第38話 隠れ家的な店に行きました
「ここ、姉さんに教えてもらったんだ!」
水族館を後にした俺たちは、ツクヨミに連れられて店にやってきた。
川口は割と来るけど、こんなところに店があったとは。
「だ、大丈夫か?こんな小洒落た料理屋に俺みたいな高校生が入って……」
「大丈夫じゃないかな?」
ツクヨミが店の扉を開け、中に入っていく。
「いらっしゃいませ」
「ふ、ふたりです」
初めて入る店にツクヨミも若干緊張気味で言う。
「では、こちらへどうぞ」
猫人の店員さんに案内され、席に着いた。
2人の客でも座敷でいいのか。
「今日は楽しかったね」
「ああ、いろいろいいもん見れたよ」
「写真、現像したら私にもちょうだいね」
「おう」
メニューを見ると、高校生にはなかなか厳しい数字。
ほ、本来なら大人になってから来るような店かもしれない。
でも今日は……そう、アマテラスが恵んでくれた諭吉がある。
もしかしたらアマテラスはこれを見越していたのかもしれない。
「幸くん、あの……」
「うん?」
そっぽを向いてなんだか言いづらそうにするツクヨミ。
な、なんだ!?
何を言われるんだ!?
「お……」
「お?」
「お酒、飲んでもいいかな……」
「……うん!?」
お酒!?
え、酒!?
ツクヨミが!?
「あ、だ、ダメならいいんだけど……」
「だ、大丈夫。ちょっと驚いただけで」
「ふふふ、私だって神さまだからね。幸くんよりもずっと長生きしてるんだよ」
そう言って胸を張るツクヨミ。
そっか……そうだよな。
見た目とか言動から同い年のように接してたけど、ツクヨミもウズメやアマテラスと同じで神さまなんだもんな……。
「年齢の証明書とかはあるのか?」
「一応……保険証があるよ」
「保険証!?」
それも初耳なんだけど!?
「み、見せて?」
「これ……」
ツクヨミが財布から保険証を取り出す。
神さまが普通に財布やら保険証やらを持ってるのを見るとなんか不思議な感じだな……。
アマテラスくらいなら車の免許証とかも持ってそうだけど。
「これ、名前が」
「い、一応だから!一応人間、ってことにしてるから……」
保険証に書いてある名前は、「高原月子」。
えーと、苗字は高天原からかな?
「この住所は?」
「姉さんの家だよ」
ああそっか、アマテラスはこっちの世界に家があるんだっけ。
「アマテラスはなんていう名前なの?」
「姉さんは高原陽子って名前になってるよ。仕事してるって言ってたし、会社ではそう呼ばれてたんだと思う」
名前は自分から取ったもの……だよな?
「ゆ、幸くん、早く決めないと!」
「あ、ああ、ごめん」
そ、そうだな。
えーと、豚しゃぶの葱生姜と、土鍋炊き込みご飯……にしようかな。
すげえ、レストランとかでこんなの頼んだことねえ……。
「ツクヨミはもう決まってる?」
「うん、決めたよ!」
「じゃあ……すいませーん!」
静かな雰囲気の店だから、あまり声は張らないようにする。
なんだこの店、いるだけで緊張する。
「お待たせしました」
「えーと、豚しゃぶの葱生姜と、土鍋炊き込みご飯で」
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「あ、じゃあ玄米茶で」
「かしこまりました」
「私は、香り豚のしゃぶおろしポン酢と、白ハマグリ出汁茶漬けと……紅茶酒で」
「えーと……」
ツクヨミの見た目に若干困惑する店員さん。
そうだよね、見た目だけなら俺と同い年にしか見えないよね。
多々良みたいな高校生にあまり見えないような高校生もいるし、多少はね?
