第13話 お詫びしました
「よーし!ユキちゃんのおごりで甘いもの食べちゃうぞー!」
喫茶店に来ました。
多々良のテンションが高いです。
俺の財布が心配です。
「俺も佐倉におごってもらっちゃおうかなー!」
佐々木が笑顔で言う。
というかついてきやがった。
「お前は自分の金で食ってくれ」
「ちぇー」
「いらっしゃいませー、禁煙席でよろしいですか?」
「よろしいですー!」
多々良が元気に答える。
というかそれ聞くまでもなくないですかね。
高校の制服ですよ俺たち。
「ではこちらの席へどうぞ」
席に案内される。
窓側の席って、いいよね。
「では、ごゆっくりどうぞ」
店員がお辞儀をして去っていく。
あの人は犬人だろうか。
犬の中でもかなり上品な感じがする。
育ちもあるのかな?
「なあなあ佐倉」
「どした?」
「……喫茶店って、ここまで人が多いのか?俺のイメージとしては満員に近いようなことはないと思ってたんだが」
佐々木に言われて、辺りを見回す。
確かに、人が多かった。
というか、学生がめちゃくちゃ多いような気がする。
しかも、半分以上はうちの学校の人だ。
人気なのかな。
「多々良、決まった?」
「モンブランとアイスココア!」
……うん、財布へのダメージは少なそうだ。
もしかしたら気遣ってくれたのかもしれない。
「俺はカルボナーラだな!」
「飯かよ」
「腹減っちまってなぁー」
まあ、店のメニューだし、いいか。
でも今5時だし、家帰ったら夕飯あると思うんですが。
「俺はチョコレートケーキとコーヒーでいいかな」
「ポチッとにゃ」
多々良が呼び鈴を押した。
「ご注文をお伺いします」
鈴が鳴るような可憐な声だ。
店員が来た瞬間、周りから「おぉっ」という声が聞こえてきた。
「……あ」
店員と目が合う。
非常に端正な顔立ち。
エメラルドのような美しい緑色のロングヘア。
背中に生えた緑色の翼も、まるで調度品のような美しさ。
どうやら姫川と同じで、腕と羽が分かれているようだ。
そして、名札に書いてある「天明」という苗字。
間違いない。
学校の人気者にして学校一の美人、天明凜先輩だった。
……この喫茶店に人が多いのはこれかー!
「おおー、今日もうちの学校の人が多い……ご注文は?」
「あっ、チョコレートケーキとモンブランと、アイスココアとアイスコーヒー、あとカルボナーラでお願いします」
「はい、ではご注文を繰り返します。チョコレートケーキ、モンブラン、アイスココア、アイスコーヒー、でよろしいですね?」
「はい、よろしくお願いします」
「かしこまりました!……キミ、2年の佐倉くんだよね?」
「……えっ?あ、はい」
「へぇー、キミが佐倉くんかあ」
そういって、天明先輩が厨房へ入っていく。
あれ、なんで俺のこと知って……?
「にゃー、学校の人気者はこんにゃところでバイトしてるんだねー」
「ああ、そりゃ人気だよなあ……ってか、初めてこんな近くで見たが、すげえ美人っつーか、かわいい人だなあ」
佐々木が厨房の方を見ながら言う。
「たたらもきれいだにゃーって思ったよー。色が分からにゃくても美人だにゃって思うくらいにゃんだから、すごい人だよねー!」
「ああ、確かにありゃきれいな人だ」
ひょっとしたら……いや、ひょっとしなくても、あのアメノウズメに匹敵するレベルの美人だ。
「にゃんか、あの人ユキちゃんの事知ってるみたいだったね?」
「そうだな……何でかは知らないけど」
「あれじゃね、佐倉はイケメンだし、後輩にイケメンがいるっていう噂が流れてきたんじゃねえの?」
「ははは……あるかもな」
「調子乗ってんじゃねえぶっ飛ばすぞコラ」
ええー、ちょっとー、佐々木君が怖いんですけど。
「うーん、でも確かにユキちゃんはイケメンだよねえ」
「そうなんだよなあ……俺たちは引き立て役だっつんだよ」
「にゃに言ってるのさ佐々木っち、引き立て役ってゆーのはブサイクにゃ人のことを指すんだよ?」
多々良が佐々木をフォローする。
うん、俺は佐々木と倉持と秋川のことは引き立て役だなんて思ってないぞ。
みんな、悪くない顔をしているし。
「多々良、もしかして俺の顔ってイケメンなのか!?」
「佐々木っち、そこまでは言ってにゃいよ」
「辛辣ゥ!」
佐々木が頭を抱えた。
大丈夫、サッカーで頑張ってる時の佐々木はめっちゃかっこいいぞ。
「ユキちゃんは……うん、本当にイケメンにゃのがタチの悪いところだよね」
「タチが悪い!?」
そんなこと初めて言われたんですけど!?
