カエルのひと狩りはやり過ぎる?
領域を自分を中心とした百メートルほどの範囲に限定し展開する。そこには、せっかく彼らが罠に誘導した冒険者二人を逃がした俺に向かって、敵意を剥き出しにした赤い光点がびっしりとあった。
「見える範囲で三十体くらいかと思ったら、木の上や森の奥にいる奴を入れると百じゃきかないかもな……」
強大な存在と認識されて逃げられるのも面倒だったので、沼から上がってからは擬態のスーツ姿のままだったのだが……。
「目撃者はいないし、敵は多数。うん、試すには絶好のシチュエーションだな……」
そんなスーツの背中から、突然二対四枚の翼が生える。
右側二枚は黒い翼。左側二枚は白い翼だ。
「狙いを定めて……まずはこちらを……」
領域内の俺の近くの光点に対して『追跡』スキルのマーキングを行う。とりあえずは計三十五体ってとこで……。
「光剣よ、敵を貫け!」
俺の意思と連動しているので、発射時のかけ声など要らないのだが、まあそこは気分だ、気分。
そのかけ声を合図に、俺の白い翼が光を放つ。そうして次の瞬間には幾本もの羽根が逆立ち、それらが無数の光の刃となって撃ち放たれた。
舞い踊るようにゴブリンに迫り、その急所を確実に突く光剣の群れ。慌てて逃げようとする者もいたのだが、時すでに遅し。『追跡』のマーキングを受けた時点で、光剣の発射イコール彼らの死は決まったも同然だった。
「さて、お次はこっちか……」
俺は再度領域を展開、混乱の中逃げ惑う赤い光点を再びマーキングして的を決める。
「黒剣よ、喰い散らかしてやれ!」
再びの号令。すると今度は、右の黒い翼から黒き刃が無数に撃ち放たれた。
その黒剣は、標的となるゴブリンの急所を避けて突き刺さるが、刺されたゴブリンがいくら引き抜こうとしても刃にギザギザとした返しが付いているので決して抜けることはない……。
「んんー、それぞれの量は全然少ないが、まあ安い回復薬と考えれば使い道もあるか……」
しかも、この黒剣が対象に刺さると、体内の魔力を残らず吸い取られ、吸い取った魔力はそのまま俺の魔力として取り込まれるのだ。
即死せぬとはいえ、深い傷による出血と魔力枯渇による苦しみの両方の責め苦を味わうことになり、ある意味光剣よりもたちが悪い。
これらの翼は、あの超進化とも呼べる過程に於いて、俺の肉体の一部として取り込まれた二つの剣『聖光剣クラウ・ソラス』と『魔剣ダーインスレイヴ』が変化したものだ。
魔剣は別名『魔喰い』と呼ばれていて、斬った対象からの魔力吸収というとんでもスキルを持っていた。
魔を滅し、放てば当たる『必中』を宿した白い翼。
光を貫き、苦痛とともに魔力を喰らう黒い翼。
その名は『聖光翼クラウ・ソラス』『魔影翼ダーインスレイヴ』という、新しい俺の力だ。
ギルドの登録の際に、武器に『投剣』と書いたのは、この攻撃痕を見られる場合を想定したものであった。
すっかり、新能力のテストに夢中になっていた俺は、肝心なことを思い出し、唖然とする……。
……しまった、耳を切り取らなきゃいけないんだった。
目の前には、森に散乱した八十を超えるゴブリンの死体。見るだけでうんざりさせられるが、これらの耳を持ち帰らなければクエストの達成は証明できない。
俺は、死体のある範囲に領域を展開し、耳を回収した個体に印を入れながら、コツコツと耳を切り取って回ることにした……。
……はあ、地味だ。
あれからは狩りを止め、耳を切り取った後の個体を時々つまみ喰いしながら、俺はいつ終わるとも知れない回収作業を行っている。
するとそこへ……
「新たなゴブリン……たが光点は青。敵意はない……と。ならいったい何の用だ?」
領域内にぞろぞろと侵入して来た、新たなゴブリンたち。その数は約二十体。
だが、先ほどのゴブリンたちと違うのは、敵意のないことを示す青の光点であること。
だが、彼らの来た方角は逃走したゴブリンが向かった方向と同じなので、その仲間である可能性が高いのだが……。
