カエルは鬼と盃を交わす?
「ただいま」
「おお、ハルよ。して鬼どもの様子はどうじゃった?話は上手くいったのかのう?」
オーガのブンタとの会談が終わり、俺は転移してアンたちの場所に戻った。さすがは魔法を極めたと自負するだけのことはある。俺が戻る瞬間にアンは絶妙なタイミングで幻を消してくれた。
「ああ、予想通り賢い連中だったよ。それにかなりの強さだ。あれなら今夜じゅうに済ませてくれそうだ……」
「まったく、悪い顔をしおって……」
「ハル楽シソウしゃー!」
「本当楽シソウ、キャハハ!」
ヒドイ言われようだが、あっちに殺意があるのは明らかなんだ。
いわゆる正当防衛ってことで……さて、少し加勢するかな。
俺は例のクランの連中がいる範囲に領域を設定し、彼らに様々な『プレゼント』を送った……。
◆◇
「ハルよ、おんしゃあそれ本気で言うとるんけ?」
「ああ、本気だよ」
ここは少し前のオーガの村、その村長ブンタの家でのことだ。
「じゃけんど、同じ冒険者っちゅう奴じゃろ、それをワシらに殺ってくれっちゅうんか?」
「ああ、そうだ。俺が直接殺ったんじゃ問題があるんだ。そっちに被害が出ないよう手助けはする。どうだ、引き受けてくれないか?」
俺はブンタに、あのクランの連中のキャンプに夜襲をかけてくれるよう頼んでいた。
報酬は彼らの村の隠蔽と存続。極力旅人との接触を避けてくれさえすれば、これまで通りここで暮らしていて構わないというものだ。村の出入り口にはアンに頼んで強力な幻術と結界を施してもらう予定なので、もうこの集落が人目につくこともなくなるだろう。
破格の条件ではあるが、それを持ち込んだ俺は標的である連中と行動を共にしている。当然、罠である可能性も考慮しているのだろう。ブンタはじっと目を閉じたまま黙ってしまった。
「っしゃあ! ワシゃあ、ハルを信じることにするけえ、反対の者はおるかいのう?」
目を開けたブンタはそう言って、集まった村人たちを見回した。ブンタほどではないものの、集まった彼らは並みのオーガより体が大きく、ブンタに次ぐ実力者なのは明らかだった。
「俺たちは全員、生きるも死ぬも親父殿と一緒だと、すでに心に決めております!」
仲間たちから向けられる強い眼差し。それにただうんうんと頷いて返したブンタは、部下の一人に指示し幾つかの大きなかめと小さな子供が何人か乗れそうな巨大な盃を持ち出してきた。
「半端は好かんけえ、やるからにゃ命ば預ける。盃を交わしてくれんかいのう?」
……ええぇぇ! ここはどこの組事務所? まあ、それが彼らの流儀ならいいけど、命を賭けるって……。
大盃に表面張力が働くまで注がれたのはかめ四つぶんの白く濁った酒。
それを片手で軽々と持ち上げ、ブンタが口をつけると、盃は集まった村の有力者たちの手を渡り、各自がひとくちずつ口をつけたあと、最後に俺の前に差し出された。
「ワシらん命、預けますけえ! ぐっと飲み干してくだせえ!」
受け取った盃には未だにかめ三つぶん以上の酒が残っている。
……まあ、状態異常はほぼ無効になるから酔うことはないけどね。
仕方なく、俺はそれを一気に飲み干した。
……一気は体に悪いから、よい子は真似しちゃダメよ。
◇◆
「敵襲! 敵襲ぅーっ!」
イグアニスらが設営したキャンプに、見張り役の緊迫した声が響いた。
そんな見張り役の男も、背後に迫った巨大な黒いオーガによって切り捨てられる。
それを合図にしたようになだれ込んで来る、おびただしい数のオーガたち。屈強なはずの冒険者たちがオーガの手にかかって次々倒されていく様を、ギルドから派遣されたヨゼフは恐怖に震え上がりながら見つめていた。
彼も幾つもの修羅場をくぐり抜けた元冒険者。だが、目の前のオーガたちは、彼の目から見ても明らかに別格。一騎当千の強さを見せつけている。
さらに彼をここまで恐怖で染め上げてしまったのは、巨大な黒いオーガである。その個体は、この屈強な群れの中でも全てに於いて突出していた。
間違いなくあれが『タスラ山の主』だ。そう認識した途端に、彼は意識を失ってしまった……。
◆◇
「はい、はーい。ブンタもみんなもストップね。このくらいでいいよー」
俺は、しっかりとクランの連中がオーガに蹂躙される様子をヨゼフに見せつけてから、彼を気絶させた。
「主様よ、こんなもんでよかったんかいのう?」
「うんうん、上出来だよブンタ。あ、そうそう、こっちが村の隠蔽をしてくれるアンと、ゴブリンに貰った子供たち。モモチとムロミだよ。俺共々よろしくね」
そんな会話をする俺たちとブンタ。それ以外のオーガたちは、整列し地面に片膝を着いて頭を下げている。
……って、統率とれ過ぎだろ! 軍隊かっ!
「主様よ、お連れもこりゃあタダ者じゃないのう。まったく驚くことばかりじゃ……待て、この子らゴブリン言うたか?」
「ああ、今はインプとラミアだけど、元は正真正銘ゴブリンだよ」
ブンタはよほどそれに興味を持ったのか、二人をまじまじと見つめている。
「ハルゥ……」
「ハルしゃー……」
……うん。二人とも泣きそうだから勘弁してあげて。
「さてと、後は状況証拠を作るために、ちょっとこの辺吹っ飛ばすか、こいつらの肉片付きで」
そう言って俺たちが振り返った先には、麻痺にかかって動けないイグアニスを含んだ数名の生き残りが、オーガたちによって一ヶ所に集められていた。
「よし、じゃあブンタはアンたちと一緒に村まで移動してくれ。ああ、そうそう。ヨゼフは連れていってくれよ。大事な証人なんだからな」
◇◆
全員が移動した後には、傷付いたり死んだりしたクランの連中と、わざと生かされて残されたイグアニスらだけが残った。
麻痺とはいえ、目は見えているし、意識はある。
俺は、イグアニスにそっと近付いて言った。
「これが貴様の愚かな選択の結果だ。ギルドのテンプレだけで済ませておけばよかったものを、救いようのない馬鹿だよ。だがまあ、最後にありがとうと言っておこう。お前たちのこの愚かな行動によって、俺は優秀な部下とそしてギルドからのさらなる信頼を得ることになる。ありがとう、そして……さよならだ」
そう言って俺は、アンから習った禁呪の魔法を使ってその一帯を吹き飛ばした。
オーガの集落に影響が出ないよう結界ですっぽり覆って、中だけを破壊し尽くしたので、山には円形の大きなクレーターがひとつ、出来上がってしまった……。