「ほら、いつも『ああ、俺イケメンにゃんだ、ごめんね』みたいにゃこと言ってるじゃにゃい」
「そんなことは言ってないぞ!?」
「でもたまにそんな顔してるよな」
そ、それはネタであってだな……!
「まあ……多々良はユキちゃんの顔、嫌いじゃにゃいけどね」
「デレた!俺のこと大好き!?」
「そんにゃこと言ってにゃいっ!そーゆーとこよくにゃいぞー!」
「冗談ですって!」
「お前らを見てるとほんとに夫婦漫才みたいだ」
はっはっは、そうかねそうかね。
「俺たちの付き合いはすでに16年……これはもう夫婦と言ってかご」
「過言だよ、ユキちゃん」
そうですね、過言ですね。
付き合ってすらいないもんね。
「そういうとこだよ、漫才してるみてえだ」
佐々木が俺たちを見て笑う。
「そういえば16年にゃんだねー。まあ、多々良は17歳だけどー」
「くっ……」
多々良の誕生日は4月14日。
高校2年生になってすぐ、17歳になった。
そして、俺の誕生日は3月16日。
暦の上では1ヶ月違い。
ただ、俺と多々良には約1年の差がある。
いつも多々良のことを子ども扱いしてる俺だが、多々良の方が11ヶ月も早く生まれてるのだ。
だから、誕生日のことを突っ込まれると少々痛い。
「お待たせしましたー。チョコレートケーキとアイスコーヒー、カルボナーラでございます」
頼んだものが運ばれてきた。
もちろん、運んできてくれたのは天明先輩。
「残りの品もすぐにお持ちしますので、少々お待ちください」
天明先輩が厨房に戻っていく。
尾羽の先が頭の上まで来ていて、髪飾りのようになっていた。
なるほど、長い尾羽が地面につかないようにああいう風にしているのか。
「また今年もあの人ミスコンに出るのかにゃ」
「今年最後だろうし、まあ、出るだろ」
「ああ、多分あの人がミスコンに出たら優勝間違いなしだな」
というか勝てない。
かわいい顔した多々良でも勝てない。
もうなんというか、神に愛されたってレベルだ。
だってそもそも比べる対象が神さまになっちゃうんだもん。
「お待たせしました、モンブランとアイスココアでございます、ごゆっくりどうぞー……はーいただいまー!」
ベルが鳴り、天明先輩がほかのテーブルへ注文を取りに行く。
大変そうだな……。
「それじゃあユキちゃんいただきまーす!」
「佐倉、いただきまーす!」
「佐々木の分はおごらないぞ」
多々良がモンブランをぱくっと一口。
「……んー!おいしー!」
うれしそうな顔をしてモンブランを食べる多々良。
まったく、かわいい顔しやがって。
「おう……けっこうイケるな、このカルボナーラ」
佐々木が意外そうな顔をしてカルボナーラを食べる。
「どうした変な顔をして」
「いや……喫茶店のパスタとかって、冷凍ものだったり作り置きだったりするイメージがあってな」
怒られそう。
あー、でも最近は冷凍食品自体の品質が上がってて、手作りと冷凍の区別がつかなくなってるらしいな。
なんというか、俺は手作りの方がイメージはいいけど……実際どうなんだろう。
「多々良が甘いもの食べてうれしそうにしてるのってなんか珍しいな」
「甘さ控えめ!おいしい!」
「そういうことか」
確か甘いものはあまり好きじゃなかったはず。
