倉持は?」
「僕はどうだろう……実家に帰らにゃいといけにゃいから分からにゃいにゃ」
倉持は確か実家が遠いんだったっけか。
「多々良はどうだ?」
「佐々木っちの応援だよね?ユキちゃんかアッキーが行くにゃら一緒に行く!」
さすがに多々良1人じゃ行けないからな。
「じゃあ佐々木が勝ち上がったらってことで」
「分かったー!」
「じゃあ俺も一緒に行くー」
おー、なんか予定がどんどんできていく。
いいねいいね、暇じゃなくていいね。
「うちのいないところで予定を立てるとは」
「めっちゃ来るじゃん」
いつの間にか来ていた姫川。
休み時間ごとに来てるぐらいでは?
「こんなにこっち来ていいのか?」
「クラスの人とはちゃんと仲良くしてるから大丈夫」
「それならいいけど」
「佐々木のサッカーの応援、行くの決まったらうちにも言って」
「おう、了解」
「ねーねーユキちゃん」
「ん、なんだ?」
「おかし食べたいからコンビニよろー」
「分かった」
帰りに、多々良の希望でコンビニに寄る。
「そーいえば、このコンビニってあれだよね」
「あれ?」
「ほら、あの強盗が入ってきた……」
「あー……」
そういえばそんなことあったな。
あの強盗が似合わない人……今どうしてんのかな。
「らっしゃっせー」
あの時と変わらない店員が声を出す。
相変わらずじゃねーか、しっかりしろ店員。
「お菓子って何を買うんだ?」
「そうだねー、にゃに買おうかにゃー」
店内を物色する多々良。
アイスか何か見てみようかな。
「ん、これは……」
新発売、クランベリー味!
……アイスもだいぶ多様な味だよな。
まあ様々な亜人がいるから、好きもそれぞれだよな。
「ユキちゃん、たたらレジ通すよー」
「おう」
まあ俺はいいか。
クランベリーのアイスは姫川が好きそうだし教えようかな。
「ユキちゃん、今年のクリスマスはどうする?」
「そうだなー……」
そういえば多々良と出かけるって話をしてたな。
佐々木の暴走とかアクアリオの新刊発売とかあって決められなかったからな。
「どこ行こうか?定番だとイルミネーションだけど……」
「んー、イルミネーションとかは分からにゃいからにゃー」
色覚異常の多々良は光は分かるが色の判別ができないからイルミネーションは意味ない。
となると食べ物か……?
「また築地に行くか?」
「それはほら、年末に行こうよ。くらもっちゃんも誘ってさ!」
「倉持か。それもいいかもな」
じゃあクリスマスはどうするかな。
「……あ」
「どうしたの?」
「多々良、やっぱりイルミネーション見に行こう」
「え?」
多々良がきょとんとする。
「ちょっと多々良に見せてあげたいことがあるんだ」
「イルミネーションじゃにゃくて?」
「そうなんだけど……まあ、ちょっとな」
「そうにゃんだ。ユキちゃんがにゃんかしてくれるみたいだし、行く!」
「ありがとう」
……決めたぞ。
「というわけでお願いします」
「いきなり呼び出されて土下座されてもわけがわからないんだが」
困惑するアマテラス。
まあそりゃいきなりこんなことされたらそうなるわよね。
ウズメの力でアマテラスを呼び寄せてもらい、アマテラスにお願いする。
「まず私に何をお願いしているのだ?」
「僕の話を聞いてくださいますか」
「まあ私は優しいから、幸の話を聞いてやろうじゃないか」
ニィ、と笑うアマテラス。
あまりいいことを考えていないような気がする。
「前に、多々良の話をしたよな?」
「ああ、左目が見えないんだったな」
「そうだ。右目も色覚異常で白黒しか見えない。前に勝手に何とかしようと思って断ったけど、今回だけでいい、多々良の目に色を宿してくれないか」
「……ほう、それはなぜだ?それにもともと見えない左目はどうしようもできないぞ」
「クリスマスに、一緒にイルミネーションを見に行くことになったんだ。右目だけでもいい、多々良にクリスマスの景色を見せてやりたいんだ」
「ふむ……」
考え込むアマテラス。
勝手だってのは分かってる。
「前回太陽の御守を渡しただろう。それで幸のお願いを聞いたことにはなっているはずだが」
「頼むよシンタマチさん」
「……」
アマテラスの表情が固まる。
「久しぶりにその名前を聞いたな。もう150年以上も前のことか……」
「ツクヨミから聞いたことは本当のことだったのか」
「なんだ、ツクヨミから聞いたのか。だが今はアマテラスだ、ちゃんとアマテラスさんと呼べ」
