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第37話 水族館に行きました

 時計を見ると、そろそろ14時。

 約束の時間は……もうちょっとかな?

「確か2時ごろ来るって……あ」

 待っていると、突如黒い球体が目の前に現れた。

 もうちょっとこう、出てくる前に予兆とかないのかね。

「お、お待たせ幸くん!!」

 黒い球体が開き、中からツクヨミが出てきた。

 ツクヨミの後ろには、光あふれる天界の一室が見えている。

「おう、眠くないか?」

「大丈夫だよ!昨日から姉さんに代わってもらってたから!」

「アマテラスは本当にツクヨミが大好きだな……」

 ちなみに、アマテラスは昨夜俺の部屋に来た。

 何事かと思ったが、なんと諭吉を恵んでくれた。

 ツクヨミの好きなものを食べさせてくれ、だそうだ。

 本当に大好きだな……。

「あ、あの、この服どうかな……」

 ツクヨミがもじもじしながらこちらを見る。

 いつもの紫の着物と緑の袴ではなく、黒のベレー帽と白のYシャツに鮮やかな緑のニットシャツ、グレーと白のチェックの……。

「ツクヨミがスカート履いてるの初めて見た」

「あ、これスカートじゃないんだ。きゅろっと?っていうんだけど、ウズメがおすすめしてくれたの!」

「なるほど」

 キュロットね、上品な感じがしていいと思います。

 脚は黒のタイツ着用だ。

「よく似合ってる。かわいいと思うよ」

「あっ、ありがとう……か、可愛いって言われると、なんか照れるなぁ……」

 顔を赤くしてそっぽを向くツクヨミ。

 反応が女の子らしくてとてもかわいい。

「コートとかは大丈夫か?」

「うん、今日はとっても暖かいから、いらないかなって!」

「そっか」

 俺は一応コートを着ていくけど、まあ、今日の気温なら大丈夫そうだ。

「そういえば、今日多々良ちゃんはどうしてるの?」

「ああ、今日は姫川と出かけてるんだよ」

綺月(きづき)ちゃん?」

「そうそう」

 こう、ポンと人の下の名前を呼べるのはすごいと思う。

 俺なんて下の名前で呼んでるの多々良と凜先輩くらいだぞ……。

「じゃあ、今日は幸くんとふたりきりだね」

「そう……なるな」

 やばい、それを意識すると緊張してきた。

「じゃあ幸くん、行こっか!」


 隣を歩くツクヨミを見ると、いつもと違う雰囲気になんだか恥ずかしくなる。

 服装に関しては、滅多にないことだがウズメにナイスといわざるを得ない。

「幸くんとお出かけって初めてだね!昨日すごく楽しみで、あんまり眠れなかった!」

「遠足前の小学生か。途中で倒れられても困るぞー?」

「大丈夫!今日の私は元気!」

 元気なら何よりです。

「水族館までどのくらいかかるの?」

「そうだなあ……大体1時間くらいかな?」

 電車だけなら大体40分くらい。

 俺たちが向かうのは東京にあるアクアパークという水族館だ。

「電車……乗るんだよね。私、電車乗るの初めてなんだ」

「そんなに長生きしてきてか!?」

「だ、だって!飛べるし、夜中は電車走ってないし……」

 悠久の時を生きている神も、電車は初めてらしい。

 まあ、神さまにしてみれば電車なんて最近できたばかりのものか。

「そうそう、ウズメに聞いたんだけどさ」

「ん?」

「お、男の人とふたりきりで出かけるときは、手をつなぐものだって……」

 あいつまた余計な知識を吹き込みやがって!

