第33話 告げられました
ドン!!
「おおおぉぉぉ!?」
部屋の窓が大きな音を立てた。
何かがぶつかったのか!?
慌ててカーテンを開けると……。
「何してんの?」
「……ごめん」
額を赤くした姫川がいた。
「来るときは連絡してくれって言っただろ……」
「ドッキリ大成功」
「まあびっくりしたけどね……」
「上がってもいい?」
「おう、ちょっと待ってな」
明日の持ち物とかいろいろあるから部屋を片付けないと。
「……夜に男が部屋を片付ける……と」
「変な勘違いしないでね!」
片付けて姫川を部屋に迎え入れる。
「何か飲むか?」
「いつも通り」
「やっぱ用意いいね」
姫川が部屋に入ってくる。
「んで、どうしたの?」
「……ん」
「ん?」
「えい」
「何!?」
急に視界が姫川でおおわれた。
抱きつかれたと認識するまで、少し時間がかかった。
「発情期?」
「……違う」
姫川にホールドされたまま、じりじり移動させられる。
「ちょっ、危ないって」
「うちが支えてる」
「支えててどうにかなる話か!?」
そして、そのまま後ろに倒れる。
衝撃は思ったよりも小さく、やわらかい感触を背中全体で感じる。
「えーと?」
「びっくりした?」
「それ以前に状況が読めないんだけど……」
とりあえず、今姫川に押し倒されているということだけは分かる。
「佐倉、うちのことどう思ってる?」
「は……?」
何その質問。
「そりゃ、大切な幼なじみだよ」
「……そっか」
さっきまで視界が姫川の胸でいっぱいだったけど、今度は姫川の顔でいっぱいになった。
「ど、どうしたんだよ」
「昨日、佐倉の他にも佐々木たちに頭を撫でてもらった」
「え?お、おう」
そういえば佐々木がそんなこと言ってたな。
「その時、佐倉だけうちのこと、抱きしめてくれた」
「それに関しては本当にすまん……」
あれは気の迷いだ。
姫川に対してなんだかエロい気持ちを持ってしまったという気の迷い。
「うちは、嬉しかった」
「え?」
「佐々木にも、倉持にも、秋川にもしてもらった」
倉持起きてたのか……。
「でも、うちは佐倉に頭を撫でてもらって、抱きしめてもらった時が一番ふわふわして、嬉しかった」
「……」
前からちょっと気になってはいた。
もしかして、俺は姫川から好意を向けられているのではないかと。
「最近、佐倉と一緒にいるとなんだかふわふわして、なんか嬉しくて……なんか、ドキドキする」
やっぱりそうなんじゃないか?
「ねえ佐倉、聞いて」
姫川がどこからか聴診器を取り出した。
「どこにあったんだそんなもん!?」
「うちのお母さんは、看護師」
「そうだったっけ!?」
初耳だな!
聴診器を耳に入れられ、急に周りの音が聞こえなくなる。
そして、音を聞く方を姫川が自分の服の下に忍ばせる。
姫川の顔は、少し緊張気味だ。
「佐倉、聞こえる……?」
ドクンドクンと、姫川の心臓が早鐘を打っている音が聞こえる。
交配した動物によって亜人の心拍数は変わるけど、それでもかなり早いということがわかる。
「今、うちは佐倉と一緒にいてこうなってるんだよ」
「ま、まじですか」
「そう、まじ」
そこで、姫川が離れる。
そして、俺の隣に座った。
「うちさ、考えたんだ」
「な、何を?」
聞かなくても、分かるような。
「何でこうなるのかなって。佐倉といる時だけ、うちはこうなっちゃう」
「そう、なのか」
「いつもより10分だけ夜更かしして、考えた」
そんな短い時間で考えがまとまったのか。
「ねえ、佐倉」
そういって、姫川が近づいてくる。
そして、
「んっ」
「……んぅっ」
姫川に、キスをされた。
今回は前とは違う、唇へのキス。
すごく長いような、短いような時間が過ぎて、姫川が離れる。
「佐倉、うち、思ったんだ」
その先を聞きたいような、聞きたくないような。
「うちさ、佐倉のことが好きなのかもしれない」
赤い顔で、少し微笑んだ姫川がそういった。
「え、えっと……それは」
「多分、そのままの意味。うちもこんな気持ちになったのは初めてだからよく分からないけど……」
姫川が俺のことを好き……か。