「陽子さん頼みます」
「いろいろ名前があるというのも考え物だな。まあいいだろう、私は優しいから幸の頼みを聞いてやろうじゃないか」
「ありがとうございます!」
「ちなみに、出かけるのは24日か?それとも25日か?」
「一応24日のはずだよ」
「ふむ……」
口に手を当て、何かを考えこむアマテラス。
どうしたんだろう。
「アマテラスはクリスマスの予定とかあるのか?」
「そうだな、久しぶりにスサノオとツクヨミと過ごそうと思っている」
「スサノオって」
「ああ、弟だ。たまにしか高天原に帰ってこなくてな。何しているかも分からないんだ」
「何をしているかもわからないのに予定を立ててるのか?」
「まあ一応連絡は取っている。お互いあまり干渉しないようにしているんだ」
「そうなのか」
俺は兄弟とかいないから分からないけど、不思議なもんだな。
「そういえば以前スサノオが幸に会いたいと言っていたな」
「えっ」
「ツクヨミと仲良くしている男がどんな奴か見てみたいそうだ」
「そろいもそろってツクヨミ大好きかよ……」
確か怖いんだっけ、スサノオ。
怖い人やだなあ。
「まあ悪いやつではないぞ。時間がある時にでも会ってやってくれ」
「う、うーん」
「まあ会わないと言うのならスサノオには告げ口をしてやるが」
「告げ口?」
「ああ、ツクヨミと一緒に寝た上に胸まで触ったとな」
「なんで!!!知ってるんだよ!!!」
「私が知らないとでも思うか?」
「俺とツクヨミの秘密なんだけど!?」
「別にツクヨミに聞いたわけではない」
本当に何でも知ってるんだなこの神さまは……。
「それとも寝込みを襲ったと言えばいいか?」
「もっと悪いね!?」
下手したら殺されかねない。
となると俺の選択肢は一つだ。
どうやらスサノオには一度会っておかないといけないらしい。
「なあツクヨミ」
「どうしたの?」
アマテラスが帰るのと入れ替わりで、ツクヨミがやってきた。
ツクヨミは俺のベッドに寝転がってアクアリオを読んでいる。
また多々良に借りたんだろうか。
「スサノオってどんな感じの人?」
「んー、スサノオかあ……」
顎に手を当てて考えるツクヨミ。
仕草がアマテラスと似てるな。
やっぱり姉妹といったところか。
「大きいよ」
「何が?」
「スサノオは身長が大きいよ。確か195くらいあったはず」
「ほんとにデカいな!?」
秋川や姫川よりも大きいじゃんか。
「ちょっと乱暴なんだけど、悪い子じゃないよ」
「乱暴なのか……」
「どうかしたの?」
「いや、アマテラスが俺とスサノオを会わせるって言っててな」
「え、そうなの?」
「ああ、なんかスサノオが俺に会いたいって言ってるらしくてな?」
「ええ?」
「ツクヨミと仲良くしてる男がどんな奴か知りたいって言ってるらしくて……」
「ええー……」
困惑するツクヨミ。
微妙に顔を赤くしながらチラチラこちらを見る。
「アマテラスもツクヨミのこと大好きだけど、スサノオもツクヨミのこと大好きなんだな?」
「わ、私はよく分からないよ……」
ツクヨミが顔をそらす。
「あ、会いたくないなら無理しなくてもいいんだよ?」
「会わないとスサノオに俺の秘密をばらすって言われてな……」
「秘密?」
「ほ、ほら、ツクヨミの胸を触ったっていう……」
「姉さん……!!!」
ツクヨミが微妙に怒りの表情を見せた。
「本当に強引なんだから……分かった、じゃあスサノオと会うときは言ってね。私も一緒に行くから」
「ツクヨミが同席してくれるのか?」
「……私がいないと何するかわからないし」
スサノオさんマジ怖いじゃないですか。
「そういえば幸くん、クリスマスって予定あるの?」
「ああ、多々良と出かけることになってるんだ」
「あ、そうなんだ」
「ん、なんかあったか?」
「い、いや、もしも暇だったら一緒にお出かけしたいなあって思って……」
「あー……悪い、クリスマスは毎年多々良と過ごすことにしてるんだ」
「そうなんだね。じゃあ、また次の機会に誘うね」
「おう、ありがとな」
また次の機会……ってことはまたツクヨミとお出かけすることになるのか。
俺と一緒に出かけたいと思ってくれているのなら、それは嬉しい。
「さっきの話に戻るけどさ、もし俺がスサノオに会うとしたら高天原に行くのか?」
「……あー、そうだねえ、わたしも同席したいし、そうなると高天原……というか私たちの家がいいかなあ」