「あ、これ……」
ツクヨミが保険証を見せる。
「失礼しました、ではお待ちください」
店員さんが去っていく。
そういえば……。
「もう一回保険証見せて」
「え……なんで?」
「いや、気になったことがあってね?」
「う、うーん……」
ツクヨミが渋々保険証を見せてくれる。
「……ほう」
「な、何?」
「22歳ね」
「……っ!」
ツクヨミが顔を真っ赤にして保険証を奪う。
「お、おおお、女の子に年齢の話題はっ!し、失礼だよっ!」
「えーでも」
「姉さんに『幸くんに嫌がらせされた』って言っちゃうんだからねっ!」
「いやほんとスイマセン。スイマセン」
それだけはやめていただきたい。
何かしら不幸になりそうだ。
「ご、ごめんって」
「……ごはん食べたら、何か甘いものが食べたいな」
「分かった!」
ツクヨミがこっちを見て笑う。
とりあえず機嫌を保つことはできたようだ。
「お待たせしました、豚しゃぶの葱生姜、香り豚のしゃぶおろしポン酢と、紅茶酒です」
ツクヨミの方にお酒が置かれる。
この顔をして飲酒だもんなあ……。
「ツクヨミってさ、よくお酒飲んだりするの?」
「そういうわけじゃないよ。今日は楽しかったから飲みたい気分で……」
「そっかそっか」
俺にもいつかその飲みたい気分ってのが分かるようになるんだろうか。
成人まであと3年くらいあるけど。
「お待たせしました、土鍋炊き込みご飯、白ハマグリの出汁茶漬けと、玄米茶です」
「そろったね」
「じゃあ、食うか」
「その、幸くん」
「うん?」
紅茶酒片手に、もじもじするツクヨミ。
今日一日見ていて思ったけど、やっぱりツクヨミは恥ずかしがり屋だな。
「今日こんな風に幸くんとお出かけできて、本当に楽しかったよ。一緒に来てくれてありがとう」
「俺もあの水族館は行ってみたかったんだよ。俺も楽しかったよ、今日はありがとな」
「えへへ、じゃあ幸くん、玄米茶を片手にどうぞ」
「ん?」
「か、乾杯!」
「おう、乾杯」
玄米茶と紅茶酒で乾杯ってのもなんか変だけど、まあいいか。
そろそろ寒くなってきたことだし、温かい玄米茶がうまい。
「あ、このお酒美味しい……!」
ツクヨミは紅茶酒を気に入ったようだ。
さて、食べますかね。
「む……美味い」
値段だけあって、出てくる料理の味はとてもよかった。
こんなの初めて食べたぞ。
炊き込みご飯も出汁の味が染みてて美味い。
あれ、美味い以外の言葉が出てこないぞ。
「さっぱりしてて美味しい!」
あっちはおろしポン酢だったっけか。
……あっちの味も気になるな。
「あれ、幸くんどうしたの?」
「え、あ、いや」
「あ、なるほどー、こっちも食べたいんだね。いいよ、ちょっと交換しようよ」
視線に気付いたツクヨミが箸で豚肉をつまみ、こちらによこしてくる。
察しがいいですね……。
「はい」
「ん?」
ツクヨミは豚肉を降ろさず、こちらに向けている。
「えーと?」
「は、早く食べないと落ちちゃうよ?」
「お、おお……」
え、あーんってやつですか?
まじですか……。
なんだ、これじゃあれだ。
本当に、付き合ってるかのような……。
「……あむ」
「ど、どうかな?」
「……う、美味い」
「うんうん!美味しいよね!」
いや、実際は味が微妙に分からなかった。
まあでも、美味しいことは確かだ。
多分。
「じゃあ、幸くんのも欲しいな」
「えっ!?」
「こ、交換って言ったじゃん」
ツクヨミが口を開けて待つ。
え、こっちも同じことをするの?
いや、そんなことしちゃったらもう本当に彼氏彼女みたいじゃないですか。
俺とツクヨミはそういう関係じゃないんですよ。
で、でもツクヨミは期待して待ってるわけで……。
え、ええい!
「……はい」
「あむっ……うん!こっちも美味しいね!」
つ、ツクヨミにあーんしちゃったぞ……。
今気づいたけど、俺が使ってた箸でつまんだものをツクヨミが食べたんだよな。
つまり今この箸の先端は……やめろ!なんだか俺が変態みたいじゃないか!
てかそんなことを言ったらさっきまでツクヨミが使ってた箸で食ったよ!
ちゃっかりツクヨミと間接キスしちゃってるじゃないですか!
あ、ああああああああ!!!