「こ、これはいいのかな?前みたいに、私間違ってないかな?」

 ツクヨミ本人も、以前俺に勘違いしてキスしたことを気にしているようだ。

「い、一応それも親しい間柄の男女がするものであって……」

「わ、私と幸くんって、どのくらい親しいのかな!」

 ツクヨミが足を止め、こちらを見つめてくる。

 ど、どのくらい親しいか、ですか。

「て、手をつなぐくらいにはまだ仲良くない……てことかな?」

 そう言われると……。

「いや、まあ手をつなぐくらいなら……?」

「じゃ、じゃあ……」

 おずおずと、ツクヨミが俺の手を握る。

 ……ツクヨミと手をつないだ。

 や、やわらけえ。

「な、なんかこれ、恥ずかしいね……」

 そういうことを言われると余計に恥ずかしくなるんですよね。

「こ、これからもっと人の多いところに行くけど、大丈夫か?」

「いろんな人に手をつないでるところを見られるってことだよね……う、うぅ……」

 ツクヨミの手がそっと離れる。

 正直俺も、かなり恥ずかしい。

「で、でも……」

「ん?」

「そ、その、水族館に着くまで、なら……」

 再び、ツクヨミの手が俺の手を包んだ。

「お、おう、じゃあ、そんな感じで」

「う、うん……」

 

「これが、電車かぁ……」

 電車に揺られながら、外の景色を見たツクヨミが不思議そうにしている。

「変か?」

「ううん、確かにこれなら遠くまで行けるなあって思ってさ」

「徒歩だとどうしても移動範囲が限られちゃうからなー」

 鳥人は自分の羽を使って自力でどこへでも行くことができるが、その他の人間と亜人はその限りではない。

 まあツクヨミは羽がなくても飛んで行けるけど。

「早いのはいいけど、ちょっと揺れるんだね」

「まあそこは我慢だよな、車も揺れるっちゃ揺れるし」

 多分昔の電車の方がもっと揺れてただろうし。

「幸くん、コート着てるけど暑くないの?」

「俺、寒いの苦手なんだよね。急に寒くなられたら困るから一応着てきたんだよ」

「そっかー、私も着てくればよかったかな……」

「いやいや、寒くならなければその服装でも大丈夫だろ?というか、そもそも神さまって暑いとか寒いとかあるのか?」

「さすがにあるよ!お腹が空かないこと以外は普通の人間と同じだからね!」

 ああそうか、お腹空かないんだっけ。

 いつも夕飯食べてるから忘れてた。

 人間と同じような基本的な代謝はあるんだよな。

 食べなくてもこの世界では生きていけるけど。

「幸くん、電車であとどのくらいかかるのかな」

「うーん、大体あと30分くらいかな」

「そうなんだね!どの駅で降りるかも分からないから……」

 電車に初めて乗る神に駅名を覚えろってのも難しい話だよな。

「今日降りるのはここにある品川(しながわ)って駅だ。そんで、今通ったのがこの上中里(かみなかざと)な」

「多すぎてよく分からないな……」

 確かに駅ってめちゃくちゃ多いよな。

「まあその駅に着いたら俺が教えるからさ。あ、席空いたから座ろうか」

「あ、座っていいんだね」

「空いたら座ったもん勝ちだよ」

 3人分の席が空いたので、詰めて座る。

「私、夜の見回りでほとんど毎日人間界にいるけど、まだまだ知らないことがたくさんあったんだなあ……」

「ゆっくり知っていけばいいんじゃないかな」

「うん、ちょっとずつでも知っていかないとね!」

 