幼なじみとはいえ、今までは話すことがあまりなかった。
多々良の幼なじみというイメージが強かったかもしれない。
そんな姫川が……。
「ちなみに」
「うん?」
「初めて佐倉が気になり出したのは、文化祭の時」
文化祭……始めて姫川と一緒に行動した時だ。
今までは姫川がいるときは大概他のやつらもいたからな。
「佐倉と一緒に文化祭を回って、楽しかった」
「俺も、一緒に写真を撮ったりして楽しかったよ」
たしか疾風迅雷とかおかしな話をしたな。
「修学旅行も、一緒にデートして軍艦島を歩いた。すごく楽しかった」
確かに、姫川と一緒に歩いた軍艦島は楽しかった。
いきなり顔を近づけてきて少しだけドキッとしたりもしたけど……。
「それで、佐倉といると楽しいなって思って……意識したら、急にドキドキしてきて」
「う、うん」
「昨日抱きしめてもらった時に、すごく嬉しい気持ちになった。そしたらうち、佐倉のことが好きなんだって……うち、こういうの経験ないから……上手く伝えられてるか、分からないけど」
十分伝わってる。
「それに……あまり話すことはなかったけど、佐倉のことは昔から見てきてる。多々良だけじゃなくて、うちのわがままにも付き合ってくれて……佐倉、いつも優しい」
「お、俺は別にそんなんじゃ……」
「興味があるって言って、それだけでうちのデートにも付き合ってくれた。佐倉は優しい。そんな佐倉が、うちは好き」
……姫川が俺のことをそこまで思っていてくれたとは。
というか、あの時に佐々木が言ってたことは当たっていたということか……。
……受け止めてやれ、か。
「佐倉、もう一度聞かせて」
「なんだ?」
「うちのこと、どう思ってる……?」
今度は控えめに聞いてくる姫川。
今までのことが少しだけ恥ずかしくなったのか、うつむく姫川。
そんな姫川が、急にかわいく見えてきた。
もしここで俺が姫川の気持ちを受け入れたなら……。
……受け入れたなら。
『最良の選択をできるように祈っておきますね』
ウズメの言葉が脳内で再生される。
俺は……。
……違う。
やっぱりダメだ。
俺が好きなのはやっぱり……。
「姫川は……大切な幼なじみだよ」
「……うん」
幼なじみ以上には、なれない。
姫川の気持ちを受け止めたうえで、答えを出す。
俺のことが好きだとしても、その思いには……。
「佐倉は昔から、ずっと多々良のことが好きだもんね」
「……」
「黙らなくてもいいよ。うちは分かってるから」
「ごめん」
「やだ、謝らないでよ」
姫川の声が少しだけ震える。
……やっちまったかなあ。
「大丈夫、佐倉が多々良のことを大好きでもうちには関係ないから」
「……え?」
「うち、佐倉を少しでも振り向かせられるように頑張ってみる。多々良じゃなくて、うちに気持ちが向くように」
「ま、まじですか」
「まじ。覚悟しててね」
姫川の表情は、初めて見る挑発的なものだった。
そして、
「ん!?」
「んっ」
また、唇が塞がれた。
今度は唇の端を少しだけ舐められた。
「えっへへ、まずは一発目」
目の端に涙を浮かべ、無表情に戻った顔で姫川がそう言った。
「キッツいなあ……」
「もしかして初めて?」
「あいにく、俺の初めては小学生の時多々良に奪われてるよ」
「……そっか、残念」
姫川が立ちあがり、窓の方へ移動する。
「帰るのか?」
「うん、言いたいことは言えたし……ねえ、佐倉」
「なんだ?」
「……これからも、幼なじみとして仲良くしてね。お休み」
「……ああ、お休み」
姫川が窓から飛び去っていく。
「マジか……」
姫川に告白をされてしまった。
こ、こんなことがあるとは……。
姫川が俺のことを好き、かあ……。
天井の方を向いて考えていると、電話が鳴った。
「お?多々良か……もしもし?」
『あ、もしもしユキちゃん?ちょっと聞きたいんだけどー……』
「なんかあったのか?」
『綺月とにゃんかあった?』
「え、何いきなり」
一気に心拍数が上がった。
さっき告白されたうえに二回もキスされましたなんて死んでも言えない。
『今綺月からメールがあって……もたもたしてたらうちがもらうからねってきたの』
宣戦布告!?
