第21話 修学旅行が始まりました
「ユキちゃん起きて、早くしにゃいと集合時間に遅れちゃうよ」
体を揺らされる。
「おお、多々良……おはよう、今何時だ?」
「5時だよ」
「早すぎだろ……」
「ユキちゃん、今日何の日か忘れたの?」
多々良にそう言われ、布団から顔だけ出して日にちを確認する。
えーと今日は10月24日……。
「修学旅行だああああ!!」
「まだみんにゃ寝てるからー!!」
多々良はそう言っていたが、実際はみんな起きていた。
「幸、精一杯楽しんできてね」
「おう、めっちゃ楽しんでくる」
「死ぬなよ、幸」
「修学旅行ってそんなに危険なものだっけ」
「幸さん、ご冥福をお祈りしています」
「縁起でもないこと言うのやめてね!?」
ウズメが最近優しくなくなってきたような気がする。
本来はこういう性格なのかもしれない。
「冗談ですよ、帰ってきたらたくさんお話を聞かせてくださいね」
「やだ」
「なんでですか!!」
もはやこのいじりもいつも通りだ。
「ユキちゃん、いこ」
「おう、じゃあ行ってくるよ」
「「「行ってらっしゃ~い」」」
「羽田空港ってどうやって行くんだっけ?」
「一回しか言わないからよ~く聞けよー?まず京浜東北線で品川まで行ってそこから京急本線の快特で羽田空港国内線ターミナルまでだ」
早口で言ってやった。
「にゃに言ってるかよく分からにゃいしにゃんで一度しか言ってくれにゃいのよ」
「ふざけてるんだよ」
「まあ、ユキちゃんについて行けばつくよね」
「おう!頼ってくれていいぞ!」
「はいはい、頼りにしてるよ、ユキちゃん」
やった!俺頼りにされてる!
「楽しみだね」
「ああ、中学の頃の修学旅行は京都だったからな。今回はさらに南!とっても楽しみだ!」
「テンション高いね」
「眠いからテンション上げないとやってらんないんだよ」
「そういうことね」
電車に揺られてたら寝そうだ。
「やっぱり、ユキちゃんたちと一緒に行動したかったにゃー」
「まあ、クラス単位での移動の時は一緒にいれるかもしれないぞ?」
「自由行動、ユキちゃんたちと一緒に回れたら楽しそうだったのにー」
「まあまあ、案外クラスの子たちと回るのも楽しいかもしれないぞ?」
「それだといいけどねー」
ちょっと憂鬱な表情を見せる多々良。
不安があるのかもしれない。
「それともあれか、多々良、俺と旅行デートしたかった?」
「にゃっ……!?そ、そんにゃこと言ってにゃいよ!」
多々良の顔が赤くなり、しっぽも立つ。
「そっかー、そりゃ残念だ」
なんというか、文化祭以来デートという言葉に多々良が敏感になった気がする。
……ちょっとは意識してくれるということかな?
「で、でも旅行は行ってみたい……かも」
「お、そっか。まあいつか、金貯めて行くか」
「うん、一緒に……や、約束」
「おう、一緒に行こうな」
ちょっと古風だが、多々良と小指を絡める。
今はそんな金なんてないけど、いつか。
就職したりなんかして、金が貯まったときには。
「はーいー、皆さん集まりましたねー。まず荷物検査がありますのでそこのゲートをくぐってくださーい」
班ごとに集まり、ゲートの前に並ぶ。
金属に反応するんだっけ。
「引っかかってしまうので事前にベルトは外しておいてください」
ああ、ベルトの金具が反応しちゃうのか。
まあ別にベルトを外してもズボンが落ちるわけでもないし、大丈夫だ。
「俺通過~!」
「僕も大丈夫だ」
「いぇ~い!」
佐々木も倉持も秋川も、大丈夫だったようだ。
さあ、次は俺の番だ!
ゲートを堂々と闊歩していく。
ビィーッ!!
