俺だよ、オレオレ……サギじゃなくてカエルだよ?
「じゃあ、警備隊に一応理由は話してあるから。俺たちは先に戻らせてもらうよ……えっと?」
「ああ、ハルオキです。呼びにくいでしょうからハルでいいですよ」
王都の城門の前で、ここまで送ってくれた冒険者の二人に別れを告げる。道中話を聞いてみたら、彼らが以前俺を踏んだ冒険者だったのには驚いた。
「ハルか……俺はキッシュ。こっちが連れのダルムだ。まだやっとFからEランクに上がったばかりの新人冒険者だが、君よりは色々わかるつもりだ。何か聞きたいことがあれば『オークの涎亭』を訪ねてくれ」
「そうさせてもらいます。ありがとうございました」
……つか、何だその宿屋のネーミングセンスは?
そんなことを考えながら門の中に消え行く二人を見送っていると、彼らに話を聞いたであろう兵士が一人、俺に向かって歩いてきた。
「はじめまして。俺はここの警備をしているマーティンだ。だいたいの話は聞いたが、簡単な手続きもある。とりあえず向こうの詰所までいいかな」
「はい、わかりました」
マーティンに連れられて警備隊の詰所に入った俺は、薦められるまま椅子に腰かけ、さっきキッシュにも話した『それっぽい作り話』を聞かせた。
「なるほどね……わかった。では次にこの水晶に手を乗せてもらえるかな」
「はい」
……うわ、これもテンプレな例のアレだよね。ヤバい、ドキドキする。
「なるほど……ハルオキ。十七才か、正直もっと上かと……まあいい。レベルは40か、その歳にしてはなかなか鍛えているようだな」
「……あの、これは何でしょう?」
まあ、だいたいの想像はつくのだが、やはり聞くのもまたテンプレだろう。
「ああ、すまない。これは簡易型の『鑑定水晶』だ。名前や年齢、職業やレベルが表示される。さらには、相手の嘘も見抜けるって代物さ」
「へぇー、スゴいですね」
「そうだろう。まあ、君の話が嘘じゃないって確認出来たからこその種明かしだがね」
そう言って自慢気に胸を張るマーティン。だが、嘘を見破る部分は正直あまり口外しないほうがいいと思うがな……。
「さて、王都は他の自治都市と違い入場時に徴収を行う規則はない。但し、きちんとした身分の証明が出来ない者は、三日以上の滞在を禁止しているので、もし三日以内に職が見つからなければ面倒だろうがここに来て、再度滞在申請をしてくれ」
「わかりました。色々ありがとうございました」
その後マーティンは、今日の日付の書かれた仮の滞在許可証をくれた。てっとり早く登録し、身分証明を作るならやはり冒険者になるのが一番だと言っていたが、やはりやや病弱な感じに見えるのか、無理をせずとも商店の住み込み店員なんかでもいいぞと、最後に付け加えられた……。
◆◇
大きな木の扉の脇にある通用口で、さっき貰った仮の滞在許可証を見せて中に入る。
初めて目にする、この世界の人間の街。活気と喧騒に圧倒されて立ち尽くしていると、ふいに下から声がする。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、旅びの人?泊まるところはおきまるですか?」
「……ん?」
声をかけてきたのは、三つ。いや、どう贔屓目に見ても五歳くらいの小さな女の子。
……えっと。しかも、これまた定番の……犬耳か!
そう、肩の辺りで切り揃えられた茶色い髪には、垂れ下がった犬のような耳があり、よく見れば髪と同じ毛色のふさふさした尻尾も生えている。
「おきまる……なの?」
おっと、あまりに可愛くて見惚れていたら、勘違いさせたかな。そんな泣きそうな顔をしなくても、俺の心はもう決まっているよ。
「おきまるじゃなくて、お決まりな。それに旅びの人はびがひとつ多いぞ。と、そうじゃなかったな。宿屋さんなの?」
「うん、出来たばったりなの!でね、お父さんは料理がおいしくないけど、お母さんはきれいなの!」
うん、待て。この際、出来てばったりはスルーだ。お母さん綺麗もいいだろう。
だが……何故食事が不味いと断言するんだーっ!
それは、宿屋の宣伝的にどうなのよ。いかん、この子への好印象を相殺しそうな強烈な破壊力だ。……どうする?
「あら、マリネじゃない。どうしたのこんなところで?」
「あ、ママーっ!」
うん。不思議だね、キミに決めた!
少女、マリネがママと呼んだ女性の姿を見て、俺の決意は瞬時に固まった。
マリネと同じ茶系の髪にぴんと立った犬耳。おっとりさん系美人な優しい顔立ちに反して、ボンキュッボンの魅惑的な体つき。
この世界で最初に出逢った超美人さんに、思わずボール的な何かを投げてゲットしたくなってしまった。……いかんいかん。
「……それでマリネ、こちらの方は?」
「おたくさん!」
「うん、違う!」
「あら、お客様じゃなかったの?」
「え、おたくさんじゃないの?」
「う……違わないが、オタクではない。たぶん」
この世界にオタクなどという概念が存在するわけはないのだが、ついつい過剰に反応してしまう辺り、かつての自分が実はそうなのではないかとの思いが、俺の中にあったからだろう。
「うふふ、ごめんなさい。この子ったらまだ言い間違いも多くて。ウチをご利用いただけますの?」
「あ、はい。せっかくマリネちゃんが声をかけてくれましたから」
「やったぁ! ママ、最初のおたくさんだね!」
……ん。最初?
とりあえず俺は、二人について行き宿屋へと向かった。
◇◆
「……『犬の餌亭』」
うぉい待て! 客が来ない原因いきなり見つけたわ!
さっきのオークの涎亭も大概だが、これはもう完全にアウトだろう。しかも、主人の作る料理は、愛娘が不味いと言うレベル……。
「ようこそ、犬の餌亭へ。さっきマリネも申しましたが、お恥ずかしい話、営業開始三日目にして初めてのお客様です」
「……はあ」
うん、この奥さんが言うと普通の宿屋の名前に聞こえるから、やっぱり不思議だね。
「ご提案なのですが……これも何かのご縁です。宿代は要りませんので、王都に滞在される間はウチをご利用いただいて、色々と改善点などのご意見を聞かせてもらえませんでしょうか?」
「それは、俺としては願ってもない申し出ですが、本当にいいんですか?」
「ええ、逆にお客様はそれでも構いませんか?」
お試しのモニターってわけか……。まあ別に金には困ってないんだが、無駄にそれを見せびらかすつもりは元々ないし、何よりも……何かのご縁……か。確かにそうかもな。
「わかりました。では、お世話になります」
「やったぁ! おたくさんだ、おたくさんだぁ!」
嬉しそうに跳ね回るマリネちゃん。オタクさんには、ちょっと引っ掛かりを覚えるが、喜ぶ彼女の笑顔は最高だ。この温かい気持ちはプライスレスだな……まあ、タダなんだけど。
その後、マリネちゃんが一番気に入っているという二階の角部屋に案内された。
旦那さんは、今買い出しに出ているらしく、戻って来ないと夕食の準備が出来ないらしい。
出来たら呼びに来てくれるようなので、しばらくは部屋でゆっくりすることにした。