申し訳ないけど今のところ多々良にそんな気持ちはないと思うぞ!?
『だからユキちゃんににゃんかあったのかにゃあって……』
言うべきか、言わぬべきか。
でもこの様子だと姫川が多々良に直接言うかもしれない。
どうするか……。
『もらうってどういうことにゃのかにゃあ?』
「そ、そうだな……」
どうしよう、何も言えない。
『もたもたしてたらって、スピードじゃ綺月には敵わにゃいし……』
スピードの話じゃないんだよなあ……。
……やっぱり話すべきだろうか。
最悪なのは、例えば明日姫川が多々良に直接告白したことを伝えて、多々良が姫川を気遣ってしまった場合だ。
友達思いな多々良のことだ、きっと姫川のことを考えて俺から離れていくだろう。
それだけは絶対に避けたい。
姫川は行動力があるから、正直やりかねない。
……それなら。
「多々良、話したいことがあるんだ。今いいか?」
「あ、ユキちゃんいらっしゃーい」
「お、おう」
隣とはいえ、夜中だから多々良は外に出ると何も見えない。
というわけで、俺が多々良の部屋に行くことにした。
多々良の母さんからは疑いの目を向けられたが。
「で、にゃんの話?」
「ああ……」
多々良にさっきのことをちゃんと伝えようと思ったけど、なんて言っていいか分からない。
どうしたもんか……。
「話したいことがあったんじゃにゃいの?」
「ああ……」
「もー、歯切れ悪いにゃあ。にゃんにゃのさー」
多々良が近づいてくる。
……何を言おうか、じゃない。
さっきのこと、伝えればいいんだ。
「実は……さっき、姫川に告白された」
「…………へ?」
多々良が固まった。
しばらく固まったのち、ケータイの画面を見る。
そして、俺の顔とケータイを交互に見た。
「……あー、もらうってそういうことね」
多々良は完全に理解したようだ。
「まあ、そういうこと」
「へぇ……綺月がかー」
そういって、それとなく俺の隣に座る多々良。
「意外か?」
「んー、そうでもにゃいかも」
「そっか……」
「うん、前からそんにゃ素振りがあったからね。文化祭の時くらいからかにゃ?」
姫川は、文化祭のあたりで俺が気になり出したと言っていた。
多々良はそれを見抜いていたんだろう。
てことは俺は気づいていなかったということか……。
「あのメッセージを見た感じ、ユキちゃんは綺月のこと振ったんだよね?」
「……そう、なるな」
「どうして?綺月、いい子だよ?」
「まあその、今は誰かと付き合うとかそういう気はないって言ったんだ」
「……へー、そうにゃんだ」
嘘をついた。
本当は違う。
俺が好きなのは、目の前にいる多々良だ。
もちろん姫川も好きだが、それは幼なじみとして。
「もらうって言ってもユキちゃんはたたらのものじゃにゃいからにゃ~……」
多々良が困ったような顔をする。
「まあ文化祭の時たたらが勝手にテンパっちゃってたし……」
「ん?」
「え、にゃんでもにゃいよ」
誰かと付き合う気はないと言ってしまった。
その場しのぎの嘘だったけど、間違いだったかもしれない。
それに、多々良相手に嘘は……もしかしたら、バレている可能性もある。
「……あ」
「どうした?」
「ユキちゃんの好きにゃ人、分かっちゃったかも」
そんなの前から本人に伝えているのですが。
「俺の好きな人か?」
「うん、ツクヨミさんでしょ?」
予想していない名前が挙がった。
「な、なんでだ?」
「いや、誰ともって言ってたけど、もしかして人間じゃにゃいのかにゃ~って」
「それは……違うかな」
確かにツクヨミも魅力的な女の子だけども。
そうじゃない、そうじゃないんだ。
「もしかしてウズメさん?」
「絶対ないな」
「ウズメさんに関してはやたら厳しいよね……」
だってあいつが恋人とか絶対ありえないもん。
というか、なんで自分っていう選択肢が出てこないんだよ。
多々良の中で自分の評価が低すぎるだろ……。
やっぱり、自分の目のこととか気にしてるんだろうか。
「でもユキちゃんは彼女作る前にまず女の子に慣れないとねー」
「……そうだなあ」
確かに女子と話すのは苦手だ。
そりゃ、しばらくすれば慣れるんだけどさ。
でも、多々良がずっといてくれれば、他の女子に慣れる必要もないんだけどなー……。
「俺がやっぱり多々良のことが好きって言ったらどうするんだよ」
「えー?誰とも付き合う気はにゃいんじゃにゃいのー?」
……嘘をつくにしても、内容が失敗だったかもしれない。
