カエルを睨むといえばヘビなのか?
「ハル、何じゃ朝飯は食べんのか?」
「ああ、俺パス。なぜか、あんまりお腹空いてないんだ」
そんな会話をした後、俺たち四人は朝からギルドに向かった。
少しは依頼をこなしてアンのランクも上げておきたかったのと、ソルジャーインプに進化したムロミの登録種族名変更のためだ。
「み、見ろ! アイツだ!」
「……嘘だろ! と、とにかくイグアニスの兄貴に報告だ!」
扉を開けて入った瞬間、人混みの一角からそんな声が俺の耳に届く。後ろで、再び開いた扉のほうを振り返ると、その声の主と数人が走って出ていく後ろ姿が見えた。
……なんか知らんが慌ただしいことだな。
それがまさか自分のことだとは、夢にも思わなかった俺は、受付のひとつにジャスミンを見付けるとその列に並ぶことにする。
順番になり、剥がしてきた依頼書を渡し、ムロミの件を伝えるとしばらくフリーズしたジャスミンは、深い深いため息をついてから、どちらも手続きを済ませてくれた。
「もう、ハルオキさんだから仕方ない。そう思うことにします……」
……うん? ジャスミンさんそれってひどくない。
「まあ、それがいいじゃろうの」
……こら、アン!待て待て。
「仕方ナイ」
「シタガナイ」
……いや、お前たちまで……ってかモモチ、舌はあるよ長ーいのがね!
ああ、そうそう。進化した時点でムロミはやや片言っぽいが『人語』をも使うようになりました。パチパチパチ……。
◆◇
「なんじゃとぉーっ! じゃあ貴様は、あの二人がしくじったって言いてえのかっ!」
ここはクラン『モブスター』のホーム。
先ほどギルドから走って戻った構成員から報告が届き、クランの奥の手である最強の刺客を送り込んだはずのハルオキが、いつも通りにギルドに顔を出したという。
報告によれば、その仲間たちにさえ、かすり傷ひとつ負った者がいる様子もなく、襲撃自体がなかったような涼しい顔を見せていたとまで言うのだ。
「で、ギルとガルは? 事情があって昨日は中止したってだけじゃねえのか?」
「いえ、標的の宿の確認などに数人が同行し、その際昨夜任務を遂行するとの返事をもらってます。部屋にも姿が見えませんし、これは恐らく……」
そこから先の言葉は、イグアニスが激しく壁を殴った音と衝撃に遮られる。
身長が自分より低く、しかも有能な暗殺者であった二人をイグアニスは弟のように可愛がっていた。そんな二人を襲ったであろう最悪の結末は、とても聞く気になれなかったのだ。
「くそがっ……許さねえ! おい、誰かギルド行ってワイズマンとの面会頼んで来い!」
その指示で数人が急いで駆けていった。
イグアニスは、そんな部下たちの様子を見ようともせず、ただじっと自らの一撃で陥没した壁を見つめている。
「……次はてめえの番だ、魔法使い!」
◇◆
「んん……そのモモチの姿は……何かなアンよ?」
アンのための依頼を受けたとはいえ、その素材や討伐証明はすでに俺がいくらでも所持している。
依頼を受けたのはあくまで外出するための口実。
実際の俺たちの目的は、あと僅かで異種進化が可能になるモモチのレベルアップだ。
じゃあ、その間に俺はムロミをと言ったのだが……
「空気を読め、この馬鹿もん!」
と殴られた。理不尽だ……。
仕方なくムロミと懐かしい草笛などを作って遊んでいたのだが、昼前に戻ったモモチを見てみると……。
「何だろう、この全身が強張る感じ……」
「モモチ長イ長イ!キャハハ」
「なんじゃ知らんのか? これはな『ラミア』じゃよ!」
「ラミアしゃーっよ!」
……俺が知ってるラミアと違いますやん!
日本のアニメやラノベなら、ラミアと言えばエロい美人系魔物として描かれている。上半身は人間、それも大概絶世の美女で胸が大きく、また衣装の露出度もかなり高い……。
だが、目の前のモモチの頭部や上半身は、下半身同様の鱗で覆われていて、顔つきも人よりヘビに近い。元より、爬虫類的な生態では子に乳など与えぬためか、もしくは子供だからなのか、胸は控えめ……というよりはほぼ無く。はっきり言えば、下半身がヘビのリザードマンみたいなのである。
「むう、ハルが何を言っておるのかようわからんが、このラミアは強力な尾を持ちさらには魔法まで使う。そこそこ強い魔物じゃ。じゃが、その真価はこの先にある!」
「先に?」
「そうじゃ。ラミアからはの、魔物最強の種族である『竜種』への進化の可能性があるのじゃ!」
聞けば以前、ラミアから竜種に進化して魔王になった者がいて、彼が一時期アンを所有していたのだとか。
魔王とか関係ないからいいけど、モモチがドラゴンかあ、ちょっと見てみたいかも? あれ、竜ってタマゴで生まれるんじゃないの?
アンに確認したら、ドラゴンは確かにタマゴからだと。ただし、竜種はその限りではないと……うん、違いがよくわからん。
「まあなんだ、モモチは竜系のレアな進化ルートに入ったってことでいいんだよな。じゃあムロミは? 鳥系?」
「ルート? 妙な言葉を使いよるな。まあよい。その考えでいくなら、ムロミはさらにレアな悪魔系じゃろうな」
「へ、へえー……」
その後、モモチはアンと魔法の練習。
俺はムロミと手合わせ……は、アンに禁止させられたので、人目につかないところ行って空で鬼ごっこしたりして遊びました。
◆◇
「……それは本気で言っているのか、イグアニス?」
ここは王都のギルド長室。
室内にはギルド長のワイズマンとその向かいにイグアニス。後ろには三人ほどの冒険者たちが立っている。
「こいつらはみんなBランク。それに今回はクラン総出で向かうつもりだぜ、当然この俺もな!」
「それは大した力の入れようだな。しかし……相手はあの『タスラ山の主』だ。無事に帰れる保証はないが……」
そんなワイズマンの弱気なひと言に、ニヤリとイグアニスの口元が緩む。
「そんなに心配ならそっちにも手を貸してもらおうか。……そうだな、あんたが最近目をかけている新人がいたな、アイツを同行させるってのはどうだ? 実力を見極めるクエストを探してるって話も聞いてるぜ?」
「……確かに彼なら……しかし」
◇◆
「……はあ、ハルオキさんのお仲間ですから、アンさんが一日で昇級以上のクエストをこなしてきたのは、まだいいです。ですが……何で毎日連れている魔物が進化しちゃうんですかっ!」
夕方前にギルドに戻り、アンの依頼達成の報告とモモチの種族名変更の手続きをちょうどいたジャスミンさんに頼んだのだが、ご覧の通り……怒られました。
魔物の進化に立ち会うことさえ滅多になく、さらにはモモチもムロミもほとんど誰も見たことがない、珍しい種族。
登録用の首輪が着いているので、不正を疑われることはないのだが、異常な状況であることにかわりはないのだ。
「ハルオキさんには精神的にきたえられてますよ。……そうそう、ギルド長がお待ちです。手続きが済みましたら、お手数ですがギルド長室までお願いします」
……ギルド長? 俺、何かしたっけ……。