第11話 決定しました
「ユキちゃんねー、今日すっごーい頑張ってたんだよー!」
多々良が両手を広げてアメノウズメに説明する。
今日、俺がどんだけ頑張ったのかを。
「そうですか!幸さん、頑張ったのですね!これは近いうちに幸さんにいいことがありますよ!」
「いいことって何だろうねえ……それ、前にも言われた気がするんだけど……」
「誰にですか?」
「あれ、ウズメじゃなかったっけ?」
「いいえ……」
あ、違った。
いいことがあるといいなって、この前赤い服を着たお姉さんに言われたんだ。
なんかあの人も変な雰囲気あったなあ……車にひかれてないといいけど。
「多々良さんはいかがですか?何かいいことできましたか?」
「うん!今日は走ってるユキちゃんとアッキーを精一杯応援した!」
「自分のできることを最大限行ったのですね!素晴らしいです!」
俺たちに拍手をするウズメ。
俺は疲れたので早く寝たいです。
「ユキちゃんはとっても頑張ったから今日はゆっくりお休みする権利があるね~!」
「今日は飯食って風呂入ったらソッコー寝たりますよ……」
「幸さん、また私が癒してあげましょうか?」
「……ユキちゃん?」
「誤解されるような発言はやめてくれないかな!?」
多々良にジト目でにらまれた。
あの時はただ言葉をかけてもらっただけ!
なんにもねえから!
「あ、じゃあ多々良さんと一緒っていうのはどうですか?」
「……魅力的な提案だ」
「ユキちゃん!?たたらと一緒に寝たいの!?」
多々良が驚いてしっぽで俺をたたいてきた。
「いやほら、昔は一緒に寝たことも何度かあったし?」
「昔の話じゃにゃい!ゆ、ユキちゃんがたたらと寝たいって言うにゃら、おかーさんに泊まるって言ってくるけど……」
それはきっと許可が下りない。
「あ、おかーさん?今日さー、ユキちゃんの家に泊まってもいいかにゃー?」
多々良が電話をかけたみたいだ。
「うおいっ!?」
行動早くないですかね!?
「うんうん、え、心配?ユキちゃんにゃら大丈夫だよー!たたらは信頼してるよー!」
お、おう……多々良の俺に対する信頼はなかなか大きいようだ。
「ん?ユキちゃんと代わればいいのー?分かったー」
えっ、俺と代わるの!?
ちょっと予想してたけど!
「あ、はい、代わりました。幸です」
『あ、もしもし、幸くん?多々良がああ言ってるけど、いいの?』
案外落ち着いた声が聞こえた。
大丈夫なのかな?
「俺は構わないんですけど……いいんですか?」
『まあ多々良も幸くんのこと信頼してるみたいだし……任せてもいいかにゃ?』
「あ、はい分かりました」
『何かあったらすぐに連絡してね』
「了解です」
『……何もしにゃいよね?』
いきなり多々良の母さんの声が低くなった。
しねえっつんだよ!!
「大丈夫です、誓って何もしません。安心してください」
『そう、なら任せるね。多々良のこと、よろしくね』
「お任せください」
電話が切れた。
「おかーさん、にゃんか言ってた?」
「ああ、多々良をよろしくってさ」
「あ、じゃあ着替え持ってくるね!」
そう言って、多々良が家から出て行った。
「よかったですね、幸さん」
「何が」
「多々良さんと一緒に寝れるんですよ?」
「なんも起きねえよ」
実際、何もする気もない。
別に、普段からああいってるだけであって手を出すつもりはない。
確かに、多々良は胸大きいし、負ぶっている時はいい思いをさせてもらうけど。
「でも幸さん、嬉しそうな顔をしていますよ?」
「まあ、こんなの久しぶりだからな。多々良が泊まりに来るなんていつぶりだろう……」
「そんなに前なのですか?」
「確か……小学校以来かな?」
最後に多々良が家に泊まったのは確か小学3年生のころだから、そう考えると8年ぶりくらいか。
「あら、割と最近ですね」
「年数を神目線で言うのやめてね!?」
そりゃウン千年生きてたら8年なんてあっという間だよ!
