乙女の活躍。カエルは就寝中……。
はああ、いつ見てもいいわあ……ハルオキさんの寝顔。
あら、ごめんなさい。
皆さんは私を覚えているかしら?
ちょっと、誰よカニって言ったの?
マトイよ、マトイ!
まあ、カニってのも間違いではないけどね。
お馬鹿な勇者のせいで、瀕死になったハルオキさん。
彼を救うために、私は迷わずカニであったこの身を捧げ、彼の経験値となって進化を促した。
でも、ハルオキさんは本当に危険な状態で、自身ではステータスカードをタップすら出来ない状態だったわ。すると、失われかけていた私の意識が一瞬ハルオキさんと同化して、何とか彼の指を動かすことに成功したのよ。
……まさに始めての共同作業……やだ、恥ずかしいわ!
そのあと、私の意識もゆっくりとハルオキさんの身体と心に溶け込んでいき、そうして迎えた果てなき進化の先で……
……目覚めた私は『盾』でした。
『聖魔盾の乙女』ってのが正式な名前。
だけど、今後私のことは『マトイちゃん』って呼んでね。
だって、愛するハルオキさんがそう呼んでくれたのよ。意識が朦朧としていたとはいえ、あの危機的状況で彼は私の名を呼んでくれた……それだけで、私の精神は幾度もの絶頂を迎え、そしてその後の進化でこの不思議な金属で出来た盾の身体と、アルティメットスキル『嫉妬』を得たわ。
……もう、彼ったら最高よ! あはぁーん……。
とはいえ、実際の私の身体はハルオキさんと完全に同化している。聖剣や魔剣が翼になっていたように、私もハルオキさんの意思で出し入れが可能な、いわば身体の一部ね。
あれ以来、ハルオキさんとの精神的な繋がりは戻らず、話が出来ないのは寂しいけれど、本当の意味でひとつになったんですもの、これに勝る悦びなんてないわよね。
……あら、侵入者みたい。
何故わかるかって?
うふふ、それはね。ハルオキさんが使ってる『領域』と呼ぶスキル。任意で範囲の調整が可能で、その領域内に存在するものに対して、ステータスカードの読み取りや追跡を始めとした様々なスキルによる干渉が可能なアレ。
あれこそが私のアルティメットスキル『嫉妬』なのよ。
本来はハルオキさんがそうしているように、所有者の意思でその入切が可能なんだけど、私が同化したこの『聖光盾イージス』には『自動防衛』の能力があったの。
それらが融合した結果、ハルオキさんが展開するものとは別に、私主導で常時展開状態の領域が形成され、そこから得られる情報をもとに、常に私がハルオキさんを護っているというわけ。
眠らなくていい身体で常にハルオキさんをハアハア……いえ、護ってあげられるなんて夢のよう。
誰よ! ヒロインが盾とかひくわーって言ったのっ?
