SS アンのお料理教室。裏話?
注 本日二話目。
執筆開始から1ヶ月が経ちました。
その記念に……は大袈裟ですが、ちょっと書いてみました。
「なぜじゃ……なぜ塩を振って肉を焼くことが出来んのじゃあっ!」
「……あははは、いやこうしたほうが見た目がいいかなーって……」
「馬鹿もんがーっ!何度言わせれば気がすむんじゃ、見た目と雰囲気が食べ物でも、中身が毒では客には出せんと言っておろうがっ!」
着物の袖をたすき掛けで上げて、割烹着のような白い上着を着たロリババ……。
「……なんぞ申したか!」
……着た『少女』、アンに怒鳴られ続けるフランツ。
彼女はハルオキに頼まれて、連日彼の料理指南をしているのだが、彼は味音痴とともに、言われたことを素直に出来ないダメ生徒であったようで……。
「ワシはここ数日、塩を振って肉を焼く。と野菜を煮込んでスープの味を塩で整える。しかさせておらんのじゃぞ!どこをどうすれば毒に仕上がるのじゃ、毎回毎回!」
「でも、俺はそんな地味な料理じゃなくてもっと驚きに満ちた……」
「驚き過ぎて、みんな死ぬわ!地味で何が悪い。それがまずは基本じゃろうが!」
フランツの返答をぶったぎり、またアンの怒鳴り声が調理場に響く。その後ろではアメリアとマリネが、失敗した食材や皿や鍋などの後片付けに追われていた。
「……そもそもアメリアよ。なぜこれ程までに料理が出来ぬのに宿屋を始めようなどと思うたのじゃ?」
「私は、実家のコックが作る食事しか知りませんでしたし、外では皆さんこんなものなのかなーと」
「そんなわけなかろう!」
フランツやアメリアたちは『犬人族』。犬顔の『コボルト族』や獸化する『人犬族』と違い、耳や尻尾の違いはあれど魔物より人間に近い種族である。
そのため、古来より人との交わりが多く、今では同じ『人』として社会に完全に溶け込んでいた。
アメリアの父は、王都からそう遠くない土地を治める有力者であり、商人家の次男であったフランツとは、いわゆるかけ落ちというやつである。
互いの家から断絶されてしまった二人であったが、マリネが産まれたと知ると両家の態度は一気に軟化。
やはり『孫』は最強なのだろう。彼が料理を出すのを仕事にしたいと言い出すと、この宿屋を建てる資金から材料、職人の手配に至るまで、全て両家の主にお爺ちゃん(マリネ視点でね)プロデュースで行ってしまったほどの『だだ甘』っぷりであった。
「……はあ、なんということじゃ。過去話に感動もなければ、この状況を打破するヒントもない。まったく、どれだけ駄作なんじゃ? それとも喜劇でも書かせる気かのう」
「まあまあ、良かったらこれでも食べながらお茶にしませんか?」
そう言ってアメリアが差し出したのは、白い生地に所々キツネ色の焼き色がついた薄い焼き菓子。
「これは……アメリアが作ったのか? 先日試した時は、ナイフ一本まともに持てず、下拵えの加勢にもならなかったというのに……」
「ああ、これは材料をこねて焼くだけですから。ポムフと言って、我が家に代々伝わる焼き菓子なんですよ。これだけは幼い頃に仕込まれまして……」
この『ポムフ』、見た目は美味しそうなのだが、基本的にそれ自体にはあまり味がない。実家では蜂蜜や果実を煮詰めたものを乗せて食べたらしいのだが……。
「ふむ、さっきまでの毒と比べればだいぶマシじゃが、これだけを出す店にするわけにいかんからのう」
しばらく考え込んでいたアンは、ちぎったポムフをひと切れ口に入れると、意を決したように三人に向き直った。
「考えれば、これは大きな進歩と言えよう。紛れもなくこのポムフとやらは食べ物じゃ。食べ物が作れるならば、まだ希望はあるやもしれぬ。よし、フランツは洗い物係に回れ! 愛妻や愛娘にいつまでも汚れ仕事を押し付けるわけにいくまい?」
「はっ、わかりました! アメリア、マリネ代わるよ」