「着替え持ってきたよー!あ、そうそうユキちゃん、ユキちゃんのおかーさんがお風呂わいたってさー」
「風呂?早くないか?」
まだ夕方の4時だ。
普段風呂に入る時間といえば夜の8時くらいなんだけども……。
「にゃに言ってるのさ、ユキちゃん今日すっごい汗かいたでしょー?」
「ああ、そういうことか」
「うん、だって今のユキちゃん汗臭いもん」
なんだと。
てかそうならもっと早く言ってくれればいいのに……。
「ふっふっふ、犬も有名だけどね、猫の鼻もにゃめにゃいほうがいいよ」
そうか、にゃめにゃいほうがいいのか。
「体流してきちゃいにゃよ」
「そうだな、言ってくる」
「うん、いってらっしゃーい」
疲れたしちょっと長めに入るか。
「多々良も一緒に入る?」
ちょっと冗談めかして言ってみる。
「にゃっ!?」
多々良の顔が真っ赤になった。
面白い反応だ。
「は、入るわけにゃいじゃん!ユキちゃんもたたらももう高校生だよ!?ふ、ふけんぜんってやつだよ!」
顔を真っ赤にして肩……は届かないので腰をぐらぐら揺らしてくる多々良。
背中を流してもらうくらいなら……ダメかな。
「幸さん、私の身体が動くようになったら、私が幸さんのお背中を流しますね」
……。
「ウズメさん、ユキちゃんを刺激しちゃダメだよ」
「そうなのですか?」
「ユキちゃん、いま想像しちゃってるよね?」
……してます。
「もー、ユキちゃんはエッチにゃこと考えるの好きだねー」
だ、男子高校生として健全だと思うんだ、許して。
「……ふーっ」
風呂に入ると、全身の力が抜けていくような感じがした。
風呂の温かさが身体に染み渡るぜ。
「こりゃいいっすね……」
『ユキちゃんあんまり独り言が多いと怖い人みたいになるよー』
風呂の外から多々良の声がした。
「疲れてるところの風呂にゃんだ、好きにさせてくれ」
『今たたらのことバカにしたでしょー。着替え、忘れてたからここに置いとくからねー』
「あ、わざわざごめんな」
そういえば忘れてしまっていた。
一人で階段を下りるのって多々良にとっては結構危ないことなんだけど、それでも持ってきてくれたらしい。
やっぱり優しいなあ……。
『……あ、あのさ』
「なんだ?」
『あ……そ、その』
「ん?」
多々良にしては珍しく歯切れが悪い。
どうしたんだろう。
『ユキちゃんはさ、たたらに背中、流してほしいとか、思う?』
「ぶふっ!?げほっ、げほ!」
びっくりしたせいで口にお湯が入り、むせてしまった。
いきなり何を言うんだ!?
