むせカエル?
……どうやら、獲物を見つけたらしいな。
二人の人間のうち、一人がゆっくりと身を隠していた草場から出て前に進み始めた。慎重になっているのだろう。その歩みはほんの僅かずつで波さえ立てないように気を張っているのが伝わってくる。
狙いはアイツか……。
彼の足越しにチラリと見えたのはグリーンスライム。狙いはあれだな。何かいいおこぼれにありつけますように……。
人間はグリーンスライムに十分近付くと、手に持った何かを振りかぶり激しく水面を叩きだした。泥混じりの水飛沫が飛び散る中、何かキラキラしたものが弾け飛んできたので、俺は本能的にそれを粘着舌で捉えて口に入れた……。
◇◆
慎重に、もどかしいほどゆっくりとダルムはスライムとの距離を詰める。膝下までかかる水面に大きな波をおこせば、すぐに気付かれて逃げられるだろう。
背後で見ているであろう友から、無言の重圧を感じながら彼は前へと進んで行った。
(こいつが届く距離まであと少し……動くんじゃねえぞ)
そんな、祈りにも似た思いを心の中で呟きながら、手にした一メートルほどの棍棒を握る手に力が入る。
スライムを倒すには、ゼリー状の組織の中をゆらゆらと漂う宝石のような『核』を破壊することだ。上位の個体になると物理攻撃無効化や各種属性耐性などを持つので容易ではないが、この地域にいるような下位の個体であれば剣でも槍でも、狙いをつけて核を傷付けさえすれば簡単に倒せてしまう。
だが、核を回収するとなると話は別だ。金属製の武器ではうっかり核を傷付けてしまうかもしれない。核が傷付けばすぐにスライムは弱り、ただの水のようになって消えてしまうので核も当然形を留めず失われる。
そこで現在、最も一般的なのが木の棒で叩いてゼリー状の組織を散らし、頃合いを見て素手で核を掴むという方法だ。当初ゼリー状の組織をそのままに、いきなり手を入れた者もいたらしいが、組織内で核を自由に動かされて手間取り、もたついている間に消化液を分泌されて片腕を失ったらしい。
それ以降にも幾度となく行われた試行錯誤の末、この方法が定着し現在に至っているというわけだ。
獲った! ……棍棒の間合いに近付くことに成功したダルムは、核の回収を確信する。あとはこの体組織を叩き散らすだけ……。
激しい水音と飛沫を上げ、初撃が振り下ろされた。力の入り過ぎた一撃は見た目と音こそ派手であったが、叩けたのは端が少し。驚いたスライムはすぐに回避行動を始める。
とは言ってもスライムに足があるわけでもなく、動き出しは緩慢で追撃を逃れるには遅すぎる。得物の届く間合いまで接近を許した時点で、このスライムの命運は尽きていたのだ。
「この! このこのこのぉぉーっ! 」
ここぞとばかりにダルムは棍棒を振るい続けた。農夫であった彼の強みは毎日の畑仕事で培われた強靭な肉体である。ほぼ素人であるにもかかわらず、棍棒を上段から振るその姿がさまになっているのは、荒れた地面に向かって毎日鍬を振り下ろしてきた日々の積み重ねによるものだ。
衝突音とともにゼリー状の体組織が混じった泥水が舞う。精度はまだまだ低いものの、手数で圧倒。スライムはなすすべもなくその身を削られていく。
「よし、やった! 」
衣服のみならず、顔まですっかり泥だらけになりながら棍棒を振ること十数回。弾けた組織に混じって、薄い緑色で五センチほどの大きさのキラキラしたクリスタル状の物体が跳ね上がった。
それこそが彼の求めるもの。グリーンスライムの核である。
心地よい疲労と達成感から、彼の目にはまるでスローモーションのようにキラキラと飛んでいく核が写っていた。
落下した位置を確認し水中から回収せねばならないため、じっとその軌道を見つめていたのだが……
「……ああっ!」
それは、思いがけない乱入者が現れたことによって、彼の視界から……消え去った……。
◆◇
カハッ、ゴホゴホッ!
思わず舌を伸ばして捕食してみたまでは良かったのだが、勢いがつき過ぎたそれは口内に留まらず、一気に腹へと流れ込んだ。固い何かよくわからない物体が無理やり食道を押し進んだことで思わずむせかえる。
……ッ!
むせながら、体内に響くピロピローンという電子音をどこか他人事のように聞き流していると激しく水飛沫を上げながらズンズンという足音がすぐ近くに迫っていた。
見上げれば城壁越しの巨大巨人よろしく、さっきの人間が凄い形相で付近を歩き回っている。獲物を横取りした俺を捜しているんだろうが、小さな体が幸いしてかまだ見つかってはいないようだ。
あんなのに捕まれば殺されるのは確実だ。しかもあれだけうろうろされては隠れていても、またうっかり踏まれかねない。
俺は仕方なくおこぼれ狙いを中止して、いつもの場所に戻ることにした……。