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第39話 新刊出ました

「おぉきてええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「ああああああああ!?」

 突然響く大声。

 何だ何だ!?

 声のした方を見ると、多々良が仁王立ちのような態勢でこちらを見下ろしていた。

「ユキちゃん、おはよう!!」

「おう、おはよう」

 ばっちり笑顔の多々良さん。

 いいことでもあったのかな?

「学校に行くよ!!」

「お、おう」

 ああ、先週は発情期で学校を休んでたから学校に行けるのが嬉しいのか。

「ほらユキちゃん!お着替えも用意してるから!」

「用意良いなあ……」

「ふっふっふ、早く行きたいからね!」

「学校に?」

「それもそうだけど!今日は帰りが楽しみにゃの!」

「帰り?なんかあったっけ?」

 カレンダーを見ても、特に何も書いてない。

 イベントかなんかあったっけ。

 別に今日アクアリオの方そうじゃないし。

 ……アクアリオ?

「ああ、アクアリオの最新刊か」

「それだけじゃにゃいよ!今日はRevive.ZEROも新刊が出るんだよ!」

「ああ、あれか」

 確か戦争物の漫画だった気がする。

 現代知識を戦争に活かす、ってやつ。

 そういえば新刊が出たら貸してくれるって約束してたな。

「あと今日の朝ごはんはねぎとろでした!!」

「テンションが高い理由それか」

「美味しかったのー!」

 嬉しそうで何よりです。

「ユキちゃんも学校行く準備して!ユキちゃんのおかーさんが朝ご飯作って待ってるよ!」

「はいはい」


「んじゃ、行ってきます」

「いってきまーす!」

「行ってらっしゃい、幸さん、多々良さん」

 ウズメの見送りを受けて家を出る。

 空を見上げると、こちらに向かって人が飛んできている。

 太陽のせいではっきり見えないけど、まあ姫川だろう。

 しゅたっ、と俺らの目の前に降り立った。

「おはよう」

「おう、姫川おはよう」

「おはよう綺月(きづき)!」

 どことなくかっこいいポーズを取っているような立ち姿。

 だが、足がプルプルしていることに気付いた。

「すんげえ上からすんげえ速度で降りてきたけど、足痛くない?」

「……ちょっと」

「綺月が来た時、ちょっと風が生まれたもんね」

「歩くの、ちょっと待って」

 面白いので姫川を無視して歩き出す。

「あ、ねえ、ちょっと、待って」

 ひょこひょこついてくる姫川。

「今日の綺月面白いね」

「知らなかったのか?いつもだぞ」

「え、うち、バカにされてる?」

 姫川が後ろから飛びかかってきた。

「ちょっ!そうやってこられたら支えられないから!」

「待ってって言ったのに」

「分かったから!ごめんなさい!」

 結局支えきれずに倒れこむ。

 姫川は身長が大きいからね、仕方ないね。

「ユキちゃん、大丈夫?」

「なんとか」

「今日は佐倉も多々良もなんかひどい」

「ごめんごめん!にゃんか面白かったから!」

「……いいけど」

 時間には余裕があるので姫川の足が復活するまでちょっとだけ待つ。

「何であんな上から降りてきたの?」

「かっこよくない?」

「ビックリする方が大きいかにゃ」

 姫川っていつもこんなことをしてるんだろうか。

「いつか足が痛くならないように練習する」

「最悪衝撃で骨が折れるぞ」

「……うちはそんなやわじゃない、けど佐倉がそう忠告するなら控える」

 こいつビビったな。

「佐倉はうちが骨折ったら悲しい?」

「心配するんじゃない?」

「たたらも心配しちゃう!」

「お見舞い来てくれる?」

「ああ、みんなで行くぞ」

「行くー!」

 心配してほしいのかな?