「ツクヨミ、この駅で降りるぞ」

「あ、うん」

 立ち上がったツクヨミは、まず俺の手をつかんできた。

 ……。

「つ、着くまでって言ってたもんな」

「う、うん」

 駅構内を手をつないで歩くってのもなかなか恥ずかしいけど……。

「乗ってきた駅より大きいね……」

「ああ、ここは他の電車も通ってるんだ」

「確かに、私たちが乗ってきた青い電車とは違う……あ、あの電車真っ赤だよ!」

「ああ、あれは横須賀の方まで行くんだ」

「横須賀……海軍のあるところだね!」

「ああ、そうそう」

 そうか、そういうことは知ってるんだよね。

「じゃあ、水族館に行こう」

「うん!」


 中に入ると、さっそく魚と映像が出迎えてくれた。

 すげえ、これが水族館とプロジェクションマッピングの融合か。

「す、すごいね幸くん……!」

「ここ、まだ入り口だぞ」

「中はもっとすごいんだろうね……!」

 入館料を払い、水族館の中に入る。

「幸くん、早く行こう!」

「そんな急いだって魚たちは逃げないぞー」

 俺の手をぐいぐい引っ張るツクヨミ。

 ……あ。

『水族館に着くまで、なら……』

 もう水族館の中だけど、楽しそうだしいいか。

「ここすごいな、水族館なのに絵画展みたいだ」

「私、絵画展も見たいことないんだ。なんか、なんて言っていいか分からないけどすごい……!」

 大興奮の様子のツクヨミ。

 なんだろう、見た目と年相応でなんか微笑ましい。

「魚が泳いでるよ!」

「そりゃ魚は泳ぐもんだと思うよ」

「キレイ……!」

 確かにキレイだ。

「こんなきれいな魚たち初めて見たよ!」

「ツクヨミが喜んでくれてよかったよ。でも楽しむのはまだまだこれからだぜ?」

「あ、幸くんかっこつけてるでしょ?」

「……そんなことないけど」

「ふふっ!」

 ツクヨミに笑われてしまった。

 確かに今ちょっとかっこつけちゃったけど。

「幸くん、この水槽、触ると面白いんだって!」

 水槽、というには表面が真っ黒で中がどうなっているのかが分からない。

 これはどういうことだろう。

「触ってみようよ!」

「そうだな、えい」

 ちょん、と触ってみると、触ったところだけ黒いものが晴れ、中が見えた。

「なるほど!」

「触って黒いのを消していけばいいんだね!」

 ツクヨミと水槽を触り、黒いものをどんどん消していく。

 すると、タコが現れた。

「ああ、あの黒いのはタコの墨ってことか」

「よく作られてるねー!」

 というかこの水槽、表面がタッチパネルになってるんだな。

 次世代型水族館……すげえ。

「幸くん、なんか魚が出てきたよ?」

「ほんとだ」

 水槽の中ではなく、タッチパネルの表面に、魚が泳いでいる。

「これはカサゴだよね。直接触るわけじゃないし触っちゃおうっと。えい!」

 ツクヨミがパネルのカサゴに触った瞬間、画面が赤くなりバイオハザードマークが表示された。

 そして、触るな危険の文字。

「きゃっ!」

 突然変わった画面に驚いたツクヨミが、俺の方へ寄ってきた。

 ち、近いですよ。

「びっくりした……そうだよね、カサゴは危ないもんね」

「そう、だな」

 俺としてはツクヨミが近づいてきたことにびっくりしたよ。

「あっち!あっち行こう!」

「おぉぉ……」

 テンションの高いツクヨミに引っ張られ、次のエリアに入った。

 そこは……。

「すっげえ……」

「わー……幸くん、キレイだね……!」

 乱立する筒状の水槽の中に、多数のクラゲが浮いている。

 ふわふわと浮かぶクラゲたちは、光によって見事に演出されていた。

「こんなにキレイなの初めて見た!」

「お、俺も……」

 辺りを見回して気づいたが、このエリアは壁も天井も鏡張りになっていてまるで俺たちも浮いているかのような感覚に陥る。

「近づいて見てみようか」

「うん!」

 頭に四葉のクローバーのような模様をもつミズクラゲの水槽に近寄る。

 ミズクラゲの水槽は青い光で彩られていて、神秘的な光景を生み出している。

 そしてクラゲたちは近寄ってきた俺たちを気にすることもなくぷかぷかと浮いていた。

