このカエル、暴食につき?
「さて、始めるか……」
手始めに、図書館全体を強力な結界ですっぽりと覆う。幽霊騒ぎの影響で、外から人が入って来ないのは好都合だ。
「ミリーナさん、ちょっとだけごめんね」
結界内の全てに即効性の睡眠ガスを散布し充満させ、中に残った十二人全てを眠らせる。念のため全員のステータスカードを確認したが、全て状態異常『眠り』になっていた。
「よし!」
『ほほう、それがハルの本来の姿か……実に興味をそそられるわ』
誰にもバレない状況を作り、俺は本来の姿に戻った。
相変わらずのただの闇のくせに、アンはずいぶん興奮してるように見える。
「確認しとくが、封印さえ解ければ自分で歩いて出てこられるんだな、格子戸を壊さずに?」
『無論じゃ。それくらい児戯にも等しきことよ』
「封印されてるくせに偉そうなこったな……じゃあ、いくぞ!」
俺はそう言って、さっき図書館内を探るのにも使った『領域』を展開する。まるで一枚ずつフィルターをかけていくようにしながら、領域内に存在する物質の中から真っ黒アンと同じ魔力を放出する対象のみを抽出……。
「あった。これがアンの本体『終わりなき物語』!」
見つけた魔書には、強力な封印と思しき鎖のようなものがグルグルと巻き付いている。よくよく見ればその鎖には小さな鱗のようなものがあり、まるでかつてイラストで見た竜の皮膚のようだ。
……『竜鎖封印』か、なるほどね。
俺はその封印のステータスカードをめくり、情報や数値を確認した。これなら何とかなりそうだ……。
「アン、気を引き閉めていろ。飲まれるんじゃないぞ!」
そう言って俺はさらに魔力を高め、進化によって得た新たな力。エクストラスキル『大食漢』の系統最上級。アルティメットスキルを発動させる……。
「さあ、ランチの時間だ。あの封印を喰らい尽くせ『暴食』!」
もし……その光景を目の前で見た者がいたなら、その異様さ故に心に消えないトラウマを抱えることになるかも知れない。
まるで群がるようにその竜鎖に襲いかかるのは、夥しい数の地面から生えた『口』だった。それらは飢えているかのようにガツガツとひたすらに竜鎖を噛み砕き、次々と咀嚼する。
固い鎖のように見えていたそれを、柔らかな蛇の身体を食い散らかしているかの如く、噛み、引き裂き、千切り、砕いて、喰う。
実は以前、街まで案内させようという考えから、ダルムとキッシュをスライムどもから助ける時にもこのスキルを使っている。あの時は特に周囲に配慮する必要がなかったので、全て丸飲みにしてやったのだが……。
「さすがに、アンの本体かじっちゃいましたてへぺろーじゃ、洒落にならないからな……っておいアンどうした、大丈夫か?」
『…………まさか『大罪持ち』じゃったとはの。本当にハルへの興味は尽きぬわ』
何やら、ボソッと嫌なキーワードが聞こえたが、今は集中しなければスキルを暴走させかねない。
俺は懸命に制御しながら、竜鎖のみを喰い尽くしていく。
そうして、それらが全て俺の胃袋に収まると、久々の電子音が鳴り響き『竜鎖封印縛』という新たなスキルを手に入れていた。
「ふう、何とか解除出来たぞ……ってあれ? アンどこいった?」
さっきまで俺の傍にいた真っ黒なアン。
解除が成功したことを伝えようとすると、もうそこには何もいなかった……。
「やべ、料理の知識習う前に逃げられたのか? ……っ! これは……」
突然、図書館の最奥から漂う強大なる魔力の気配。それは俺が結界を張っていなければ、王都が未曾有の混乱に陥るであろう災害級のレベルのもの。
「久々に自由になれたんで遊んでやがるなアンのやつ。結界外してたら一大事だったぞ……」
『人は目覚めたら背伸びをするじゃろう。同じようなものじゃよ』
「いやいや、どんだけ危険な背伸びだよ。それより、その姿が……」
『そうじゃ、これが我が本体『終わりなき物語』じゃ』