「佐倉、今度うち来る?」

「なんでそんな話になった?」

「いつでも来ていいよ」

「気が向いたらね?」

「この返し方は知ってる、来るつもりない」

「たたらも行っていい?」

「なんならみんなで来てもいい。親も喜ぶ」

 姫川の親ってどんな人だったっけ。

 母親が看護師ってのは聞いたけど。

 えーと、小学校の時に会ったことがあるような。

「じゃあ今度みんなで遊びに行くか」

「うん、おいで」

「にゃにで遊ぶのー?」

「……うーん、誰かが何かを持ってきてくれた方がいい。私の部屋は何もない」

 そういえば前もそんな話をしていたような。


「あ、おはよう佐倉。マルちゃんも復活だねー」

「アッキーおはよう!」

「おはよう秋川」

「僕もいるぞ!」

「おう、倉持も復活だな」

「くらもっちゃんもおはよう!」

 そして佐々木がいない。

 これは明らかに発情期ですね。

 そういえば先週そろそろ来そうとか言ってた気がする。

 連絡がないのが気になるけど。

「秋川、佐々木から何か聞いてる?」

「そういえば連絡ないね。今寝てるんじゃない?」

「あの早起きの佐々木がか?」

「まあ佐々木だってそういう時くらいあるでしょ。先週そろそろ発情期になりそうって言ってたんだから」

「倉持も多々良も連絡来てないよな?」

「来てにゃいねー」

「来てにゃいぞ」

 単に発情期んならいいんだけど……。

「うちも何も聞いてないよ」

「背後からいきなり来るのはやめてください」

「さっき意地悪されたから仕返し」

「根に持ちますね……」

「秋川、倉持、おはよう」

「うん、おはよー」

 最近朝のHRの時間までこっちの教室にいるけど、姫川のクラスの友達はいいんだろうか。

「昨日の夜発情期に入ってそのまま寝ちゃったんじゃない?」

「そういうもん?」

「ある意味体調悪くなるみたいなもんだし、ありえなくもない」

 くそう、人間は発情期を理解できないからそこらへん分からなくて面倒だな……。


 昼になっても放課後になっても佐々木からの連絡は来なかった。

 おそらく発情期だとは思うんだけど、何となく気になる。

「ユキちゃん、今日ちょうど佐々木っちの家に行こうと思ってたんだけど行かにゃい?」

「そうだな、気になるし行くか」

 佐々木の家ならそんなに遠くないし、行こうかな。

「僕は図書委員の仕事があるからまた明日だにゃ」

「分かった」

「くらもっちゃん、ばいばい!」

「佐倉もマルちゃんも本屋に行くんでしょ?俺も一緒に行くよ~」

「そうだな、本買ってから佐々木の家に行こうか」

「そうしよう!」

 帰る準備をして外へ出る。

 すると、羽が空を切る音が聞こえてきた。

 姫川かな?

 ……いや、姫川より羽の音が軽い気がする。

「佐倉くーん!多々良ちゃーん!と、ふわふわくーん?」

 姫川よりも数段高い声。

 なんかこの声久しぶりに聞いた気が。

「お、お久しぶりです」

 声のした方へ向くと、そこに声の主はいない。

「あれ?」

「あれー?」

「おおー?」

 多々良も秋川も振り向いていたので、全員が首をかしげる。

「ふっふっふ……だまされたねキミたち!」

 今度は進行方向からの声。

 振り向く直前に逆まで飛んで行ったんですね。

「凜先輩お久しぶりです」

「久しぶり!元気だった?」

 目を引くのは、鮮やかな緑の羽。

 そして、見たものが全員振り返ってしまうような美貌。

 ミス雛谷の凜先輩だ。

「元気でしたー!こっちってことは凜先輩も本屋ですか?」

「そうそう!今日はアクアリオの最新刊の発売日だからね!」

 凜先輩もアクアリオ好きだもんな。

 あ、もしかして多々良が佐々木に用があるってアクアリオを貸しに行くのかな?

 読んでみようとか言ってたし。

「キミもアクアリオ好きなの?」

 凜先輩が秋川の方を向く。

「いえ、俺は今回はついて行くだけですよー。マルちゃん、アクアリオ面白い?」

「とっても!じゃあ佐々木っちの次に貸すね!」

「分かった、じゃあ読んでみようかなー」

 そういえば秋川の読んでる漫画ってそういう冒険ものとかじゃないんだよな。

 なんというか……オタク系?