「なんでやっ!!」
「佐倉だっせえ!!」
「ぷ、ぷくく……!」
「わ~、佐倉が引っ掛かったー」
ゲラゲラ笑う佐々木たち。
おのれぇ……。
「ちょっとよろしいですかー」
お兄さんに体をまさぐられる。
「何か心当たりはありますか?」
「あ、これですかね?」
デジカメ。
これだろ。
「これですね。もう一回通ってみてください」
カメラを抜き取り、ゲートを通る。
何も音はしなかった。
「はい、大丈夫です」
よかった。
これだったのか。
「なんだ、佐倉の服の中にはさみでもしまってあるのかと思ったぜ」
「んなもん持ってねーよ」
「まったく、カメラを入れっぱにゃしとはおっちょこちょいだにゃ」
「うっせ」
「佐倉面白いね」
「うっせ」
「ユキちゃん面白いにゃー」
「う……あ、多々良」
多々良もゲートを通れたようだ。
「なんでここに?」
「みんにゃ買い物があるからって言うから待ってることにしたの」
「そういうことか」
じゃああの班員たちはいずれ来る、と。
「飛行機楽しみだね!」
「俺酔うかもしんない」
「にゃー、ユキちゃんったら軟弱~」
ジェットコースター乗れねえもん。
「大丈夫大丈夫、佐倉が安心できるように、俺がしっかり優しく佐倉の手を握っててあげる~」
「助かる秋川」
「そこはキモイって言って振り払うところじゃないんだ……」
いや、まじでジェットコースターとか絶叫系ダメなんだよ。
飛行機とか絶対アカンて。
「じゃあたたらもユキちゃんの手を握っててあげるね!」
「助かる多々良」
飛行機の席は3×4×3の列だ。
俺たちはちょうど真ん中で、右隣に秋川が座ることになっていた。
左隣に多々良が座ると聞いた時はちょっと驚いたが、あとで先生に訊いてみたところどうやら特例らしい。
多々良の隣は俺がいいだろうという先生の判断とのことだ。
というわけで俺の隣は多々良の班員たちだ。
「そろそろ呼ばれるんじゃないか?」
「え、何、佐々木も飛行機を楽しみにしてるクチ?」
「んー、まあ乗ったことねえしな」
「僕は楽しみじゃにゃい……」
仲間が一人。
「倉持……お互い、乗り越えような」
「そうだにゃ、佐倉……」
お互い手を取り合う。
たぶん傍から見たら気持ち悪い光景だろう。
「ねえ、佐倉くんが倉持くんと手を取り合ってるよ……」
「も、もしかして佐倉くんってそっちの趣味!?は、捗るんだけど!」
「くらさく……くらさく……も、もちろん攻めは佐倉くんで」
「ホモォ……」
……なんだか身の危険を感じたので、サッと手を離した。
これがうわさに聞くアレですか、こわい。
「ユキちゃん、そろそろ行こ」
「そうだな……」
多々良の手を引いて、飛行機の中へ。
こんな鉄の塊が空を飛ぶとか怖い……落ちないよね?
「ほらユキちゃん大人しくして!!」
「こわいいい!!!」
飛行機大丈夫だよな!?
ちゃんと飛ぶんだよな!?
「はーい佐倉どうどうどう」
秋川になだめられる。
いや、落ち着かねえから!!
「特例でたたらの隣がユキちゃんにゃら安心とか言われてたのに逆に心配ににゃっちゃうよこんにゃの!!」
「飛行機が落ちませんように飛行機が落ちませんように飛行機が落ちませんように」
「安心して佐倉!飛行機ってそんなに落ちるもんじゃないから!」
嘘だ!俺は信じないぞ!
きっと飛行機が真っ二つに割れて俺たちは遥か天空から海へ真っ逆さまなんだ!!
いやだー!死ぬー!!
「落ち着いてくださーい」
穏やかな声と共に、何かが首に当たった。
俺の意識は、そこで途絶えた。
「花丸さんの言う通り、これでは何を心配していいのか分からないですねー」
「あ、木晴先生、ユキちゃんの隣にしてくれて、ありがとうございます!」
「いえいえ、普段は見守られる側だとは思いますが、今日は佐倉くんのことを見てあげてくださいねー」
「分かりました!……いや、たたらもまさかユキちゃんがここまでとも思ってにゃくてですね……」
「弱点が分かってよかったですねー」
『皆様、当便はまもなく長崎空港に着陸いたします。座席のリクライニング、フットレスト、前のテーブルを元の位置にお戻しください。』
「……はっ」
「あ、ユキちゃん起きた」
俺、寝てたのか……?
なんか、全然記憶がないんだけど……。
「って!?」
外に目を向けると、なんと雲の上だった!