「ゆ、幸くん!?どうしたの!?」
「い、いや、なんでもないです……」
料理は、とりあえず美味しかったです。
でも、あまりよく覚えてないです……。
「美味しかったね!」
「そうだな」
「また幸くんと来たいな……いいかな?」
「あ、ああ、お金があったらで」
金額的に男子高校生には少々厳しいものがあるから……。
「あ……」
外に出ると、店に入る前とは違い風が吹いていた。
12月の夜にこれは少し寒い。
「ツクヨミ、大丈夫か?」
「う、うん……」
大丈夫じゃなさそうだ。
神さまって飯は食わなくてもいいけど基礎的な代謝はあったり、暑さ寒さは感じたりといろいろよく分からないな。
「ツクヨミ、これを着て」
「えっ……でも幸くんは?」
「少し厚着してきたんだ。これくらい脱いでも大丈夫」
「ほ、ほんとに?」
「ああ、実はコートを着てないツクヨミを見てちょっと心配だったんだ」
「うぅ……ありがとう」
ツクヨミが寒そうにしながら俺の手を握る。
……今日ほとんどの間手をつないでませんか。
「幸くん、あったかい……」
「そ、それはよかった」
心なしかツクヨミの顔が赤い気がする。
「ゆ、幸くんが着てたコート……ちょっと、ドキドキするね」
「……」
そういうことを言わないでいただけると助かる。
こっちまで顔が赤くなりそうだ。
「か、帰ろうか」
「うん、また幸くんとお出かけしたいな」
「誘ってくれれば……あと、お金があったら」
「大丈夫!お金は私が持ってるから!!」
「それはなんか……気が引けるなあ」
ツクヨミに全部お金を出してもらうのは、なんというか男として、ね?
バイトもウズメのことでごたごたしてるうちに辞めさせられてたし。
まあ休みまくったからね……。
バイト探さないと。
「ふむ……」
「あ、幸くんの家だ!」
「着いたな」
もうすでに夜の10時。
女の子を連れて帰るにはかなり遅い時間だ。
まあ、もうちょっと大人になればもっと遅くてもいいのかもしれないけど。
それこそ、朝帰りとか……いやいや。
「これからどうするんだ?ツクヨミは天界に帰るのか?」
「あ、それなんだけどさ」
「ん?」
「あ、あの……」
ツクヨミが顔を赤くして下を向く。
なんだ、今日この展開多いな。
でもなんだろう。
ツクヨミの次の言葉に、期待している自分がいる。
「もうちょっと一緒にいたいから……幸くんのお部屋に行ってもいいかな」
「ど、どうぞ」
「えへへ、ありがとう」
少し顔が赤いツクヨミがベッドに座る。
なんだろう、ツクヨミが俺の部屋にいることなんていつものことなのになんだかやけに緊張する。
コートを脱ぐ姿がやけに扇情的だ。
「幸くんも立ってないでこっちにおいでよ」
ツクヨミが自分の隣をぽんぽんと叩く。
「じゃ、じゃあ……」
ツクヨミの隣に座る。
「えっへへ~」
すると、ツクヨミが俺に寄りかかってきた。
な、なんだ!?
どうしたんだ!?
「今日はありがとねぇ~」
手を握り、俺の方に頬ずりしてくる。
なんですか、様子がおかしいじゃないですか。
「ど、どうした?」
「えぇ~?どうもしてないよー?幸くんに感謝してるくらいかなー♪」
だんだん寄りかかる力が強くなってくる。
このままでは倒れますが……。
「えーい♪」
「うおっ」
ツクヨミの力に負け、ベッドに押し倒されてしまった。
そういえばツクヨミの力が強いの忘れてた。
「幸くん、何度も言うけど今日はとっても楽しかったの!私、今日のこと絶対忘れないからね!」
「そ、そこまで喜んでくれて、俺もうれしいよ」
「じゃあ、今日のお礼をするね!」
そういって、顔を近づけてくるツクヨミ。
目を閉じて唇を……ってちょっと待った!
