第19話 文化祭が終わりました
『16時になりました。本日の文化祭は、これにて終了となります。皆様、たくさんのご来場、ありがとうございました』
アナウンスが流れ、文化祭が終わる。
学校内にいた一般の人たちが、どんどん帰っていく。
「ユキちゃん、今日の文化祭、楽しかった?」
多々良が聞いてくる。
その手には力がこもり、ぎゅっと握られている。
「ああ、いろいろ楽しかったよ。写真、大切にするからな」
今日はあれからいろいろあった。
ちょっと機嫌の悪くなった多々良をなだめるために3年1組でアイスを買ったり、途中から姫川が合流してまた多々良がちょっと不機嫌になったり、多々良にチュロスをおごった……あれ?俺同じこと繰り返してない?
「そっか、よかった!多々良も写真、大切にするからね!」
王子さまと、お姫さまのコスプレをした、俺たちの写真。
驚いた顔でお姫さまだっこされる多々良。
緊張の面持ちでだっこする俺。
間違いなく、今回一番の思い出だ。
多々良との初デート記念……と、他の思い出も。
ミスター雛谷になったり、凜先輩と写真を撮ったり……うん、刺激が強かった。
あとは、姫川と写真を……写真撮ってばっかだな、俺。
まあ、カッコいい騎士コンビの写真を撮ることができた。
これも、いい思い出、かな。
「後夜祭、参加するか?」
「ご飯食べに行くんだし、参加しにゃくてもよくにゃい?」
「キャンプファイア一緒に見るとか、恋人っぽくね?」
「……ううん、今日はもういいや。いっぱい楽しめたからね!」
まあ多々良がそういうなら……ちょっと残念だけど。
「今日のことは、帰ったらいっぱい話そうね」
「おう、そうだな」
「よーし、飯食い行くって話だけど、いったん家に帰るか?」
佐々木が家に帰ろうと提案する。
確かに、制服のまま行くのはよくない気がする。
服に食べ物の臭いがつくのはアレだし。
「てかどこ食いに行くんだよ?」
「ガッツリ肉でも食いに行こうぜ!」
佐々木は肉好きだもんな、仕方ないな。
というか、俺たちのメンバーだと狼の佐々木と猫の多々良と倉持、あと鷲である姫川も肉食だ。
犬とヘビと人間の混血である秋川も肉食だし、こうなるのも当然か。
まあ、秋川は肉より卵の方が好きだけど。
「佐々木、うちも肉は賛成」
姫川がぐっと手を握った。
食べたかったんだな。
「秋川も倉持もいいみたいだし、佐倉もそれでいいか?」
「いいぞ。俺も肉は好きだからな!」
「決定だにゃ。肉とにゃると、やっぱり一回家に帰った方がいいんじゃにゃいか?」
「そうだな!じゃあ6時半に安楽亭集合な!」
6時半に集合ね、まだ割と時間あるな。
「あれ、ユキちゃんどこ行くの?」
「ああ、文化祭の片づけって面倒じゃん?だから外した廊下側の窓だけ持ってくるよ」
おにぎりを販売するために廊下側の窓を今回外した。
どうせ使ってない教室に保管してあるんだから、窓だけでも直せばいいか。
「お、そしたら俺手伝うぜ」
「あ、俺も~」
佐々木と秋川がついてくる。
残念ながら倉持は力仕事ができないので、置いていく。
「すまんな倉持、多々良と姫川を頼むぞ」
「学校内でそんにゃ危にゃいこともにゃいと思うのだが」
「……そもそも、倉持よりもうちのほうが強い」
「ひ、姫川!」
確かに、姫川の方が強そうだ。
「よーし任せろ。力仕事は俺得意なんだ」
外したすべての窓のうち、半分を佐々木が持つ。
「あいつすげえな」
「ね」
俺たちで1つずつ持っていく。
ちゃっちゃとはめて帰りますかね。
「さすがは男の子だね。たたらも手伝う?」
「いやいや、お嬢様はそこでお待ちください?」
「にゃんでお嬢様……?」
とっさに出た言葉がお嬢様だったからだよ。
「よし!じゃあ帰るか!予約しておくから時間間違えるなよ!」
そこでいったん解散となった。
「ユキちゃん、帰ろう」
「そうだな」
「うん」
「うん?」
もう1人声がしたので後ろを振り返ってみると、姫川がついてきていた。
「姫川ってこっちだっけ?」
「別に空飛べばどっちから帰っても平気だし」
そういうことか。
「ところで佐倉、昨日のことだけど」
「昨日のこと?」
俺、姫川と約束か何かしたっけ。
「昨日のうちらがやった騎士、あれ、男同士じゃなく、男女の幼なじみでもいい気がしてきた」
その設定の話まだ続いてたのね!?