「いいねいいねー!布教活動は仲間が増えるきっかけになるからねー!ふわふわくんもアクアリオにハマるといいよー!」

「さっきから気になってたんですけどふわふわくんって秋川のことだったんすね」

「うん!髪の毛がふわふわしてるからね!」

「手入れはちゃんとしてるんですよー」

「そうなんだ!触ってみてもいい?」

「ちょっとですよー」

「うわー!ふわふわだー!」

 すげえ秋川……。

 コミュ力高いなあ……。

「ユキちゃんにはできにゃい芸当だね」

「うるせ」

 もちろんできない。


「おおー!ユキちゃんみてみて!」

「人気だなあ」

 書店に入ってすぐのところに、アクアリオの新刊が大量に置かれていた。

 看板には大きく、『悠久のアクアリオ 23巻大好評発売中!』と書かれている。

 つい最近22巻出てなかったっけ。

「ユキちゃんどうしたの?」

「んー、この前22巻出てたようなって思って」

「佐倉くんは単行本しか読んでないの?」

「何かあるんですか?」

「知らないんだあ」

 ずいっと近づいてくる凜先輩。

 そういう行動はやめていただきたい。

「海外からもすごく人気で、今作者さんが週に2話のペースで漫画を描いてるんだよー!」

 確かアクアリオって週刊誌だったよな。

 作者大丈夫か。

 過労の危険あるぞ。

「作者さんの頑張りのおかげであたしたちは今こうして楽しめてるんだよね!」

「そ、そうなんですね」

「ユキちゃん!Revive.ZEROの3巻もあったよ!」

「俺もなんか探してくるね~」

「じゃああたしも行こうかなー!」

 秋川について行く凜先輩。

 あの2人は気が合いそうな気がする。

「ユキちゃんはにゃんか買わにゃいの?」

「んー、特にほしい本はないかな……」

「料理本とかはー?」

「え、俺料理するの?」

「イケメンが料理できたらかっこよくにゃい?」

「知らんけど……」

 そうなのかな?

 料理か……気が向いたらウズメにでも教えてもらおうかな?

「佐倉くん、私と一緒に何か本探そうか!」

 秋川について行ったはずの凜先輩が、俺の腕をつかむ。

「凜先輩?」

「そーれ漫画コーナーにレッツゴー!」

「引っ張らないで!?」

 多々良がまだ会計してるんだけど!?

 本屋の中だから放っておいても大丈夫かな?

「さあ佐倉くん!なんか気になるものはあるかな!?」

「気になるもの……」

 辺り一面本。

 気になるものという以前に対象が多すぎる。

「あ、佐倉来たんだー。やっぱり何か買うの?」

「そ、そうだな……どうしようかな」

 なんかいい本はあるかな。

 とりあえず近くにあった漫画を手に取ってみる。

「ファンタジーかな?」

「佐倉くんはファンタジーが好きなのかな?」

「ファンタジーに限定してるわけじゃないですよ」

「そっかー!ギャグ漫画とかは?」

「笑える漫画は好きですよ」

「なるほど!じゃあ今度貸してあげるよ!」

「ありがとうございます」

 秋川の方を見ると、すでに何冊か手に取っていた。

「佐倉、どんなのが興味ある?」

「秋川が手に取ってるようなのはあまり興味ないかな」

「えー」

 萌え系っていうの?

 いわゆるオタク層が好むやつ。 

 やっぱり秋川はそういうのが好きなんだな。

「でもこの前貸したやつは面白かったでしょ?」

「あれはね?」

 ギャグ漫画だったからな。

「……ん」

 一つ、気になった本があった。

 表紙には、女の子が2人。

 あとは廃墟の絵だ。

 なにこれ。

「お、佐倉それ気になる?」

「まあ、表紙だけだとどんな話か全く分からないし……」

 名前は「少女終焉紀行」。

 旅をする漫画なのかな?