「ツクヨミの家か」
「うん、この前幸くんが入ったところだよ。あそこは、私の部屋だけど」
ツクヨミの部屋……確かきれいな和室だったような。
あのあと俺の身体が透け始めて大騒ぎになったからあまり覚えてないけど、確かうさぎのぬいぐるみが置いてあった気がする。
「アマテラスから教えてもらったんだけど、この世界から天界につながるゲートがどこかにあるんだよな?」
「そうそう、私もあのあと姉さんから聞いたんだ。そこを通れば人間も天界に行けるんだってね。それなら、いまから私と一緒にちょっと天界に行こうか?」
さらっというツクヨミ。
「えっ、ちょっとの気分で行って平気なの?」
「何も問題ないよ。神さまと一緒なら入れるから」
ということは人間だけでは行けないってことか。
「一緒ならってことは、ゲートはいつでも開いてるのか?」
「いつもってわけじゃないんだけど、時々天界に迷い込んでくる人もいるから……」
どうやって天界に迷い込むんだ。
「じゃあ幸くん、私の手を取って」
ツクヨミが手を差し出す。
手をつなぐのか。
「これでいいか?」
「うん!その手を離さないでね!」
そういうと、俺とツクヨミの身体が浮かび上がった。
「うおお!?」
「幸くん落ち着いて。手を離したら落ちちゃうからね」
えっ何それ怖い。
「それじゃあ行くよ!」
窓から外へ出る。
「あっ、ツクヨミ靴がない」
「……あっ」
仕方なくいったん家へ戻りました。
「大体どのくらいかかるんだ?」
「20分くらいかな?」
その間俺は空中散歩を楽しまなければならないのか。
空を飛べる鳥人がうらやましいとか思ってたけど、実際に空を飛んでみると結構怖い。
高い建物から見下ろすのとはわけが違う。
「ツクヨミはいつもこうやって空からパトロールをしてるんだな」
「うん、それが私の仕事だから」
よくできるなー……。
「手をつなぐの、お出かけした時以来だね」
「そうだな」
水族館、楽しかったな。
……そういえば最後にツクヨミに押し倒されたんだっけか。
「幸くん、顔赤いよ?」
「で、出かけた時のことを思い出してな」
「……どこを思い出して顔を赤くしてるのかな?」
「ツクヨミがお礼と称して目を閉じてむぐっ」
「い、言わなくていいから!」
聞いてきたのそっちじゃないですか。
「というか、どこまで行くんだ?」
「か、神さまが通るゲートだから詳しくは……」
そういうツクヨミだが、ここら辺は見覚えがある。
というか埼玉県にゲートがあるのか……。
「ゲートって色々なところにあるの?」
「一応、47都道府県全部にあるよ。埼玉県は3つあるんだけどね」
「へえ、そうなのか」
多いのか少ないのかわからないな。
北海道とか広いし多そうだ。
「幸くんにばれないように秩父の方に行くのもよかったんだけど……一番近いところでいいかなって」
高度がだんだん下がってくる。
「もしかして神社とか?」
「そうだよ」
ここらへんで神社といえば……あそこか。
「俺、行こうと思えばいつでも行けるんだなこれ」
「だ、ダメだからね。私か姉さんかウズメが一緒じゃないと入れないからね」
「ちなみに、なんでここなんだ?」
「ここは、スサノオの奥さんが祀られてる神社なんだ」
「へえ……氷川女體神社がか。祀られてるってことはもう?」
「ううん、今でもスサノオと一緒にいるよ。そもそも、日本中に私たち神さまを祀った神社があるからね」
「確かに」
何の神さまを祀っている神社かは分からないけど、神社ではいろいろな神さまを祀ってるもんな。
その神さまが目の前にいるのだけれど。
「ゲートってどこにあるんだ?」
「神社の拝殿の後ろだよ」
「そんなところにあるのか……」
拝殿の後ろなんて普段いかないけど。
後ろに回ると、一部が若干光っているように見える。
夜だから色の変化がわかりやすいのかもしれない。
「じゃあ幸くん、ここに入るんだよ」
「壁しかないんだけど」
「大丈夫大丈夫!あれだよ、9と4分の3番線みたいなノリで!」
「神さまもそういうの知ってるのね……」
まあウズメがド○クエ知ってるくらいだし……。
腹をくくって壁へと進んでいく。
覚悟していた衝撃が……来ない。
「ほら、大丈夫だったでしょ」
目を開けると、目の前にはエレベーターのようなものがあった。
「えーと、これは?」
「エレベーターだよ」
「本当に!?」
天界ってエレベーターで行けるんだ!?