「わーすごい……なんかずっと見ていられそう……」

「ぼーっと眺めてるのもいいな……」

「あ、幸くん、写真撮ろうよ」

「お、そうだな。じゃあツクヨミ、この水槽の裏に回ってくれ」

「分かった!」

 ツクヨミが俺の手から離れ、水槽の裏に移動する。

 ……今までずっと手をつないでたな。

「こうかな?」

「ああ、じゃあ写真撮るぞ」

「うん!」

 反対側がしっかりと見える水槽で、ここを通して写真を撮るとまるでツクヨミがクラゲのいる水槽の中に入っているような写真が撮れる。

 そして光とクラゲたちがツクヨミをさらに演出してくれる。

 クラゲに意識はないはずだが、なんだかツクヨミの顔の前だけを避けてくれているような気がする。

 ありがとうクラゲたち、ツクヨミのかわいい写真を撮るぜ。

「こんな感じでどうかな?」

「わー!キレイ!ありがとう幸くん!」

 喜ぶツクヨミを見ると、なんだかこっちまで嬉しくなる。

「幸くん、どうせなら幸くんと一緒に写ってる写真を撮りたいな」

「えっ、そ、そう、だな」

 2人で来ている以上、一緒に写った写真を撮りたければ誰かに撮影を依頼するしかない。

 しかしここには知っている人はいない。

 つまり、見ず知らずの他人に話しかけなければいけないということだ。

 俺にできるか……?

 ツクヨミに任せるのもかっこ悪いし……。

 ……もともと、ツクヨミと話し始めたのはお互い初対面の人が苦手だということを克服するためだった。

 つまり、今回はその成果を発揮する時!

 実際、ツクヨミと仲良くなってしまったからそんなに効果があったような気はしなかったけど、頑張れ俺!

 だ、誰に話しかけよう。

 え、えーと……あの人にしよう。

「あ、ああ、あの……」

「はい?」

 返事をしてくれたのは、優しそうな犬人のお姉さん。

 耳の形やしっぽの色から、多分柴犬と人間の血を持つ亜人だろう。

「写真を撮ってもらっても……いい、ですか」

「あ、はーい」

「お、お、お願いします」

 だいぶ緊張してしまったが、何とか頼むことができた。

 よ、よし!!

「じゃ、じゃあこの裏から……」

「はーい」

 にこにこしながらカメラを構えるお姉さん。

 優しそうな人で良かった……!

「えへへ、幸くんと一緒に写真を撮るなんて初めてだね!」

「そ、そうだな」

「じゃあ撮りますよー!」

 カメラの方を向く。

 写真を撮ったらしいお姉さんが微妙な顔をした。

「男の子の方が目をつぶっちゃってるからもっかい撮るね!あと、もうちょっと近づいた方がいいよ!」

「うえっ!?」

「えっ!?」

 これでも十分近いが、もっと近づけと申すか。

「ど、どうする?」

「じゃ、じゃあ……」

 そういって、ツクヨミが近づいてくる。

 ちょっとちょっと、そんなに近づいていいんですか。

「せ、せっかくだから……」

 しかも腕まで絡めちゃってるじゃないですか!

 いいんですか!?

「いいよいいよー!撮るからそのまま動かないでね!」

 大丈夫?俺今すごい緊張した顔だと思うんだけど!

「はーい!いい写真撮れたね!なんか初々しいカップルって感じがする!」

 カップル!?

「おおおお、俺たちはそんなんじゃないんで……!」

「じゃあ、これ返すね」

 お姉さんが預けたスマホを返しに来る。

 そして、すれ違いざまに、

「頑張ってね、彼氏くん」

 と小声でささやいてきた。

「だから!そんなんじゃないんで!」

「幸くん、どうしたの?」

「あ、いや……」

「さっきの写真、今度私にもちょうだいね」

「わ、分かった」

「あっちのクラゲもキレイだね!幸くん、見に行こう!」


「すごかったねー!私クラゲ好きになっちゃった!」

 さっき見たミズクラゲの他に、ネオンライトのようなピンクに彩られたタコクラゲや小さなカラージェリーなども見られた。

 どれもキレイで、ツクヨミは興奮しっぱなしだった。

 俺もだいぶ見入った。

「そういえばさっき、クラゲに話しかけてたよな」

「うん、幸くんには言ってなかったんだけど私人間以外の動物とも会話ができるんだ」

「へえ!」

 それは初耳だ!

