悲劇の幕開け……カエル待機中?
……およそ一時間後。
「ひゃあぁーはっはっは!あっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
俺はこみ上げてくる笑いを堪えきれずにいた。
「……はひぃー、腹が、腹がいてぇ、あっひゃっひゃっ!」
周りは文字通りの血の海で、魔物の亡骸が散乱し、その中には人間であったパーツが幾つか転がっているのも見える。
多勢に無勢。しかもレベル差からか、光剣一撃では倒せない個体もいた。俺が一人でこいつらと戦っていたら、そこには俺の死体もあったのかもしれない。
「だが、俺は手に入れた……最強の盾を!これさえあれば……くっくっく、あーはっはっはっは!」
これは、いつか夢オチを向かえるかも知れないただのゲーム。そう考えている俺に罪悪感など欠片もない。
今この場にあるのは、俺が世界最強の人間になったという事実のみだ……。
◆◇
「……姫様」
「私は大丈夫。少しひとりにしてちょうだい」
窓の外をただ呆然と見つめる私の背後で、侍女のサリアが退室し私室の扉が静かに閉められる。
「私が、私が貴方をお呼びしたせいで……シンジ様……」
異世界からの勇者召喚。
それは、我が『ルブール王家』『メトロポリタム聖教会』そして『ルミタージュ帝国』のみが行える人類最後の切り札。
その儀式は百年に一度しか行えず、これまでは人類存亡の危機に対していずれか一ヶ所にてこれを行い、異界より女神の力を携えて来る勇者様に世界の命運を賭けてきた。
「……元はと言えば、あの色狂いが」
辺境に集結しつつある魔族の軍勢。それに呼応するかの如く各地の魔物の活動が活発化している。
そんな情報がもたらされると、これに備えるためにすぐに勇者召喚の儀式の準備が始まった。順番からいけば今回は我が王家が召喚を担当することになっており、一ヶ月ほどの準備を経て、ついにそれは実行され、異界から一人の少年が召喚された。
私をはじめとした王家の重鎮や教会の神官らで彼を出迎え、魔族と戦うことを快諾してくれた彼を宴にて盛大にもてなした。
そして、その悲劇は幕を開ける……。
最初に被害に遭ったのは、この城に来て三年目の侍女だった。明るく働き者で誰からも好かれる彼女なら、いきなり知らない世界に来た勇者の良き友、良き姉となるだろうとの人選である。
そんな彼女を……あの勇者は挨拶もそこそこに聖剣で脅し、その身を汚した……。
それで味をしめたのか、それからの彼はゴブリンの略奪隊よりも始末に負えない無法者となっていく。それは城内だけに留まらず、城下の街から周辺の村々まで被害は拡大していった。
身を汚されたことを恥じて自害する者。さらには、その後を男性が追うといった最悪のケースに至ることも少なくなく。それらの後始末は、魔族との決戦準備を急がねばならない王家の手を大いに煩わせることとなる。
「あれは勇者などではない!ゴブリン以下の色狂いのただの餓鬼よ!」
一週間もすると多くの者が口々にそう言うようになり、王家が頭を下げる形で聖教会による再度の勇者召喚が行われることとなった……。
新たに召喚されたのは褐色の肌を持つ少年。
聞けば、彼は努力家で魔族との決戦に備えて自らをよく鍛えているらしい。
私は迷わず、二人の勇者を共に生活させるよう提案した。彼のそんな姿に刺激されて我が国の勇者もその行いを改めるだろうとの狙いからである。
事実、二人はよく魔物を求めて遠出するようになり、被害も少しは減少した……だが。
「まさか……まさかあの色狂いが……いえ、いくらなんでもそれは。彼らは同郷で同じ学舎に通っていたというし、そんなことは……」
勇者シンジ様が死んだ。
その報告をもたらしたのがあのタツヒコだったことで、私の中にはどうしようもなくどす黒い。最悪のシナリオが浮かんでは消える。