「俺それ持ってるから明日貸してあげるよ」

「おう、ありがとう」

 手に取った本を棚に戻す。

 なんであんなに気になったのかは分からないけど、なんか不思議な魅力があった……ような気がする。


「じゃあ、あたしはこのまま帰るね!またねー!」

 凜先輩が飛び去っていく。

 姫川より速さはないものの、飛んでいる姿も美しい。

「すげー!俺凜先輩と話しちゃったよ!」

 若干興奮している秋川。

 それなりに気にかけてたのね。

「アクアリオの新刊早く見たいけど……まずは佐々木っちの家に行こう!」

「ああ、そういえばそうだったな」

「ユキちゃん忘れてたの!?」

「俺も忘れてた」

「ユキちゃんもアッキーも薄情だね!?」

 そんなことないさ。

「まあとりあえず行くか」

「ユキちゃん逆方面じゃにゃい!?」

「冗談だよ」

 俺が佐々木の家を間違えるわけないじゃないか。

 うん、本屋から佐々木の家には行ったことないからね、仕方ないね。

「佐々木の家行くの久しぶりだね」

「ああ、高校入ってからは行ってないもんな」

「案外部活やら委員会やらで忙しいもんねー」

 基本的に放課後忙しくないのは俺と多々良だけだ。

 秋川もバイトの日があったりするし。

「それに、佐々木っちの家ってあんまり近くないんだよねー」

「そこなんだよな。小学校の頃はあの誰もいない会館で遊ぶことがほとんどだったし」

「ああ、あそこねー」

 何度か見に行ったけど、結局俺ら以外に誰かが使った形跡はなかった。

 もしかして今の小学生や中学生はあそこに行かないんだろうか。

 時代は変わったのか……。

「なあ多々良」

「にゃーに?」

「これがジェネレーションギャップというやつか……」

「ちょっとにゃに言ってるか分からにゃい」

 悲しいなあ……。

「佐倉、雑」

「何が!?」

 雑って何だよ!!

「ほらユキちゃん、佐々木っちの家に着いたよ」

「あらいつの間に」

「ユキちゃんが変にゃこと言ってる間にかにゃ」

 変なことって言われた……。

「多分発情してるから多々良は一回下がってて」

「分かった!」

「じゃあ俺と一緒に佐々木を迎え撃とうねー」

「攻撃しないよ!?」

 ぴーんぽーんぱーん。

 佐々木の家のインターホンの音ってこんなんだったっけ。

『……あい』

 ものすごくけだるそうな声が聞こえてくる。

 佐々木だ。

「佐々木?大丈夫かー?」

「連絡ないからお見舞いに来たよー?」

『……おお、佐倉と秋川か。ちょっと待っててくれ』

 発情期の時ってこんなことになるのか。

 まあ多々良も暑いって言ってぐでーっとしてるしな。

 ドアが開き、佐々木が出てきた。

「すまん、連絡すっかり忘れてたわ」

「生きてることが確認できたから大丈夫だ」

「狼って発情すごいんだね~」

「ああ……」

 なんとなくぼーっとした顔の佐々木。

「あ!佐々木っち生きてた!」

 佐々木の声が聞こえたからか、多々良がひょっこり顔を出す。

「っ!」

 すると佐々木の表情が一瞬で変わり、多々良に飛びかかろうとする。

「うおいっ!?」

「佐々木!?」

 慌てて俺と秋川で佐々木を止める。

 だが、佐々木の力が予想以上に強い。

 これが発情の力か……!

「多々良一回離れろ!」

「わ、分かった!」

 多々良が佐々木の家から離れようとする。

 だが、距離感覚がつかめない多々良は走るのが遅い。

 もし佐々木が俺らを振り切れば、あっという間に追いつかれてしまう。

 やっぱり多々良を連れてきたのは間違いだったか!

「うがあああああ!!」

 佐々木が力を振り絞って暴れる。

「がっ!」

「うわぁ!」

 その力に俺も秋川も耐え切れず、手を離してしまった。

 まずい!