「クラゲは何かしゃべってた?」

「それが……よく分からなかったんだ。なんというか、自分の分からない言語を話されてる感じで……」

 クラゲってまず脳がないからコミュニケーションもできないのでは。

 まあ俺は動物と会話ができるわけじゃないから分からないけど。

「亜人も動物と会話ができるんだよね?」

「ああ、亜人の場合は自分の血が入ってる動物の種類だけな。例えば多々良の場合は猫と会話ができる」

 他にも姫川は数種類の鳥類と会話が可能だったりする。

 唯一動物と会話ができない亜人は人魚だ。

 なぜか亜人と魚類間での意思の疎通はできないらしい。

「そういえばツクヨミって魚とも会話できる?」

「クラゲと一緒でお魚さんとも会話ができないんだよね。動物は会話できてもお魚さんは会話できないのって、なんでだろ?」

「なんで、だろうなあ……」

 でももし動物や魚と会話ができたらなんか嫌だな。

 肉とか魚とか、食べづらくなる。

「幸くん、変な顔してどうしたの?」

「え、あ、いや、何でもないよ。次行く?」

「うん!行こう!」


 今度は2階へ移動する。

 次に現れたのはいたって普通の、といえば聞こえが悪いがシンプルな水族館といった感じだ。

「幸くん!あれ!地面から魚が生えてる!」

「地面から魚!?」

 何事かと思ったが、見たことがある魚だった。

 チンアナゴだ。

「なんかかわいいねこれ!」

「ずいぶんとちまい感じの魚だな」

「私この子好きかも!」

 ツクヨミはこういう魚の方が好きなのか。

「あ、これクマノミだよね!イソギンチャクといっしょにいるやつ!」

「そうだな」

「私小さい魚の方が好きかも!見ててかわいい!」

「確かにかわいいかも」

 目が合って驚いたのか、ゆっくりとイソギンチャクの中に隠れていくクマノミ。

「隠れちゃったね」

「ツクヨミにびっくりしたんじゃないのか?」

「わ、私かな!?幸くんが驚かしたんじゃない?」

「俺はほら、優しいからそんなことはないぞ?」

「私だって神さまだよ!?ど、動物に愛されるはず!」

 そんなこと聞いたことないが。

「ツクヨミなんじゃないのー?」

「わ、私じゃないよ!幸くんだもん!」

「ん~?」

「む~……」

 頬を膨らませて見つめてくるツクヨミ。

「ふ……」

「ぷっ……あはは!」

 お互いなんだかおかしくなって笑ってしまった。

「もう、笑わせないでよーっ。たぶん幸くんだよ」

「そんなに言うならそういうことにしとくよ」

「あー、なんか悪い言い方ー」

 むっとした顔をしつつも、楽しそうなツクヨミ。

 そして、つないだ手を引っ張られた。

「ほら、次も見に行こうよ!」

 

「お、おお……」

「すごーい!海の中にいるみたい!」

 次に来たのは大きなトンネル。

 このトンネル自体が水槽になっていて、辺りを魚やらエイやらが泳いでいる。

 ツクヨミの言う通り、確かに海の中にいるみたいだ。

「見て見て幸くん!あの魚鼻がすごく長いよ!」

「ああ、あれはソードフィッシュっていうんだよ」

「なんか、カッコいいね!」

 でも実際あののこぎりみたいな鼻に当たったらめちゃくちゃ痛そうだ。

「あと、エイってさ……」

「うん?」

「悪口じゃないんだけどさ、何となく間の抜けた顔をしてるよね」

 濁してはいるけどつまりはアホ面って言いたいんだな?