「性別を意識せず、お互いを高めあって、ついには王国騎士団の二大柱になる……疾風迅雷の対騎士、かっこいい」
「そ、そうだな……」
かっこいいかもしれないけど。
けど……うん、疾風迅雷はかっこよくない、と思う。
「いつか、お互いが男女を意識するようになると……萌える」
「そ、そうか」
騎士好きだなあ……。
「それを伝えたかった。それじゃ」
バサッと音を立てて、空へ飛んでいく。
「……ここで飛ばれると、スカートの中が見えるんだよな」
「鳥人たちはそこ考慮してるでしょ」
うん、一応パンツが見えないように鳥人は大体黒いタイツを履いている。
特殊な人だとそっちに興奮しそうな気もするけど。
「ほらほら、綺月のスカートの中見てにゃいで、帰ろうよ」
多々良に手を引っ張られた。
「別にスカートの中を見てたわけじゃないからな?」
「たたらにはユキちゃんが綺月をえっちにゃ目で見てるようにしか見えにゃかったけど」
「いや、俺もあんな風に飛んでみてえな……と」
多々良なら背中に乗せて飛べると姫川が言っていたが、俺も空を飛んでみたい。
自由な感じで、それでいてかっこよく飛んでみたい。
「ユキちゃん、それにゃいものねだりって言うんだよ」
「分かってるよ」
にゃいものねだりって……なんかかわいいな。
「で、疾風迅雷の対騎士ってにゃんの話?」
「あー……姫川の趣味の話だ」
「へえ~……疾風迅雷って、そんにゃかっこよくにゃいと……」
「言ってやるな」
姫川が泣くから。
「ただいま……っと」
家に帰ってもだれからも反応がなかった。
母さんもウズメもいないということは、多分買い物にでも行っているんだろう。
多々良は着替えたら時間になるまでこっちに来るらしい。
「よいしょっと」
荷物を置いて、タンスを開ける。
こんな声が出るとは、さては年だな。
焼き肉を食いに行くんだよな。
じゃあ普段そんなに着ない臭いがついてもいいような服にしよう。
洗えばいいんだし。
さて、多々良が来るまで待っ―――
「!?」
俺のベッドで、なぜかツクヨミが寝ていた。
あの黒い球体はどうしたというんだ。
てかなんでよりによって俺の部屋のベッドなんだよ!
ウズメの部屋の布団でいいじゃねえか!
というかこんな状態で多々良が来たら!
「……ユキちゃん?にゃにしてんの?」
いらっしゃったー……。
「違うんだ多々良」
「まだにゃにをしてるかしか聞いてにゃいんだけど……」
おっとそうだった。
ちゃんと説明すればきっと納得してくれるはず!
「帰ってきたらツクヨミがベッドで寝てたんだ。俺は何もしてない」
「ベッドも整ってるしにゃにもしてにゃいだろうね。ツクヨミさんってあの黒い球体の中でねてるんじゃにゃいの?」
「そうなんだけど、なぜか俺のベッドで寝ていたんだ。本当になぜだか分からないんだ!」
「……へー」
しかも多分こいつはしばらく起きない。
話を聞けるにしてもあとになりそうだ。
「んー、じゃあたたらの部屋においでよ」
「そうだな」
集合するにしてもあと1時間ほどは家でゆっくりしていられる。
ツクヨミが寝ている以上、俺の部屋でうるさくもできないし、多々良の部屋に行くことにした。
「いらーっしゃい!」
「おじゃましまーす」
多々良の母さんは家にいなかった。
買い物かな?
「楽しかったね」
「ああ、多々良との初デート、楽しかったぞ」
「……にゃんかその言い方、恥ずかしいね」
まあ付き合ってないけどね?