「ツクヨミ、いったん待って」
「え……?」
起き上がり、肩をつかんでツクヨミを離す。
「幸くん……?」
「ツクヨミさ……酔っぱらってるでしょ?」
「え?」
ツクヨミの顔が赤いこととか、やけに積極的なこととか、ちょっと気になってたけどそういうことか。
吐息から少しだけアルコールの匂いがした。
「ツクヨミ、気持ちは嬉しいけど自分のことはもっと大切にな?」
「あ、ご、ごめん……」
ツクヨミが申し訳なさそうに下を向く。
そうかそうか、ツクヨミは酒に弱かったのか。
「今日は俺も楽しかったよ。また誘ってくれよ」
「う、うん!」
ツクヨミの顔がパッと明るくなった。
「幸くん、最後にゴメンね。夜も遅いし、私もう帰るね」
「ああ」
「また、来てもいいかな」
「おう、いつでも来てくれていいぞ」
「うん、ありがとう!」
そういって、窓から飛び去っていくツクヨミ。
私服で羽も持たずに飛んでるのはすごい光景だな……。
……ドキドキした。
コンコンッ。
ツクヨミが帰ってすぐ、部屋の扉がノックされた。
このタイミングってことは、ウズメだろうか。
「どうぞー」
「来ちゃった!」
入ってきたのは多々良だった。
「結構遅いけど大丈夫か?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!ユキちゃんもさっき帰ってきたばっかりだよね?」
「そうだけど……なんで?」
「ユキちゃんの部屋の明かりがついたのが見えたよ!」
そういう判断か。
確かに俺の部屋からも多々良の部屋は見えるもんな。
「もう発情期は過ぎたんだよな?」
「そーだよ!綺月と出かけてても平気だった!」
「それならよかった」
やっぱり発情期は面倒だからなー。
今度マタタビでも買っておこうかな。
「にしてもユキちゃん」
「ん?」
「お風呂入った?」
「いや、まだだけど」
「そっかー」
「え、何、俺臭い?」
「臭いって程じゃないけど、生姜がね?」
「あー……」
さすが猫は鼻がいいですね。
確かに夕飯で食べたアレ、だいぶ生姜が効いてたからなー。
「まあ今はいいや。休んでる間ユキちゃんがちょっとしか会いに来てくれにゃいから寂しくてさー」
「そりゃ、俺だっていろいろ我慢してるんですよ」
「たたらのこと気遣ってくれてるのは嬉しいんだけどねー」
そういって多々良が近づいてくる。
そのまま、座ってる膝の上に座る。
「だから夜だけど会いに来たんだよー」
「いつでもいいけど、夜はちょっと危なくないか?外は見えないだろ」
光が少ない夜では、色盲の多々良にとっては何も見えずに非常に危険だ。
できれば外を歩いてほしくはないんだけど……。
「今おかーさんと一緒に来てるんだ。おかーさんはユキちゃんのママと話してるよ」
「そういうことか。それならいいんだけど」
「えっへへー、久しぶりにユキちゃんの近くだー!」
多々良がぐりぐりと後頭部を胸に押し付けてくる。
「……うん?」
多々良が何かに気付いたようにこちらを向く。
「どうした?」
「……くんくん」
俺の服の匂いを嗅いでいるみたいだけど……。
「ちょっと失礼」
そういって、俺のコートの匂いも嗅ぐ。
な、何をしてるんだ?
「……ユキちゃん、今日ツクヨミちゃんと出かけたんだ?」
「!?」
匂いでバレました!?
「ウズメさんから出かけたって聞いてたけど、ツクヨミちゃんだったんだ?」
「あ、そ、そう……ツクヨミが行ってみたいから一緒に来てって言われてな」
「へぇー……」
多々良がジト目でこちらを見つめてくる。
最近、俺が誰か多々良以外の女の子と出かけると多々良が微妙に不機嫌になるような気がする。
だ、大丈夫だろうか。
「……」
無言のまま、多々良が俺の膝の上に戻ってくる。
「た、多々良?」
「みんにゃユキちゃんとお出かけしてずるいー。たたらもユキちゃんとお出かけしたいよ」
「……え?」
思ってた反応と違う……。
い、一緒に出かけたかったのかな?
俺も多々良と一緒に出かけたいってのはあるけど。
「じゃあ、出かけるか?」
「いつー?」
「うーん……」
多々良はいつも一緒にはいるけど出かけることって確かに少ないんだよな……。
「毎年さ、クリスマス一緒にいるけどさー」
「うん」
「今年はクリスマスにどこか出かけない?」
多々良とお出かけか。
……これはデートか?
というより今日のツクヨミとのあれは……デートか?