 佐々木が走って多々良を追いかける。

 やべえ、多々良が佐々木に襲われる。

 佐々木の手が多々良の肩にかかろうとしたその時。

「……えい」

 空から飛来してきた姫川の足が佐々木の顔面を捉えた。

 すげえ、見事なライダーキックだ。

「ぶっ!!」

 吹っ飛ぶ佐々木。

 そして地面にあおむけに倒れ、気絶した。

 滞空していた姫川が多々良の前に降り立つ。

 右手にはアイスを持っていた。

「多々良、大丈夫?」

「あ、綺月!大丈夫だよ!」

「姫川、すまん……」

「大丈夫、空から見てた」

 つけられていたということか……。

「連絡がないから多分佐々木の家に行くと思った」

「すごい洞察力だね~」

 地面に伸びてる佐々木に近寄る。

 鼻血を出している。

 鼻の骨は折れていないだろうか。

「大丈夫かこれ」

「手加減はした、はず」

「発情期恐ろしいねえ」

 秋川が他人事のように言うけど、キミたちも発情期ありますよね。

「なるべく発情期の佐々木には近寄らないようにしよう」

「うちも、それがいいと思う」

「や~、たたらびっくりしちゃった」

 俺はヒヤヒヤしました。


 とりあえず俺と秋川で佐々木を部屋に戻し、帰ることになった。

「じゃあ、俺はこっちだからね~」

「うん!アッキーばいばーい!」

「じゃあな、秋川」

 秋川と別れ、帰路につく。

「秋川、うちと一緒に帰ろう」

「うん?いいよ~」

 姫川が秋川について行く。

「ユキちゃん!おんぶして!」

「え、いきなりどうしたの」

「早く家に帰って読みたい!」

「多々良を負ぶって走れってことかな?」

「ユキちゃんタクシー!」

「えー……」

 多々良は軽いといえど、さすがに20㎏を負ぶって走るのはなかなかにつらい。

 まあ体力つけるためだと思えば……。

「し、仕方ないな」

「やったー!」

 多々良を負ぶって、走り出す。

 ……うん、やわらかい。

 まあ別にスケベに思われてもいいさ。

「うおー!はやーい!」

 多々良が揺れているせいでぐにぐに当たってくる。

 これあんまり気にしすぎると走れなくなるな。

「多々良、上半身起こして」

「え?にゃんで?」

「……にゃんでも」

「こう?」

 背中から多々良のおっぱいが離れる。

 よし、これでいい。

 家まではあと少しだし、このまま走り抜けよう。

「もうちょっとだよユキちゃん!」

「おう!」

 多々良の家についた。

「降ろすぞー」

「はーい」

 多々良を背中から降ろし、

「じゃっ!」

「えっ?ばいばーい!ユキちゃんありがとー!」

 さっさと帰り始めた俺に困惑する多々良。

 ごめんね、このままじゃ俺が発情期になっちまうよ。

 ならないけど。


「ただいまー」

「あ、幸さんお帰りなさい!」

 ウズメが出迎えてくれる。

 この光景にも慣れたなあ。

「あれ?」

 見覚えのある赤いスニーカーが置いてある。

 これは……。

「幸か。帰ってきたのだな」

「だよな……」

「私の顔を見てなんで嫌そうな顔をするんだ」

 アマテラスがきていた。

「別に嫌じゃないよ?」

「嘘をつけ、私の顔を見た瞬間ひきつった表情になっていたぞ」

「そ、そんなことないぞ?」

「幸は嘘を隠すのが下手だな」

「う、うるさいよ」

 アマテラスがにやりと笑った。

「まあ、私は優しいからそのくらいでは怒らないぞ。今日も一緒にお話をしようじゃないか」

「何いきなり」

「アメノウズメともそうして話をしているんだろう?」

「あれはいつもウズメに無理矢理誘われるだけだからね?」

 ウズメのお話は拒否権がない。

 嫌がっても強制力が働くからな。