ケーキとか食べるところ、あんまり見たことなかったし。
「あんまり生クリームとか好きじゃにゃいけど、これはおいしいよ!」
「そうなのか」
「うんうん!ほら、ユキちゃんも食べてみてよ!」
モンブランが載ったフォークを向けてくる多々良。
こういうのって俗にいう「あーん」ってやつじゃないですかね……。
「ユキちゃん、食べにゃいの?」
「あ、ああ、もらうよ」
モンブランを口に入れる。
「おいしい?」
「ああ、おいしいよ」
正直、あんまり味が分からなかったけど……。
ピロン♪
L○NEだ、誰からだろう。
『多々良には困ったもんだな』
短いメッセージ。
佐々木からだった。
……ほんとだよ、こんにゃろ。
「美味かったなー!佐倉、多々良、また来ようぜ!」
「おう」
「うん!」
確かにおいしかったな。
チョコケーキもおいしかった。
あんなに毎回満員じゃなければ、金に余裕があれば何度も行きたいと思う。
「じゃ、俺はあっちだから。また明日な!」
「佐々木っちまた明日ねー!」
「じゃあな、佐々木」
佐々木と別れ、家へ向かう。
「……あっ!!」
「おん!?」
多々良がいきなり大声を上げた。
「ユキちゃん!本屋に寄らにゃいと!!」
「ほ、本屋か?」
「そう!今日は悠久のアクアリオの22巻が発売されるんだった!!」
ああ、アクアリオか。
そりゃ多々良は全力だな。
「じゃあちょっと寄り道になるけど行くか」
「行くー!」
多々良を連れて、本屋へ向かった。
何か本でも買おうかな。
「そういえばアッキーに勧められた漫画があったよね」
「ああ、そういえばあったな」
あいつ、結構漫画とか読むんだよな。
それもいわゆるオタク向けと呼ばれる部類の。
最近では可愛い女の子にひたすら主人公がからかわれる漫画を紹介された。
ギャグマンガなのかラブコメなのかよくわからなかったが、面白かったのは覚えている。
買うまでとはいかないけど、今度貸してもらおう。
「おおー!アクアリオ新刊発売っておっきく出てるー!」
赤文字でデカデカと売り出されている。
さすが、人気漫画だな。
「今回はメインヒロインのエアが遺跡の罠に囚われてて、どうやって救出するかが見物にゃんだよねー!」
「お、そうなのか。じゃあ、読み終わったら俺にも貸してくれよ」
「うん!いいよー!」
俺も多々良から借りて、アクアリオは今のところすべて見ている。
俺はパーティのまとめ役の魔道士、ヴィルザルガが好きなんだよな。
ひょうひょうとしたおじいさんだけど、いざ戦闘になると得意の魔法で敵を殲滅する超強いおじいちゃんだ。
その正体は、魔法で自分の身体をおじいさんに見せている主人公と同い年の少女ってところがまたツボだ。
「これください!」
多々良が早速カウンターへ漫画を持っていく。
うれしそうな顔をして、漫画を家に持って帰った。
「よーし!自分の部屋でゆっくり読むー!というわけで今日は引きこもるー!」
「明日には出てこいよ」
「分かってるよー!またねー!」
多々良が手を振って家に入っていく。
たぶん今日は俺の部屋には来ないだろう。
となると、今日の夜は1人か!
「ただいまー!」
お、父さんも母さんもいない!
母さんは友達と出かけてるのかな?
よっしゃ、じゃあ部屋で何してようかなー!