「確かにな?」

「でも……私も海とか泳いでみたいなあ……」

「神さまは水の中には入れないのか?」

「さすがの神さまでも水中は息ができないんだよね……できる神さまもいるんだけどね」

「ツクヨミはできないってことか」

「そうだね、その代わり私は空を飛べるからね」

「ああそうか、ウズメとか空飛べないもんな」

「ウズメは水中で息もできないし空も飛べないけど、その代わりに踊りによって誰でも呼び寄せることができるんだ!」

「へえ……」

 誰でも呼び出せるのか……。

「……って、誰でも呼び出せるんならオオクニヌシだっけ?そいつを呼び出せばいいんじゃないのか?」

「あ、オオクニヌシはどういうわけか対策をしてるみたいで……」

「対策とかあるのか……」

 神さまの力もよく分からねえな。

「何か変な話になっちゃったね、幸くん、次行こう!」

「そうだな」


「かーわーいーっ!!」

「大興奮だな」

「かわいいよ!かわいいよね!?」

「確かにかわいいけど」

 それ以前にはしゃいでいるツクヨミがかわいいぞ。

 なんて言えない。

 さっきまでのエリアとは違い、ここは魚のほかに爬虫類や哺乳類なども展示されている。

 ここ水族館だよな?

「ジャングルがコンセプトなんだって!」

「その位置から動きませんねツクヨミさん」

「だってかわいくて……」

 ツクヨミが張り付いているのはカピバラのエリア。

 人気らしく、ツクヨミの他にもたくさんの人が集まっている。

 少し離れてみると、あることに気付いた。

 カップルや夫婦で来ている客が多い中、女性はカピバラに集中しているが男たちの目線は明らかにツクヨミの方を向いている。

 おい、気づかれたら面倒なことになるぞ、やめとけ。

 多分この場所でツクヨミに声をかけるような男はいないと思うが……。

「キミかわいいね、一人?」

「えっ……」 

 おいコラバカ野郎。

 こんなところでナンパかい?

 ツクヨミがびっくりしてるじゃねえか。

 せっかく楽しんでるんだから邪魔すんな。

「な、なんですか?」

「いやー、なんかかわいい子がいたからさー。どう、もしよかったら俺と一緒に遊ばない?」

「え、あっ、あの……」

「あんた、この子になんか用?」

「えっ……」

 いきなり現れた俺に驚くナンパ男。

 鳥人か。

 特徴を見るに鷹の亜人だろうか。

 身長が高くて威圧感がある。

 他人にあんまり慣れてないツクヨミにとっていきなりこういうのが来たらきついだろう。

 ……かくいう俺も初対面は苦手でね?

「人が多かったからちょっと離れて見てたんだ。勝手にいなくなってごめんな」

「う、ううん、大丈夫だよ」

「で、この子に何か用?」

「あ、いや……チッ」

 舌打ちをして去っていく男。

 ツクヨミに手を出そうったってそうはいかねえ。

「幸くん、ありがとね」

「いやいや、勝手に離れた俺が悪いんだ」

「えへへ、幸くんはやっぱり優しいね」

「いや別にそんなんでも……」

「あ、そろそろショーが始まる時間だよ!幸くん、行こう!」


 ツクヨミと一緒にイルカショーの会場に向かう。

「ここのイルカショーってすごいんだよね!?」

「ああ、他のところでは見られないらしい」

「そもそもイルカショー自体見たことないんだけどね……」

「まあまあ、それだけ普段がんばってるってことだ」

「え、えへへ……」

 会場はまだ空いていた。

 割と選べそうだ。

「どこに座る?」

「どこにしようかな……近くで見てもいいんだけど、濡れちゃうよね」

「来る前にちょっと調べたんだけどさ、夜の方のイルカショーは濡れないらしいぞ」

「そうなんだ!じゃあ前の方でも大丈夫だね!」

 ツクヨミが前の方まで歩いていく。

「ここでいいかな?」

 ツクヨミが選んだのは3列目の席。

 なんというか、堅実な選び方だ。

「ツクヨミの好きな席でいいよ」

「幸くんいっつも優しいね。ありがとう」

 ツクヨミの隣に座る。

 すると、ツクヨミが俺の手を握ってきた。

「た、楽しみだね!え、えへへ……」

「……っ」

 少し恥ずかしそうに笑うツクヨミを見て、思わず言葉が詰まる。

 おいおい、破壊力高すぎるだろ……!