 主に言霊とかいうやつで。

 まあどうせアマテラスも強制だろうからな。

 人間は神さまに敵わないんだろう。

「さて、単刀直入に聞くが、この前のツクヨミとのデートは楽しかったか?」

「……ぶっ」

「なんだその反応は、面白いじゃないか」

「本当に単刀直入だな!」

「で、どうなんだ?楽しかったのか?」

「ああ、楽しかったよ」

 普通の女の子とデートしたって感じでな。

 ツクヨミはかわいいし。

「まあ見てて楽しそうだったな」

「見てたのかよ!!」

 どこにいたんだよ!

「幸がツクヨミに粗相をしないようにな。宿に連れ込んだりしたら殺すところだったかもしれない」

「そんなことしねえよ!」

 段階が早すぎる。

 いや、ツクヨミとはそういう関係じゃないけど。

「いい雰囲気だったのは確かだ。これからもツクヨミのことはよろしく頼むぞ」

「言っとくけど付き合ってはいないからな?」

「もしツクヨミがその気なら応えてやってほしい」

「俺にだって好きな人がですね?」

「アメノウズメに今は楽しめと言われたばかりだろう?」

「アンタどこまで知ってるの?」

 この神さま怖いんだけど。

「私のかわいい妹が気にかけている男だからな、それなりに知っていると思っていい」

「そのそれなりがどの程度かが問題だな……」

 それにしても気にかけてると言われると、なんか照れるな。

「ああそうそう、アマテラスに聞きたいことがあった」

「なんだ?」

「例えばの話、俺とツクヨミが結婚したら……」

「ふむ、あまり考えたくないが、続けていいぞ」

「ツクヨミって戸籍上は佐倉月子になるの?」

「……ほう、そこまで知られているのか」

「教えてくれよ陽子さん」

「ちゃんとアマテラスと呼べ。まあそうだな、戸籍上はそうなるが……幸はツクヨミと呼んであげなさい」

「やっぱそうなるのか」

 ツクヨミ、月子って呼ぶと嫌がるもんな。

 ……今度もう一度呼んでみよう。

「なあ、幸」

「うん?」

「先ほどから見られているようだが……あれはいったい?」

「うん???」

 見られてる?

「どこから?」

「あそこだ」

 アマテラスが指さした先に……ぎょっとしている多々良がいた。

 お互いカーテンを開けっぱなしにしてると見えるもんね。

 多々良はまだアマテラスのこと知らないもんね、仕方ないね。

 また俺が知らない女の人を連れ込んでるとでも思われているんだろうか。

 多々良に向かって手招きをすると、多々良が立ち上がった。

 まあ、説明は簡単か。


「というわけでアマテラスさんです」

花丸(はにゃまる)多々良って言います!」

「話は聞いている。幸の幼なじみでいいんだな?」

「そうです!」

「たった今紹介を受けたアマテラスだ。ツクヨミの姉だ」

「ツクヨミさんの!これからよろしくお願いします!」

「ああよろしく」

 握手をするアマテラスと多々良。

 こうしてみるとアマテラスも意外と身長が高いな。

 168㎝くらいだろうか。

 ツクヨミが小さいだけか?

「ところで多々良」

 いきなり下の名前で呼ぶのか。

 ……まあそりゃそうか。

 ウズメはフルネームで呼んでた気がするけど。

 ……アメノウズメってどこが名前なのかわからないな。

「先ほど漫画を読んでいたようだが……あれは悠久のアクアリオだな?」

 カーテンが開いていればお互いの部屋は見えるが、距離は結構離れている。

 漫画を読んでいるのはわかっても中身まではさすがに……神さまってすげえ。

「そうですよ!!大好きにゃんです!」

「そうか、私も好きなんだ」

「え、初耳なんだけど」

 アマテラスはアクアリオが好きとな?