「デートっすか?」
「でで、デート!?お、お出かけじゃにゃいの!?」
多々良があからさまに慌てる。
顔も赤いし、しっぽもピンと立っている。
「い、言い方が悪かったかな?」
「び、びっくりさせにゃいでよ……で、行くの?」
「行く!多々良と一緒に出かけたい!」
「ん……たたらも、ユキちゃんとお出かけしたい。だからどこか行こう?」
「どこかって……どこに?」
「決めてにゃい……こ、今度一緒に決めよう?」
「ああ、分かった」
「約束だからね!破っちゃダメだよ!」
「お、おう」
「綺月とかツクヨミちゃんとかと出かけちゃダメだからね!」
「分かったって」
「じゃ、じゃあ……小指出して」
「小指?」
「指切り!」
……ああ、懐かしいな。
小指を出して、多々良の小指を絡める。
多々良の指温かいな。
「ゆーびきーりげーんまーん!うーそつーいたーらー……」
そこで多々良が止まった。
え、何を言われるんだろう。
「……はーりせーんぼーんのーーますっ!!」
なにも思いつかなかったらしい。
「ゆーびきったっ!!約束だからね!」
「分かった。絶対行こうな」
「うん!じゃあたたらは帰るから!」
「おう、またな」
「ばいばい!」
多々良が部屋から出て行った。
……と思われたが部屋の扉が開いた。
そして、多々良が半分だけ顔を出した。
「あ、明日行くところ決めようね?午後にユキちゃんの部屋行くから」
「お、おう」
……なんだろう、今のかわいかった。
『幸さん、入ってもいいですか?』
ウズメの声だ。
なんだか今日はやけに人が来るな。
「いいぞー」
「で、どうでした?」
「いきなりそんなこと聞かれてもな」
わくわくした顔してんじゃねえ。
目がキラキラしてんぞ。
「もー、分かってるでしょう?ツクヨミさんとのデートはどうでした?」
「で、デートじゃねえっての!」
「えー?」
ニヤニヤ顔を向けてくるウズメを殴ってやりたい。
この野郎め。
「ツクヨミさんは楽しそうでしたか?」
「ああ、喜んでくれたよ」
「それはよかったです。幸さんは楽しかったですか?」
「……ああ、楽しかったよ」
「いいじゃないですかー!写真とかありますか?」
「ヴェッ!?」
しゃ、写真!?
……こいつに見せられるわけないだろ!!
「どうしたんですか?」
「えっ、とっ、トッテナイヨ……」
「……見せてください!」
「な、ないって言ってるだろぉ!」
後半裏返ってしまった。
もうこれバレてるだろ……。
「見せてください♪」
そしていつも通り使われる言霊。
こいつめ……。
「あっ!え、えぇ!?……へぇ~」
またもやニヤニヤしてくるウズメ。
殴りてぇ……。
「いいじゃないですかいいじゃないですかー!腕を組んでる写真、素敵です!」
「やめろ!」
「私とも腕を組みませんか!?」
「やだ!」
「えー!!」
勢いよくウズメから離れる。
「幸さん冷たいじゃないですかー、私と出かけてくれてもいいんですよ?」
「疲れそう」
「私の扱いひどくないですか?」
「ちょうどよくない?」
「どういうことですか!!」
ウズメの扱いはこれでいいんですよ。
「まあ、いいです。あの、幸さん」
「何ですか」
「ツクヨミさんがまたお出かけしたいって言ったら、また付き合ってあげてください」
「まあ……」
実際楽しかったし、また行きたいという気持ちはある。
「ツクヨミさんもきっと喜ぶと思います。私、これからも幸さんとツクヨミさんを応援しますね」
「そ、そんなこと言われてもな……」
「やっぱり多々良さんが好きですか?」
「なんか最近俺もよく分からなくなってきた……」
そりゃ多々良は好きですよ。
でもツクヨミが嫌いかといわれたらそんなわけない。
好きか嫌いかと聞かれたら、もちろん好きだ。
ただなんだろう……よく分からない。
いや、分からなくなってしまった。
「今はまだ分からなくてもいいと思いますよ?」
「え?」
「確かに私は幸せな未来をつかむことができるようにとは言いましたが、何も今つかめと言うわけではありません」
「う……」
「いいじゃないですか、いろいろな子からお誘いがあるんですし、今は精一杯楽しんでいい時期だと思いますよ」
「そう、なのかな」
精一杯楽しむ、か……。
今は、それが許される時期……というわけだよな。
本当に、いいのか?
「辛気臭い顔してないで、幸さんは今を楽しんでください。今度私とお出かけしましょう」
「やだ」
「何でですかー!!」
ウズメと出かけるのも、楽しむうちに入るんだろうか?
疲れそうな気はするけども。
「まあ、出かけるくらいなら……」
「決まりですね!聞きましたからね!」
「いや、行くか分からないよ?」
「何でですか!!」
うん、ウズメはいじってる方が楽しいかも。
ウズメが部屋を出て行ってすぐ、部屋に黒い球体が現れた。
えっ、どういうこと。
ツクヨミさん、さっき帰りませんでしたっけ?
