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デウス・エクス・マキナ

作者: 宮原周一

※注意


小説本文に出てくる「警殺」とは「警ら及び監視、観察による、殺人に関する諸問題を管理する団体」という、架空の団体であり、誤字ではありません。


「余ハ神デアル」

ギコギコと音を立て、腕を回しながらそれは言った。

「オ主ヲ幸セニシテヤロウ」

それがしゃべりだしたのが十分ほど前。

それまでずっと自分が何であるかを語っていた。

そしてこれを部屋の前で見つけたのが約二十五分前。

「我ハオ主ノタメニ現レタ『デウス・エクス・マキナ』デアル」

ちなみに、主語は今までに三つ違うものが順番に使われている。




ほんの数週間前までは、家に帰るのがそんなに嫌ではなかったのだと思い知らされる。

この坂も、上るだけだしと汗をかきながら登っていたが、それが嫌だったかと聞かれたら今ほどではないと答えるだろう。

それだけ、この坂を上り家に帰るのが嫌になっていた。

出来ることならいまここで座り込みたい。

そしてそのまま引き返して、友達の家に行きたい。

友人が「おい宇沢、麻雀やろうぜ」と久しぶりに誘ってくれたのにどうしてそれを断ってしまったんだろうとひたすら後悔していた。

でも家には帰らないといけない。

一日ぐらいなら開けても問題ないかもしれないが、きっと家にいる彼女のことが心配で心配で仕方なくなるだろう。

心配で心配で仕方ないけれど、出来れば家にはいたくないし帰りたくない。

どうしてそんなことになってしまったんだろうなと、自分のことなのに他人みたいに考えていた。

重い足を引きずるように坂を上りきり、マンションの部屋の前に立つ。

部屋の前に段ボールが置いてあった。

適当な仕事だなと思いつつ、自分宛てであることを確認して部屋に入る。

そして聞こえる彼女の呼吸音。

その乾いた音に自分を恨みながら、コップに水を入れた。

祥子はベットに縛りつけてある。

顔にはアイマスクと口をふさぐための紐をつけ、暴れたり騒いだりできないようにしてある。

「ただいま」

彼女に大声を出さないよう釘を刺してからアイマスクと紐を外す。

眩しそうに瞬きをする彼女は魅力的で、そんな彼女をベッドに縛りつけていることに興奮し、そのことに激しい罪悪感と吐き気を感じた。

右手だけ自由にしてやり、コップを渡す。

祥子は水をすぐに飲みほし、コップを投げてきた。

強化プラスチックのコップだ、当たってもあまり痛くないし落ちたって割れやしない。

その後すぐにまた彼女の腕を縛る。

だいぶ抵抗されたが、もう慣れてしまった。

数分で縛り終え、台所で晩御飯の支度をする。

包丁を手に取り、しばらくの間嫌悪感と罪悪感と、このまま一緒に死んでしまおうかという思いと戦った。

まだ死ねない。

俺が死んだら、祥子も死ぬだろう。

だから死ねない。

俺が死ぬこと、それはつまり俺が祥子を殺すとほぼ同じ意味だ。

自分の彼女をベッドに縛りつけることはできても、殺すことなんかできやしないのだ、俺は。




しばらくトイレに籠り、流れる水を見つめた後荷物が来ていたことを思い出した。

しかし玄関に置いてあったはずのそれがない。

どこにやったかと探してみれば部屋の机の上に置いてあった。

不思議な荷物だ。

思えば何かを頼んだ覚えもないし、誰かから荷物を送るといわれた気もしない。

持てば大きさの割には重く見た目は段ボールのくせにやけに金属じみた感触だった。

開けてみようとしても蓋となる部分が見当たらない。

ひっくり返しても開けられそうなところはない。

お手上げだと思った頃に、空腹を感じひとまず机に戻した。

その瞬間、バンと音を立て上の面が開いた。

祥子が悲鳴を上げた。

当然だろう、いきなり大きな音を立て段ボールが開いたのだから。

俺も驚いたが、それで終わりではなかった。

まず底の部分が動き始め、二本の棒が出来上がった。

そして側面が動き始め、また二本の棒ができた。

そして最後に、開いたところが立ち上がり、動きを止めたときにはそこには一体のロボットらしきものが出来上がっていた。

そしてこういったのだ。

「コレハ私ノ出番ノヨウダナ」と。




それから十五分のことは長くくだらない話をされた上、途中で祥子の世話をしていたりしたため聞いていなかったのもあるが、要するにこれはデウス・エクス・マキナ、つまり機械仕掛けの神だ。

自分で神だと主張しているしそうなんだろう、それにこんなロボットみたいなものは空想の世界の話だと思っていたし、それだけで十分すぎるほど異質なものだったからある意味では納得できた。

