カエルと魔書はゴブリンを育成する?
「そもそもゴブリンというのは最弱の雑魚という認識が強いが、その個体数と他種族の雌を使っても決して薄れぬ強い血故に、無限の可能性を秘めた種族とも言えるのじゃ」
午前中、色々と余計な時間を取られたせいで、仕方なくその日はクエストに出るのを諦めた。宿に戻った俺は、アンからゴブリンの育成に関するレクチャーを受けているところだ。
アンは伝説級の魔書。当然、過去には魔物や魔族の手も渡り歩いており、それら人間では決して知り得ない知識も豊富なのである。
「さて、ゴブリンの進化は初期で大きな二通りの分岐に差し掛かる」
俺は、ギルドで絡んできたモブなんちゃらとの訓練で進化可能になった二人をまだ進化させずにいた。
この子たちの将来に……とか言うと父親みたいだな。まあいい、とにかくきちんと調べて、より良い選択をしてあげたいんだ。
「ひとつは種族進化。細かく進化しゴブリンとしての上位、いわゆる『役職持ち』を目指す道じゃな。弓兵や兵士を出発点として、将軍や最終的にはゴブリン王を目指すことになる。ほとんどのゴブリンは、何も考えずこちらの進化をするじゃろう」
うんうん。定番だよね……。
「もうひとつは異種進化じゃ。ある一定レベルまで原種のままで進化を保留していると、この進化項目が選べるようになるという。確か……雄のゴブリンはレベル100で雌が80じゃったかのう」
「それって別の種になるってことか?」
「うむ。ハルもゴブリンの長のホフゴブリンメイジに会うたと言うておったじゃろう。これはな、進化前の特性や行動、スキル などで、選べる選択肢が変わると言われておる。其奴は頭をよく使うタイプのゴブリンだったのじゃろうの」
確かに、あの群れは脅威となるはずの冒険者を、逆に罠に嵌めようとしていた。高い知能を得ながらレベル100になったというわけか……。
……ん? あいつはもうすぐ200……次の進化が近いってことか。
「ホフゴブリンメイジはあくまでゴブリンの上位亜種。異種進化の醍醐味は、その名の通りまったく違う種族になる可能性を秘めているところにあるのじゃ。かつて、ゴブリンから『魔王』になった者がおったようにのう!」
……へえー、やっぱり魔王とかいるんだ。アレ? アンを封印した面子の中にも魔王がいたっけ。ま、魔王なんて俺には関係ない話だよね。
「じゃあ、異種進化させるとして……あ! じゃあ進化可能レベルまでの過程って結構大事だったりする?」
「まあ当然そうなるのう。そこでじゃ……ワシから提案があるのじゃが…………」
◆◇
「ギルド長、先ほどの話……どう思われます?」
ハルオキが報酬を受け取って帰っていった後のギルドでは、誰にも聞かれぬようギルド長室に場を移し、ワイズマンとジャスミンが密談していた。
「……ふむ。にわかには信じがたい話。だが、あれだけの数のゴブリンを彼が倒したのも事実。群れを全滅させたとの報告も、あながち嘘とは言えないな……」
「それにあの子ゴブリンですよね。幼く、まだ前線には出て来ないはずの子ゴブリンを生きたまま連れ帰る……。これはゴブリンの拠点や巣にでも乗り込まなくては難しいのでは?」
二人を悩ませているのはハルオキからもたらされた、ゴブリンの一族を全滅させたとの報告。生き残りの子ゴブリンは自分が責任を持って育てるから、ゴブリンのクエストは依頼を下げてもらっていいと言う。そして、その証明として提出された八十を超すゴブリンの耳……。
「……彼が嘘を言う理由はない。だが、依頼を下げた途端に、ゴブリンに襲われた話などが舞い込むようなことがあれば……」
「しかし、ゴブリンがいないとの情報を得ていながら依頼を受けさせれば、違約金を払うことになる冒険者の不満が……」
どちらも正論である。
ただ、依頼を貼り続けてジャスミンのいう違約金に関するトラブルに発展するのは、やはりまずいだろうとの結論から明日以降は討伐ではなく『調査』を目的としたクエストに書き換えることで決着がついた。
「しかしギルド長、今回の依頼達成でハルオキさんもすでにDランクです。Cランク認定クエストと仰っておられましたが、すでに必要ないのでは……」
「まあな。だが試験内容自体にはあまり意味はないんだよ。今回の件は、王都の冒険者ギルドから冒険者ハルオキ君に対する期待度の表れ、つまりは良好な関係構築が目的であると言っていい」
「……強い方であるのは認めます。ですが、一個人に対する対応としては、少々入れ込み過ぎなのではないでしょうか?」
ジャスミンの問いかけにワイズマンはすぐには答えなかった。椅子から立ち上がり、彼女に背を向け窓の外を見る。
「彼の前に立つとね漠然と理解してしまうんだよ……自らが狩られる側の存在であると……」
「そんなまさかっ! ギルド長は勇者以外では世界でも五人しか確認されていない……レベル200なんですよ! いくらなんでも……」
ガタッと勢いよく立ち上がり、大声を出すジャスミン。ワイズマンはまあまあとそれを手で制した。
彼女の反応は無理もない。彼、元SSSランク冒険者『爆砕』のワイズマンは、スキル『超越者』を持つ者の中でもほんのひと握りしか到達出来ないとされる人種最高のレベル200。
勇者が行方不明である現在の王都に於いて、間違いなく最強の存在である。
そんな彼が『敵』とさえ認識出来ずに、自らが狩られる側、いわゆるただの『獲物』でしかないとまで言っているのだ。ジャスミンでなくとも、これは当然の反応であるといえよう。
「……まあ、落ち着きなさい。勘だよ……今のところは、ね」
そう言ってワイズマンは再び窓の外を見る。
その先には、人の身では決して届くことのない……高い高い空が広がっていた……。
◇◆
そんな空を悠々と飛ぶ謎の生物……。
「さて、この辺でいいかな」
バルサの沼地から西に進み、森を抜けた先には『ガルマの荒野』といわれる荒れた平原が広がっている。
アンの話を聞いたあと王都から出た俺たち四人は、しばらく歩いてから二手に別れた。俺はムロミを抱いて空を飛び、訓練にちょうど良さそうなこの荒野を見つけて降り立ったのだ。
着地後、すぐに二人を結界で覆い、周りからは見えないようにする。
先ほど、アンが提案したのは各々一体ずつゴブリンを鍛え上げ、どんな進化をするか勝負しようというもの。
アンは、自らの知識から進化の道筋に心当たりがあるらしく、何やら自信満々だった。
ムロミはエクストラスキル『両断』を獲得していたので、それが進化に影響するのを嫌ったアンは、いまだエクストラスキル獲得に至ってないモモチを選んで鍛えると申し出たのだ。
進化のヒントを知ってるなら教えて欲しいと言ってみたが、ニヤリとだけ笑って断られてしまった。
「まずは……そうだな。イメージするってのはどうだ? ムロミはどんな魔物になりたい?」
「……ンンー…………ハルゥ!」
ぶっ、俺になりたいか……見た目は相変わらずだが、なんか可愛くなってきたなコノヤロー!
「俺みたいになりたいってことか?」
「ンートネ、トビタイノ!」
……そっちかーい。