「ユキちゃん落ち着いてね?もうすぐ着くから、大丈夫だから」
「く」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
多々良の手が俺の手に乗っかる。
「ね?ユキちゃん、大丈夫だから」
「お、おう……」
なんか、恥ずかしくなる。
「おおー、さすがマルちゃん、佐倉の扱いが分かってる」
「だてに何年も一緒にいにゃいからね」
『皆様、長崎空港に着陸いたします。機体が完全に停止し、座席ベルト着用サインが消えるまでお席にお座りになってお待ちください。ただ今の現在時刻は、10月24日、午前10時5分でございます。天候は晴れ、気温は12度でございます。空港内は禁煙でございます。お煙草はお控えくださいますようお願い申し上げます。』
結構外寒いんだな。
「ユキちゃん、飛行機が着陸するよ」
「お、落ちないよな?」
「いまさら大丈夫だって」
飛行機がゆっくりと降りていく。
なんというか、ものすごく長いエレベーターに乗ってるみたいだ。
『皆様、本日は日本航空をご利用くださいまして、誠にありがとうございました。お出口は前方と中央の2箇所でございます。皆様にまたお会いできる日を、客室乗務員一同心よりお待ち申し上げております。』
「着いたね!」
「おう、帰るまでが修学旅行だぞ」
「……ユキちゃん、その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」
「え、なんで?」
「あ、あはは」
おいなんで教えてくれないんだ。
「佐倉、飛行機怖くなかったよね?」
「え?ああ、まあ……多々良のおかげかな?」
「そうだね。佐倉、飛行機は怖いものじゃないからね?」
「はぁ……?」
秋川が妙にやさしい顔で言う。
何だ、何かあったのか?
「さ、降りようユキちゃん。手、引いてくれる?」
「お?おうもちろんだ」
多々良の手を引いて、飛行機を降りる。
「寒いな!?」
思ったより結構寒かった。
羽田空港は18度あったから余計寒い!
「こういう時は体温の高い多々良を抱きしめてだな……」
「ユキちゃんいきにゃり何言ってんの!?」
「冗談だよ」
でも本当に抱きしめたら温かいんだろうなあ。
「みなさーん、ここからはバスで移動になりますー。公民館に向かいますよー。そこで民泊をさせていただけるご家族の方との対面式になりますー」
民泊……どんな人かなー。
楽しみだなあ……。
「そういえば途中どこかで停車して昼ごはんだっけ?」
「そうそう。お弁当が配られるらしいよ。ほら、修学旅行前に配られる弁当で何が言いかって話あったじゃん」
「ああ、そういえばあったな」
亜人は交配した動物によって食べ物の食べられる食べられないが割と激しいので、一人一人に配られる弁当のアンケートを取ることになっている。
俺は人間だからそこまで気にしないけど。
「俺はたまご弁当~!」
「嬉しそうだな、秋川」
「そうりゃそうだよ!たまご尽くしの弁当なんてなかなかないからね……!」
倉持と多々良は焼き魚弁当で、佐々木は焼き肉弁当だったか。
俺は何でもよかったんで日の丸弁当にした。
「バスも隣は秋川か」
「俺じゃ嫌?」
「そんなこと言ってねーよ!」
「まあ佐倉はマルちゃんが気になっちゃうもんね~」
バスは同じ班の人が固まって座るということになっているので、多々良が隣に座ることは許されなかった。
俺たちはバスの後ろの方、多々良はバスの前の方。だいぶ離れてしまった。
「まあ、あの子たちに任せておいて問題はないと思うよ」
「大丈夫、だよな……?」
「佐倉は心配性だなあ」
「そうだぞ佐倉!今は修学旅行なんだから、思いっきり楽しもうぜ!!」
「魚……!」
後ろから顔を出してくる佐々木と倉持。
もう倉持には魚しか頭にないようだ。
「倉持、釣りたての魚が食べたいか?」
「おー!」
「ちなみに魚が釣れないと夕飯はないらしいぞ」
「大丈夫、僕の執念で釣るぞ」
倉持の執念がすさまじい。
「鯛でも何でも釣ってやるぞー!」
「さすがに鯛は倉持の力じゃ持ってかれると思うぞ」
「うん、倉持が海に落っこちるよね」
「……じゃあ、佐々木に任せる」
「任せろ!」
「……魚、いいにゃあ」
なんか小さい声が前から聞こえてきた気がした。
「魚かあ……前に食べたカツオ、おいしかったなあ」
「カツオ!どこで食べたんだ!?」
「多々良と築地に行った時だよ」
「くぅ~!やっぱり僕も行きたかった……!佐倉、次は僕と一緒に行くぞ!」
「え、別にいいけど」
「よっし!」
どっちかっていうと倉持は多々良と行きたいんじゃないのか?