「あら、幸さん、お帰りなさい」
……ああ、こいつがいた。
うーん、最近1人の時間がないな……。
まあ、多々良が普段から突撃してくるから俺の時間なんてほとんどないけども。
「せっかく2人ですし、お話でもしませんか?」
「いつでもお話ししてるような気がするけども」
「大丈夫です、私は幸さんとお話しするの、楽しいですよ」
笑顔で言うウズメ。
いやまあ、俺も嫌いじゃないけど。
「今日は多々良さんはいないんですね?」
「ああ、今日はあいつの好きな漫画の最新刊が発売されたんだよ」
「まんが、ですか……?」
「そっか、漫画は知らないのか」
「いえ……アマテラスさんに見せてもらったことはあります。物語ですが、小説とは違い、絵が描いてあるものですよね?」
最高神は家庭的で漫画がお好きなようだ。
「そう、それ」
「そうなんですか、多々良さんは漫画がお好きなんですね」
「そうなんだよ。そういうわけで、多々良は今日は来ないと思うぞ」
「好きなことがあるのはいいことです。幸さんが好きなことはありますか?」
俺……俺か。
「特に、これといった趣味はないんだよな……打ち込めることもないしな」
正直、趣味とかがあるのはちょっとうらやましい。
例えば、佐々木はサッカーが好きだ。
部活の時はサッカー一直線で、朝練だって積極的に参加している。
倉持は……勉強かな?
家では勉強に打ち込んで、常に学年上位をキープしている。
秋川は……そういえば聞いたことないな。
あいつ、何か趣味とかあるんだろうか。
「今はなくても、探していけばいいと思いますよ。何か一つに全力になることができれば、大切な場面でも全力になることができるはずです」
なんか神さまらしいことを言うウズメ。
でも、確かにウズメの言う通りかもしれない。
「うーん、そういうもんかなあ。俺、飽きっぽいところもあるからなあ」
ゲームとか、続かない。
小説を読むのも、目が疲れて読み続けることができない。
漫画だって、アニメだって、多々良に合わせて悠久のアクアリオしか見ていない。
「やってて楽しいことなどはないのですか?」
「楽しいことか……友達と遊ぶことか、多々良と一緒にいることぐらいしか……」
1人でやってて楽しいってあんまり感じたことないんだよな。
もしかして俺、寂しがり屋だったりするんだろうか。
「そういうウズメはどうなんだよ。趣味とかは?」
「私はもちろん踊りです。踊っているときは気分が高揚します。それに、見てくださっている皆さんが楽しんでいるのを見ると、興奮してしまいます」
「変態だ!」
見られて喜ぶタイプのやつだ!
「ふふふ、さすがに冗談ですよ。でも、踊りが好きなのは本当です。なんたって、私は芸能の神さまですから」
自信を持って言うウズメ。
そうだよな、芸能の神として祀られてるくらいだもんな。
「そういえば、私の身体がそろそろちゃんと動きそうです」
「お、まじか」
「はい、まじです。これを見てください!」
そういって、ウズメが足を動かした。
……足首から先だけ。
「大事なところが動いてない気がするんだが」
「あ、あとはここだけなんです!」
「んー、あ、足首から先だけ動くなら手伝ってやるから立ってみろよ」
「え、わわっ」
ウズメの肩を支えて、立たせてやる。
足首から先に力が入るなら、踏ん張ることはできるかな?
「完全に直立だな。どうだ?手を離しても大丈夫そうか?」
「で、ではちょっとだけお願いします」
支えている手を離す。
「ふん……とっ、きゃっ!?」
ウズメがバランスを崩し、前に倒れそうになった。
「おっとっと、あぶねえあぶねえ」
ウズメを支えると、大きな胸が腕に当たった。
こ、これは……。
「い、いったん座らせるからな」
「幸さん、私はあまり気にしませんが多々良さんが怒っちゃいますよ?」
そうだね、でも今は多々良がいないんだ。
「とりあえず鼻の下が伸びていますよ。変な顔です」
「変な顔って何だよ!?」
「そうですねえ……神と比べても結構イケてる幸さんの顔が一気に残念幸さんです」
一気に残念幸さんって何ですかねえ。
というか今なんて言いました?
