カエルはゴブリンを連れ歩く?
「おいおい、これは魔物……ゴブリンじゃないか」
王都に着いた俺は、まあ予想通り城門で呼び止められた。
だってゴブリンと手を繋いで歩いて来たからね。しかも一人はおんぶされて寝てるし……。
「迷子の子ゴブリンを拾ったんですよ。荷物持ちに育て上げようと思いまして……。あ、一応雌なのは確認済みです」
「ならいいが、明日にでもギルドで正式に登録しろよ。首輪がないとうっかり討伐されかねないぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
一応知識として、魔物を労働力として使う風習があることは調べてあった。ゴブリンやオークなどの人間と性行為に及ぶ可能性がある魔物に関しては、雌しか認められていない。
ただオークに関しては、力仕事に使えるので田舎の村などに行けば、雄のオークを村で厳重に管理して使っているところもあるらしいが……。
「しかし、ゴブリンね。物好きもいたもんだ」
「あははは」
もうマーティンは上がったらしく、別の警備の兵士が手続きをしてくれる。彼は台帳にゴブリンの件を書き、仮の魔物持ち込み許可証を発行してくれた。
……そうだよな。ラノベなら狼少女とかグリフォンとか、そういうキャラを連れて歩くところだよな。
ちなみにだが、俺が彼女たちと話していたのは『魔族語』。魔物共通語とも呼ばれる魔物間でよく使われる言語だ。
無論、人語とはまったく別物なのでゴブリンたちには俺たちの会話はまったくわからない。
もちろん逆もまた然りだ。
「ドウシタノ?」
「何でもない、帰ろう」
「ウン!」
なんか、見慣れてくると二人の姿も愛嬌があるように見えてくるから不思議だ……。
◆◇
「ただいま」
「あ、ハルお兄ちゃんおかえりなさ……い?」
ヤバい……近い目線の高さでいきなりゴブリンを見たマリネが固まってしまった。
「ま、マリネちゃん、大丈夫だよ。大丈夫だからね。怖くないよ」
慌てて声をかけるが、俺を見上げようとする首の動きもカクカクしていて、今にも大声で泣き出しそうだ……。
「××××××♪」
「……え?」
その時、手を繋いでいたゴブリンが驚くべき行動に出た。
なんと彼女は、泣きそうなマリネの前にスッと歩み出ると言葉をかけながら優しくその頭を撫でたのだ。
これは恐らく、さっき耳の回収をしてくれた二人の頭を俺が撫でてあげたのを真似ているんだろう。
何か言葉をかけているが、もちろん、マリネに言葉が伝わるわけはない。だが、その優しげな雰囲気と手の温もりは確かにマリネに伝わったようで……。
「……ごめんなさい、お兄ちゃん。この子たちはおたくさんなの?」
「まあ、そうだな。宿代は払うからお客さんでいい。ただ、色々と問題があるだろうから、部屋は俺と一緒で構わないよ」
部屋が空いてるのは知っているが、後でゴブリンを泊めた部屋などと言われて、宿に迷惑はかけられない。
俺はマリネ同様に戸惑った様子のフランツとアメリアにも、荷物持ちとして俺が責任を持って面倒をみると約束し、なんとか宿に泊めてもらえるようになった。
余談だが、この際に宿代を俺の分まできちんと払うことにした。タダで泊まった挙げ句に好き勝手しているのは、どうしても俺自身が許せなかったからだ。
「どうだ、美味いか?」
「ヘンナアジー!」
「ワカンナーイ!」
食事も部屋まで運んでもらった。
あの様子では、ゴブリンたちと同じテーブルに着くことは難しそうだったからな……。
食事は連日の特訓の成果か、微妙だが何とか食べられるものになっている。二人は、そういう食べ物だと理解し、初めての人間の食事を楽しんでくれたようだったので、少し心が和まされた。
夜、ベッドで横になる俺にピッタリと寄り添うようにしてゴブリンたちが眠っている。
周りは、どちらかと言えば彼女らゴブリンを害獸のように狩る者たちばかり、不安でないはずはない。
そんな二人の頭を撫でながら、当たり前のように二人に触れられる俺は、つくづく……もう、人間ではないんだな、と思い知らされたのだった……。
◇◆
翌朝、昨日の依頼達成の報告と今日の依頼探しにギルドへと向かった。登録をしなければならないゴブリンたちも一緒である。
ちなみに登録には名前が必要だということで、一方を『モモチ』もう一方を『ムロミ』と名付けた。
俺には、どちらがどちらか認識出来るのだが、傍目には特に違いはない。強いて言えば、右の牙が飛び出てるのがモモチ。両方飛び出てるのがムロミだ。