しばし、洗い物の譲り合いをしたアメリアたちは、最後には折れ、残りの片付けをフランツに任せることにした。
見ていると手を出しそうだからと二人は調理場を出ようとしたのだが……
「待てい! 二人とも逃がさぬぞ」
彼女たちの通り道は、両手を広げたアンによって遮られた。
「フランツは洗い物を代わってくれた。ならばお前たちはフランツに代わって特訓するのじゃ!」
「……え、でも私ナイフも使えなくて……」
「構わん! この際じゃ、皮を手で剥こうが、落として砕こうが、要は鍋に入る状態に出来れば何でもよい! とにかく始めるぞ、はよう支度をせい!」
それからの調理場には、不自然な破壊音と二人の叫び声が鳴り響いた。
そして三時間後……。
「ただいま」
「あ、ハルお兄ちゃんおかえり!」
最近の日課である薬草採集クエストを終えたハルオキを、マリネが笑顔で迎えてくれた。そしてマリネは、部屋に荷物を置きに行きたいというハルオキの手を強引に引っ張り、何故か食堂へと引っ張っていく。
するとそこには……
「アン。それにフランツとアメリアまで。これはいったい……」
食堂には、ひとつのテーブルの前にアンとフランツたちが立って待ち構えていた。
「ハルよ。心の準備はよいかの? くっくっく……さあ、これを見るがよい!」
まったくノリについていけないハルオキを残し、興奮気味の三人はまるでミュージカルのように大袈裟な動きで左右に避けていく。しばらくポカンと口を開けて立ち尽くしたハルオキであったが、やがてそのテーブルに乗せられているモノに気付き、スキルで『見た』……。
「こ、これは……『食べ物』……だと……」
長かった……。
外食という手段も考えたが、それを聞いた時のフランツたちの心情を考えると王都で外食する気にはどうしてもなれなかった。
まあ、何よりハルオキはクエストをしながら色々とつまみ喰いしていたので、空腹ということはなかったのだが……。
宿で発生してしまった緊急クエスト『普通の食事を手に入れろ!』、そのためには禁断の魔書さえ解放した。
これまでのことがダイジェストになって、ゆ◯の『栄光の架け◯』とともにハルオキの頭の中で感動的に流れていく。
「さあ、はよう! まずはハルオキがひと口試してくれいっ!」
「……ん? わ、わかった」
アンの言葉に微妙な引っかかりを覚えたハルオキであったが、とにかく目の前にあるのが食べ物であるのは間違いない。
バッドステータスの『腹痛』の文字ががチラっと見えたが、そこも目をつぶるしかあるまい。
……ゴクリ。
覚悟を決めたハルオキが、手にしたスプーンを鍋に突っ込み、ゆっくりと引き上げた。
「ぶはっ!」
掬い上げられて来たのは何かの根菜。皮が剥かれてないのか、ひげ状の根が無数に出ていて、切ったというより、ただ半分に折ったと表現したほうがいいほどの、雑で巨大な塊だ。
「いただきます……」
毒よりはきっとマシ。
そう自らに言い聞かせ、それをひと口で口の中へ……。
……まず口いっぱいに広がったのはひげ根のもっさり感。
そしてスープと呼ぶにはあまりにも……そう、この風味には覚えがある。
……うん。これは泥水だ。
ジャリジャリとした斬新な食感は、明らかに砂や砂利のものだろう。
根菜の皮のエグ味と相まって、それらが極上の不快感を醸し出している。
ひと噛みするほどに身体じゅうを駆け巡る、怒りと悲しみはいったいどこに向かえばいいのか……。
「……って、アホか!」
「ぎゃんっ!」
ハルオキは感情の赴くまま、手にしたスプーンをアンの頭に振り下ろした。
プンプンと腹を立てて部屋へと帰っていくハルオキ。
その後ろ姿を見送ったあと、残された彼女たちの食卓には、ポムフと野菜を洗っただけのサラダが並んでいたという……。
「あの様なもの、ワシは食べる気になれんでのう。くっくっく」
ハルオキの食の苦難は、まだまだ続きそうである……。