今までずっとこの多々良への思いは冗談だと思われてるからな……。
ちゃんと伝わってほしいもんなんだけど……。
「ど、どうしたのユキちゃん、そんにゃにたたらのこと見つめて」
いつの間にか見つめてしまったようだ。
「ま、まああれだ、多々良の顔はやっぱりか、可愛いなってな」
「とっさに言うにゃら詰まらにゃいようにしにゃいとね」
「ぐぅ……」
「ユキちゃんが話したかったことっていうのは綺月に告白されたってことでいいんだよね?」
「そうだ」
「まあ、それに関してはもう起っちゃったことだし仕方にゃい。これからユキちゃんが綺月にどう対応していくかだよ?どーせユキちゃんのことだし、これからも友達としてよろしくーくらいは言ってるでしょ?」
「それは姫川に言われたな」
「ユキちゃんはそれにちゃんと返事したんでしょ」
「しました」
「だったら、これから綺月のことどうしていくか、ちゃんと考えにゃいとダメだからね」
姫川かあ……。
まさかこんなことになるとは全く思っていなかった。
多々良にどうしようと聞いたら「そんにゃの自分で考えにゃさい」と言われた。
「幸さん、こんばんわ」
ウズメが部屋に入ってきた。
「入ってくるならノックくらいしろって。全裸だったらどうするんだよ」
「私も全裸になるので一緒に踊りましょう」
「何でだよ!?」
こいつトチ狂ってやがる。
「安心してください、幸さんの裸を見たとしても私は気にしませんので」
「俺が気にするんだよ!!」
「あら、私に気を遣っていただかなくても結構ですよ」
「そう言われても気にするわ」
「幸さんはお優しいですね」
「どこが!?」
俺が気にするって言ってんのにこいつに気を遣ってるみたいになってんじゃねえか!
「にしても、早速ですねえ」
「なにが」
「幸さん、先ほど綺月に告白されましたよね?」
「……聞いてたのか」
「そうですね、聞こえちゃいました」
面倒だなあ……。
こいつに相談したところで解決しなさそうだし……。
「幸さんは今、綺月さんを振ったけどこれからどうしようと悩んでいるのですね」
「……そうだけど」
「何もなかったかのようにふるまうと傷つけてしまうので気を付けてくださいね」
「そうか」
なんだ、ウズメらしくないな。
「今まで通りの付き合いを望まれているのであれば、それはそれでいいでしょう。でも、やはり今までとはどこか違うはずですよ」
「……完全に今まで通りとはいかないだろ」
「それはもちろん。でも、綺月さんはこれからも仕掛けてくるみたいですし、途中で幸さんが心変わりするかもしれないですね」
「そんなことは……」
「誰を選ぶかは幸さんの権利ですよ。大丈夫です、幸さんが誰を選んでもきっと幸せになれますから」
幸せねえ……。
例えば、俺が多々良とうまくいったとして、姫川はどうなるんだろう。
そう考えるとなあ……。
「私を選んでも素敵な未来が待っていますよ」
「死んでも嫌」
「ひどいですね!!!」
ウズメを選ぶくらいならツクヨミの方がいいです。
「……なあ、ウズメ」
「なんでしょう」
「俺だけが幸せでも、本当にそれって幸せなのかな」
「まあ、難しいことを言いますね」
「バカにしてる?」
「いえ、たった16年でそこまで考えられるのはすごいと思いますよ」
「バカにしてるよな?」
でも実際思う。
幸せってのは本人だけが幸せならそれでいいのかなって。
「そう気にする人はいますね。でも、自身の力だけでは身の回りを全て幸せにするなんて不可能ではありませんか?」
「まあ、そうだな」
「最大限、と言いたい気持ちも分かりますが……あいにく日本では一夫多妻は認められていませんので」
「……」
すげえ現実的なこと言ってきたなあ……。
「それに、もし誰かを選んだ後でもそんなことを考えていたら、選ばれた方は本当に幸せでしょうか?」
「……あ」
「いいんですよ、自分が幸せなら。相手が幸せかというのは、まず自分が幸せになってから考えることだと思います」
……くそう、その通りだ。
なんて言っていいか分からないけど、さすがは長生きしてるだけあるって感じだ……。
「幸さん、人を幸せにするというのはそう簡単なことではありませんよ」
「そんなことわかってるよ。幸せになるとは言われても、俺が誰かを幸せになんてできるのかって思うし」
「卑屈になっていれば難しいでしょうね」
「そしたらもう俺いろいろ難しいと思うんだ……」
告白って、されたら嬉しいもののはず……なんだよな?