「オ主、真面目ニ話ヲ聞イテオランナ?」

そりゃそうだ、まじめに聞いてなんかいられない。

デウス・エクス・マキナは複雑に絡み合った事情を絶対的な力で何とかしてしまう、いわゆるご都合主義の塊みたいなものだ。

この状態を何とかしてくれるのはうれしい、だがそれを「なんやかんやありましたが結局幸せになりました」とはされたくない。

それは人の人生をうやむやにされてしまうのと一緒だ。

「お前の手は借りない」

「可哀想ナ奴ジャナ」

「お前に何がわかる」

つい一カ月前までただ普通に生活していただけなのに、それが突然当たり前でなくなってしまった。

「オ主ノ悲シミハワカラヌ、ダガ私ハスベテ見テイタ」

全てを見ていたとしても、悲しみがわからなければすべてを知っているとは言えない。

神が俺なんかの悲しみを、辛さを、苦しさを理解できるはずがない。

「マァヨイ、今余ハオ主ノタメノ神ジャ、頼リタクナッタラ声ヲ掛ケヨ」

そう言うとそれはギコギコと音を立て元の段ボール箱に戻った。

それを見て無性に腹が立ったのと、どう考えても机の真ん中は邪魔だったので足で蹴って机からどかしてやった。




きっかけは多分ジンが死んだことだと思う。

彼は突然車にひかれて死んだ。

歩きスマホをして、周りを見ずに交差点へ入り信号を見て走っていた車に引かれた。

完全に、とはいかないのかもしれないがジンが悪かったのは明らかだった。

それを聞いておかしくなったのはジンの彼女だった。

ジンが轢かれたのは彼自身が悪い、それがわかっている彼女は車の運転手に八つ当たりすることもできず、ただ悲しみを内にため込んだ。

普段の生活が楽しいといっていた彼女が部屋から出てこなくなったのだ、心配しないわけがない。

それを祥子が吐き出させようとしたのだ。

祥子はジンの彼女と仲が良かった。

恐らく一番の親友といってもいいかもしれない。

そんな祥子だが、別にカウンセラーだとかそう言うわけではない。

最初はうまくいっていたようだが、俺と会うことを理由に彼女の誘いを断ったのがきっかけだったらしい。

衝動的に包丁とフライパンを掴んだ彼女に祥子は殺されかけた。

祥子はそれを逆に殺してしまった。

警殺はそれを「防衛行動として正当な殺人」として処理。

祥子は罪に問われることなく解放されたが、その結果壊れてしまった。

親友を助けることができず、その親友に殺されかけ、逆に殺してしまっても自分は何も悪くないのだと。

そんな祥子を俺は見ていられなかった。

別れようだとか距離を置こうだとかそういうことではなかったが、ジンとその彼女が続けて死んでしまったことで俺も辛かったのだ。

しかも1人は自分の彼女が殺したも同然だ。

一日だけゆっくりさせてほしいと言って、寝ることもせずにただひたすら考え続けて祥子のそばに居続けようと決めた。

そのことを話に行ったとき祥子は今まさに自殺しようとしているところだったのだ。

それを見た俺がとった行動が彼女の拘束だ。

縛りつけ、自殺できないようにしてなんとか落ち着くまで待とうとそう考えていた。

最終的には拘束を解いても彼女が自殺しなくなって、以前の通りとはいかないけれど最低限の生活ができればいいだろうと思っていた。

でもそれはもうできないのかもしれない。

最初は縄の縛り方は緩かったし、服は普通に着せていた。

アイマスクもしていなかった。

でも今はもうそうじゃない。