……あ、多々良と一緒に行ったらとんでもないことになるな。
倉持も多々良も身長が低いから、人混みに埋もれてしまったらきっともう会えないだろう。
「弁当食いてえなあ……」
「佐々木、もう腹減ったのか?」
「やー、俺今日寝坊しちまってよ。朝飯食ってねえんだわ」
「そりゃ腹減るな」
「というわけで佐倉、なんかくれ」
大雑把だなあ……。
「飴しか持ってないけど」
「全然いいぜ」
梅の飴だけど、佐々木平気かな。
「お、塩味も効いててうまいじゃねえか」
おお、佐々木も平気なんだな、男梅。
バスがいったん停車して、サービスリアのような場所に到着した。
「みなさーん、ここでいったんお昼の時間ですー。敷地の中でも、外の眺めのいいところで食べてもいいですよー。13時までにはバスの中に戻ってきてくださいねー」
外でもいいのか。
「俺らが食うところはもう決まってるよな」
「もちろんだぜ佐倉」
「眺めのいいところだろう?」
「れっつごー!」
お前らマジ俺の心の友。
どうやら多々良たちは建物の中で食べるらしい。
「海を見ながら昼飯とか最高かよ!」
めっちゃ眺めいいじゃん!!
「ああ、俺たちの住んでる地域には海はねえからな!」
「確かにこれはいい眺め……ああ、魚……」
「倉持、弁当の中に魚入ってるよ」
「秋川、分かってにゃいにゃ。釣りたての魚がどんにゃに美味しいか!」
「ごめん、俺あんまり味とかよく分からないから」
秋川がいい笑顔で言う。
「あー……とりあえず、秋川も魚を釣ってくれることに期待してるからにゃ!」
「俺魚とか釣れるかな~」
魚って釣ろうとすると結構重いんだよな。
俺も釣れるかどうか心配だ。
「……大丈夫だ倉持!佐倉や秋川が釣れなくても、俺に任せろ!」
「佐々木……!今回ばかりはすごく期待できるにゃ!」
「……一言多くね?」
4人で笑い合う。
やべえ、この修学旅行、すげえ楽しくなりそう。
「んじゃとにかく食おうぜ!いっただきまーす!!」
「「「いただきまーす!!」」」
楽しい雰囲気で食う昼飯は何とも美味い。
景色も相まって、最高だ。
「やべえ2杯目いきてえ」
「佐々木本当に食うの早いな!?」
こいつはまたペロリと平らげやがって……。
「秋川、たまご弁当はどうだよ?」
「あげないよ!?」
「いや取らねえしそんなに必死にならんでも……倉持は?」
「あ、あげにゃいぞ」
「お前ら俺を何だと思ってやがる」
「水道あるから歯磨きしよ」
「そこでしても平気なのかな?」
「ちゃんと排水溝あるし大丈夫だろ」
対面式に昼飯の臭いを口の中に残しておきたくないし。
「俺もやろ~」
「俺もしとくか」
「そうだにゃ、僕もしよう」
「え、水道一個しかないから一人ずつだよな?」
「全員でいいだろ」
なんで男4人で水道囲んで歯磨きしてるんですかねえ……。
「佐々木、いつもそれ使ってんの?」
「まあ、俺は肉食うことが多いからな」
佐々木がブレスケアを飲み込む。
エチケットには気をつけてるのか。
大雑把なヤツだが、こういうことには結構気を使ってるのかな。
バス乗るか。
「見ろよ佐倉。珍しく佐倉か姫川以外のやつが多々良を連れてるぞ」
建物の中から多々良の班の女子たちが出てくる。
多々良に合わせてゆっくり歩いているが、多々良が危なくないように手を握っている。
「俺っていつもあんな感じか?」
「いや、佐倉はもうちょっと歩くの早いな」
「へえ。というか、ここの全員多々良のこと連れて歩いたことあるだろ」
別に多々良は俺とばかり出かけているわけではなく、佐々木や倉持、秋川と出かけることだってある。
そういう時は多々良のことを任せてるんだけど。
「俺はマルちゃんと出かけると腰と首が痛くなっちゃうんだよね~」
キメラである秋川は身長が非常に高い。
身長189㎝もある秋川は、128㎝の多々良を一緒に連れて歩くのはつらいのかもしれない。
まあ、172㎝の俺でギリギリ疲れないくらいだからな。
……これ以上身長が伸びませんように。
「みなさんそろってますねー?出発しますよー!」
バスが発車する。
さて、どの家に行くんだろう。
楽しみだし……少し、不安でもある。
「おい佐倉、表情が硬いぜ?」
「えっまじか」
「佐倉は人見知りだからにゃ~」
「これで人見知りがなくてコミュ力高かったら佐倉は完璧なイケメンなんだけどね~」
えっ、何それ、褒めてくれてんじゃん。
……いや、褒めてねえな?
