鬼退治に行くカエル?
「タスラ山の主ね……アン何か知ってる?」
「ふむ、ワシが封印されたあとの話じゃろうな。まったく知らん」
俺たちは今、とあるクランのメンバーたちと合同で魔物退治に向かっているところだ。
朝、待ち合わせ場所で会った時から、どうにも雰囲気が悪いと思ったら、こいつらは以前モモチとムロミに手を出してきた連中の仲間だとか。
……どうりで、険悪なわけだ。
最後尾の俺たちのすぐ前を歩くのは、イグアニスというドワーフの男。とりあえず挨拶したが、その時について来いと言われたきりで、会話も何の説明もまったくする気はないらしい。
ちなみにだが、領域で確認すると、こいつら全員赤い光点。つまりは明確な敵意を俺に向けているようだ。
やれやれ……何を狩りに行くつもりやら。
「まあ、モモチやムロミのレベル上げになりそうな魔物がいたらいいけどなあ」
前日、ギルド長のワイズマンに呼ばれて部屋に行くと、今回の討伐クエストを試験とし、相応の実力が確認出来ればランクを『B』にしてくれるらしい。
詳しい説明は、同行するこのイグアニスに聞いてくれって話だったんだがな……。
「ムロミぃー大丈夫かあ?」
「ハルゥ、大丈夫ダヨー!」
「……あわわわわ」
クランのメンバーと俺たちの他に、同行者がひとり。
ギルドから俺の進級の試験官として派遣されたヨゼフという男だ。かつては屈強な冒険者として名を馳せた(あくまで本人談)らしいが、今では五十代後半の脂ぎって肥えただけのおっさんである。
山道に差し掛かり早々に遅れだした彼を、背負ったリュックごと低空を飛ぶムロミが、ぶら下げた状態で運んでいるのだ。
……まあ、『もしも』の時には彼に証言してもらえばいいか。
一行は夕方前に中腹の森で夜営し、明日の早朝に出発してその魔物の拠点を襲撃するらしい。
この話もクラン一行が立ち止まったので、ヨゼフが聞きに行って得た情報だ。まったく面倒くさい……。
「さて……」
俺たちで固まり焚き火を囲んで、食事をするフリをしながら領域を拡げてこの先を探る。領域は狭いほど様々な能力の行使が可能で、広く拡げて対象が遠くなるほど出来ることは限られてしまうのだ。
俺はあくまで探索のみを目的として、それをどんどん拡げていった。
「……いたな。およそ三キロ先に大規模な魔物の集団がいる。『デスオーガ』か、これがその主だろうな……。他も全員オーガ。待て、これオーガの集落ってことじゃん。オーガってゴブリンの進化系じゃないのか?」
「確かに、ゴブリンからの異種進化の可能性にはオーガもおるよ。じゃがオーガ同士が契れば当然その子はオーガとなる。別に不思議ではなかろう」
まあそう言われればそうだ。
何も全ての魔物の進化がゴブリンを起点として始まる必要性はない。オーガやオークだって生まれながらにしてそうであっても、何らおかしいところなどないのだ。
「それに、魔物に生まれて異種進化を行う個体など、ハル風に言えば『激レア』じゃ。自然界であればなおさらのう」
そうだな。モモチやムロミを差し出したゴブリンの長。彼以外に異種進化した個体は見なかった。
ん?……あの時倒した反乱分子以外の個体は、結局きちんと見ていない。なるほど……あのホフゴブリンメイジ、相当なタヌキだったとみえる。
魔物も人と変わらずなかなか賢いじゃないか。
これだけの規模のオーガの村落を作り上げるんだ。このデスオーガもかなりの……。
「アン、俺の『幻像』作って置いててくれ。ちょっと転移して、このデスオーガに会ってくる」
「了解した。まあ好きにせい」
俺はアンの魔法が発動し、像を作るのと入れ替わるようにして、拡げた領域内にあるオーガの集落近くに転移した。
◆◇
「連中は?」
「へい、少し先で野営するようでさ」
布製の簡易天幕が張られ、その中にはイグアニスとクランの幹部数人が酒を手に話し合っていた。彼らにしてみれば魔物討伐の成否などどうでもいいこと。
この状況を作り出し、ハルオキを連れ出すことこそが目的なのだ。
「それにしてもワイズマンめ、お目付け役を同行させるとはくだらん真似を……アレさえいなければ道中でぶった切ってやれたものおぉ!」
「まあ、兄貴。奴らの命もどうせ明日までなんですから」
それを聞いたイグアニスは、手にした巨大なジョッキに入った酒をぐびぐびと一気に飲み干した。
「いいかてめえら! オーガなんざどうでもいい、さっさと混戦に持ち込んであの野郎を俺の前に引きずり出して来やがれ!」
……待っていろギル、ガル。あいつもすぐにそっちに送ってやるぜ!