「前までは階段だったんだけどね、結構長いからエレベーターにしようってなったんだって」
「へ、へえ……」
だいぶ衝撃的な事実だ……。
エレベーターに乗り、天界を目指す。
「つ、ツクヨミさん?」
「どうしたの?」
「その……いつまで手をつないでいればいいんですかね」
何も言わなかったが、家で手をつないでからツクヨミとは手をつなぎっぱなしだ。
「あっ……!ご、ごめん幸くん、迷惑だよね」
「いや、俺の手がベタベタしてないか心配で……」
「だっ、大丈夫だよ!幸くんのては気持ちいいからっ!」
「……はい?」
「い、いやっ!ななな、なんでもないのっ!」
ツクヨミが勢いよく後ずさる。
しかしここはエレベーターの中。
壁に頭をぶつけてしまった。
「いたい……」
「大丈夫か?」
「ごめん……」
うずくまるツクヨミの手を引いて立たせる。
「結構長く上がってるけど、どのくらいかかるんだ?」
「天界につくまで5分くらいかかるんだ。もうちょっと待っててね」
つまりエレベーターになる前はこの長さを階段で上がっていたということか。
確かにそれは大変だ。
「天界ってどんなところ?」
「うーん……特に何もないところだよ?」
「何もないの?」
「なんというか……そんな神聖なものでもないし」
「確かやろうと思えば何でもできるって前にウズメが言ってたけど……」
「まあ念じればゲームが出てきたりもするけど」
チーン、という音がして扉が開く。
目の前に広がっていたのは……大きな門。
「なにこれ」
「天界につながる門だよ」
門の横には人のようなものが立っている。
「これはツクヨミ様。そちらの方は?」
「人間だよ。私が一緒にいるから彼が天界に入るのを許可してほしいな」
「分かりました。他言はせぬよう」
「は、はい」
「ではどうぞ」
「ありがとう、門番さん」
天界の門が開く。
ついに天界デビューか。
さあ、どんな世界なんだ天界!
「……え?」
どんな世界か予想がつかなかったけど、これはさすがに予想外だった。
「めっちゃ田舎じゃん」
「めっちゃ田舎だよ」
見渡してみると、家がぽつぽつあるくらいで、ほかの建物は見当たらない。
ああそうか、確か食事する必要もないし、食べたければ念じればいいんだっけ。
娯楽施設とかも必要ないのかな?
「あの、まばらにある家は全部神さまの家なの?」
「幸くん、ここ天界だよ?」
だよね。
何もないとは恐れ入った。
それなのに見上げると電線が通っていて違和感がすごい。
「電気が普及するまではもっと何もなかったんだよ」
「そりゃ下界にだって降りてくるわ。なにもねえもん」
「あっはは、確かに天界にずっといるよりは人間たちのいる世界で暮らしてた方が楽しいんだよね。でも、天界にも面白いところはあるんだよ?」
「そうなの?」
「うん、温泉街があるよ」
「温泉街!?」
もうよくわからないぞ天界……。
「ツクヨミの家はどこにあるんだ?」
「ここからちょっと離れたところだよ。住所もあってね」
「住所!?」
「そ、そんなに驚かないでよ。天界だって一応日本なんだから、同じようなものだよ」
神さまの住む地域にも住所があったのか……。
「じゃあ神さまの家に手紙とか届けられるの?」
「一般的には下界から天界への郵便とかはできないかな。幸くんみたいな神さまと交流のある人なら、さっきの門番さんに渡してもらえばメッセンジャーが届けてくれるよ」
「つまり渡したいものがあれば直接渡すかあの神社に行けと」
「そうだね」
直接渡した方が手間もかからなそうだ。
というか、俺以外に神さまと交流がある人ってどのくらいいるんだろう。
まあでも神さまってたくさんいるから、案外多いのかもしれない。
「じゃあ私の家まで案内するね。幸くん、手をつないで」
ツクヨミの手を取り、空に浮かぶ。
天界って空の上のはずなのに、そこより上に行くってなんか変な気分だな。
……というか、そもそも天界って空の上なんだろうか。
「ツクヨミ、さっきエレベーターで上がったけど天界ってどういう位置にあるんだ?やっぱり空の上?」
「うーん、うまくは説明できないんだけど、下界と天界は同じ世界にないんだ」
「……ちょっと言ってる意味が分からないですね」
つまりどういうことだ?
ここは俺たちが暮らしてる世界とは別の場所?
異世界ということか!!
「なんか興奮してきた」
「えっ!?いきなりどうしたの?」
「いや……異世界ってちょっと興奮するじゃん」
「姉さんがよく見てるアニメに出てくるような異世界じゃないよ」
確かに景観は日本っぽいし、異世界感はあまりない。
「幸くん、もうすぐ着くよ」