球体が開き、中からツクヨミが出てきた。
服装は、いつものに戻っていた。
「え、えっと……?」
「幸くん!」
「はい!?」
「さっきはごめんなさいっ!」
ツクヨミが深々と頭を下げた。
どういうこと!?
「さっきは酔っぱらっていきなりあんな……本当にごめんなさい!」
「ああ、そういうことか……ツクヨミ?大丈夫だからね?」
ツクヨミが頭を上げてくれない。
そんなに後悔してらっしゃるの?
「俺は気にしてないから……お、面を上げよ」
ふざけた口調でいうと、ツクヨミがおずおずと顔を上げた。
「ほ、本当に大丈夫?嫌じゃなかった?」
「大丈夫だしそもそも嫌とは思ってないし。ただツクヨミが酒の勢いで来ようとしてたから止めただけだからね?」
「お、お酒の勢いじゃなかったらいいの……?」
「そ、れは……」
ちょっとした驚きで声が裏返る。
いやまあそりゃムードというものが……そういうわけではなく。
「そもそも、俺たち恋人ですらないだろ?そういうのは好きな人のために取っておくもんだ」
「好きな人……」
ツクヨミが顔を赤くしてチラチラこちらを見る。
え、何その反応。
いやいや、顔が赤いのはまだ酒が抜けてないんだろ?
そんなに時間も経ってないしな。
「まあなんにせよ今日のことは気にしてないよ。だから22歳の月子ちゃんも気にしなくていいぞ?」
「……」
そういった瞬間、ツクヨミの顔がゆでだこのように真っ赤になった。
やっぱりそこらへん気にしてるんだろうか。
「ゆ、幸くん!!」
「はい」
「斬るよ!?」
「ええ!?」
突然ツクヨミの右手に鉈のような大振りの剣が現れた。
この神さま攻撃手段あるの!?
「私はツクヨミだから!あと22歳じゃないし!!ちゃんとツクヨミって呼んで!!!」
「はい!ツクヨミさんすんません!!」
「……もう」
ツクヨミが涙目になりながら武器を引っ込めた。
あれ今どこから出てきたんだ……。
「……本気だった?」
「そりゃ本当に斬るつもりはないけど……幸くんがバカにするから……」
「そんな反応するとは思わなかった……」
割と本気でびっくりした。
「もう……」
頬を膨らませながら、ツクヨミは俺の隣に座る。
「保険証はあるけど、どうせ使う機会なんてほとんどないし……名前も年齢も、一応だから」
「わ、分かってるよ」
「あ、でももし下界で誰かと結婚するってことになったら、私は高原月子として生きていくことになるのかな?」
ツクヨミが結婚か……。
まあ、人間と結婚するのであればそうなる……のかな?
アマテラスがどうなのかは分からないけど。
「結婚の経験があるアマテラスに聞いてみればいいんじゃないか?もしかしたらパートナーが死ぬまではそうなるかもしれないし」
「そうだね!あ、でも、幸くんと結婚したら私のことはちゃんとツクヨミって呼んでくれるよね?」
つ、ツクヨミと結婚したら、か。
『幸さんとツクヨミさんの仲も応援しているんですよ』
ウズメの言葉が思い出される。
俺とツクヨミがそうなったとして、うまく行くんだろうか?
そんなんなってみないと分からないけど……。
まあ、とりあえず。
「そりゃ、俺からしたらツクヨミはツクヨミだよ。ふざけて月子ちゃんって呼ぶかもしれないけどな」
「あ、あんまり意地悪すると姉さんに言いつけちゃうんだからね!」
「勘弁してください」
もしツクヨミと付き合うことになったとして、一番怖いのはあの姉だ。
ツクヨミを泣かせたら俺が死ぬかもしれない。
「じゃあその、言いたいことも言えたし帰るね」
「おう、分かった」
「それとも、い、一緒に寝る?」
「どうなってもいいのなら」
「なんか今日の幸くん意地悪だね……じゃあ、またね」
「ああ、また」
黒い球体が開き、ツクヨミが天界へ帰る。
扉が閉まると、球体は消えてしまった。
「け、結婚か」
まだ全然考えたことなかったけど、俺もいつかは誰かと結婚して家庭を持ったりするんだろうか。
相手は知ってる人なのか、それともこれから出会う人なのか。
うん、今は分からないかな。