『だ、大丈夫!?』
「大丈夫大丈夫……いきなりどうした」
『だってさっきウズメさんにあんなこと言われてユキちゃんうれしそうだったから……』
「え、俺嬉しそうだった?」
『ええ、とっても』
なんということだ……。
いやまあ美人に背中を流してもらえるとかそんな嬉しいことめったにないけども。
特に、アメノウズメは中身を見なければとんでもないレベルの美人だ。
確かに嬉しいな、それは。
「ちなみに流してほしいって言ったらやってくれんの?」
『にゃっ!?や、やらにゃいよ!』
「そりゃ残念だ」
ちょっと期待したんだけどな。
『そんにゃにたたらの裸が見たいの?』
「いやそういうことじゃないんだ。……そう、女の子に背中を流してもらうのは……男のロマンだ!!」
『あ、たたら上の部屋に戻ってるねー』
「待ってくれよぉー!」
多々良は残念ながら待ってくれませんでした。
「お帰りユキちゃん、さっぱりした?」
「ああ、多々良が背中を流してくれなかったのはちょっと心残りだけどな」
「はいはい」
流された。
「多々良も入ってきちゃったらどうだ?」
「え、たたら汗かいてにゃいよ?」
「そういうことじゃなく。外寒かっただろ?風呂入って温まって来いよ」
「あ、そういうことにゃら」
多々良が着替えを持って行こうとする。
「階段、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。さっきだって普通に下りれたし、怖かったらゆっくり下りればいいしね!」
「そうか、大丈夫ならいいんだ」
さすがに階段から落ちられたら困るからな。
「ユキちゃん疲れてるでしょ?お部屋で寝てていいよ」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
多々良が家に泊まりに来るのはいいが、さすがに今日は疲れている。
一刻も早く寝たいもんだ。
「あら、幸さん、私とはお話ししてくれないのですか?」
「すまねえ、めっちゃ眠い」
「そうですか、分かりました。ゆっくり休んでくださいね」
「おう」
部屋に入って、ベッドに直行。
ああ……おふとん暖かい……。
これはすぐに寝てしまいますわ……。
……どんどん睡魔が近づいてきますわ。
いやあ、久しぶりに多々良が俺の家に泊まりに来るなんてね。
一緒に、寝たりなんかも……いや、あんまり多くは期待するまい。
とにかく、今はゆっくり休んで……。
「……おも」
目を覚ますと、俺のお腹に何かが乗っていた。
何かといっても、何かはすぐに分かる。
俺のお腹に乗っているのは、間違いなく人間だ。
そんでもって、丸まっている。
「ふにゃー……」
どうやら眠っているようだ。
布団の上で、丸まって寝ているみたいだ。
丸まって寝るような人間を、俺は1人しか知らない。
「……うん、やっぱり」
「……すー」
多々良が俺の上で寝ていた。
「おーい、多々良。そこで寝られると俺が起きれないぞー」
「……」
多々良のしっぽがぴゅんと動いた。
……これは、「聞こえているけど動くのがめんどくさいからとりあえず返事するね」の合図だ。
「っておい、起きてくれ」
「んにゃー……重いー?」
「今俺が起き上がったら、多々良はベッドから転げ落ちるぞ」
「……うぅ、仕方にゃいにゃー」
多々良が渋々俺の上から起き上がった。
「おはよう」
「うん、おはようユキちゃん。よく眠れた?」
「2時間寝たくらいじゃそんなに疲れは取れてねえな」
今からでも即二度寝できそうだ。
「でももういい時間だし、そろそろ夕飯じゃにゃい?」
「んー、あ、もう6時か……確かにもうすぐ夕飯だな」
「今日はユキちゃんちで食べてくー」
「泊まりに来たんだから当然だろ」
「そうだね」
6時にもなると、部屋が少し暗い。
電気をつけないと、多々良は周りが見えづらいだろう。
「なあ、多々良がどいてくれないと俺動けないんだけど」
多々良は体を起こした俺の体に背中を預けてきていた。
「……えっへへ、こうするのも久しぶりだねえ」
顔をこちらに向け、笑う多々良。
こっちのことは、あまり見えないはずなのに。
「あ……」
多々良がこちらを振り向いた時、閉じた左目がちらっと見えた。
普段、長く伸ばした前髪によって隠されている左目。
光を失った、多々良の左目。
