カエルは、なんとなく採集クエストとかしちゃう感じで?
……あれで信じるとはな。
あれから、中の衛兵と受付のミリーナを起こし、即興で作った話で事情を話した。
「……そういうわけで、その霊はここの本を読んで満足したと言って消え去りました。もう幽霊騒ぎは起こりませんよ」
「眠気を感じたら突然幽霊に乗り移られたぁ! 体は大丈夫なんですかハルオキさん?」
ミリーナさんは優しい人だな。俺が作った話を疑いもせず、今日はじめて知り合った俺のことをずいぶん心配してくれていた。
外に出た俺は再び実体化したアンと一緒に、とりあえず彼女の身分証を作ろうと、今日二回目となる冒険者ギルドに向かっているところだ。
そう言えばミリーナさんが、冒険者ギルドに報告しておきますね、と言っていたが何か関係があるのだろうか……ん?
「なあアンよ。街にいないはずの人間が身分証を作りに冒険者ギルドに行くのは……変……だよな?」
「なんじゃそれは、謎かけかの? まあ普通に考えればそんなことは絶対起こらんじゃろうの」
「だよな……」
「無論じゃ!」
「ってアン、お前のことだからっ!」
そうだ。魔書として運び込まれたアンには、この街に入って来た記録がない。このままギルドに行くのは色々と問題があるか……。
「アン、すまんがまたしばらく姿を隠しておいてくれるか?」
「なんとも落ち着かんもんじゃのう。まあ、我が所有者の命じゃしの、仕方あるまい」
「……ごめんな」
「気にするでない、冗談じゃ。なにせワシは二百年耐えたのじゃから、今さらじゃよ」
アンは悪戯っぽく笑って姿を消した。
そうは言われても……人々の身勝手な都合で命を与えられ、自我があるにもかかわらず他人の思惑により二百年も封じられる。
これほどの仕打ちにあっていながら世界を怨むでもなく、あの様に笑って見せられる彼女を、俺は素直に凄いと思う。
……だからこそ、出来るだけ自由にさせてあげたいんだよな。
そんなことを考えながら歩いていると、程なく冒険者ギルドに到着した。
◆◇
「さて、どうしたもんかな……」
俺は今、ギルド一階の依頼書が貼られたボードの前にいる。
「もう昼過ぎだ。今から行って帰って来れる依頼は……と」
『ポッポの実を見つけて来てほしい。大至急!』
『迷子の子犬を一緒に捜して!』
『誰か試しに夕食を食べに来ませんか? 注意、毒に耐性のある方限定』
…………うん、二択だな。ってかフランツ何やっとん! もう堂々と毒って書いてるやん!
「すみません。このクエストを受けたいんですが……」
「はい。ポッポの実の採集ですね。王都の城門を出て壁伝いに西に行けば群生地です。ただ、最近魔物の目撃情報がありますので、危険を感じたらすぐに引き返してくださいね」
「…………はい」
……いや、あのね。俺Fランク用の依頼から選んで来たんだけど、魔物いるから危険なら引き返せってどうなん?
そこまでの危険があるのなら、もっと高ランク向けにするとか、しばらく立ち入り禁止にするとかの手段があると思うのだが。
しかし、とりあえず外に出られるからちょうどいいか……。
俺は実の特徴などを聞き、初めての依頼をこなすべくギルドを出発した。
◇◆
「おお、確かハルくんだったかな?」
「こんにちはマーティンさん。そうそう、これを……」
城門の所にはちょうど昨日会ったマーティンが立っていた。俺は仮の滞在許可証とギルドカードを渡し、身分証が出来たことを報告する。
「ほう、やっぱり冒険者になったか……だが、くれぐれも無理は禁物だよ」
「はい、ありがとうございますマーティンさん」
「これでハルも王都の住人だ。私のことはマーティンで構わない。何かわからないことがあればいつでも聞いてくれ」
そう言うマーティンからギルドカードを受けとると、俺は城門の外に出た。
「確か、壁伝いに西へだったな……と、そろそろいいぞ、アン」
「ハルよ。一旦街を出たのはいいのじゃが、何ゆえ依頼とやらを受けたのじゃ?」
「まあな、色々あるんだよ……」
確かに、アンを伴って再び街に入るだけなら冒険者として依頼を受けてくる必要はない。
依頼の途中で、俺の同郷であるアンと偶々会ったということにする。そのために街の外にというのはあくまでも理由のひとつ。
実は、お昼は食べに戻るんでしょと宿のアメリアに言われていたのをすっぽかしたのと、出来れば夕食も済ませて来ました的な理由付けに、一つくらい依頼を受けて帰らなければ、それらの言い訳が成立しないからである。
……しょうがないじゃん。あれ毒なんだし。
実体化したアンと一緒に目的地を目指す。
図書館で多少調べたが、王都というだけあって、この街は王国内では最も大きいらしい。
俺やアンならさして苦にもならないが、漠然と壁伝いに西と言われてもこれだけの移動距離だ。報酬も微妙だったし、受ける者がおらずに余っていたのも頷ける。
「……よもや気付いておらぬわけではあるまい?」
「ああ、さっきからずっとだな……」
目的地が近付くと、森の中から俺たち二人をじっと見ている視線を感じる……例の魔物だろうか。
「んんー、脅威ってほどの感じではないからな……放っておいてもいい気がする」
「確かにの。ワシとハルが揃うておって危機に陥るなど想像もつかんしのう」
視線を向けられているのは面白くないが、わざわざ領域を展開してまで調べるほどの相手とは思えない。それに、アンも言うように俺たち二人をどうこう出来る存在など、まあそうそういるはずもないだろう。
「これって……唐辛子?」
「なんじゃそれは?」
「……いや、何でもない」
目的地に到着した俺たちは早速ポッポの実の採集を始める。群生地に着けば、赤い実がなってるからすぐわかりますよとギルドの受付嬢が言っていたが、確かにそこには目を引く赤い実が大量になっていた。
しかもそれは、俺の記憶の中にあるいわゆる『鷹の爪』あのピリッと辛い唐辛子そのものだったのだ。
「辛っ! でもこれなら意外と、向こうの知識で何とかなるのかも知れないな……」
少しかじると、やはりこれは唐辛子である。
名前や見た目は多少違えど、向こうの世界と同様の食材があるのなら、かつての知識が役立つかも知れない。
俺は、毒物で始まった食生活に、確かな光明が見えた気がした。
ポッポの実をある程度採集し、群生地をあとにする。
……群生地というより、まるで畑だな。
あまりに大量にそれも一ヶ所に群生していたので、ふと、そんな疑問が頭をよぎった。いまだに続くあの視線も気になったが、本来の目的はアンを街に連れて入ることだ。
俺は、とりあえず今は考えないようにして城門へと引き返した。
「……なんだハル。さっそく犯罪か?」
城門に戻るとまだマーティンがいて、いきなり失礼すぎるひと言で迎えてくれた。
「違うよ。実はな…………」
俺はまた、俺を拾った魔法使いのところの知り合いが偶々同じように修行の旅に出され、依頼の途中で偶然会ったという『作り話』をした。
「なるほどね。しかし、それほどの魔法使いが世にも出ずに弟子を育て上げているなんて……たいしたお方だ」
……うん。いないけどね。
アンももちろん鑑定水晶でも問題は見つからず、再び彼女の分の仮の滞在許可証を貰ってマーティンと別れる。
さて、次はまた冒険者ギルドか……というか、今日一日ってやたら濃くない?