名前の由来が前世での故郷にある地名なのは内緒だが、ゴブリンは基本、名を付けることがないらしく、二人とも飛び上がるほど喜んでくれた。
……街の人たちの視線が痛いな。まあ、スーツ姿の男が両手をゴブリンと繋いで歩いていれば当然か……。
気まずい空気の中、ギルドに到着して扉を開けると、予想通りの視線が突き刺さってくる。
「おい、アレ。例の変な格好の魔法使いだろ?」
「ああ、だが何だあれは? 耳を切るのが怖くて連れて来ちまったのか?」
「ちゅみまちぇーん、誰か代わりに耳を切ってくらちゃーいってか! だっはっはっ!」
「魔法使いだか何だか知らねえが、イカれてやがる」
独り歩きしている噂に、嫉妬している者も多いのだろう。
そんな彼らにとって、ゴブリン連れというのは格好のネタだったようで、あちこちから嘲笑や嘲りが耳に入る。
「ドウシタノ?」
「ドウシター?」
険悪な雰囲気を感じ取ったのか、二人が不安そうに俺を見上げている。
……そうだな。一番不安なのはこの二人だ。俺は何を言われてもいいじゃないか。
「大丈夫だよ。さて登録に行こうねモモチ、ムロミ」
「ウン!」
「ハイ!」
その後も執拗に続くそれらの悪意に耐えながら列に並び、やっと俺の番が来た。受付はあのジャスミンだ。
「おはようございますハルオキさん。今日はえっと……」
「ああ、クエスト完了の報告と、この子たちを荷物持ちに飼うことにしたのでその登録に」
やはり、ゴブリンを労働力にという者は誰もいないのだろう。ジャスミンもしばらくは目をパチパチさせながら俺とゴブリンたちを見つめていた。
「で、ではこちらの申請書にご記入を。あと専用の首輪は有料になりますが構いませんか?」
「ええ、大丈夫です」
もちろん、下調べは万全であった。
この首輪には飼い主の魔力を登録しておき、仮に魔物が暴走や犯罪を犯した時にはその責任を全て登録してある飼い主が負うというものだ。特殊な素材で出来ていて、魔物が自ら外そうとしても決して千切れないとか。しかも魔物のサイズに合わせて伸び縮みするのである。
「書類はこれで大丈夫ですね。では首輪の登録を行いますのでハルオキさんは、ついてきていただけますか」
「はい。すぐ戻るからここを動かないでね」
「ワカッタ!」
「ハーイ!」
登録は受付奥の小部屋で行うらしい。さすがに中に登録前の魔物を連れていくのには問題があるらしく。ギルドの他の職員からもよく見えて近い場所に二人を待たせてジャスミンに続いた。
「では、お願いします」
「はい」
首輪は幅が二センチほどの黒い輪っかであった。
これに魔力を注ぐ際、自分のイメージで色を変化させられると聞き、モモチは桃色、ムロミのは水色にする。
外は混んでいるので、討伐証明の確認もここでしましょうかとジャスミンが提案してくれたところで、俺の耳にそれが聞こえた……。
◆◇
「おら、何とか言ってみろよ!」
「その耳千切っちまうぞ!ひゃっはっは」
「×××!」
「××ー!」
俺の姿が受付の裏に消えると、さっき俺を馬鹿にしていた集団のリーダー格の男がゴブリンたちに近寄っていった。すぐに取り巻きたちもそれに続き、二人はすぐに囲まれてしまう。
包囲から逃げ出そうとした二人を彼らは次々突飛ばし、小さな体はエアホッケーのパックのように弾かれる。
やがてリーダーの男がモモチの耳を掴んだところで、駆けつけた俺は彼らの前に立つ。
「その子を離せ!」
「はあ、聞こえねえなあ?」
「離せと言ってるんだ!」
とぼける男に向かい、俺はさらに声を荒げた。
「おいおいおい、ゴブリンは害獸だぜ!耳を切るのが怖いお前さんに代わって、処理してやろうってんだよ!優しいだろ、ひゃっはっは」
男はそう言いながらさらにモモチの耳を引く。
さすがに、そろそろいいかな……。
「ぐ、てめえ何のつもりだ?」
「俺は離せと言ったはずだ」
一瞬で距離を詰めてみせた俺は、モモチの耳を持つ男の腕を掴んだ。動きが目で捉えきれなかったことに驚いた様子の男たちだったが、多勢に無勢。状況は完全に自分たちに有利であるとの思いが、生じた警戒心を消し去っていく。
「な、なんて力……ぐはっ!」
少し力を加えただけで、男はすぐに痛がりながら手を放した。モモチの身体を支えるために俺も掴んでいた手を放す。
「怖い思いをさせたな。もう大丈夫だ」
「ハルゥ……」
「グスッ……」
さあ、テンプレだ。覚悟しやがれ!