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カエルの呼吸?

 マジで……死ぬかと思ったぁぁー……。


 水に浸かって、皮膚に張り付いてカピカピに乾いた泥を濡らし、身体を揺すったり、手足で剥がしたりしながら俺は自らの無知を猛烈に反省していた。


 それは今から十分ほど前の話。

 あれから、まるで泥の塊にしか見えないほど見事にカムフラージュした俺は、身を低くしてじっと動かずに周囲にのみ気を張っていた。

 季節が何なのかは全くわからないが、決して猛暑というわけではなく、ポカポカとした陽射しは濡れた身体には気持ちいいくらいだったので、俺は不覚にも睡魔に襲われそうでさえあった。この辺りは人間としての感覚が反映されているのだろう。まったく奇妙なものだ……がはっ!


 な、なんだ……息苦しい。肺が出来たんなら問題はないはず……だが。


 突如息苦しさに襲われたが、今の俺はただの泥になりきっている。迂闊に動いて鳥にでも見つかればひとたまりもない。

 人間の時の感覚で呼吸を整えようとするのだが、深呼吸しようにも胸が膨らむ感じがない。何故だ? そうしてカエルの生態に関して必死に思い出そうとしていたら、ふと脳裏に理科担当だった中川先生の顔が思い浮かんだ。


『はい、いいですか。カエルは基本的に皮膚呼吸です。だから皮膚が適度に湿ってないと生きていけません。呼吸機関が未発達なため口から呼吸する際には……』


 プクゥー!ぶはぁっ!


 空気を取り込んで口を膨らませ、それを体内へと押し込む。これは気嚢や横隔膜などを持たないカエルが肺呼吸をするために必要な動作だ。

 そして、通常の呼吸法たる皮膚呼吸を阻害したのが、陽の光によってすっかり乾燥した、身体中に塗った泥だったのである。

 俺は周囲に十分警戒しつつ、僅かずつ身体をズラすようにして何とか沼の水中に戻っていったのだった。


 ……意識しなければ普通のカエルのように呼吸だって出来ていたのに、つい人間的な考えに基づいて行動し、焦りから墓穴を掘ってしまっていた。人間の知恵を活かそうとするのもいいが、まずはとにかくカエルの身体にしっかり慣れなければ、うっかり自殺しかねないな……こりゃ。


 ◇◆


「いたか?」

「いや、ダメだ。完全に見失っちまった……」

「ちっ!」


 俺が自らの馬鹿らしい失敗で呼吸困難に陥っていた頃、二十メートルほど先にはさっき俺を踏みつけてくれやがった男とその仲間が膝近くまで沼に浸かって立ち尽くしていた。


「まったく、何が初級クエストだよ! 見つけるだけでもひと苦労じゃねえか」

「だから薬草採集にしようと言ったじゃないかダル。魔物なんてこれからいくらだって狩ることになるんだから、まずは安定した収入と冒険者ランクをコツコツ……」

「んなこと言ったってよう、受けちまったんだから仕方ねえだろうが。それに魔物狩りこそ冒険者の醍醐味じゃねえのかよ!」


 彼らの名前は『ダルム』と『キッシュ』。冒険者に憧れて故郷の村を発ち、王都を拠点に活動を始めたばかりの新米冒険者である。

 ちなみに、ここは王都『ルグランブル』から『ルミナス街道』を二時間ほど歩いた場所にある『バルサの沼地』。一部は街道に面しているものの、その範囲は広く奥に行けば行くほどより強力な魔物が生息していると言われていた。

 ただし、人の往来が激しい街道沿いにはそれらが出てくることなどほとんど無く、こうした駆け出しの冒険者であっても比較的安全に下位の魔物目当てのクエストをこなせるのだ。


 この時の俺は気付いていなかったが、先ほど彼らが踏み込んで来た方向がまさにそのルミナス街道であり、俺は沼地の中では最も安全な場所で産まれたらしい。母ガエルに感謝だな。


「くそ、スライムごときに手こずっていられるか。俺はいつかあの勇者様みたいになってやるんだ!」

「……また、それか。はいはい、わかったよ未来の勇者サマ。じゃ、さっさとスライム探そうかね」

「絶対馬鹿にしてるだろ?」

「早く行きますよ勇者サマー」

「くっ、今に見てろよ!」

「はいはい勇者サマ勇者サマ……」


 そんな言い合いをしながら、彼らはスライム探しを再開し俺のいる場所からさらに離れていった……。


 ◆◇


 ……これって、どうするべきなんだ?


 泥を洗い流して呼吸が楽になった俺は、両手両足を投げ出してだらしなく水面に浮いていた。今度は死体のフリ? いいえ、単に疲れただけです。だって俺、産まれてからまだ一日経ってないんだよ。もうカエルの成体だけど……。


 それよりも、今俺を悩ませているのは目の前に現れ、目とハサミだけを水面に出して威嚇してきたこいつ。『ヌマコガニ』とはまたベタな名前だが、コガニの名が示すように成体であるにもかかわらず俺よりひとまわりほど小さい。


 さて、逃げるべきか、襲ってエサにするべきか……どうする俺?


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