「……なあ、多々良」
「ん、どうしたの?」
多々良が身体ごとこちらを向く。
正面からだと、前髪と、それを留めているヘアピンで左目を見ることはできない。
そっと、多々良の左頬に触れる。
「にゃっ、ユキちゃん、何?」
「多々良の左目、見てもいい?」
「……見たいの?」
「……うん」
特に見ることに対して意味はない。
だが……。
「うん、いいよ。短めにね」
「ありがとう」
多々良から許しが出たところで、左の前髪を手で退けた。
普段は前髪で隠されているその先に、機能を失ってなお、多々良の左目が残っていた。
「……あ、あんまりじろじろ見にゃいでね。ユキちゃんのことはあんまり見えにゃいけど、にゃんか見られてるってのは分かるよ」
長らく使われていない左目は、瞳孔も角膜も、白く変色していた。
目の中心には傷のようなものがある。
多々良の話ではものを見る神経自体が傷ついており、もう角膜を移植したところで見えるようにはならないらしい。
俺たちと同じようには見えない。
「ユキちゃん、こんにゃ目見ても面白くにゃいでしょ?」
「……いや、なんかいろいろ考えちゃって」
「迷惑かけてるよね。めんどくさい幼にゃじみでごめんね」
珍しく、多々良が幼なじみといった気がする。
「そんなことないぞ。頼られてる気がして男的には悪くないぞ」
「……やっぱり、男の子っておバカさんだよね」
「ああ、男はみんなそうだ」
こちらは見えていないはずなのに、目をそらす多々良。
「佐々木っちも、くらもっちゃんも、アッキーもみんにゃおバカさん?」
「ああ、あいつら超バカだろ」
「たぶん、それを聞いたらみんにゃユキちゃんには言われたくにゃいって言いそうだよね」
「間違いない」
あいつらなら超否定するだろうな。
「……って、いつまで見てるの」
「おっと、悪い悪い」
ずっと多々良の頬に手を当てて、左目を見ていた。
頬に、手を当てて……。
おおう、自分でやってるくせしてなんだか恥ずかしくなってきたぞ。
「いつも一緒にいてくれてありがとね。ユキちゃん、頼りにしてるよ」
「そういってくれるのはありがたいんだけどな。多々良のほっぺをずっと触っていたと考えるとすげえ恥ずかしくなってきちゃったんだ」
俺の言葉に、多々良の頬が赤くなったのが分かった。
「だから、ユキちゃんがそういうこと言うとたたらも恥ずかしくにゃって来ちゃうんだってば……!」
「ほら、多々良行くぞ」
「うん」
多々良の手を取って、階段を下りていく。
さすがに夕飯の時間となると、廊下や階段が暗いので多々良にとってはかなり見づらい。
多々良は階段の幅などを覚えているらしく、ダッシュで上がってこれるけども……さすがに降りるとなると危ないからな。
「あら、幸さん、夕飯ですか?」
隣の部屋から、ウズメに声をかけられた。
足音で気づいたのかな?
部屋の扉を開けると、ウズメが座椅子に座っていた。
「ああ、これから夕飯だ。あとでウズメの分も持ってくるからな」
「ありがとうございます」
「ウズメさん、今日はずっと座椅子の上にいにゃかった?辛くにゃい?」
多々良がウズメに声をかける。
そういえば今日の朝も帰ってきてからもずっと座椅子にいたような……。
「そうですねえ……では、夕飯が来るまで少し横にならせてもらいますね。幸さん、お願いしてもいいですか?」
「仕方ねえな」
ウズメの体を持ち上げ、布団に寝かせる。
一応、寒くないように掛布団をかけてやる。
「ありがとうございます」
「おう、じゃあ俺たち行くからな」
「はい」
「行くぞ多々良」
「あーい」
部屋を出て、階段を降りていく。
「ユキちゃん、ウズメさんのことお姫様だっこ……」
「ん、なんだ?多々良もしてほしいのか?」
「あっ、い、いや!そういうことじゃにゃく!」
多々良が顔を赤くして手を振って否定する。
「お、お姫様だっこにゃんて、恥ずかしくて無理だよ」
「どっちかっていうと俺の腕の中でほっぺ触られてたさっきの方が」
「うるさいうるさい!さっきのことは掘り返さにゃいで!」
多々良の顔が真っ赤になった。
ちょっとさっきのはシチュエーション的にもかなり恥ずかしかったな。
暗い部屋で、多々良がすごい近くにいて。
そんでもって頬を触って……。
なんというか、かなりえろいシチュエーションだったんじゃ……?