「そうにゃんですか!!神さまもそういうの読むんだ!!」

 あ、そういえばウズメかツクヨミかどっちか忘れたけど、アマテラスは日本の文化が好きって言ってたな。

 もしかしてアマテラスの好きな文化って……。

「ああ、漫画もよく読むしアニメだって見るぞ。職場にも話が合うやつはいた」

 やっぱりそっちの文化でしたか。

「幸は漫画は好きか?」

「多々良と一緒にアクアリオを見てるからそれは好きだよ。他はあまり知らないけど」

「ユキちゃん!仲間(にゃかま)!仲間だよ!!」

 多々良が嬉しそうに目を輝かせる。

 神さまもあんまり人間と変わらないなー……違うところはいっぱいあるんだけど。


 アマテラスは多々良の家について行った。

 あの2人、仲良くなりそうだなー。

「アマテラスってアニメとか好きだったんだな……」

「姉さんがアニメにはまったのはここ最近のことだよ。姉さんの部屋とか、結構すごいし……」

 多々良とアマテラスと入れ替わりで入ってきたツクヨミが、俺のベッドに座る。

 最近そこが定位置になりつつあるな。

「最近って言ってもそんな最近でもないんだろ?」

「最近だよ。50年位前から」

「最近ってなんだっけ……」

 神さまたちはそれはそれは長い年月をお過ごしなわけで、50年なんてあっという間なんでしょうね。

 俺まだ20年も生きてないんだけど……。

 俺たち人間と神さまの認識の違いだよな。

「神さまからすれば戦争も最近ってことか」

「戦争かあ……確かにまだ記憶に新しいかも」

「やっぱそうだよな」

「その時期はちょうど姉さんの一番新しい子どもがいた時期だし……」

「子ども!?」

 そういえば前にアマテラスがそんなことを言っていた気がする。

 立場を隠して人間と過ごしていた時期があるって……。

「今はもう亡くなっちゃったんだけどね、戦争中に日本軍の偉い人と結婚して生活してたんだ」

「そうだったのか……」

「姉さんは人間がこの世界で暮らすようになってから何度かそうやって人間と一緒に生活してきてるんだ。人間の営みに興味がある、って言ってね」

 人間の営みか……見るだけじゃダメということか。

「ちなみに、名前は昔から変わらないの?」

「ううん、その時代に合わせて何度か変えてるよ。今は高原陽子って名乗ってるけど、もっと前は違う名前だった」

「へえ、例えばどんな?」

「150年以上前の話だけど、姉さんは蝦夷(えぞ)地で家庭を作ってたんだ。その時はアイヌ人に(のっと)ってシンタマチっていう名前だったよ」

「アイヌ……」

 教科書でしか見たことがない。

 時代が変わっていくと共に過ごしてきたのか。

「シンタマチっていうのは、アイヌ語で『ゆりかごの女』って意味なんだって」

「アイヌ語はさっぱりだ」

「私もあまり聞いたことはないかな……」

「月子ちゃんも昔は違う名前だったのか?」

「や、やめて!ツクヨミって呼んで!」

 ツクヨミが顔を赤くしてそっぽを向く。

「いやあ、月子って名前かわいいなって思ってさ」

「かわ……いい?」

「ああ、なんかかわいいじゃん?」

「そう、かな?」

「俺はそう思うよ?」

「そっ……か」

 ツクヨミが恥ずかしがりながらもチラチラとこちらを見てくる。

 うーん、気を悪くさせちゃったか?

「……私は、今まで人間との関わりが薄かったから特に名前はなかったよ。ちょっと前に姉さんに一応戸籍を作っておけって言われたから作っただけ」

「そうだったのか」

「私ももしかしたら誰かと結婚するかもしれないし……って、姉さんが」

「……ほう」

「い、今は全然考えられないんだけどね!」

「そ、そうか……」

 まあ、可能性がないとは言い切れないもんな。

 ツクヨミだってウズメだってもしかしたら誰かと結婚して家庭を築くかもしれないし。

「あ、あと幸くん」

「なんだ?」

「……つ、月子じゃなくて、やっぱりツクヨミって呼んでほしいな」

「お、おう」

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