下着だけの状態で固く四肢を縛られ、声も出せず目も見えない状態に彼女は興奮を感じるようになってしまった。

そして何より、そんな状態の彼女に俺が興奮し襲ってしまったのはもう二度や三度ではないのだ。




あの段ボールが届いて一週間。

あれ以来動き出すことはなかった。

そして俺が彼女に欲望をぶつけたのは何回だろう?

そのことを考えるたびに吐き気が襲い掛かってくる。

吐くことはないが、だからこそ楽になれない。

吐いて楽になりたくないともいうのもある。

これは自分への罰なのだからと。

「可哀想ナニンゲンダノ」

いつのまにかそれは机の上に立っていた。

「楽ニシテヤロウカ?」

段ボール風情が。

それを聞いた瞬間に自分の中にため込んでいた何かがあふれ出したような気がした。

俺の部屋で一番固いものは何だろう?

金属バットがすぐに思いついたがそんなものはない。

そうだフライパンが良い、ちょうど似たような金属だ。

それを掴むと、振り上げ、それにたたきつけた。

それは吹き飛び、同時にフライパンもひしゃげたがそんなことはどうでもよかった。

ただ衝動に任せて叫びながらフライパンを叩き付け続けた。

部品らしきものが飛び、フライパンが原形をとどめなくなり、なにか爆発音がしたあたりでようやく止めた。

デウス・エクス・マキナは粉々に砕け散り、原動力と思われる部分から煙が出ていた。

神だのなんだの言っていたくせに、結局は機械かとがっかりした。

まだぶつけたりないこの衝動はどこへぶつければいいだろう。

部屋を見回し、ちょうどいいものを見つけた。

こちらを見て、壁に背を当てながら震えている祥子がいた。

なぜ手を縛っていたはずの縄がほどけているのかはわからないが、足のほうはまだ紐が付いている。

これはこれで新鮮でいいじゃないかと思い、彼女に覆いかぶさった。

そのあと衝撃的だったのは、彼女が「嫌だ」といって俺を突き飛ばしたことだった。




その後のことはよく覚えていない。

ただ、祥子が言うには俺は泣き出したらしい。

それを見た祥子もごめんなさいと謝りながら泣いたのだという。

バラバラになったはずの機械はまるで存在しなかったかのように消えてしまったが、ひしゃげたフライパンがその存在を物語っていた。

それからはいちど歪んでしまった関係を直すことに一生懸命だった。

普通に彼女を愛せるようになるまで6年、彼女とそういうプレイを楽しめるようになるには10年かかった。

二人とも程よい近さの会社に就職し、二人で部屋を借りて住んでいたがあるとき祥子が妊娠しているのがわかり、彼女と籍を入れることにした。

まだ子供は生まれていないが、彼女のおなかが少しずつ膨らんでいくのを見て、これが幸せかと感じる。

それと同時に、あの一ヶ月のことを今でも忘れられないことが胸を痛める。

祥子は気にしてないなんて言うけれど、そういう問題ではなくこれは俺が受けるべき罰なのだと思う。

それだけのことをしたのだ、きっと忘れることはできないだろう。

ただ、それを忘れることはできなくとも幸せにはなれるのだ。

そう思いながら、俺は祥子の手を握った。




「ソウシテ二人ハナンヤカンヤアリマシタガ幸セニナリマシタトサ」

「メデタシ、メデタシ」

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