「ユキちゃーん、おーきーてー?」
顔をはたかれる。
多々良が俺を起こしに来たらしい。
「ほーらー、早く起きにゃいと遅刻するよー?」
「……んん」
「そんにゃに眠いのー?」
「あと3時間……」
「学校サボりじゃん」
でも本当に眠い。
「おはよう、多々良」
「おはよう……にゃ~んか辛気くさい顔してるね」
「そうか?」
「うん、くさいね」
「ショックだな……」
多々良に臭いと言われるとは。
「まあ昨日のことを気にするにゃって言われても無理があるのは分かってるからね。でも、綺月の前で露骨にゃ態度はとっちゃダメだよ?」
「ああ、気を付ける……」
結局夕べは姫川のことが気になってなかなか眠れなかった。
くそう、魔性の女だぜ……違うな。
「というかユキちゃん、早く用意しにゃいと本当に遅刻しちゃうよ?」
「え、マジ?そんなに?」
「そうじゃにゃいとこんにゃに言わにゃいって」
時計を確認すると、本当にギリギリの時間だった。
「やべえ!」
「ほらほら!制服出しておいたから!」
「あ、ありがとう!」
多々良がいるのも忘れて寝間着の下を脱ぐ。
「ギニャー!!」
「おおすまん!!」
「は、早く着替えちゃってね!」
多々良が慌てて部屋から出て行こうとする。
「そんなに慌てると……」
勢いよく閉めた扉に、多々良のしっぽが挟まった。
「ふぎゃあああああああああ!!」
だらんと、挟まったしっぽが力なく垂れている。
こんな光景前にも見たような気がする。
「た、多々良大丈夫か?」
思わず多々良のことを助けに行く。
……下を履くのを忘れて。
「ニャーーーー!!変態ィー!!」
「何で!?」
あのあといろいろ大変だった。
しっぽを挟んでしまった多々良を抱えたところで、母さんとウズメが来た。
上の寝間着とパンツしか穿いていない俺が、暴れる多々良を抱えているところにちょうどだ。
きっと誰が見ても襲い掛かってるようにしか見えないだろう。
多々良は直前に変態とか叫んでたし。
状況説明にも時間をかけられず、帰ってきてから説明すると言って慌てて家から出てしまった。
「ユキちゃん……朝から激しいね」
「誤解されるようなことをいうのはやめてくれ」
「……佐倉、多々良に手出したの?」
「ほら、誤解されたじゃんか」
そして、家の前では姫川がスタンバイしていた。
昨日あんなことがあってよく来るな……。
「てか急がないと!」
「わ、わあああ」
急に急いだせいで、多々良が転びそうになってしまった。
「ご、ごめん!大丈夫か!?」
「こ、転んでにゃいから大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど……」
「申し訳ない……」
多々良の手をしっかりと握り再び歩き出そうとしたところで、姫川が声をかけてきた。
「佐倉は、多々良を気遣わなければ走れるんだよね?」
「ま、まあそうだけど……」
「遅刻ギリギリだし、仕方ない。うちが多々良を学校まで運んでいくから、佐倉は走って」
「綺月、いいの?」
「問題ない」
そういうと、姫川が多々良を背中に乗せ、飛び上がった。
「わー!」
「……じゃあ佐倉は頑張って走って」
「すまん、頼む」
「任された」
「疲れた……」
「お、なんだ佐倉、朝から汗の匂いがするぞ」
すでに学校に来ていた佐々木が、鼻を鳴らす。
「遅刻ギリギリでな、走ってきたんだよ」
「だから多々良が先に学校に来たのか、珍しい光景だな」
「ああ、姫川に運んでもらったんだよ」
「へえ、便利だな」
「便利って……」
まあなんにしろ助かった。
「ユキちゃん、タオルだよ」
「ああ、ありがとう」
「11月に入ったってのに、汗かいてるもんね。ユキちゃん結構汗かくよね」
「ほら、水も滴るいい男っていうじゃん?」
「汗臭いのはゴメンだよ」
「く、くさい?」
「……いや、そんにゃでもにゃいけど」
あ、焦った……。
「持久走大会の時も結構汗かいてたもんね」
「確かに……あ、汗っかきって程じゃないよな?」
「多分そんにゃでもにゃいんじゃにゃい?」
「今日帰ったら長めに風呂に入ろう」
「そうでにゃくても最近寒いんだし、お風呂長めに入るでしょ」
……多々良が?