「完璧には程遠いだろ。勉強も苦手だしスポーツも得意ってわけじゃねえしな」
「ちょっと待ってくれよ、俺のこと貶さないでくれよ」
「寄ってたかって貶したりすると僕たちは楽しいんだぞ?」
「やめろよみんなで楽しくしようぜ俺が寂しいだろ!?」
「……佐倉ってほんと寂しがり屋だよな」
「それではみなさん集合しましたね!これより長崎県南島原市の民泊受け入れ先の皆様との対面式がありますー!班ごとに並んでくださいねー!」
先生がみんなの前でマイクを持ってしゃべる。
あれ、あの人学年主任とかじゃないはずだよね?
「ほら、佐倉は班長なんだから一番前に座ってくれよ」
「ねえ、本当に俺が初対面で挨拶するの?人見知りとかしない秋川の方がよくない?絶対いいよね?」
「佐倉に任せるよー」
助けてくれねえのかよ秋川。
ええと多々良は……うん、ちゃんと並んでるな。
仕方ねえ、前に座るか……。
「なあなあ、どの家の人が俺たちの担当の人だと思う?」
「あの優しそうなおばさんとか……」
「佐倉、幻想を抱くのはいいけど、漁師の家ってことはそれなりに厳しそうな人だと俺は思うぜ」
「そうだよなあ」
多分、あの厳しそうなオッチャンだと思う。
「なあ倉持」
「魚……魚……」
あ、もうコイツダメだ。
「倉持、頭の中が完全に魚で支配されてるな」
「魚な……俺あんまり食ったことねえんだよな」
「まあ、佐々木はほとんど肉だもんな」
「そうなんだよ」
そんなこと言ったら秋川はほとんどたまごだけどな。
「佐倉はいろいろ食えるよな」
「一応、人間ですし」
「そういうところはうらやましいぜ。あと顔」
「お、どんどん褒めてくれていいんだぜ?」
「顔の形が変わるまで殴ってやる」
「ねえ佐々木何でそういうこと言うの!?」
怖いんだけど!
俺佐々木とケンカなんてしようもんなら絶対勝てないし。
というか秋川にも勝てる自信はない。
てか倉持も猫だしなあ……人間って戦闘力低いんだよな。
「それでは南島原市の皆さん、これから2日間の間、わが校の生徒をよろしくお願いしますー。私は埼玉県立雛谷高校教師、2年5組担任の釜台木晴と申しますー」
木晴先生があいさつをする。
あれ、あの人ってこういう担当だったんだ?
「ここからはクラスごとに分かれてグループごとの対面式となりますー。私は5組の担当なので、5組担当の皆さん、よろしくお願いしますー」
さて、発表の時間だ。
「では、1班と及川家の皆さんは前に出てくださーい」
隣の班のやつらと、さっき俺が優しそうだと思ったおばさんが立ち上がる。
あの人が及川さんなのか……。
「では次、2班と細波家の皆さんは前に出てくださーい」
俺たちの番だ。
立ち上がったのは端っこにいたいかにも漁師っぽいガタイの良いおじさん。
予想とは外れたが、十分厳しそうな海の男という感じだ。
「さ、埼玉県立雛谷高等学校からき、来ました、2班班長の、さ、佐倉幸と言います。よよ、よろしくお願いします!」
やばい、めっちゃ詰まった。
「はっはっは、そんげん緊張しにゃくても大丈夫だよ。オイは細波護と言おる。2日間よろしゅね」
わ、方言だ。
あんまり他県とかに出ることもないから、方言って中学の修学旅行で言った京都くらいでしか聞いたことがなかった。
九州ってこんな感じなのか。
「俺は佐々木って言います!よろしくお願いします!」
「僕は倉持です!よろしくお願いします!」
「秋川って言いますー。よろしくお願いします!」
3人があいさつをする。
どうでもいいけど、下の名前は言わなくていいのか。
……あれ、こいつらの下の名前って何だっけ。
出会った時からそういえば名前で呼んだことってほとんどない気がする。
うん、佐々木に関しては幼なじみレベルなのに、これ結構失礼だな。
「ああよろしゅ。こいからさっそく家に行こう、家族も紹介すっよ」
みんなで細波さんと握手を交わし、公民館を出ようとする。
すげえ、漁師の超がっしりした手だ……。
「あ、ごめんなさい一つ注意事項ですー。夜などに友だちの家に行かないでくださいねー。まあ、家は一つ一つが遠いので行けないとは思いますがー」
そうか、市全体でのイベントだから、別に隣の家に友達が泊まっているとも限らないのか。
南島原市はめっちゃ広いからな。
でも俺どうせ友だちいないし、行かないからいいけどね。
「んじゃ、行きましょうか」
細波さんの車に乗る。
よーし、民泊イベントスタートだ!