カエルの家族がまた増えました?
「……以上が私の見た全てです。恥ずかしながら気絶してしまい、魔法の発動を見られなかったのは残念ですが、あの痕跡を見てもらえればその圧倒的な破壊力はお分かりになるかと……」
「確かに、あの痕跡は王都からでも視認出来たよ。あれを彼が……」
夜明けを待って、急いで王都に戻った俺たちは、同行したクランのメンバーの全滅という事態に、すぐさまギルドに行ってワイズマンらに報告を求められていた。
「さらに、こちらをご覧下さい! これには見覚えがあります。忘れもしないあの巨大な黒いオーガ、タスラ山の主のものに間違いありません。それに彼が連れ帰ったのは間違いなくそのオーガの子供。疑う余地などありますまい!」
「こんなに大きなツノを持ったオーガとは……。何と、彼はまた魔物の子を拾ったのか……」
先に呼ばれたのは、当然試験官のヨゼフだけだ。
まあ、事実関係を確認して公正な判断をするためにはそうなるだろうな。
……まあ、さっきから領域越しに二人の会話は丸聞こえだけど。
「……でも、お前は本当によかったのか、俺なんかに預けられて?」
「ンン!」
さっきから話に出ているツノは、ブンタのツノをアンの秘術で複製したものだ。
子分にしたからといって、ツノ切らせたりしてないからね。
そしてもうひとつ。もとい、もうひとり。
別室でソファに座って待っている俺の膝の上には、額に一本のツノを生やしたオーガの幼女がひとり、ちょこんと座っているのだ。
彼女はブンタの七人の子供の末っ子で、唯一彼と同じ黒い体色を受け継いでいる希少種である。父同様の銀髪はショートだがくりくりとカールしたクセっ毛で、某番組でかつて見たカミナリさまを連想させる。
父の才を色濃く継いでいても、やはり雌の個体。村での立場は微妙であったらしい。
だが、俺の側にいたモモチとムロミを見たブンタが、自らの直感を信じて、どうか彼女を俺の養女にして欲しいと頼み込んできたのだ。
ちなみに外見は人の子供と大差ない。
まあ、肌が漆黒で髪が銀髪で頭に大きなツノがあるだけ。
……この子が頑丈そうなテーブルに膝をぶつけたら、テーブルの方が砕けただけ、そう、ただソレダケダヨ……ウン。
◆◇
「お待たせしましたハルオキさん、ギルド長室へどうぞ」
職員に呼ばれて、ギルド長室に向かう。
無論、ブンタの子も一緒にだ。
「……話は聞いたよ。大変だったみたいだね」
「まあ、頼りになる仲間がいたので、どうにか生き延びましたがね」
心痛な面持ちのワイズマン。
クランとの因縁を把握しているのかは定かではないが、彼に言われて向かったクエストで、クランが全滅するほどの戦闘に立ち会わせたことを心苦しく思っているのだろう。
「……ひとつ確認しておきたい、タスラ山の主は倒したのだね?」
「威力の高い魔法を使いましたので、何もかもが消滅しました。奇跡的に残ったのが、そのツノと村の最奥に隠されていたこの子だけ……。ひとつ言えるのは、あそこに人を襲うオーガはもう現れないということだけです」
多少微妙な言い回しになったが、事実そうなんだから仕方ない。
その後、アンも簡単に聴取を受け、結果は後日ということになり、深夜になって宿に帰った。
ちなみに、アンの聴取を待つ間にブンタの子の登録を済ませておいた。
名前は『ニシジン』で首輪は白色。これで彼女も『ブンタの子』ではなく、正式に俺の『家族』の仲間入りだ。
「な、ニシジン!」
「ン!」
頭を撫でられ、はにかんだ笑顔を見せるニシジン。
……やれやれ、ロリ魔書にチビ魔物っ娘(外見は人外)ねえ、さしずめ俺は保父さんか? これもまあ悪くないよな。
◇◆
『ちょっとそこ! 谷口さん木村さん加賀さん羽柴さんスマホ禁止! 糸山さん斎藤さん私語うるさい! 花椿さん楊さんまだ二時限目早弁早すぎ! 梶原さん榊さん起きなさい!」
「ああー、なんだ。いつもすまんな阿斗月。だが、もうチャイム鳴ったから、授業は終わりだ」
私の名前は『阿斗月 選』。
市内にある名門女子高に通う高校二年生。
「何よ、あんたが言わないから私が言ってあげたんじゃない!」
誰にも聞こえぬよう呟きながら、私は休み時間にトイレの個室の中にいた。
すると突然、個室の上から降り注ぐ大量の水。
クスクスと笑いながら立ち去る複数の足音……恐らく、さっき名前を出された誰かが、腹いせにバケツの水をかけたのだろう。
「つまらないことを……」
私はそう言って、開いていた折り畳み傘を畳んでいく。
低脳な連中の考えることなんて、たかが知れている。先回りして対策を練ることなど造作もない。
トイレ備え付けの掃除用具入れからモップと雑巾を出し、手早く濡れた個室の後片付けをする。
学校指定の白いのセーラー服のスカートに跳ねた水を、ハンカチで拭きながら、腕にはめた地味な腕時計を見る。次の授業開始まではあと三分四十秒、普通に歩いて戻って十分に間に合う……。
そう思ってトイレ入り口の扉に手をかけようとした時……
「いけない。手をきちんと洗わないと!」
石鹸を使い手を洗う。鏡に映るのは、いつものように眉間にシワを寄せて縁の黒いメガネをかけた、つまらない女。
所要時間一分。まだ大丈夫。
私は再び、扉に手をかけた……
『ふふふ、貴女に決めたわ……』
「……っ!」
突然の声に振り返ってみたが、後ろにもどこにも人などいない。
聞き間違いだと自分に言い聞かせながら、教室に戻るべく扉を開けた。
「な、嘘! いやあぁぁぁぁー…………」
目の前にあるはずの廊下がない。それどころか、そこに大きく口を開いて私を待っていたのはただただ先の見えない『闇』だった。
授業に遅れぬよう、一歩を踏み出しながら扉を開けた私は、身体を引き戻すことも叶わずに、その闇の中へと落ちてしまった……。
◆◇
覚えておいでだろうか……。
ここは、大陸の北の果て。猛烈な吹雪に閉ざされた極寒の地には、あの黒い塔がそびえ立っていた。
かつて、水晶を用いて密談の行われた上階からさらに上。
その塔の最上部の鋭利に尖った部分の内側には、真っ黒で巨大な『鐘』が吊り下げられていた。
カチリ!
突然、その鐘を下げた部分に繋がる歯車が幾つも重なった仕掛けから、そんな音が鐘のある室内に響く。
続いて、ゆっくりとそれらの歯車は動き出し、そこで発生した動力は、徐々に鐘を下げる芯棒へと近付いて……
ゴオオォォォーン!
ゴオオォォォーン!
ゴオオォォォーン!
ゴオオォォォーン!
ゴオオォォォーン!
ゴオオォォォーン!
ゴオオォォォーン!
鳴り響いた鐘の音は七つ。
よく見れば、その鐘の傍に立つ人影がひとつある。
風になびく長い黒髪で表情は見えないが、確かに彼女は黒い縁のメガネをかけていた。
服装はいわゆるセーラー服。しかも、その色は白のリボン以外は全て黒である。
『ふふふふ。さっさとはじめるわよ! そのくだらない魔王選とやらを!』
彼女は、そう高らかに宣言した。
この世界全ての命運をかけた、史上最悪の祭りがいよいよはじまる!
こちらで第二章が終わりました。
ここまでお付き合いくださった皆さま、本当にありがとうございました。