「多々良ちゃんがうちに泊まりに来るなんて久しぶりねえ!」
「ユキちゃんがどうしてもたたらに泊まってほしいらしくてー!」
「そんなこと言ってねえぞ」
「ユキちゃんがたたらと一緒に寝てほしいって……」
「言って!……ねえぞ」
魅力的な提案だとは思ったけど、口には出していない。
というか、そもそも期待して……。
「多々良ちゃん、もしかして身長大きくなったか?」
父さんが多々良に聞く。
「残念にゃがら小学校を卒業した時点でもう伸びてにゃいですよー」
そう、残念ながら多々良の身長は小学校5年生からずっと128㎝のままだ。
「あ、でも多々良は」
「……ユキちゃん」
「なんでもない」
うん、一部はかなり育ったよな、多々良。
それにしても何を言おうとしたか瞬時に見抜くなんて、さすがは多々良だな。
「あれ、多々良ちゃん、肉は食べれたよね?」
「鶏肉以外にゃら大丈夫!」
ふ、鶏肉が食べれないのは残念だ。
あれは……家計を支えるいいものだと母さんが言ってた。
「今日は生姜焼きだから大丈夫よね!」
「あ、食べます!生姜焼き食べまーす!」
多々良が笑顔で手を上げた。
ああ、いいねえ生姜焼き。
こういう疲れた日にはいい感じの味付けだよな!
「幸、ご飯どのくらい盛る?昔話くらい?」
「さすがに多すぎるわ」
「父さんはそれで頼む!」
まじかよこのオヤジ。
「たたらも」
「多々良はそんなに食べれないだろ」
言い切る前にツッコミを入れてやる。
そんな盛り方したら4分の1も食えないだろ。
「冗談だよー」
「あの母親に冗談は通じないって多々良なら分かってるはずだ」
言ったら最後、ほんとに盛ってきてしまうのがうちの母親だ。
「お待たせー!」
あ、ほら山盛りのごはんを2つ持ってきやがった。
「母さん……多々良の身体的にそれは入りきらないだろ……」
「いっぱい食べればおっぱいも大きくなるわよ!」
「十分大きいからいいんだよ」
「にゃに言ってんのユキちゃん!!」
まあ残った分は上にいる女神にでも持っていけばいいだろうけど。
「食べきれにゃかったらユキちゃんにあげるね」
「自分の分食ったら多々良の分食える気しないんだけど」
「大丈夫大丈夫!ユキちゃんにゃら男の子だからいけるって!」
それ世間一般で言うセクシャル的なハラスメントってやつじゃないですかね……。
「ユキちゃん頑張って!」
「さすがにこれ以上は無理だ……」
あれから、まあ予想通り多々良はご飯を食べきれなかった。
俺の見立て通り、多々良は4分の1くらいしか食えず、残りは俺によこしてきた。
ただ、俺も俺の分というものがあってだね。
そこから半分くらいしか食えなかった。
肉と米でもう腹がいっぱいだぜ……。
「あら幸ったら、ご飯を残すだなんて……」
「もとはといえば残したの俺じゃないからね!?」
「まっ!多々良ちゃんのせいにするの!?」
「もっともとはといえば多々良の冗談を真に受けてとんでもねえ量の米持ってきた母さんだよ!」
「おい幸、母さんのせいにする気か!?」
「する気かも何も母さんのせいだよ!!」
思わず大声で突っ込んでしまった。
ツッコミが追い付かねえ!!