「ユキちゃんはいい思い出がいっぱいできたもんねー」
「いい思い出……かな?」
「いい思い出でしょー。学校一のイケメンに選ばれて、学校一の美女と仲良くにゃれて、綺月とも今までより仲良くにゃったでしょー」
「ああ姫川ねえ……」
そういえば昨日写真を撮った辺りからなんだか態度が少し変わったような気がする。
昔から、大体姫川と話すときは俺から話しかける感じだったが、今日は珍しくあっちから来た。
何かあったんだろうか。
「ユキちゃんは、どの写真が気に入ってるの?」
どの写真、か……。
姫川と撮った写真は、まるでイケメン2人組のようなかっこいい写真だ。
凜先輩との写真は、中世の風景の一部分を切り取ったようだ一枚だ。
歴史の写真で出てきそうだ。
どっちもいい写真だけど……。
「やっぱ一番のお気に入りは、多々良との写真かなー」
「にゃっ……!?」
選ばれると思っていなかったのか、多々良が驚いた。
自信がなかったんだろうか。
「ユキちゃん、この写真がいいの?」
「ああ、だってこの写真、面白くないか?」
「おもしろい?」
「そうだよ。お互い慣れてない感じがしてさ、見てくれよ俺の顔。多々良をお姫さまだっこするってなってド緊張してる顔だぜ?多々良も抱えられてすげえ驚いてる顔してるし。こういうの、俺は好きだよ」
「そ、そっか……うん、たたらも、好きかもしれにゃい」
多々良が笑った。
うん、驚いてる顔もかわいいけど、多々良はやっぱり笑顔が可愛いな。
「今日一日はユキちゃんの彼女って言ったけど……結局、好きとか何とか、よく分からにゃかったよ。でも、ユキちゃんと文化祭回るの、すごく楽しかったよ!」
「そっか、それならよかったよ」
分からなかったのは、ちょっと残念だけど……。
「……でも、今日一日って言ったから、ユキちゃんはまだたたらの彼氏……だよね?」
「えっ……?あっ、そうか」
時間的には、まだ多々良と……。
「えっへへ……にゃんか、照れるね」
「そう言われるとなんだか俺も恥ずかしくなってくるな……」
多々良が地味に少しずつ近づいてくる。
「なんだ?獲物を狙ってるのか?」
「そっ、そんにゃんじゃにゃいよ!たっ、ただ、恋人の距離感とかって、どんにゃ感じにゃのかにゃって……」
にゃんにゃん言う多々良。
そうか、多々良なりの考えがあったんだな。
「じゃあいっそぎゅっとしてみるか?」
「そ、それは恥ずかしいんじゃにゃいかにゃ!」
「そっか」
「そうだよ……もう、たたら以外の女の子には言えにゃいくせにー……」
「ああ、多々良以外、恥ずかしくてこんなセリフ言えねえな」
むしろ、多々良だから言えるのかも。
半分冗談で、半分本気。
一応これでも、言う時は少しくらい緊張してるんですよ?
「まあでも……うん、じゃあ、はい」
多々良が俺にくっついてきた。
だいぶ近いっすね。
「うん?」
「うん?じゃにゃいよ。ユキちゃんがぎゅっとしてみるかって言ってきたんじゃん」
「ん!?」
OKってことですかい!?
ちょっ、多々良さんどうしちゃったんですか!?
「自分で言っておいていざとにゃるとできにゃくにゃるの?」
多々良にあおられてしまった。
こ、ここは男を見せる時ですね……。
「あ……」
多々良の身体を、優しく抱きしめる。
なんか、やわらかい。
「え、えっと……」
多々良もそれに応じて、背中に手をまわしてくる。
お互い、何も言わない。
「……」
「……」
……い、いつまでこうしていればいいんだろう。
幼なじみの女の子と、部屋で抱き合っているこの状況。
もしかしてこれ、すごく恥ずかしい状況なんじゃないか!?