「光の演出がすごいんだよね?」

「よく聞くよな」

「光かあ……冬の夜だと、都会とかはきれいなイルミネーションが見れたりするよね」

「ああそっか、クリスマスイルミネーションなら夜でもやってるもんな」

「うん、でもすごく楽しみ……!」

 

 しばらくすると、会場に人が集まってきた。

 2、3列目の席はあっという間に埋まり、後から来た客が仕方なく他の列へ移動する。

「早めに来ておいてよかったな」

「うん!いい席で見られるね!」

 押し寄せてきた客を見渡して笑顔になるツクヨミ。

 座ってイルカショーを待つ客たちはというと……。

「でも、なんか見られてる気がするね……?」

 ツクヨミを見ていた。

 まあ道を歩けば誰もが振り返りそうなくらいかわいいツクヨミだもんね、仕方ないね。

 こらこら男ども、そんなにツクヨミを見るんじゃないよ。

「私、なんか変なところあるかな?」

「ツクヨミがかわいいから見てるんじゃないか?」

「なっ、そ、そんなことないよ!」

 首を振って否定するツクヨミだが、たぶんそんなことあるんだと思う。

「何言ってんだ、私服のツクヨミかわいいぞ?」

「ひ、人がいっぱいいるところでそんなこと言わないでっ!あ、あぅ……」

 頭を抱えて下を向くツクヨミ。

 その耳は真っ赤だ。

 何この反応、かわいい。

 うずくまるツクヨミを見ていると、会場が暗くなった。

「お、始まるぞ」

「う、うん!」

 バッと顔を上げるツクヨミ。

 忙しいやっちゃな。

「お、なんか音が聞こえてきたぞ」

「ほんとだ!」

 シャンシャンという音が会場内に響く。

 プロジェクションマッピングによって、辺りに星が映し出された。

「イルカが泳いでるぞ」

「楽しみー!」

 そして、会場の上に設置されたリングから、水が噴き出す。

「すごい!水のカーテンだ!」

 その水のカーテンにも、星が映し出される。

「すごい!すごいよ幸くん!」

「そうだな」

 始まる前から大興奮のツクヨミ。

 なんだろう、イルカショーを見るよりもツクヨミを見ていた方が面白いような気がする。

「あ、ジャンプした!」

 ツクヨミの方見すぎて見逃した!

 イルカの方を見ると、ちょうど着水しているところだった。

「すごかったね!」

「見逃した……」

「えー、ちゃんと見てないとダメだよ!」

「すみません……」

 ツクヨミの方をずっと見ていたなんて言えない。

「あーあ、カーテンの中をジャンプするイルカすごかったのに」

「つ、次はちゃんと見る!」

 会場内にジャズが流れ始める。

 すると、イルカたちが軽快なジャンプを見せてくれる。

 光に彩られたイルカたちは、金色に輝いている。

「イルカが水面を走ってるよ!」

「面白い動きだな」

 イルカがしっぽを使って立ち姿で水面を泳ぐ。

 確かに見ようによっては走ってるように見えるかもしれない。

 光の演出とイルカのパフォーマンスが素晴らしい。

 水中から飛び出したイルカが天井近くまでジャンプする。

「すげえ……」

「ね!すごいね!」

 ショーが始まってから興奮しっぱなしのツクヨミ。

 楽しんでもらえて何よりだ。

「幸くん!」

「ん?」

「今日は一緒に来てくれて、ありがとね!」

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