カエルは図書館にて幽霊と出会う?
「はい。確かに確認いたしました」
図書館に戻った俺は、朝と同じ受付の女性に出来たばかりのギルドカードを提示し、鍵付きの格子戸を開けてもらって中に入った。
ずいぶん厳重なものだと思ったが、現代のように印刷技術が発達しているわけではないので、本は基本手書きの一点もの。もしくは誰かが書き写して数冊作った程度なので、かなりの高額なのだ。だから、持ち出しはもちろん厳禁で、帰りにはボディチェックを受けないと出してもらえない。
「奥にある第二区画からは、冒険者ならAランク以上。もしくは王家や一部貴族が発行する許可証をお持ちでないと入れませんので、ご注意を」
そう言われると確かに、正面通路の奥には再び格子戸があり、二人の兵士が両側に立っているのが見える。
……まあ、別に魔導書とか機密文書を見に来たわけではないし大丈夫だろう。
そう思っていた時が、俺にもありました。
「……うそ……だろ……」
「いえ、本当です。調理に関する本は大変貴重で、秘伝書や魔導書に近い扱いになります。ですので、第二区画以降に入らねば閲覧出来ません」
確かに、わざわざ調理の方法を一冊の本にまとめようとする人など滅多にいないだろうし、そんな手間をかけてまで後世に伝えようとした高度な技術を、誰もが手軽に読んで一家の晩ごはんの食卓にでも出された日には、著者の偉い人も浮かばれまい。
だけど……せっかく冒険者登録までして来たってのに……。
「まあ、見られないものは仕方がない……。とりあえず、この世界関連の書物を片っ端から読み漁るとするか」
頭を切り替え、歴史や風土、地理や生物、植物など様々な文献をかき集めて読書スペースの大きなテーブルの上に山積みし、椅子に腰かけてそれらを数冊ずつ目の前に広げて読み始める。
一見すると、ページをめくって遊んでいるように見えるだろうが、俺のスキル『全周視認』改め、『索敵』や『並列思考』などの幾つかのスキルが統合されて出来た『新スキル』によって、全てを読み取り、内容を把握することが可能なのである。
「まあ、すごい量ですね! 何か調べものでも?」
「ええ、知らないことは何でも。俺は何もない田舎で育ちましたので……」
「そうなんですね。あ、よろしければどうぞ」
そう言ってカップに注がれたお茶を差し出してくれたのは、さっきの受付の女性だった。彼女はミリーナといい、ここの司書を務めているらしい。
床に着きそうなほど長い紺のロングスカートに、フリルやレースのあしらわれた上品な仕立ての長袖のシャツ。赤茶色の髪は全て後ろに流してお団子にまとめ、そばかすのある地味だがとても優しそうな顔立ちに、金属のフレームの眼鏡をかけていた。
「ここに市民の方が来てくださるのは、ずいぶん久しぶりです」
「……え、そうなんですか」
ミリーナが傍に立ってからも俺の手は休むことなく次々とページをめくっている。だが、彼女がボソッと囁いたそのひと言で俺の手はピタリと止まった。
……何か事情があるのだろうか、彼女はずいぶんと寂しそうだ。
俺はカップを手に持ち、ひと口お茶を飲むと身体を彼女の方へと向ける。
「あ、ごめんなさい私ったら。でも……そうね。隠してもいずれわかることですものね」
「……いったい、何があるんです?」
「実は……ここ……出るみたいなんです」
「……はい?」
「だから、その……幽霊が」
「はいいぃぃぃ?」
◆◇
彼女が言うには、それはひと月ぐらい前のこと。
最初は、夜間の警備の兵士の間で広まりだした『黒い影』の噂だったという。しかし、まあこういった古い建物にはよくある話だと、目撃したという兵士が臆病者呼ばわりされる程度で済んでいたのだが……。
ある日の昼頃、図書館にはいつものように多くの住民が集い、書物を読みふけったり、書物について熱く語り合ったりして過ごしていた。
ひとりの男が読んでいるページを広げたまま、お茶のおかわりを注ごうと席を立つと、背を向けた途端にパラパラとページがめくられる音がする。
ここには換気用の窓も幾つかあるので風か何かだろうと思い、読んでいたページに戻すと、男はその上に金属で出来た備え付けの重しを置いて固定した。
安心した男は再び背を向け……
パラパラパラパラ……
驚いた男が恐る恐る振り返ると、重さ約一キロはある重しが宙に浮き、パラパラと勝手にページがめくられていくではないか。
「ぎゃあああーっ!」
男の叫び声で振り返った場の全員が、その異常な光景を目撃し、口々に悲鳴を上げながら我先にと逃げ帰って行ったのだ。
◇◆
「……その噂は半日足らずで街中に広まり、最初は肝試しにと数人が訪れましたが、やはり……」
「みな同じような経験をして、誰も来なくなったと……」
「はい」
…………やっぱり、アレのことだよな。
さっきも触れた『新スキル』なんだが、これにより俺は自分を中心とした一定範囲内に存在する全てを把握することが出来る。それはオンオフが可能で、さらにはその範囲を任意で調整することが可能。
頭の中にはまるでゲームのマップ表示みたいに見えていて、俺に敵意を持つ存在は赤、それ以外は青で表示される。王都に来て知ったが、知人と認識した者は緑で表示されるようだ。
それらの光点には例のプラカード(今後はステータスカードと呼ぶことにしよう)が浮かんでいて、名前や種族が書いてある。もっと詳しい情報が知りたければ、さらにめくって内容を見ることも可能だ。
話を聞きながら、これを図書館内に限定して展開してみたのだが、視認出来るミリーナと二人の衛兵。それに別室にいるであろう他の司書や職員、交代の衛兵などの合計十二の青い光点。
無論、虫や鼠なども対象にすれば光点だらけになるかも知れないが、今回は除外してある。
問題は第二区画のさらに奥。封印区画といわれる場所にユラユラと漂う十三番目の光点。その色は黒で、しかもそのステータスカードには『アンノウン』の文字のみ。
……この読書スペースで心霊現象があったと言うし。
「……当然、そう来るよな」
「どうかされました?」
「ああ。いえ、そろそろ調べものの続きがしたいので……」
「あら、すみません。お邪魔でしたね」
「いえいえ、お茶美味しかったですよミリーナさん」
多少失礼な言い方になったが、俺はそう言ってミリーナを遠ざけた。空になったカップをトレーに乗せた彼女が、入口側の格子戸の向こうに出ていったのを確認し、俺は自分の目で第二区画の格子戸の辺りを見る。
さっきまでいた封印区画をスーっと抜け出し、フラフラしながら第二区画の格子戸までたどり着いた黒い光点。その正体がそこに……いた。