……。
「「だーーーーーっ!!」」
多々良も恥ずかしさが限界に達したのか、お互い同時に手を離した。
そんでもって距離を取る。
「ゆ、ユキちゃん!」
「はい!」
「こ、こっち見にゃいで!」
多々良が両手で顔を隠した。
頬がとんでもなく赤くなっている。
やばい、俺も顔が熱い。
たぶんめっちゃ赤くなっているんだろう。
「こ、恋人解消!!」
「えー!?」
多々良にフラれてしまった。
うんまあ仕方ないよね。
あれはちょっと俺も恥ずかしすぎた。
きっと、俺たちにはこういうことはまだ早すぎるんだろう。
「そ、そろそろ行こうか!」
「そうだね!!」
多々良の家を出て、集合場所の安楽亭を向かうことにした。
「文化祭お疲れさまって感じだな!焼き肉イェェェェェェェェェェイ!!」
佐々木がジョッキに入ったウーロン茶を掲げ、大声を出した。
「「「イェ~イ!」」」
秋川も多々良も倉持も、佐々木に乗って声を出す。
「いえーい」
姫川は声のトーンは全然変わらないけど、なんとなくうれしそうなのは分かる。
キミたちテンション高すぎじゃないですかね。
「そんでもって佐倉のミスター雛谷を祝して、カンパ~イ!」
そんなもん祝さなくていい。
みんなで乾杯をして肉を焼き始める。
佐々木と秋川と姫川はかなり食えるとのことで、肉食べ放題になった。
多々良も倉持も、肉となればそれなりには食べられるだろう。
「にしても両手に花だなあ佐倉」
「なんでお前ら男で一列に座るんだよ」
6人ということで大きなテーブルを使わせてもらったが、俺は真ん中で左にに多々良と右に姫川が座った。
多々良はまあ分かるが、なぜ姫川まで俺の隣に来た。
そんでもって倉持と対面して、左に佐々木、右に秋川が座っている。
こいつら裏切りやがったな。
「いやあ、女が隣にいた方が絵になるんじゃないですかねえ?なあミスター雛谷?」
「やめろ佐々木、それをネタにするな」
「盛大に祝ってやろうじゃにゃいか、にゃあミスター雛谷?」
「やめろ倉持、そんな祝いはいらないんだ」
「でも学校一にイケメンになっちゃったわけだもんねえ、すごいよミスター雛谷」
「やっぱミスコン出るんじゃなかった!」
そりゃこいつらにはネタにされるわな!
「かっこいいじゃん、ミスター雛谷」
「姫川までやめてくれ」
からかうように羽でぺしぺし叩くのもやめろや。
「いいんじゃにゃいの~?誇っていいと思うよーミスター雛谷」
多々良までしっぽで叩いてくる。
多分俺はしばらくこれでネタにされるんだろう。
やだなあ……。
「佐倉、イケメンだからね。仕方ないよ」
「姫川、フォローになってないと思うんだ」
「みんな見てよこの写真。佐倉とうちで撮ったんだ」
佐々木たちに、コスプレをした写真を見せる姫川。
「へー、こりゃイケメンですわー」
「佐倉、今から焼き肉にゃらぬ焼き佐倉にしてやろうか?」
「やめろよ、俺がこんがりおいしく焼けちゃうだろ?」
「佐倉なんか焼いても食べるところなさそうだけどねー」
ひどいな秋川。
「まあ、コスプレ写真なら俺たちも撮ったんだけどな!」
佐々木が写真を見せてくる。
写っていたのは……。
「あっはははは!佐々木っちもくらもっちゃんもアッキーもおもしろーい!」
男3人のメイド姿だった。
「お……」
「なんだ佐倉、ひどすぎて声も出ないか?」
「お……」
「お?」
「俺も入れろよ!!みんなして楽しそうじゃんか!!」
一瞬静かになった。
「あっはっはっはっはっは!!」
「ぷ……くくく……」
「佐倉、おもしろーい」
3人に笑われた。
ちょっとちょっと、俺本気だよ?
笑われても困っちゃうんですけど?