「真なる強者よ。我らはこれ以上貴方様に抵抗いたしません。どうかお怒りをお鎮めくだされ」
先頭にいたのは、ボロいローブを着て木の杖を持った年老いたゴブリン。種族が上位亜種の『ホフゴブリンメイジ』となっており、レベルも二百近いので、彼がこの群れの長とみて間違いないだろう。
「まあ、これ以上は要らないし。いいよ、もう殺さない」
すでにこっちは、耳の回収でいっぱいいっぱいだ。無論、これ以上余計な仕事を増やす気などはなかった。
「おお、寛大なる御言葉。我ら一族、この御恩は決して忘れぬと誓いましょう。……ところで、貴方様も人とは異なる存在とお見受けしますが……」
「うん。まあ、いわゆるカエルだよ」
「かえーるー……。はて、初めてお聞きする種族名。我らなどでは知り得ない上位種か希少種なのでありましょうなあ……」
……うーん。ただのカエルなんだけど、まあ彼らの子供でもおやつ代わりに捕まえて食べるであろうその辺のカエルが、こんな特殊個体になってるなんて、言っても信じないだろうしなあ……。
「まあ、いいや。それより事情は聞かないけどさ、もう少し離れてくれないかな。俺、今王都で冒険者やってるから、またこんな依頼が来たら戦わないといけなくなるし……」
「もちろん。我らはこの場を離れるつもりです。血の気の多い反対派の若い連中もほとんどは貴方様に倒されましたので……」
そ、そうなんだ……。まあ、なんかごめん。
とはいえ、派閥とかあるんだなゴブリンにも……。
彼らの一族は、それでもまだ百体以上の個体が残っており、一族の存亡を危惧することもないとのこと。冒険者を逆に罠に嵌めて倒そうとしたあたり、あのリーダーはかなり経験豊富で頭もいいのかも知れない。
俺が追撃してくる可能性を考慮した上での降伏も、清々しいまでに見事だったし……。
ただ、あのね……
「ソレ、チガウ。ギャクネ、ギャク」
「アレーチガッタカナ」
俺の視線の先で、倒したゴブリンが持っていた短剣を手に、花でも摘むかのようにキャッキャと耳を切り取っているのは、身長七十センチほどの緑色の皮膚をした子供たち。
頭と手足はやや大きく、耳は人より尖っていて、裂けたような口からは時折その牙が覗いている。
『我々の貴方様への絶対服従の証です』とは、よく言ったものだが、図書館で見た資料などでも、雌のゴブリンは例外なく繁殖力が低く、繁殖には人などの他種族の雌の個体をさらってくることが多い。戦力としても雄の個体に劣り、その結果、早死にする場合がほとんどである。って書いてあった。
……つまりはアレだ。人質とは名ばかりの厄介払い?
若いゴブリンには同族意識が低く、事実共食いなども多いらしい。だからだろうか、長老たちに置いていかれた彼女たちも、俺がせっせと耳の切り取りを急いでいると、嫌な顔をするどころか手伝うとまで言ってきてくれたのだ。
おかげで俺は、まだ未回収の死体の位置を指示して、彼女たちが楽しそうに競って持ち帰る耳を受け取るだけでいい状況なのである。
「オワッター!」
「オワッタヨ!」
何でこんなことになったのか、よくわからんが、作業が終わったと嬉しそうに駆け寄ってくる無邪気な二人に罪はない。
何より俺自身、魔物なんだからな……。
「ありがとう。助かったよ二人とも」
「エヘへー」
「ニッシッシ」
労いに頭を撫でてあげると、二人は実に嬉しそうだった。
見た目はアレだし、これじゃあ以前読んだハーレムラノベには程遠いけど、主人公もカエルなんだから、こんなんもアリかな。
俺は、二人と手を繋いで沼地に行き、血で汚れた身体を洗わせる。そしてアイテムボックスから取り出した布地と紐を使って、簡単な服っぽいものに仕立てて着せた。
……これは、色々と揃える必要があるだろうな。
珍しい格好をさせられて興奮ぎみの二人……二ゴブ? いや、二人でいいか。に、ぶら下がられたり、手を引かれたりしながら、俺たちは王都に帰っていった……。