フワフワと漂いながら器用に格子戸の隙間を抜けて来て、俺のちょうど顔の前に浮かんでいる一冊の本。
厚さ約十センチはあろうかという分厚い本で、表装は全てさっきの真っ黒アン同様、どこまでも深い闇のような黒。古代文字で書かれたタイトルと裏表紙に描かれた魔法陣は金で、各所には銀色の金具があしらわれている。
『さて、ハル……いや、我が正統なる所有者となりし者よ。契約の証として、ここに血印をもらえるかの……』
いきなり血印と言われ怪しげだと感じたのも事実だが、さっきまで話していた感じでは、この場面でわざわざ俺を騙すようなやつではないと思う。何より、こいつ自身で破れなかった封印をあっさり破ってみせた俺と敵対するような気は起こらないだろう。
「よし、これでいいのか……」
指定されたページには金色の魔法陣があり、言われるままにその中心に血印を押すと、それは眩い光を放ちながら吸い込まれるようにして消えた……。
そうして次の瞬間、パラパラと幾つものページがめくられていき、とあるページよりさっきの真っ黒アンに酷似した闇の塊が流れ出していく。
それは地面に触れた足下から順に、先ほどとはまったく違った造形を作り出しながら、やがて自らの本体である魔書を抱えた、ひとりの少女の姿になっていった。
「……って、何で和服っ!」
そう、目の前の少女は年齢にして十歳ほど。艶やかな黒髪。その前髪は眉にかかる程度、それ以外は肩の辺りで真っ直ぐに切り揃えられており、頭のてっぺんにはその凛とした雰囲気をやや壊す、いわゆる『アホ毛』がピョコンと立っている。
瞳の色は、闇を映したような深い黒。その端正でいて、どこか可憐な顔つきは、さぞや見る者を惹き付けることだろう。
身に纏うのは、やや変則的なアレンジが加えられてはいるが、明らかにベースは振り袖だ。襟や裾、袖口などにレースをあしらった純白の襦袢に着物は深い闇の黒。
黒い帯にはあの竜鎖にも似た白銀の鎖が帯紐のように巻かれており、足には何故か靴底が厚めの黒革のロングブーツ。
「おかしいかの? ハルの名からとある異世界に縁のある者と推測し、それに合わせてみたのじゃが……」
「まあいいんだけど……それに声まで」
ちゃんとした実体を得たからだろう。さっきまでの中性的でどこか篭ったような声と違い、今はその姿に相応しい可愛らしい声になっていた。しかし……
……年寄りくさい話し方は変わらないのか。
「ところで……えっとネバー……」
「アンでよい。ハルが付けてくれた名じゃ。我が名はアンと呼ぶがよいぞ」
「じゃあアン、姿を消したりは出来るのか? ここから本を持ち出すわけにはいかないし、いきなりひとり増えましたじゃ言い訳のしようもないんだが……」
俺は、いつものスーツ姿の擬態に戻りながらアンに問う。さすがにみんなを眠らせたまま黙って立ち去るわけにもいかないので、帰りには出口でチェックを受ける必要があるのだ。
「ふむ、それくらい造作もないぞ。ハルのように個体情報を偽ることも可能じゃ」
「それはすごいな!」
「当然じゃ、どれだけ永く世を見てきたと思うておる」
「……なあ、アンって何歳?」
「おなごに歳を尋ねるのは、まなー違反じゃ!」
……ま、こんな会話もある意味テンプレだよね。
昨日、ネットで何気なく本作のタイトルを検索したところ、とあるアイドルの方が『ゲコゲコゲコクジョー』という言葉を頻繁に使っておられたのを見つけました。
そこで、誤解や混乱を避けるため、タイトルから『ゲコゲコ』の文字を消して、多少の変更をしております。申し訳ありません。
ブクマなどで、本作をお読みくださる方がおられるのを知り、おかげさまで大変楽しく執筆をさせていただいております。
未熟な素人ではありますが、今後ともお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。
氷狐