「ユキちゃん……そうだね、寂しいねー、いいこいいこ」
多々良に頭をなでられた。
「……ふ、ふふ」
姫川は表情が変わらないが、肩が震えている。
普通に笑われるよりタチ悪いわ。
こいつら……。
「ほらほら、肉焼こうぜ!最初はタンからでいいよな!」
「もちろん!」
タンを焼いていく。
「あっ、佐々木、これはまだ……」
「おっ、焼き加減は頼みますぜ倉持奉行」
ああそうだ、こいつこういうのはうるさかったな……。
まあ、いい感じに焼いてくれるからいいけど。
「多々良生肉でもいいんだけどにゃー。くらもっちゃんもじゃにゃい?」
「まあそうだけど……焼いてもおいしくにゃいか?」
「そうだねー。ここのお肉は加熱用だから、そのまま食べたらお腹壊しちゃうかもねー」
「だから、僕がおいしく焼くぞー!」
倉持が手際よく肉を焼いていく。
何もしなくても肉が届くとか楽だなあ。
「花丸さん、タン食べる?」
「食べるー!」
多々良のさらに焼いたタンが置かれる。
「秋川はどうする?」
「温泉卵がいっぱい来たから食べる~!」
「ちょっと意味が分からにゃいにゃ」
卵が来たから食べるのか……。
「姫川はタン食べるのか?」
「うちはタン苦手なんだ。ありがとう倉持」
「苦手にゃら仕方にゃい」
俺の方にも肉が来た。
レモン汁をつけていただきましょうかね。
「あ、多々良どれがレモン汁だかわかるか?」
「大丈夫だよ!この並んでるタレの中で、一番色が薄いやつだよね!」
「そ、そうだな」
そういう認識なんだな。
ふたの上の方を見れば名前書いてあるけど。
「佐倉も、肉は結構食べるの?」
「うーん、佐々木よりは食わないかな」
「佐々木は……うん、かなり食べるもんね」
「姫川だって食うだろ?」
「佐々木には負けるよ」
それこそ佐々木より食ったら驚くわ。
佐々木は10人前くらいなら余裕で食べるからな……。
「多々良は好きなものならかなり食うけどな」
「魚はたっくさん食べれるよ!」
「僕もたくさん食べれるぞ!」
「くらもっちゃんにも負けにゃいよ!」
「お、女の子には負けないぞ!」
多々良と倉持が張りあう。
お互い体は大きくないんだしそんなに大量には食わないと思うけど……この前築地に行ったとき、多々良すごい量食ってたからなあ……。
「そういえば、多々良との初デートはどうだったんだよ佐倉」
「フォン!?」
「げふっ!?」
危うく水を吹き出すところだった。
多々良も同じ反応をしている。
「え、佐倉とマルちゃんってそういう関係だったの?」
「佐倉、そうだったのか!?」
「佐々木てめえ!!適当なこと言ってんじゃねえぞ!!」
いやデートしたけど!!
言わなくていいじゃん!
言わなくていいじゃん!!
「佐倉、多々良と付き合ってたの?」
姫川が俺の袖を控え目に引っ張ってきた。
ちょっと待てその俺のことが好きなような反応はやめろ。
「そういうわけじゃねえから!ただ文化祭一緒に回ってただけだから!」
すべては佐々木のせいだ。
「佐倉、多々良と7組に入ってたよね?」
ちょっとそれ言わなくていいですね。
「なんだ佐倉、お前多々良と一緒に写真撮ったのかよ」
「にゃんで僕たちに見せてくれにゃいんだ?」
「俺も見たいな~」
「持ってきてねえよその写真」
「「「えええ~」」」
見せられるかあんな写真。
恥ずかしいっつーの。
「多々良の財布に入ってたよね」
「にゃんで知ってるの!!」
こいつの観察眼、怖い。
「うちも佐倉と多々良の写真、見たい」
「俺も見たい」
「僕も見たい」
「俺も~」
4人から視線を浴びる。
ちょっと待ってよ、見せたくないんだって。
「多々良も見せるのは嫌だろ?」
「あんまり見せたくにゃいね……」
多々良も恥ずかしいようだ。
あの写真は……できれば秘密にしておきたい。
「じゃあ、女同士の秘密ってことで」
「き、綺月ににゃら……」
「えっ!姫川だけずるくねえ!?」
「花丸さん!僕も見たいぞ!」
「いいじゃんマルちゃん見せてよ~」
男どもが駄々をこねる。
「絶対にからかわれるから見せにゃい!」
財布から出した写真を姫川に見せる。
スリーブに入れて財布にしまっているらしい。
大切にされてるみたいで、結構うれしい。
「……へー、そうなんだ。ふふふ」
姫川が笑った。
珍しく、表情まで変えて笑った。
「倉持、姫川が笑ったぞ」
「ああ、珍しいもんだにゃ」
「お、持久走以来だ」
姫川の笑顔に男子が反応する。
「はい、多々良。うち、この写真好きだよ」
「そ、そう……」
「って、俺たちには見せてくれないのかよ!?」
「佐々木たちには、まだ早い」
「どういうことだ!?」
うん、この写真は秘密にしておきたい。
「10年後くらいに、佐倉に見せてもらうといい」
10年後か……まあ、そのくらいならいいかな?
