カエルは大魔法使い?
……え、何この空気?
ギルドに到着したのは、やや陽も傾いた夕方。
このくらいの時間帯になると、朝、依頼を受けて出かけた連中が街に戻り、依頼の完了報告や報酬の受け取りなどを行っているので、一階のホールにはかなり多くの人がいた。
「……お、おい」
「ああ、間違いない。奴だ……」
「マジかよ……」
……えっと、皆さん何の話?
俺が戸を開けてギルドに入ると、あちらこちらからそんな意味深な会話が聞こえ……
……ええええええっ! 何これ?
いきなり人混みが両側に割れて、道が出来た。
「あ、ハルオキさんですね! お待ちしておりました」
「……は?」
まるでモーゼの十戒さながらの道を作ってしまった俺を見付け、カードを作るのにもお世話になったあの受付嬢が俺を……
待っていたって何? ポッポの実ってそんなに希少? あんなに沢山実をつけてたけど……。
「詳しい話は別室にて。皆さんもお待ちですので」
「……皆さん?」
……え? どんだけ人気なのポッポの実? 皆さんって、これで足りるのか……。
「失礼します。ハルオキさんをお連れしました」
「ああ、入ってもらいなさい」
受付嬢の彼女がノックをすると、中からはやや年配らしき男性の声がした。その指示に従い、彼女によってその扉が開かれると……。
「あれ、ミリーナさん?」
……ポッポの実関係なかったーっ!
「君がハルオキくんだね、待っていたよ。まあそこにかけなさい。……と、そちらのお嬢さんは?」
「俺の連れで、アンといいます。王都に着いたばかりなので冒険者登録をと思いまして……」
「ふむ、ジャスミン。彼女の手続きをしてあげなさい」
「かしこまりました。では、アンさんはこちらへ」
室内にいたのは、髭をたくわえた年配の男性と、やや豪華な軽鎧を身につけた騎士風の若い男性、そして図書館で世話になったミリーナだった。
年配の男性は、入ってきた俺がひとりでないことに気付くと事情を聞き、さっきの受付嬢、ジャスミンを呼んでアンの登録を頼んでくれた。
「……さて」
ジャスミンとアンが退室し、俺がミリーナの隣に腰掛けると、年配の男性がやや鋭い視線を向けてくる。
「自己紹介がまだだったね。私はここのギルド長、ワイズマンという。こちらは王都護衛騎士団団長代行のユリウスだ。ミリーナは、知っているね」
「はじめまして、ハルオキです」
……え、いわゆるギルマスに騎士団長? 何やったの俺?
「単刀直入に聞こう! 貴様はあの……」
俺の挨拶が済んだ途端、ユリウスがまるで食って掛かるように問いかけてきた。だが、彼の前に手を伸ばしたワイズマンによって、それは制される。一瞬見えた彼の鋭い視線。この爺さん、さすがにただ者ではなさそうだ……。
「すまんが、まず確認したい。君は『黒の書』という名に聞き覚えは?」
「……いいえ。聞いたことがありません」
……やっべー、間違いなくアンの件だ。え、何? 泥棒的な意味で疑われてる、俺?
「……そうか、知らんか。無理もない。あの色狂い……ゴホン! 勇者タツヒコ様が迷宮で見つけて持ち帰るまで、単なる伝説やおとぎ話の類いだったからな……」
確かに、アンは二百年もの間封印されていた。それは人々の記憶からその存在を消し去るには十分過ぎる時間であったろう。
「……これは一部の司書のみにしか教えられていなかったことなのですが、図書館の最奥の封印区画にそれが保管されていたんです」
「それが、突然消えたのだ! 言え! 貴様何か知っておろう!」
ミリーナの言葉に続くようにして、ユリウスがまたしても身を乗り出す。
「止めんかユリウス殿! 話が進まん! 話を聞く気がなければ退室されてはいかがかな……」
結論を急ぎ過ぎる彼の態度に、さすがに苛立ったのかワイズマンがやや声を荒げた。ただ、その威圧の矛先は知らぬふりをしながら聞いている、俺にも向けられているように感じられる。
「どこまで話したか……そうそう魔書が消えたところか。さてハルオキくん、君は『幽霊』と話したと言ったね?」
「ええ」
……さあ、こっからはオール嘘っぱちだ。がんばれ俺!