「神と比べてなんだって?」
「他の男神と比べても幸さんの顔は結構イケてますという話です」
マジっすか。
俺マジっすか。
それって俺が超絶イケメンってことなんじゃねえの!?
「あまり自分がイケメンだということを鼻にかけてはいけませんよ?」
「……いや、ちょっとうれしいってだけでさ」
思うんだけどもしかして俺ってかなりわかりやすいのかな。
長い付き合いの多々良や佐々木ならともかく、ウズメにも考えていることを見抜かれるなんて。
いや鼻にかけるつもりはないんだけどさ。
「そういえば、アメノウズメの事、ちょっと調べさせてもらったんだ」
「あら、それはいい心がけですね!幸さん、私に興味が出てきましたか?」
「……うーん、どっちかっていうとお前はうちに長く居そうだからかな」
「そこは嘘でもそうだよと言っておけば、女性は喜びますよ?」
「覚えとく」
女性ってそんなもんなのか。
「アマテラスが天の岩戸に隠れたときに、ウズメはその岩戸の前で踊って、アマテラスを引っ張り出したんだよな?」
「正確に言うと、私と、他の神さまと一緒にいたんです。私が躍ることによって、見ていた神様たちは大笑いして、何事かと思ったアマテラスさんが岩戸を少しだけ開けたんです」
「そんで、みんなで引っ張り出したと」
「そういう感じです」
ちょっと開けてみたら大量の神が押し寄せてきて引っ張り出されたのか。
なんかかわいそうだな。
いやそんなことはどうでもいい。
「聞きたいのはそっからだ。踊るのは分かるんだが、なんで周りは大笑いしたんだ?そんな変な踊りでもしたのか?」
「ああ、その話ですね……ふふふ」
ウズメがいきなり笑い出した。
「急に笑い出したら怖いぞ」
「怖いって何ですか。私はこれでも女神ですよ」
いや顔が怖いとかの話じゃなくて。
「教えるのは構いませんが、幸さんには少々刺激が強いかと」
刺激が強いって何だ。
ポールダンス的なやつか。
「まず、お立ち台代わりとして私は桶の上で鶏の声に合わせ踊りました」
「ごめんまってもうその時点で面白い」
桶の上で踊るって……。
お立ち台代わりで桶って……。
てか鶏の声に合わせてってコケコッコに合わせて踊ったってことだろ。
おかしすぎるだろ。
「そこで、周りの雰囲気が温まってきたところで、私は着物の帯を緩めました」
「……はい?」
着物の帯を?
なんでそんなことをしたんだ。
「ここからは、ちょっぴり刺激的な話になります♪」
刺激的だと言っているのに当の本人は楽しそうだ。
その出来事を思い出しているのかもしれない。
「き、聞かせてくれよ」
「いいですよ。私はその後、鶏の声に合わせた愉快な踊りから、力強い動きのある踊りに変えました。さて幸さん、この後私はどうなるでしょう?」
着物の帯を緩めて力強く動きのある踊りを……えっ。
「み、見えてはいけないところが見えてしまうのではないでしょうか」
「そうですね。私は着物が乱れるのも気に留めず、力いっぱい踊り続けました」
「変態だ!」
つまりこいつは天の岩戸の前で裸踊りをしたってことか!
「高天原に八百万の神の笑い声が響き渡り、何事かと思ったアマテラスさんが岩戸から出てきてくれたんです」
「今のガードが硬いウズメを考えると想像できないんだけど」
「男性の方々は見るとその先を求めたがりますからね」
まあ見るだけっていうのも生殺しもいいところだろう。
ということは踊りという名目なら裸踊りも厭わないということですね……。
「ありがとう、俺の中でウズメがニートから変態にシフトチェンジしたよ」
「ちょっと待ってください、私は変態じゃな……ニートでもないですよ!?」
またまたご冗談を。
「今の日本でそんなことしたら間違いなく警察のお世話になるぞ」
「しませんよ!」
いやまあ見てみたい気もするけど。
「あ、じゃああれだ、ウズメが動けるようになったら一つ言うことを聞いてもらうって話してたし、じゃあその踊りを外で踊ってもらおうかな」
「間違いなくこの家にいられなくなるじゃないですか!それでしたら私も策がありますよ!」
へえ、策ねえ?