◇◆
「おい、俺の言葉はわかるな?」
「……だ、誰だ! ここからは誰であろうと通すわけには……」
転移した先には見張り役と思われるオーガが二人立っていた。
「どうでもいい。とにかくお前らの長と話がしたい。そう伝えろ!」
「馬鹿な、貴様のような人間風情がお会いで……」
見張り役の彼はたいしたレベルでもないのだが、こちらが人間だと思ってナメられているのだろう。
仕方なく俺は限界まで魔力を抑えながら擬態を解いた。
「……こ、これほどの魔力を……。お、親父殿に聞いてみるので、しばらくお待ち願えないだろうか?」
「ああ、それで構わん」
魔物の姿の効果はてきめんだったようで、彼はそう言って慌てて中へと駆け込んで行く。残された見張り役は懸命に俺と視線を合わせないようにしているが、さっきから全身が小刻みに震えている。
……なんか気の毒だな。しかし、この姿ではこれ以上魔力を抑えられんのだが。
待つこと十分あまり。
すっかり俺の前に壁となった兵や野次馬が突然両側に避け、出来た道を悠々と、ひときわ大きな黒い体色のオーガが歩いてきた。身長は三メートルを超えていると思われ、ボディビルダーさながらのその筋肉の鎧は見る者をさぞや圧倒することだろう。
「ワレに会いたい言うとるのは、おんしかいのう?」
「ああ、俺だ……」
……うん。ってか近い!いやいや近いよ、顔が!
俺の前にきた黒いデスオーガは、腰を曲げ、額がつくほどに顔を寄せてきた。額から上に伸びた二本の立派なツノ。ぶっちゃけその一部はすでに当たってるからねキミ。
「顔が近いな、俺にはそっちの気はないぞ」
「…………ぶっ、があぁーっはっはっは!」
突然、腹を押さえて大声で笑いだしたデスオーガ。
「いやぁ、すまん。ワシと面と向こうて、そない平然とする奴ぁずいぶん久しぶりじゃったけえね。いやはや……お主ゃあ相当強いじゃろう?」
「どうかな、まあ多分ね」
「で、そのお主が何用ね? それによっちゃあ……」
デスオーガの体からみるみる濃密な殺気と魔力が滲み出る。
なるほど、彼もまだ隠している実力があると言いたいのだろう。
「どうしても殺りたければ相手はするが、まずは話をしたいかな。聞いた上でそちらがどうしても納得いかなければ、その時は滅んでもらうかも知れないけどね」
「かはっ! じゃけんど、そない簡単に滅ぼされちゃあ敵わんのう。わかった。ワシはこの村の長しとるブンタじゃあ。まずは話ば聞くけえ、ワシの家に行こうかいのう」
「よかった。俺はハルオキ。ハルって呼んでくれていい」
「じゃあ、ハルこっちじゃ。ついてきい!」
そうして俺とオーガの村長ブンタは、村の中へと歩いていった。