タツヒコは、いつか私をも汚そうと考えていたに違いない。彼のあの絡み付くような嫌な視線が、それを如実に物語っていた。
そんな私の心はといえば、明るく真面目で一生懸命なシンジ様の姿に惹かれていったのだ。それを彼が感じ取っていたならば……。
「いずれにしても、魔族はそんな人間の都合など知ったことではない。何とかしてアレを使えるように導き、魔族に対して先手を打たねば……」
ギリギリと歯を噛み締める音がする。
シンジ死亡の報せを聞いてから、ずっと堪えていたはずの涙がいつの間にかぼろぼろと頬を伝って流れ落ち絨毯やドレスの裾を濡らしていた。
……そこにポタリと赤い染みが加わる。
それは私が、悔しさから強く噛んでしまった唇から流れ落ちたもの……。
「……たとえ、この身を餌にしてでも」
そう呟き……私は一晩中泣き続けた。
世界の命運と引き換えに、自らの感情を全て流し尽くしてしまうように……。
◇◆
「ひゃっはっは!ついに……ついにあのメインディッシュが味わえるんだ、くっくっく……」
沼地の岸で、俺は姫から貰った『報恩の銀華』という小さなブローチを取り出して眺めていた。これは交わした約束が成就された時に相手に対しての絶対的な強制力を発揮すると言われる古の魔族の遺跡から出土した一種の呪具である。
それは、シンジが死んだ二日後のこと。
いつになく思い詰めた顔のアルテイシア姫が訪ねてきて、これを俺に差し出した。彼女がそれに込めた約束は……
魔王を倒すこと。
それさえ果たせば、目の前の極上の女が俺の言いなりになる。
逸る気持ちを抑えながら、俺は一刻も早く魔王とやらを倒すべく準備を進めた。
その中で、最も重視したのがレベル上げ。まあ、ゲームでもこれは最重要事項だからな。
この世界の普通の人間は上限がレベル99。
これを超えるには『超越者』というスキルが必要で、これを会得出来るのは数万人に一人と言われている。
レベルの上昇というのは、この世界に生を受けた時の種族の『格』で決まるらしく、人間として産まれた者は超越者になってもせいぜい200が限界だ。
というのも、これより先を目指すにはより格上の相手を倒す必要があり、そんな伝説級の化け物と人間の身で対決するなど無謀であるとの結論に至ってしまうからである。
まあ、その理屈から言えば蚊や蟻、虫や小動物といった生態系のより下位にいる生物なら、とんでもないレベルに達する可能性を秘めていることになるのだが、この魔物犇めく世界の生態系では成体になるだけでも奇跡。そこから上位種族に登り詰めるなど、それこそ不可能だ。
話が逸れたが、本来なら人間である俺もせいぜい200止まりなのだが、俺には女神に貰ったエクストラスキル『勇者』がある。
これは、獲得経験値が二倍になるという壊れスキルだ。
しかも、俺が使う聖剣の光剣最大展開数はレベルに応じて上がるのでレベル100なら同時に百本の光剣を操ることが出来る。
そんなゲームさながらの武器による大規模殲滅戦で大量の経験値を獲得し、みるみる俺は人間の限界を超えた。
魔王とやらがどの程度なのかわからなかったので、念には念を入れて各地の神獣や魔獣といった伝説の存在にも挑んで経験値を稼ぐことにした。彼らからは桁外れの経験値と共にレアなアイテムがドロップすることもあり、しばらくそれにハマってしまったほど。
こうして十分なレベルに達し、かなりの装備も手に入れた俺は、いよいよ魔王城を目指すことにしたのだ。
個体名 ハラガ・タツヒコ
種族 人間
レベル 425
称号 勇者 神殺し 無慈悲なる者 破壊の使徒 蹂躙せし者
装備 聖光剣クラウ・ソラス 聖光盾イージス 精霊の白銀鎧 竜血のマント
エクストラスキル 女神の祝福 勇者
通常スキル 言語理解(人語) 剣聖 白魔法 黒魔法 風魔法 火魔法 水魔法 土魔法 鑑定 索敵 並列思考
注 魔王城出発時点。