もう!……まあいいわ。
今はこの子たちの相手が先ね。ハルオキさんの寝込みを襲おうなんて万死に値する。
ふふふ……どうしてくれようかしらん。
◆◇
『警備も何もいないねギル』
『普通の宿だからねガル』
深夜、現代の日本と違い、街灯などはほとんどない王都の夜は、そこに多くの人々の暮らしがあることなど嘘のように静かで、全てをただ闇が深く深く包み込んでいた。
ハルオキが拠点とする宿屋の前に、まるでその闇を切り取ったかのような黒い人影が二つ何処からか現れ、その建物を見上げている。
一メートルにも満たない彼らは『小人族』。この小さな体躯でも、実はすでに成人した立派な大人なのだ。その小さな身体を全て真っ黒な衣装で包み込んだ彼らの姿は、普通に夜道ですれ違ったとて、そうそう気付かれることさえないだろう。
『誰も僕らに気付かない』
『誰も僕らに気付けない』
『『さあ行こう!殺しの時間だ!』』
◇◆
ふふふ、威勢のいいこと……。
いくら身体が小さくとも、黒衣で姿を隠そうとも、その存在がそこにある。それだけで私には丸見えなのよ。
ふうん。『身軽』や『隠業』といったスキル持ち……まさに暗殺者にうってつけね。
私の『見て』いる前で、彼らは実に見事に二階へよじ登り、換気のために半分開いていた窓から音もなく中へと侵入した。
現在、この宿は二部屋しか貸し出されていない。ハルオキさんの部屋の特定など容易いこと。
彼らは迷うことなく部屋に到着し、ドアノブに手をかける……。
『……!』
『……ッ!』
あらあら、ふふふ。
突然、弾かれたように左右に飛び上がり、隠していたナイフを構えて辺りを見回す二人。
でも、やったのは私じゃないわ。
ハルオキさんの足にしがみついて眠る二体の魔物。その羽根が生えたほう……確かムロミだったかしら。
この子が寝ぼけて、スキル『悪寒』を発動させただけ。
ハルオキさんには私がついているから、何の影響も受けさせないわ。でも、モモチって子は魘されているみたいね。
ふふふ、あははは!……面白い。
◆◇
(今の寒気は何?)
(わからない。でも気付かれたわけじゃなさそうだ)
(それじゃあ……)
(それなら……)
((殺し続行!))
そう言ってドアノブに手をかけたギルは……
糸が切れたように、突然その場に膝をついた。
◇◆
ふふふ、させないわよ。
私の『嫉妬』の領域内に踏み込んだ時点で、すでに彼らの運命は決まっているの。
装着者の半径二メートルの範囲を警戒し、敵からの攻撃を光る盾で防いでいた聖光盾。
しかし、今の私にはマトイちゃんという人格があり、その強力なアルティメットスキルを駆使して戦略を組み立てることが出来る。このスキルの本来の使い方は、設定したエリア内に存在する対象の状態を操作すること。
今、私が彼の状態を『昏倒』にして見せたように……。
あら、いけない。もうひとりが背中を向けたわ。
いい判断ね。でも遅すぎ……。
私は、もうひとりに『麻痺』と『沈黙』をプレゼントする。
さて、ここからは私たちも『二人』でお仕置きするわよ。
◆◇
目の前でドアに寄りかかったまま、ピクリとも動かなくなった相棒のギル。
さっきの寒気といい、今夜は何かがおかしい。
彼らとて、これまで幾度となく危機を乗り越えてきた一人前の暗殺者。状況を的確に判断するために不可欠な、危機や異常に対する、ある種の嗅覚を持っていた。
それらが今激しく警鐘を鳴らして、本能が『逃げろ』と叫んでいる。ガルは迷うことなく相棒に背中を向けた。
(……な、何が!)
毒を散布し吸わされたとて、数歩は歩けよう。
だが、振り向いた瞬間、彼の身体はまるで自分のものではなくなったかのように動かなくなった。しかも、意識ははっきりしているのに、大声を出そうにも声が出ない。
続いて、ふわりと浮き上がった自分の体。
(な、ひいぃー!……や、止めて止めて止めて止めてぇぇぇぇ!)
彼の瞳に最後に映ったのは、足元にポッカリと開いた大きな口と、自分を切り刻もうと迫り来る……巨大なハサミであった。
◆◇
ハルオキさんが私のスキルを使えるように、私もハルオキさんの『暴食』が使えるわ。
私は身動き出来なくなった暗殺者の彼を持ち上げ、その真下にハルオキさんのお口を開く。
……そうして、これは私の奥の手。
ハルオキさんも知らない、この領域内で私のみが自由に使えるこの『断罪の蟹鋏』。
鋭利で巨大な、このカニのハサミで……
お料理して……あ・げ・る!
久しぶりにハルオキさんに手料理を食べてもらえたわ。
そう考えたら、切り刻んだあの二人には感謝しなきゃね。
私は愛に一途な女。
ハルオキさんに尽くす盾の乙女よ!