「にしてもあの写真の多々良、すごくかわいい」
「あ、ありがとう、綺月」
多々良がかわいいと聞いて、倉持が反応した。
みんなの視線が一瞬で倉持へ向く。
「す、すまん、にゃんでもにゃい……」
倉持が肉を焼く作業に戻る。
さて、俺も食いましょうかね。
「肉うめー!」
佐々木はすでに食べてるみたいだしな。
「卵うまー!」
秋川は温泉卵をもう5つも食っている。
食いすぎじゃないですかね。
「お肉いただきまーす!……おいしー!」
おお、多々良もかなりの勢いで食べ始めたぞ!
こりゃ俺も負けてられないっすな!
「お、珍しく佐倉がハイペースで食い始めたぞ」
佐々木には負けられないぜ!
「食いすぎた……」
「なんとなく予想はできてたな」
佐々木には勝てなかったよ……。
「ユキちゃん、いつもよりだいぶ食べてたねー」
「多々良も、かなり食べたんじゃないか……?」
「うん!お腹いっぱい!」
嬉しそうで何よりだ。
「佐倉、大丈夫?」
姫川が俺の腹をさする。
優しいっすね……。
「なんか姫川が佐倉に優しいぞ」
「ほんとだにゃ」
佐々木と倉持も同じことを思ったらしい。
「どうしたの姫川、もしかして佐倉に惚れたの?」
そして直球で聞く秋川。
そういうことはやめなさい。
「惚れたとかそういうのは正直よく分からない。でも嫌いじゃない」
悪くは思っていないらしい。
うん、嫌いじゃないのね、よかった。
「ここにいる全員、うちにとっては大切な友達」
ずいぶんと大胆な告白ですね。
一瞬みんなが静まり返っちゃったじゃない。
「そうだな!俺も姫川は大切な友達だからな!」
佐々木が笑った。
「姫川はもうちょっと表情を豊かにすればもっとかわいいんじゃないかな~」
秋川が姫川にアドバイスをする。
「表情……かわいい……ううん、かわいいのは、多々良の領分。うちは、似合わない」
「ええ~?似合わないことないと思うけどなあ」
俺もそう思う。
姫川は身長が高く、顔立ちも割と中性的だ。
短髪でほとんど胸がないためか、男に見られることが結構多い。
そんな姫川がたまに見せる女の子らしい表情。
こういうの、結構グッとくると思うのだが。
「うちは、こういう騎士のようなかっこいいのが好き」
「確かにこの写真の姫川は俺たちより超イケメンだよな……」
「隣に立っている佐倉に並ぶレベルだもんにゃ」
「俺は、姫川がかわいいって言われてるところ、見てみたいけどな~」
「かわいいって言われても、あまりうれしくない」
秋川の言葉をばっさり切り捨てる姫川。
なんだろう、自分は絶対にかわいいなんて似合わない、とか思ってるんだろうか。
姫川もかわいくできると思うんだけどなあ。
「綺月、大変身プロジェクトでもやってみる?」
「うちが女の子に目覚めたら頼むよ、多々良」
今のところ、女の子らしさなどには興味がないようだ。
「いやー、今日は食ったな!」
「いや食いすぎだよ!佐々木どんだけ食ったんだよ!」
「腹いっぱいだと夜風が気持ちいいぜー!」
なんでこいつは腹いっぱいなのに余裕そうなんだよ!
「にゃ~、お腹いーっぱい」
「多々良もすげえ食ったな」
「せっかくの食べ放題だからね!」
なんかお腹が膨らんでませんか?