「もうこれ生姜焼きと一緒にウズメの部屋に持っていくからな!」
「うん、お願いねー」
「たたらも行くー!」
生姜焼きの盛ってある皿と、まだ結構米が残っている茶碗を持っていく。
「電気つけるけど、多々良、周り見えるか?」
「うん!大丈夫だよ!」
「そっか、それならいいんだ」
さすがに両手が塞がっているから、万が一が起こっても多々良を助けられない。
もし階段から落ちたりしたら、大変だ。
「ユキちゃんこそ、両手塞がってて階段上がって大丈夫?たたらも手伝うよ?」
かわいいことを言ってくれる多々良。
「ありがとう。でももういつものことだし、大丈夫だよ」
「そっか!」
危なくないように、ゆっくり階段を上がっていく。
多々良の方を確認できないのが、ちょっと心配だ。
「あ、多々良。ウズメの部屋の扉を開けてくれるか?」
「りょうかーい!」
俺の左腕の下を通り抜け、ウズメの部屋の扉を開ける。
「ウズメさーん!きたよ!」
「あっ!多々良さん!幸さん!お待ちしてました!」
ウズメが床に手をついて起き上がった。
「ほら、夕飯だぞー」
テーブルに生姜焼きとご飯茶碗を置き、ウズメを座椅子の上に移動する。
「ありがとうございます、幸さん。それでは、いただきます!」
箸を使い、生姜焼きを口に運んでいくウズメ。
「やはりお母様の作るごはんはおいしいですねえ!私も体が動くようになったら、お母様に料理を教えてもらうことにします!」
「なに、家事習うの?」
「いいですね!家事ができたら、私も手伝えることがありそうです!」
家庭的な女神さまってどうなんですかねえ?
「家事できちゃう神さまっているの?」
俺と同じことを考えたのか、ウズメに質問する多々良。
「ええもちろん!生活能力が高い神さまだっていますよ!私の友達の、アマテラスさんも料理上手です!」
日本の最高神って家庭的だったのか。
「私はあまり家事ができるわけではないので、いい機会です!」
「たたらもやろーかにゃー」
「多々良はある程度できるだろ」
よくまほうびんにみそ汁入れてくるし。
「んにゃー、いつかはたたらも誰かのおよめさんににゃるかもしれにゃいしー」
「……だ、誰かの嫁さんか」
一瞬だけ、誰か知らない人と結婚をした多々良を想像してしまった。
……なんか、うん、やだな。
「でもあれだねー、もし誰かと結婚するとしたら、ユキちゃん以上に優しい人じゃにゃいとねー」
「あら、多々良さん、私が今までに出会った人物から考えると……幸さん以上に優しい人を探すのはとても大変なことだと思いますよ?」
「うーん、そうだよねえ、にゃかにゃかいにゃいよねえ」
……あれ、俺のことほめてくれてる?
「それに、ユキちゃん以上にたたらのこと世話してくれる人にゃんているかにゃー?」
「多々良のことを本当に好きなんだったら、世話だってしてくれるだろ」
……俺だったら、いくらでも多々良の世話だってしてやるけど。
ま、まあ、いない人に嫉妬してもい方ないよな。
うん、考えないようにしよう。
「って、食うの早いな、ウズメ」
「あら、いつの間にか食べ終わってしまいましたね……お母様のお料理、恐るべきです」
「生姜焼きってそんな恐ろしいもんじゃねえから」
いやおいしいけども。
「でも、ユキちゃんのおかーさんって料理すっごい上手だよねー。たたらもできる範囲で習おうかにゃ?」
多々良が料理してるところか……。
見てみたいかもしれない。
そういえばみそ汁とか作って持ってくるけど、実際に作ってるところは見たことないな。
この前サンマを焼いてるところは見たけど。
「よし、じゃあ片づけてくるか」
「あら、もう行ってしまうんですか?」
「……ん、まあな」