こいつのことだからそんな大したことでもないだろう。
「私が天の岩戸で行った踊りを多々良さんに教えて、幸さんの前で踊ってもらいます!」
「多々良がそんなことするわけないだろ」
多々良が裸踊り……いやいや。
「あら、幸さん、私の力をお忘れですか?」
……。
「し、仕方ねえな。多々良のためにも止めておいてやるよ」
「ご理解が早くて助かります♪」
そうだそうだ、こいつには恐ろしい言霊という力があったんだった……。
普段から悪用する素振りは見せないけど、そういう時はちょっと危険だな……。
「まあそんなことする気はありませんけどね」
「当たり前だバカ」
「あっ!また私をおバカにしましたね!」
「したよ!あんたはバカだよ!」
「ひどいですー!」
アメノウズメは怒ったのか、頬を膨らませて立ち上がった。
……立ち上がった?
あれっ。
「ウズメ、お前……」
「はい?」
なぜか自分の状態に気づいていないウズメ。
反射的に立ち上がったのかもしれない。
「いや、自分のこと見てみろよ」
「わ、私ですか?……あっ!!」
自分のことを見て驚くウズメ。
うん、まったく意識せずに立ち上がったらしい。
「幸さん!私、足も動きました!動けるようになりました!!」
「そ、そうだな!おめでとう!」
やっとこいつも動けるようになったか。
うん、ならば言うことは一つだ。
「天界に帰れ」
「話と違うじゃないですかあ!!」
もとはそういう話じゃなかったっけ!?
恩返しをするとかいう話にはなってたけど、俺からしてみれば帰ってくれることが一番の恩返しなんだけど!
「それにしても動くことができましたよ!やったー!」
部屋の中でぴょんぴょん動き回るウズメ。
子どもかお前は。
「そうだ!以前から約束していましたし、幸さんに私の力をお見せしましょう!」
「え、今か?」
「はい!時間的にもちょうどいいですし!」
時間的にちょうどいいってなんだ。
「では幸さん!私の舞をとくとお楽しみください!」
足動き始めたばかりなのに踊れんのかこいつ。
一度動き出せばもう平気なのか。
「それでは……」
どこからともなく、雅楽のような音楽が聞こえ始めた。
音楽に合わせ、ウズメが優雅に踊る。
自然と、辺りが暗くなり、ウズメにスポットライトが当たっているような感覚に陥る。
だんだん、ウズメしか見えないような、そんな錯覚をしているようだ。
この世のものとは思えない美しさの踊りに、息をすることさえ忘れてしまいそうだ。
「……我が呼びに応え、夜を統べる女神ツクヨミよ、その姿を現し給え」
ウズメが小さく声を出した。
するとその瞬間、部屋の中で、目が開けられないほどの光が発生した。
少しずつ暗くなってきた夕方に、いきなりこの光。
目を閉じていても目が灼かれそうだ。
「あ、幸さんすみません!言うのを忘れていました!」
ウズメが俺の様子におろおろしているのが分かる。
なんだよじゃあ最初から言えよ!
「そろそろ光がおさまりますので!」
「待ってこれどういう状況なんだよ!?」
「神さまのお出まし、ですよ!」
神さま!?
また違う神がうちに来るってことかよ!
「幸さん幸さん、もう目を開けても大丈夫ですよ」
ウズメに言われ、目を開ける。
光がおさまった部屋を見てみると……ウズメと俺以外に、人の姿はない。
「ん?」
人の姿はないが……部屋の真ん中に、黒い、大きな球体が出現していた。
「……え、なにこれ」