「多々良、風呂長いっけ?」
「……ん?」
多々良が変な笑顔のままこっちを向く。
「昨日入った?」
「だ、大丈夫、高校に入ってからはちゃんと毎日入ってる」
「……どのくらい?」
「15分いくかいかにゃいかくらい……」
「うん、知ってる」
「じゃあ聞かにゃいでよ!!」
多々良は風呂がめちゃくちゃ短い。
倉持もそうだが、お湯で濡れるのを好まないからだ。
猫の特徴だけど……まあ清潔くらいは保ってほしい。
ちゃんと毎日入ってるみたいだからいいけど。
「そういえば昔嫌がる多々良を佐倉が無理矢理風呂に入れてたよな」
「そういえば一緒に入ったな」
「恥ずかしいこと言わにゃいでよ!」
今は絶対できないよなあ……。
「というか、その時は佐々木っちもいたじゃん」
「俺は風呂は好きだからな!」
佐々木はこう見えてけっこう風呂好きだ。
4人で銭湯とか行くと一番最後まで入っていたりする。
一番短いのは倉持だ。
秋川もあまり長くは入らない。
まあ秋川は仕方ないよな、風呂入ってると体温どんどん上がっていくもんな。
「姫川って風呂入るのかな」
「なんだなんだ?佐倉は姫川の裸に興味があるのか?」
「そ、そういうことじゃねえよ!鳥って風呂より水浴びって感じじゃん」
「まあ確かにそうだな」
「綺月は多々良より長くお風呂入るよ。みんにゃで銭湯行ったじゃにゃい」
「行ったことはあるけど、あの時は俺らより先に出てたじゃん?」
俺らが上がった頃にはすでに着替えて外で待っていたと思う。
「それはユキちゃ―――佐々木っちのお風呂が長かったからでしょ」
「確かに、そとで倉持と秋川が待ってたような気がするな」
まあ多々良も風呂は短いしな。
「綺月はスタイルいいよ」
スタイル、と言われて俺も佐々木も目線が多々良の胸の方に行く。
……姫川にはないものをお持ちで。
「なんかちょうど銭湯の話になったし、今度また行くか」
「そうだな、最近だいぶ寒くなってきたもんな」
「そしたらたたらも行くー」
「んじゃあとでみんなに声かけておくか。多々良が行くなら姫川にも声かけておかないとだしな」
「おっし、久しぶりの銭湯だな!佐倉、サウナ勝負するか?」
「倒れない程度にな」
毎回どっちが勝つかギリギリなんだけど、今回はどうだろうな。
まあサウナ勝負やると倉持と秋川をだいぶ待たせることになるんだけどな。
「あー、可愛い女の子に背中でも流してもらいてーなー!」
「彼女に頼めば?」
「いねーっつの」
「マネージャーはどうしたんだよ」
「まだそういうんじゃねえっての!」
「「……まだ?」」
佐々木の顔が赤くなった。
「佐々木をいじるのも面白いな」
「ねー!」
「やめろよ!」