俺の雰囲気から、何かを察するアメノウズメ。
そういうのが好きなんだろうな、きっと。
「ウズメさんじゃーねー!」
「はい、多々良さん、また」
ウズメの部屋を出て、食器を片付け、2人で俺の部屋に入る。
こっからは、俺と多々良の秘密の時間だ。
「よーし、やるぞー」
「うん、お願いねー」
「おう、入れるぞー」
「痛くしにゃいでねー」
「りょーかい」
「……ん、んうっ」
ベッドに腰かけて、多々良の耳に綿棒を入れる。
すると、多々良が声を上げた。
「痛いか?」
「ううん、大丈夫。ほらー、イヤークリーニャーってちょっと冷たいからさー」
「ああそっか、ちょっと我慢な」
「分かったー」
イヤークリーナーを染み込ませた綿棒は確かに冷たいかもしれない。
なるべく早く終わらせてやらないとな。
「そういえば最近やってにゃかったね」
「ああ、いろいろあったからな……耳キレイにしてやるからなー」
「ありがとー」
シャルトリューの耳はあまり通気性が良くないため、耳垢が溜まりやすい。
そのため、こうして耳掃除をよくしてあげるのだ。
もっとも、最近はあの変な女神のせいでできていなかったが。
ネコの耳は途中でいきなり耳道が折れ曲がっているため、あまり奥までは綿棒を入れられない。
見えるところまでやるだけだ。
「どうだ?」
「んー、にゃんだかきもちいい……」
しっぽが伸びきっている。
リラックスしている証拠だろう。
「んじゃ、反対もやるぞー」
「はーい」
汚れた綿棒を捨て、新しい綿棒にイヤークリーナーを染み込ませる。
「ちょっと冷たいぞ」
「準備おーけー!」
右耳に綿棒を入れる。
「ユキちゃんって耳掃除上手だよねー」
「でも人間相手に耳掃除するのは苦手だぞ」
「じゃあたたらのためだ!」
多々良が笑顔で言う。
んまあ、そういうことなんだけど。
「よし、キレイにしてくぞー」
綿棒をくるくる回しながら、耳の汚れを取っていく。
「毎回汚いところを見せちゃってゴメンねー」
「なーに言ってんだ、どんな人にも汚ねえところはあるんだよ」
多々良の耳がどんどんきれいになっていく。
「ん、そろそろいいかな」
「ありがとー!」
綿棒を捨て、多々良の頭をなでる。
しっぽと足を投げ出して、仰向けに寝転がる多々良。
リラックスした様子で、ベッドの上から動かない。
あらあら、一部が盛り上がっていますよ、眼福でございます。
「ユキちゃんも一緒にゴロゴロしてようよ~」
「んじゃ、そうさせてもらうかな」
多々良の横に寝転がる。
半分目を閉じ、夢うつつな多々良。
「ねえねえユキちゃん」
「どうした?」
多々良がこちらにすり寄ってきた。
眠そうな目で、俺を見てくる。
「ちょっと早いけど、今日はユキちゃんも疲れてるし、このまま一緒に寝ちゃおうよ」
多々良が、そんな提案をしてきた。
「え、一緒のベッドでか?」
「うん、たたらも眠いし。それにほら、小学校の時はよく一緒に寝てたじゃん」
じゃん、と言われても……。
一緒のベッドで寝ただなんて言ったら、多々良のお母さんにどんな反応をされるか……。
「大丈夫大丈夫。一緒に寝たら温かいし、気持ちよく眠れると思うよ」
「そ、そうか……?」
「うんうん、ほらほらユキちゃん、電気消しちゃって?」
多々良に言われた通り、電気を消す。
「こっちこっち」
多々良がベッドをぽんぽんと叩く。
その隣に、身体を横にした。
珍しく、多々良が丸まって寝ない。
近くにいる多々良の体温が、なんとも暖かい。
「んふふ、にゃんだか、懐かしいね」
「そ、そうだな」
多々良が近くにいる。
ちょっと、ドキドキする。
「すぅ……すぅ……」
多々良はもう寝てしまったようだ。
俺も疲れていて眠いはずだが……寝れるかな。