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カエルは空気を読むことにした。

「……ら、おい!聞いてるのかねハルオキとやら!」

「は?いや、ぜんぜん!」


 バルコニーの上での騒ぎが気になり、ぼんやりと見上げていたら、どうやら審判のおっさんがずっと俺に話しかけていたみたいだった。


「だから、何度も言うがこの試合中は先ほどのような魔法の類いは使用を禁ずる。純粋に剣のみで戦うように!」


 なるほど、彼らはどうやらあの聖魔盾を防御魔法か何かだと思ったらしい。

 というか、どんだけ不利な条件を俺に押し付けたいんだ。ユリウスも今度は頑丈そうな剣と立派な片手盾を持ち出して来やがったし……。

 俺?俺は今、すぐに折れそうな木剣に交換させられちゃったよ。


「……あからさま過ぎるでしょ」


 呆れた俺は切っていた領域を展開する。


「うわ、真っ赤!」


 その領域に表示されたのは俺に対しての敵意を持つ存在を示す赤い光点。それがこの会場全てを覆いつくしていた。

 俺は今朝アンから聞かされた、この国が抱える事情を思い出す……。

 勇者タツヒコと共に魔王城へと向かった最高戦力『四聖』とその配下の精鋭たち。現在までのところ、その誰ひとりとて戻った者はいなかった。それによる戦力の低下は深刻で、対外的にも不安が広がり国内の治安も悪化し続けている。

 そのため、最高戦力である騎士団の再編と立て直しは急務であり、騎士団長の最有力候補であるユリウスがこの御前試合でその実力を内外に知らしめるということは国家的に重要な意味を持つのだ。


「……なので、噛ませ犬の俺には出来るだけ惨めに負けてほしい……と」

「さっきから何をブツブツ言ってるんだ!さっさと構えろ卑怯者め!」


 家宝の剣をよくわからない方法で折られたからか、ユリウスの機嫌はすこぶる悪い。

 俺はチラリと観客席にいるギルド長のワイズマンを見た。俺がタスラ山の主退治で魔法を使った話は聞いているはずだし、そもそも彼の認識では俺は『魔法使い』なのだ。

 それを不利な状況下で剣のみでの戦いを強要する。さすがに心中穏やかでないのは、彼の苦渋の表情からも理解出来る。


「……やれやれ」


 国のための出来レース。正直、面白くはないがここは空気を読むべきか。

 とはいえ、ユリウス程度では俺に傷ひとつ付けられまいが……。


「改めて、両者始め!」

「でやああああっ!」


 再び開始の合図が告げられるとユリウスはまたばか正直に真っ直ぐ突っ込んできた。いや、こいつ絶対早死にするタイプだろ。こんな奴に騎士団任せて大丈夫か?

 俺から見ればハエが止まりそうな上段からの一撃。

 ハエを想像して思わず舌を出したくなった衝動を抑え、奴の剣が頭に触れた瞬間、俺は自分で後方に吹き飛んだ。


「ウワーヤラレター……」


 自分で言ってて恥ずかしくなるほどの棒読みの台詞を言いながら吹き飛んだ俺は、背後の壁にぶつかり……


「……やべ、やり過ぎた」


 激しい破壊音と共に壁の一部を粉々に壊してめり込んだ。

 もちろん俺は無傷だ。だが、そのあまりの衝撃に会場中が静まり、見れば審判のみならずユリウス自身も目を見開いて固まっている。

 それからおよそ五分後、ようやく我に返った審判がユリウスの勝利を告げる。俺は埋もれた瓦礫の中でそれを聞きながらホッと胸を撫で下ろした。……まあ、誰も救護に来る素振りも見せないのはどうかと思うけどね。

 瓦礫の中の俺を完全に無視したまま、ユリウスが一通りの賛辞を受け皆が退場し始めると、ようやく悲痛な表情のワイズマンとギルド職員がこちらに走って来るのが見えた。


「ハ、ハルオキくん!無事か!」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「うひゃあぁっ!」


 ワイズマンの問いかけに応え、積み重なった瓦礫をものともせず何事もなかったかのように立ち上がるとギルド職員は情けない叫び声を上げて尻餅をついた。


「……はは、やはり演技でしたか」

「リクエストに答えただけですよ」

「まあ少々やり過ぎな部分はありますが……そうですね。国としては望んだ結果です。本当にハルオキくんには申し訳なく……」


 頭を下げるワイズマンに、気にしてないのでさっさと帰ろうと言うと、本来なら俺はこの後の晩餐に出る予定だったがあの状況なら重傷だから帰ったで済むだろうとのことだった。

 とはいえ、あれだけ派手に倒された俺が無傷で歩き回る訳にはいかない。俺たちはこそこそと人目を忍ぶようにして城から引き上げた。


 ◆◇


「鐘は確かに七回鳴ったんだな?」


 その場所には夥しい数の魔物が集まっていた。

 直立した犬コボルトや狼男ワーウルフ。他にもやや大型の魔犬グレイハウンドや魔狼のフォレストウルフに双頭のオルトロスまで、ありとあらゆる犬系統の魔物たちが、深い森に隠された洞窟のような場所に集まっているのだ。

 そんな魔物たちの中央で幾つもの豪華なクッションを重ねた玉座に座るのがその主。


「はっ!間違いなく七回であったとの報告です」


 主の問いに答えたのは一際大きな体躯を持つ屈強なワーウルフ。

 それを聞いた主は、心底嬉しそうな様子で口元を歪ませる。


「ひっひっひっ!『嫉妬(エンヴィ)』に『暴食(グラトニー)』が現れたってことか!そりゃあいい、最高だ!」


 主はクッションの上で立ち上がると、その配下たちへと命令する。


「まずはこのレア二つを手に入れる。探せ!他の魔王候補どもに先をこされるんじゃねえぞ!」


 それに応え、響き渡る配下の遠吠えが森の木々をそして洞窟全体を震わせる。


選定(たたかい)は始まった!全てを手に入れ魔王になるのは、この『強欲(グリード)』のポポヴィット様だぁ!ひっひっひっひ……」


 ◇◆


 知らぬ間に厄介な軍団に狙われているなどとは夢にも思っていない俺は宿でのんびりと三人(匹?)の人外少女と戯れる。


「しゃしゃ、ハルしゃー!」

「ハルーっ!キャハハハ!」

「……ン!」


「……はぁ。ハルは、はーれむ主人公とやらにはなれそうにないのう」

「ん?何か言ったかアン?」

「独り言じゃ」

「そっか」


 自分を含め、得体の知れない人外の少女に囲まれ、まんざらでもない表情で戯れる現在の主を見て、アンはかつてだれかが言った言葉を思いだしていた。


「……保父さん、か」

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