「倉持、動ける?」
「にゃんで秋川はそんにゃに余裕そうにゃんだ……」
秋川と張り合って食いすぎた倉持が動けなくなっている。
「佐倉、歩けるか?」
「さすがに歩けないほど食ってはいねえよ……ほら多々良、おいで」
「今日重いかもよー?」
「かまうもんか」
多々良を背負う。
「おお、かっこいいなあ佐倉」
「いやいや、多々良はこうしないと見えないんだから仕方ないよ」
「ユキちゃんゴメンね」
「……気にしてないっての」
「うち、親以外の人に負ぶられたこと、ない」
……。
「え、姫川、負ぶってもらいたいの?」
「……あ、いや、そういうことじゃない。じゃあ、また」
姫川が空へ飛んで行った。
「あいつ、恥ずかしがってたか?」
「姫川が恥ずかしがっているところにゃんて、僕は見たことにゃいぞ」
「俺もないな~」
恥ずかしがってたのだろうか。
そうには見えなかったけど……。
「んじゃ俺たちも帰るとすっか」
「そうだにゃ」
「帰るか~」
実はみんな、俺と多々良以外はお互い家の方向がバラバラだったりする。
佐々木はそうでもないけど。
「よし!文化祭お疲れさん!また月曜日!」
「今日は楽しかった!また月曜日!」
「またね~!」
「おう、じゃーな!」
「ばいばーい!」
お互い、それぞれの方向へ帰っていく。
夜道、多々良と2人きりになった。
「今日は楽しかったね!」
「……そうだな」
帰り道、多々良を背負って帰ってる途中。
いまだテンションの高い多々良とは反対に下がっていく俺のテンション。
理由は……まあ、分かっている。
「綺月の言う通り、あの写真は佐々木っちたちには見せられないにゃー」
「……そうだな」
「ユキちゃんとの恋人体験も、ちょっと恥ずかしかったけど、楽しかったよ!」
「……俺も、楽しかったよ」
「…………ユキちゃん?えと、怒ってる?」
「あー……ごめん、ちょっと怒ってる」
あんまり怒る事なんてないけど、これだけはちゃんと多々良に言っておかないと。
「多々良、周り見えてる?」
「ごめん、見えにゃいや」
「あー、見えないか。まあ、いいや」
多々良を降ろして、肩をつかむ。
「え、ちょっ、ユキちゃん?にゃに?」
「多々良、さっき俺に謝ったよな」
「え?」
「負ぶった時に、ゴメンねって言ったよな」
「うん。……あ、もしかして」
多々良もやっと気づいてくれたようだ。
「なあ、今更謝らないでくれよ。俺が多々良のためにやってて、多々良が罪悪感を感じちゃうと、俺どうしていいかわからなくなっちゃうんだよ」
「……ユキちゃん」
「前にも言ったけど、俺も好きじゃなきゃ多々良のために動いてたりしないよ。別に見返りなんて求めてるわけじゃないけどさ、ゴメンねって謝られるよりは、ありがとうって言ってもらえた方がこっちはうれしいんだぜ?」
「……たたらは、いつもユキちゃんに負ぶってもらったり、手を引いてもらったり、ユキちゃんに迷惑かけてにゃいかにゃっていっつも思ってて」
「だーかーらー」
下を向いて自分の服をぎゅっと握る多々良を、抱きしめる。
「にゃっ!?ゆ、ユキちゃん!ここお外だって!」
「迷惑なんてこと絶対にないって言ったろ!?俺は多々良が大切なんだよ。多々良のためならいくらでも負ぶってやるし、いくらでも手を引いてやる。多々良のためならなんだってしてやるんだって!」
「にゃ、にゃんでも……」
「……あ、あれだぞ?何でもって言っても俺のできる限りのことまでだからな?とっ、とにかく!俺が何かしてやることに対して、多々良が負い目を感じる必要はないんだよ。それとも……俺がやってることは、そ、その、迷惑か?」
「そ、そんにゃことにゃい!そんにゃことにゃいよ!ユキちゃんに迷惑じゃにゃいかにゃっていつも思ってるけど……で、でも!それだけじゃにゃくて、ユキちゃんにはいっつもすごく感謝してて……ユキちゃんのことを迷惑だにゃんて、そんにゃこと絶対にゃい!絶対、にゃいから……」
多々良の声が震える。
そっか、そう思ってくれてたのか……。
多々良のことを抱きしめながら、頭をなでる。
「……今日は、それが聞けただけでも良かったよ。多々良が気にすることないんだからな」
「……うん、分かったよ」
「ほら、じゃあ帰ろうか」
多々良を負ぶって、家へ向かう。
「ねえ、ユキちゃん」
「なんだ?」
多々良が俺の肩をぎゅっと握った。
「……いつも、ありがとね」
小さい声で、多々良がそういった。
そうそう、それでいいんだよ。
「どういたしまして」
自然と、自分の顔が笑顔になっていくのが分かった気がした。
「次多々良が同じようなこと言ったら、多々良の唇にキスしてやるからな」
「き、きき、キス!?にゃんで!?」
「どこだってやってやるからな。外だとしても、学校の中だとしても、どこでもだからな」
「ちょっ、え!?にゃんで!?」