「あの幽霊は、俺の身体に入り込み直接頭の中に話しかけてきました。正確には一方的に話されただけですが……」
俺の言い分を何故かうんうんと満足そうに聞くワイズマン。ギリギリと歯軋りが聞こえてきそうなほど憤慨した表情のユリウスとは完全に対照的だ。
「……つまりだ。君はあの伝説の『黒の書』と対話した。つまりは資格ある者と認められたわけだ! そうだね?」
……ええ! なんか解釈が都合良すぎない?
「資格がどうかはわかりませんが、確かに話しはしましたね」
「やはりかっ!」
……わっ、ビックリしたぁ! いったい何の話だよ……。
俺が言葉を返すと、ワイズマンは自らの膝をパンっと叩き、我慢出来ないとばかりに大声を上げた。
◆◇
「……それで、魔書に認められるほどの素質を持つ有能な魔法使いだと誤解されたのか?ほっほっほ、此度の主人公は話題に事欠かんのう。愉快愉快!」
「半分はアンのせいだろう。歴史上、後世に名を残したような大魔法使いしか話すことが出来なかったとか聞いてないぞ!」
「ほっほっほ、まあ半端な者では吸い殺されるだけじゃしの。それよりも、ハルが何もかも嘘で塗り潰そうとするから、結果真っ黒になるのじゃぞ」
「……他人事みたいに」
あれから、ワイズマンからは指名依頼が出せるCランクまで上げたいと言われるわ、ユリウスからは疑わしいから勝負しろと言われるわで大変だった。
結局、ランク上げは一度お試しでギルドからの特別依頼を受け、その結果次第。
ユリウスとの手合わせは、その依頼達成後に最終試験として行われることが、勝手に決まった。
そんなわけでギルドから解放されたのは、夜もすっかり更けてからになったのである。
「まあ、悲観することもあるまい。魔導の叡知の結晶とも呼べるワシがついておるのじゃ。それにハルの並外れた魔力。大魔法使いというのも、さほど的外れではあるまいて」
「そういうもんか? でもこういうのってだいたい……フラグになるんだよな……」
宿に戻ると、フランツたちにアンを紹介して隣の部屋を借りた。もちろん料金は払ってである。
フランツ一家は、初めての正式なお客さまだと言って大層喜んでいたが、もしもし……誰か忘れてませんかね?
◇◆
「……ハル見たか。フランツとやらはスキルが『調理』ではなく『調合』になっておったぞ……」
「……マジか」
翌朝、アンにも一度体験してもらおうと、宿でフランツが作った朝食を食べた。最初こそ、興味深いと言って口にしたアンであったが、ひと通り手をつけると用事を思い出したとベタな言い訳をして部屋に戻っていったのだ。
「……アン、お前に任せるからな……アレ」
「それは難題じゃ。余計なスキルのないアメリアに教えたほうが楽そうじゃのう」
「伝説の魔書なんだろ? 頼んだぞ」
「ワシを調理指南に使うた所有者など、前代未聞じゃ……まったく」
不満そうなアンだが、こいつも昨夜魅力的な料理や食材も物語を彩る重要な小道具じゃ、などと言っていたんだ。何より、そのために封印解いたんだから頑張ってもらおう。
……その日から宿の調理場には、一日中アンの怒鳴り声が響くこととなるのだった。
いつもお読みくださっている皆様、本当にありがとうございます。
申し訳ありませんが、お盆期間の十三日から十五日までの間は更新をお休みさせていただきます。
盆明けの再開をお待ちくださる方が、おひとりでもいてくだされば幸いです。
猛暑が続いております。
皆様、お身体には十分お気をつけくださいませ。